勝利の女神:NIKKE ~Silent/Ratio~   作:zaq2

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Episode7:Quiet Vigil

あれから、施設内の食料プラントや加工場などの案内されはしたが、全部が動いているという訳でもなく、ところどころ機能を停止して予備品に回しているものもあると説明もされた。

 

栽培されている物も収穫できる品種もあり、今晩の食卓で出すという話にもなったりした。

 

だが、いまだこの地点を避けるという、その答えといういものが見えてこなかった……。

 

   *   *   *

 

夕食が始まった時点では、食卓の空気はいくぶんか穏やかだった。

 

照明は昼より少し落とされているだけで、同じ食堂のはずなのに、朝とはまた違う顔をしていた。

広い空間のうち、今使われている一角だけにやわらかな光が落ち、その外側には静かな暗がりが沈んでいる。

 

「ちゃんと使えるシャワーがあるってだけでだいぶ救われたわ」

「アニス、さっきからずっとそればかりですね」

「当然でしょ。あれは重要案件だったのよ」

「シャワ~、シャワ~♪ って口ずさむぐらいでしたからね?」

「別にいいでしょ! みんなだってさっぱりしたでしょ!」

[それは、まぁそうだな]

 

ロージィが笑い、ネオンが肩を揺らし、アニスが睨む。

スノーウィとラピの二人は我関せずといった様子だったが、表面だけ見れば、昨日よりずっと柔らかい食卓だった。

 

だが、その柔らかさの下に、昼の庭園で聞いた話が沈んだままだった。

 

視線を上げる。

この食堂も、かつてはもっと多くの人を収めていたのだろうと思わせる広さがある。

 

[……ここも、昔はもっと人がいたのか]

 

口にすると、ロージィが一瞬だけ手を止めた。

スノーウィも、すぐには答えない。

 

「ああ、いたよ」

 

先に口を開いたのはロージィだった。

 

「今よりずっとな」

「この食堂も、もっと賑やかだったという事ですね」

「ええ……」

 

スノーウィの声は短い。

 

「では、その人たちは……?」

 

ネオンの問いに、今度はロージィが少しだけ視線を落とした。

 

「まあ、ずっと同じってわけじゃなかったからな」

「去っていった人たちもいたわ」

 

スノーウィが補う。

 

「去っていった?こんなにも生活できそうなものなのに」

「……ええ」

 

その先を、誰もすぐには言わなかった。

ロージィが無理に軽くするように肩をすくめる。

 

「ま、いろいろあったんだよ。この場所も」

「ロージィ」

「……わーってるって」

 

それで、会話は止まった。

 

さっきまで普通に続いていた食卓の音だけが、急に妙に小さく感じられる。

 

アニスが咳払いをひとつした。

 

「コホン……。ま、今は今でしょ。せっかく美味しそうな食事があるんだし」

「そうですね。冷める前に食べましょう」

「お前ら、切り替え早いのな」

「大事なことよ? そういう切り替えってのは」

「たしかに」

 

ロージィがそう言って笑った。

笑いはしたが、さっきまでより少しだけ薄かった。

 

空気は戻ったようで、完全には戻っていない。

それでも会話はまた動き出し、食事そのものは最後まで続いた。

 

食事が終わるころには、表面だけ見ればいつもの空気に戻っていた。

ロージィもまた軽口を叩き、アニスもそれに返し、ネオンはいつも通りに反応する。

スノーウィも必要な返答はする。

 

だが、昼に聞いた話と、夕食の席で濁された言葉だけは、胸の底に沈んだままだった。

 

食堂を出ると、照明はさらに一段階落とされていた。

昼間は白く見えていた通路も、今はやわらかな陰を引きはじめている。

生活区画の中にいるはずなのに、どこか少しずつ世界が閉じていくような感覚があった。

 

「それじゃ、部屋は昨日と同じで」

「ええ。問題ないわ」

「何かあったら、端末に向かって連絡すればいいぞ」

「ふむ、呼んだら、ロージィたちが来てくれるんですか?」

「場合によるな。アタシかもしれねーし、姉さんかもしれねーし、うるせー端末が相手するかもしれねーし」

「最後のやつ、いちばんありえそうね……」

 

