勝利の女神:NIKKE ~Silent/Ratio~   作:zaq2

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Episode 4:Quiet Trespass

意識の底で、何かが鳴っていた。

最初は夢の続きかと思った。

 

妙に規則正しい、甲高い電子音。遠くで鳴っているようでいて、少しずつ、確実にこちらへ近づいてくる。

 

「ピピッ、ピピピッ、ピピッ!」

 

次の瞬間、足元で何かが軽くぶつかった感触があった。

 

[っ……!?]

 

あわてて目を開けると、ベッド脇を昨夜見たあの小型端末がせわしなく動き回っていた。

ランプを明滅させながら、こちらへ寄ってきては離れ、また寄ってくる。

 

「ピピッ! ピピピピッ!」

 

[……朝か]

 

半ば寝ぼけたままそう呟くと、端末は一度だけ短く音を鳴らした。

 

「ピピッ」

 

それで任務完了、というわけではないらしい。

上体を起こしてもなお、部屋の中を小さく旋回しながらこちらを監視している。起床確認と巡回監視を兼ねているのか、それとも単に起き上がるまで信用しないのか。

 

[ずいぶん厳しいな……]

 

返事代わりのように、端末がまた鳴る。

 

「ピピッ」

 

結局、軽く身支度を整え終えるまで、部屋の隅でこちらを見張るように待機していた。

 

   *   *   *

 

部屋を出ると、昨夜より少しだけ明るい光が通路を満たしていた。

地下のはずなのに、照明の色がうまく調整されているせいか、かろうじて“朝”と呼べる空気があった。

 

[やけに静かだ……]

 

けれど、完全に眠った静けさではない。施設全体がゆっくりと運用状態へ戻っていくような、そんな気配があった。

 

「……起きてたのね」

 

通路の先で待っていたスノーウィが、こちらを見る。

その傍らでは、ロージィが壁に背を預けていた。

 

「よー、おはようさん。ちゃんと起きれたか?」

 

[起きたというより、起こされた]

 

「ん?」

 

[部屋にあった端末に、かなり強引に]

 

一瞬きょとんとしたロージィが、次の瞬間、声を上げて笑った。

 

「あははっ! あー、やっぱりか。あいつ、相変わらず容赦ねぇな」

「あの端末は起床確認も兼ねているの。起きなければ、あのまま繰り返すし、それでも反応がなければ連絡がくるわ」

 

スノーウィの補足は淡々としていたが、冗談ではなさそうだった。

 

[あれが毎朝なのか?]

「……生活があったころはね」

「寝坊しようとすると、けっこうしつこいぞ?」

 

丁度そこへ、向こうの通路からカウンターズの三人も現れた。

 

「……ねむ……」

「アニス、寝癖すごいですよ」

「言わないで。というか、あの端末、朝からうるさすぎるのよ!」

[そっちにも、あの目覚まし端末があったのか……]

「わたしたちの部屋にも目覚ましというにはいささか騒がしいものがいました」

「いました!いました! 起きるまでずっとピピピしてました!」

 

ネオンが妙に元気な声で言う。

ラピだけが周囲を確認してから、小さく息をついた。

 

「よし。そろったことだし、朝飯にすっか。んじゃ食堂へしゅっぱーつ」

 

ロージィが軽く手を振って、「こっちだ」と先に歩き出す。

スノーウィはその後ろで、一行全体を見渡せる位置を自然に取った。

 

   *   *   *

 

案内されたのは、一つ下におりた先にあったテーブル席が幾つかならぶ大き目の部屋で、カフェテリアとでもいう感じであった。

 

聞けば、ここは今も食事をするところとして使われているらしい。

だが、それにしても、そこそこ広いと感じる。

 

その全体が使われているわけではない。照明の入っている一角と、落とされたままの区画がはっきり分かれている。

かつて多人数を収容していた空間を、今必要な範囲だけで静かに維持している――そんな印象だった。

 

朝モードの照明は夜より白く、どこか乾いた清潔さを空間に与えていて、古い設備の金属面やテーブルの縁にその光が落ち、使い込まれた食堂に奇妙なほど整った朝の輪郭を与えていた。

