勝利の女神:NIKKE ~Silent/Ratio~ 作:zaq2
礼拝堂を出た先は、照明に照らされた、少し幅の広い通路だった。
ただ、それはゆるくカーブを描くような下り坂でもあった。
「意外と明るいわね」
「廊下としてみると、かなり広いですね」
[確かに、通路にしては広いな]
その矢先、通路の先から四角い本体に手がついているドローンのようなものが警告音を発しながら近づいてきていた。
「ピピピピピピピ!!」
「ひっ?! なんでこっち来るの?!」
その手からバチバチッという放電音と、さらに強い警告音を発しながら、なぜかアニスに向かって突進を……としたところでロージィが止めた。
「おおっと、ちょいストップなー。そういやコイツらがいたっけ……姉さん」
ロージィに軽く抑え込まれているその端末へ、スノーウィが右手をかざすと、白い何かが出て端末にふれた気がした。
「ひとまず、私の権限で一時ゲストとして登録して。あと、みんなで共有しておいて」
「……ピピッ」
そうして、その端末は、了解というようなジェスチャーをした後、何事もなかったように、通路を移動し始めていた。
[あれは一体……]
「ん? 巡回端末だな。施設の状況確認とかで回ってるけど、まぁ、警備端末でもあるわけで、長いこと、そういう機能があることを忘れてたわ」
「ほほぅ……? ほかにもああいうのがいるのですか?」
「そりゃぁな、掃除とか配膳とか、ま、色々だな」
そんな会話をしながら進んでいくと、また先程と似た巡回端末が現れたが、今度は何事もなく素通りしていった。
「ほんとに通した」
アニスが小さく呟く。
「師匠、私たち、一応、登録されたみたいですね」
[そうみたいだな]
ネオンの言葉に短く返しながら、端末を見る。
ネオンが「バイバーイ」と手を振って見送ると、その巡回端末は一度だけこちらを確認して頭を下げたような動作をすると、何事もなかったように脇へ寄り、そのまま別の通路へと去っていった。
* * *
しばらく進んだ先で、視界がふっと開けた。
通されたのは、巨大な透明な壁から木々が見える場所に隣接した半屋内のラウンジだった。
その透明な壁の向こうには、人工的に整えられた緑と、水辺を思わせる光の反射が見える。
天井は高く、地下施設の一角とは思えないほど空間が広い。
無機質なコンクリートと金属に囲まれた通路を歩いてきたあとでは、その開放感はなおさら強く感じられた。
「……なによここ、すっごく緑があるじゃない」
アニスが、呆れたような、感心したような声を漏らす。
「師匠、ここ、思ってたより、ずっと普通の場所ですね」
[どこかの企業の入り口のような感覚になるな]
「確かに、三大企業のロビーという感じといった所でしょうか?」
「うっ、なんか、いやーなCEOの事を思い出すわ……って、出てこないわよね?」
少し立ち止まって周りを見れば、本当にそういうロビーのようにしか見えなかった。
長ベンチ、簡素なテーブル席、壁面モニター、本棚。
派手さはないが、人が座り、休み、時間を過ごすための空間だったことが一目で分かった。
ロージィがくるりと振り返る。
「ほら、ぼさっとしてないで、ここんとこ座れって。ずっと立たせとくのもアレだし」
促されるまま、テーブル席へ向かう。
座った瞬間、長く張っていた肩の力が少しだけ抜けそうになって、慌ててそれを押し戻した。
ここはまだ、くつろいでいい場所ではない。
その時、ラウンジの端から小さな端末が近づいてきた。
視線を向けると、低い配膳用ワゴンのような先程の巡回端末とは異なる、つぎはぎだらけのサービング端末がこちらへ近づいてきた。
上部のトレイにはコップが並び、その中の水が照明を受けてかすかに揺れていた。
端末はテーブルのそばで停止し、
「……サービスデス。ウケトリヲ」
と電子音めいた音声を発して、その場で受け取ってくれるのを待っているようだった。
「……水よ、受け取って」
スノーウィがそう促すと、各人がそのカップを端末から受け取る。
その端末は来た道を戻っていった。
その姿は、何度も何度も修理し、使えるものをつぎはぎしながら延命してきた――そんな印象だった。
アニスがコップを見たまま眉をひそめる。
「……これ、飲んで平気?」
「毒見、必要ですかね」
「言い方ぁ!」
「ですが指揮官、確認は必要かと……」
ネオンの言葉にアニスが顔をしかめた、その時だった。
ロージィが自分のコップを持ち上げた。
「変なもんは入ってねぇって」
そう言うなり、一気に飲み干した。
「ほらな?」
喉が鳴る音が、妙に静かなラウンジによく響く。