 

「本当に、食堂なのね……」

 

アニスが周囲を見回しながら呟く。

 

[ずいぶんと広いな]

「昔はもっと大勢いたんでしょうね」

「……ええ。ここは、元々そういう場所だったから」

 

スノーウィの答えは短い。

それ以上を語るつもりはなさそうだったが、隠すほどでもないという響きもあった。

 

席につくと、ほどなくして配膳端末が朝食を運んできた。

出されたのは、ひとり一枚の大きめのプレートだった。

 

プレートの上には、温められた主食といえるパン、焼き目のついた加工肉と思われるもの、少量のサラダが無理なく整えて載せられている。

別に添えられているのは飲み物の果実水と説明だけうけた。構成そのものは簡素だ。だが雑ではない。

色味の置き方まで気を配っているのか、古い食堂の中で見るには不思議なほど、ちゃんとした“朝食”に見えた。

 

「師匠、思ってたよりちゃんとしてますね。てっきり、ディストピア飯みたいなのが出てくると期待してました」

「なんでそんなのを期待するのよ。……まあ、私も一瞬そう思ったけど」

[……ああ、ちゃんと食事に見える]

「ちゃんとしてる、っていうか……だからこそ逆に驚くのよね」

「本当にそうですね。こんな場所で、普通に食事らしく見える時点で、だいぶ安心感があります」

 

アニスとネオンが、並べられたプレートを前に、妙な期待混じりの、驚きとも警戒ともつかない顔をする。

こちらは、“料理”という言葉の範囲そのものを疑いたくなるような代物すら知っているからだ。

 

「……なんだよ、その顔」

 

ロージィが呆れたように眉を上げる。

 

「こっちはこっちで理由があるのよ」

「“ちゃんと朝食に見える”って、思ったより大事なんだなと再確認したまでです」

「どういう意味だよ。お前らのいるアークって、どんな料理があるんだよ」

 

[アークには、料理に関して両極端な実例がある]

 

「両極端?」

 

そう聞き返されて、一瞬だけ全員が黙る。

 

頭に浮かんだのは、見た目も香りも味わいも、ひと口で気分が持ち上がるような、文字通り天にも昇れそうな料理。

そして、その直後に思い出したのは――あれは料理以前に、そもそも食べ物として認識していいのだろうか、と疑いたくなる何かだった。

それらを、特に後半は言葉を選んで説明した。

 

「……あー」

「師匠、今たぶん同じこと感じていましたね?」

「……」

「思い出したわよ。とびっきり最高のと、あと判断に困るのとを……」

[……]

 

ネオンがこくこく頷く。

アニスは遠い目をし、ラピは小さく息を吐いた。

 

「しかも見た目の時点で、食べ物かどうかの判別から入るんですよね……」

「天国と、地獄っていうより……ほんと、判別を強制される何かと言った方がいいわよね……」

「平均って言葉はないのか? お前らには……」

 

「だから、“ちゃんと朝食に見える”ってだけで、だいぶ安心するのよ」

「なんか、ひでぇ褒め方だな……」

 

ロージィはそう言いながら、自分のプレートを引き寄せた。

 

「ま、いいや。普段は姉さんと二人だけだからな。今日はずいぶんにぎやかだし、それに今日は好きなやつだしな」

 

そう言って、ためらいなくひと口食べ、そのまま自然に食べ進めていった。

それにつられるように、こちらも口をつけてみれば、派手さはないが、普通に食べられる味だった。

 

[全部、ここで作ってるのか?]

「……全部ってわけじゃないわ、作れないものもあるから」

 

答えたスノーウィは、プレートへ視線を落としたまま続ける。

 

「生活圏で回している栽培区画と加工設備で賄えるものはあるの。だから、最低限の形にはできる」

「最低限、ね」

「……閉じた場所だからこそ、食事くらいはそう見えるようにしているの。お母様の方針よ」

 

その一言で、プレートの上の整い方が少しだけ違って見えた。

アニスがようやく肩の力を抜き、ネオンも続き、ラピも無言で口をつけた。少し遅れて、自分もそれにならう。

 

「うわ、本当にちゃんとした味になってる」

「アニス、失礼ですよ」

「でもほんとにそうじゃない? ラピもそう思うでしょ?」

「それは……否定しません」

 

その返答に、ロージィが吹き出した。

 

「あはは。そっちの真面目そうなのがそう言うと、なんか効くな」

「別に褒めているわけではありません」

「でも否定もしないんだろ?」

「……事実ですから」

 

   *   *   *

 

食事が一段落したところで、ロージィがスノーウィを見る。

 

「で、昨晩に決まったんだけど、施設の案内をしてもいいってことになった」

「……お母様からは許可がでたわ、そちらの調査云々には協力する、という方向で」

 

「急に手の平返してくるのが、なんだか怪しいわね……」

[それは助かるが……]

 

アニスの言うとおりだが、こちらの任務としても、ありがたい申し出でもあったが、何かしらを企んでいるのでは?という不安が無いわけでもない。

 

「まっ、アタシらには分からないけど、母様には何か考えがあるんだろ?」

「……」

 

「って事で、このまま案内を初めてもいいと思うか? 姉さん」

「……わからないわ。お母様に確認をとらないと」

 

そのやり取りに重なるように、穏やかな女の声が食堂全体へ静かに響いた。

 

『その件に関しては、引き続き案内行動範囲を生活区画内に限定とします』

 

姿はない。だが、昨日と同じ声だとすぐに分かった。

お母様と呼ばれる――この施設の管理者。

 

「……やっぱり全部自由ってわけじゃないのね」

「当然でしょ」

 

アニスのぼやきに、スノーウィがすぐ返す。

 

「許可されたのは生活区画だけ。それ以上は、まだ認められていない。それだけ」

「まだ、ね」

「ええ。まだ、よ」

 

その一言に、はっきりと線があった。

歓迎されたわけではない。だが、昨夜よりは一歩だけ進んでいる。

 

[十分だ]

 

三人がこちらを見る。

 

[昨日は泊まる事までだった。今日はその先へ進める。なら、まずはそれでいい]

 

ラピが静かに頷く。

 

「了解」

「ま、指揮官様がそう言うなら異議なし」

「わたくしも問題ありません!」

 

ロージィが立ち上がる。

 

「じゃ、決まりだな」

 

スノーウィも続いて立ち上がり、一行を見渡した。

 

「……案内するわ。けれど、あなたたちはまだ“客”じゃない。そこは忘れないで」

「わかってるって」

「ロージィ、あなたに言ってるんじゃないわ」

「ひでぇな」

 

そのやりとりに、アニスが思わず吹き出す。

 

「ちょっとだけ分かってきたかも。この施設の空気」

「どういう意味だ?」

「静かだけど、静かすぎるわけでもないってこと」

 

ネオンがぱっと顔を上げた。

 

「ではでは、本日の施設案内ですね!」

「だから、生活区画だけだからな」

 

ロージィが軽く手を振る。

 

「ほら、侵入者ご一行さま。今日も静かなとこ、見せてやるよ」

 

その言葉に導かれるように、一行は再び立ち上がった。

 

 

 

〇遺失物

・研究者ログ群01

【研究者ログ:個体特化調整記録】

対象個体:コードS / コードR

 

両個体に対する施設対応調整を確認。

処置規模は通常保守基準を超過しており、実質的に当該施設専用個体として扱う。

 

優先項目は、長期封鎖環境への適応。

現プロジェクト向け試作モジュールを追加。

浸食耐性補強用試作プロトコルを併行実施。

汎用運用への再転用は除外。

 

備考:

過剰仕様。通常系列への横展開は非推奨。

 

追記:

研究凍結措置に伴い、該当系統名データは破棄対象へ指定。

当該名称領域は抹消処理済み。

 

 

 

 




作者からのこめんと:
施設設定を考えたら、ディストピア飯出せなくなった……ちくせう
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