空になったコップを軽くテーブルに戻し、ロージィは肩をすくめた。
「うぅ……ええい、ままよ…………って、普通に水だったわ……」
「だろ?」
アニスが勢いに任せて水を口にしたのを確認してから、ネオンも「では失礼して」と言いながら口をつけた。
ラピも続いて口にし、「大丈夫です」と伝えてくる様に頷いてきた。
少し遅れて、コップを手にし中の水を眺めてから口にする。
冷えすぎてもいない、ただの水だった。
それだけなのに、不思議とこの場所の生活感がひとつ現実味を帯びた。
「んじゃ、お前らは一体何者で、ここに何しに来たのか、一から説明してもらおっか」
* * *
アークからこのエリアの調査任務で来たことは、ここであらためて手短に伝えた。
細かなやり取りを長々と重ねる空気ではなかったが、少なくともこちらが何のためにここへ来たのか、それだけは目の前の二人にも共有しておく必要があった。
スノーウィはそれを黙って聞いていた。
ロージィも途中で口を挟まない。
ただ、聞き終えたあとも、侵入者をどう扱うかの判断を決めきれていない気配だけは残っていた。
そんな空気の中、透明壁の向こうの中央公園側で照明が静かに切り替わった。
白っぽい昼用の光が落ち、少しだけ橙を帯びた夕刻用の明かりに変わった。
人工の光でありながら、その変化は確かに“日が落ちる”感覚を連れてきた。
「へぇ、なんかアークみたい」
「ですねぇ、夕刻って事でしょうか?」
確かに、時計を確認すれば遅い時間にもなっていた。
その時、ラウンジに穏やかな声が流れた。
『現在時刻と、来訪者の状態を確認しました』
声だけだった。
「えっ? 何? 誰?」
「女性の声ですね」
どこか一ヶ所から聞こえたのではない。
壁面スピーカー、あるいはこの空間そのものから響いたように聞こえる。
『今夜に限り、監視下での宿泊を許可します』
「……へ?」
アニスが思わず間の抜けた声を漏らした。
『ただし、生活区画内に限ります。行動範囲はこちらで制限します。異議はありますか』
[……この声の主は?]
問いかけると、スノーウィがこちらへ視線を向けた。
「施設の管理者……お母様よ」
その呼び方に、わずかに引っかかる。
だが、その前にロージィが軽く笑った。
「ま、厳しい人だけどな。うちの母様」
「ロージィ」
「はいはい」
スノーウィに低く咎められ、ロージィは肩をすくめる。
アニスがすぐに食ってかかった。
「ちょっと待って。監視つきで泊まれって、つまり閉じ込めるのと大して変わらないじゃない」
「そうは言いますがアニス。野宿よりは幾分マシなのでは?」
「野宿ってなんだよ、一応ベッド付きの部屋にはなると思うぞ?」
「ほら」
「うぐっ、けど、そういう問題でもないでしょ」
[ラピはどう思う?]
「現状では、調査任務としての情報が少ないため、協力してもらうためにこちらからも歩み寄らなければ信用は得られないと判断します」
ラピの言葉に、アニスがわずかに唇を曲げる。
その間に短く息を整えた。
[受けよう]
三人がこちらを見る。
[いま無理に拒めば、余計に警戒される。ここまで通された以上、少なくとも交渉の余地はある。こちらから歩み寄らなければ、信用は得られない、だったな]
アニスは露骨に不満そうな顔をしたが、最後には肩を落とした。
「……わかったわよ」
「了解です、師匠」
「了解」
『確認しました』
声はそれだけ告げると、ひとまず沈黙した。
完全に受け入れられたわけではないのだろうが、それでも、ここで一歩だけ立場が変わったのは確かだった。
侵入者から、監視つきの一時滞在者へ、と。
スノーウィが立ち上がる。
手持ちの端末を確認してから、言った。
「部屋の指示が来たわ。案内するわ」
「おう。じゃ、こっちはアタシが連れてくな」
ロージィがカウンターズ三人を顎で示す。
スノーウィはそのままこちらを見る。
「あなたは私と」
* * *
分かれ道で、アニスが名残惜しそうに振り返る。
「なんで指揮官様だけ別なのよ」
「優先順位じゃないですか?」
「ネオン、その言い方」
ロージィが肩を揺らして笑う。
「ちげーよ、男女一緒ってのは、いろいろと問題があるだろ?」
「えっ? あ、まぁ……」
「だから、男性はメンズルームを割り当てられただけ」
「なるほど、理解しました」
「その部屋、私だけでも同室になれない?」
「ラピ?!」
「おおぉ?」
「個室だから無理だな」
[大丈夫だ。みんなは先に休んでくれ]
「指揮官、やはり危険では」
「指揮官様! そうよ!」
[歩み寄らなければ、だろ?]
「っ……」
「……」
それだけで、三人はそれ以上は言わなかった。
「あ、そうそう。手洗いはこの並びにあるから、使いたくなったらそこだけは出ていいってさ」
[あ、あぁ、わかった……]
ロージィはそう言って簡単に補足すると、「いまんとこはそんだけだから、ほらほら移動、移動」と軽く手を振りながら、カウンターズ用の三人部屋の方へ連れていった。
その背を見送り、スノーウィの後に続いた。
「あなたはこっち」
[わかった]
* * *
案内された単身室は、先程の別れた場所からすぐの通路脇にあった。
そして、その中は思っていたよりもずっと整っていた。
だが、狭い。
最低限の寝具が揃い、シーツも乱れていない。
長く使われていない空室にしては、清潔すぎるほどだった。
室内を見回していると、壁際で小さな駆動音が鳴った。
視線を向けると、そこにいたのは、ラウンジで見たサービング端末よりさらに小型の端末だった。
床を移動する清掃機に近い形だが、外装にはやはりちぐはぐな補修部品が継ぎ足されている。
ひとつの系統で揃えたとは思えない部品の混ざり方だった。
「この部屋は……」
「清掃端末が維持してるわ」
スノーウィが短く答える。
「それだけじゃないけど」
巡回端末の事を思い出し、
[監視も、か]
「ええ」
否定はなかった。
言外に、それが当然だと言われた気がした。
清掃端末は壁際を静かに移動したあと、こちらを見ているのかどうか分からないセンサー面をわずかに傾けた。
「ピピピピピ」
挨拶のつもりなのか、どこか愛嬌のあるような感じで、こちらに反応したので「よろしく」とだけ返しておいた。
部屋は、他にこれといった特徴もなく、静かすぎて、むしろ監視の存在がよく分かった。
扉口で、スノーウィが振り返る。
「ひとつだけ言っておくわ」
声の調子が少し変わった。
「手洗いに行くための出入りは認められているけれど、あの先の、照明が落ちている通路には近づかないで」
そう言って、通路の反対側にある暗がりを指さした。
[何かあるのか?]
「今は誰も使っていない区画よ。立入禁止の目印も兼ねて、照明を落としてるの。節電の意味もあるわ」
[立入禁止区画、か……]
簡潔な説明だった。
だが、その説明の奥に“それ以上は深くは聞くな”という線があることは分かった。
[危ないからか?]
「……そう思ってくれればいいわ、だから不用意に入り込まないで」
[わかった]
それだけ言って、スノーウィは扉の外へ下がる。
「……おやすみなさい」
それだけ言って、今きた通路を戻っていった。
完全に打ち解けたわけではない、だが拒絶だけでもなかった。
少しだけ歩み寄れたのか、それともまだ監視の内側にいるだけなのか――その判別がつかないまま、通路の奥へ消えていく彼女の背中を見送った。
扉の脇で、清掃端末が短いシグナル音を鳴らした。
ピピピッ!
[おっと、部屋へ入れ、ということか?]
ピピッ!
[わかった、わかった……]
小さく息をついて、室内へ足を踏み入れようとしたその時、視界の端、照明の落ちた通路の奥で、何かが動いた気がした。
暗がりの向こう、黒い影がひとつ、壁際を滑るように消える。
――巡回端末か? あんな暗闇でも巡回をしているのか?
そういえば、施設点検もしていると言っていた。ああいう暗い区画まで巡回しているのだろうか。
「あんなところも巡回してるのか」
誰にともなく呟き、そのまま部屋へ入ると、扉が静かに閉じた。
こうして、施設での最初の夜は過ぎ去っていった。
〇遺失物
・物理遺失物01
【古びた家族写真】
古い家族写真。
白衣姿の若い女性と、幼い二人の子どもが並んで写っている。
写真はひどく傷んでいるが、何度も手に取られていたような擦れが残る。
白衣姿の女性の顔だけが、黒く塗り潰されている。
子どものうち一人は、小さな箱のようなものを胸元で大事そうに抱えている。
裏面には、かすれた文字が残っている。
……月……日
……医療……研究棟 竣工記念
…………にて
作者からのこめんと:
NIKKE二次創作で、みんなは何が好き?
ボクはやっぱりラピ太r(パンッ! パンッ! パンッ!(流れ弾
ティンコ……