アニスが肩をすくめる。

そのやり取りにロージィが笑う。

 

けれど、その笑いも長くは続かなかった。

 

別れる間際、視界の端に白い影が動いた。

見ると、スノーウィが上に向かう通路の先へ向かおうとしていた。

 

「……姉さん、また行くのか?」

 

ロージィの声に、スノーウィは足を止めた。

 

「少しだけよ」

「毎晩よくやるよな」

「ロージィ」

「わーってるって」

 

それだけで会話は終わる。

スノーウィはそれ以上何も言わず、静かに通路の奥へ消えていった。

 

[……どこへ?]

 

思わずそう口にすると、ロージィは少しだけ視線を向けた。

 

「礼拝堂」

「礼拝堂?」

「なんかあると、夜に祈りに行くんだよ。姉さん」

 

軽い言い方だった。

けれど、そのあとに続く言葉を探すような間があった。

 

「別に、毎回何かしてるってわけじゃねーと思うけどさ。ああいうとこでしか、ちゃんと息つけねー時もあるんだろ」

 

説明というより、身近で見てきた習慣をそのまま口にした響きだった。

 

「ま、気にすんな。あれは姉さんなりのやり方だから」

 

そう言って、ロージィはいつもの軽さに戻した。

 

「んじゃ、今日はこれで解散な。変なとこ行くなよ?」

[わかってる]

「よろしい」

 

軽く手を振って、ロージィもまた別の通路へ消えていく。

 

残されたのは、夜の静けさだけだった。

 

   *   *   *   *

 

自室へ戻ってからも、すぐには眠れそうになかった。

 

ベッドに腰を下ろし、靴を脱ぎ、ようやく身体を休められるはずなのに、頭の方がまだどこか落ち着かない。

昼の中庭で聞いた M.O.T.H.E.R. の言葉。

夕食の席で、わずかに濁された「出ていった者たち」の話。

そして、毎夜礼拝堂へ向かうスノーウィの背中。

 

知らない場所だから眠れない、というのとは少し違っていた。

むしろ、ここが思っていた以上に“人のいた場所”だとわかってしまったからこそ、静けさが妙に落ち着かなかった。

 

部屋の照明は夜用に落とされている。

どこかの通路で、遠く小さく機械音が鳴った気がした。

それすらも、静けさの中ではひどく遠い。

 

目を閉じても、かえって意識が冴える。

 

――ここには、残してしまったものが多すぎるのです。

 

M.O.T.H.E.R. の声が、不意に胸の内側でよみがえる。

 

小さく息を吐き、立ち上がった。

少し歩けば、眠気も来るかもしれない。

そう自分に言い訳するようにして、部屋の扉を開ける。

 

夜の通路は、昼よりもさらに静かだった。

 

照明は必要な分だけ落とされ、通路の先はやわらかな明暗に沈んでいる。

空調の低い駆動音だけが、施設がまだ完全には眠っていないことを知らせていた。

 

ふと、レストルーム前の小さな休憩スペースに人影があるのが見えた。

 

「……なんだ? 眠れねーのか?」

 

ロージィだった。

壁に寄りかかるようにして立っていた彼女は、こちらに気づくと少しだけ笑った。

 

[そっちこそ、まだ起きてたのか]

「アタシら、夜の見回りもあるし。ってほど大げさなもんでもねーけどさ。で、男前の方は?」

 

そこで、ロージィは少しだけ目を細める。

 

[……男前?]

「……なんだ、男前って呼ばれるの、嫌だったか?」

 

[いや、そういうわけではないんだが……]

 

一瞬、とあるニケの顔が頭をよぎった。

それをそのまま口に出す気にはなれず、曖昧に濁す。

 

「ふぅん? 例えば、そういうふうに呼ばれてたことがあったりとか?」

[……まあ、そんなところだ]

「ほぉ~、へぇ~。で、そいつとはどうなったんだ?」

 

ロージィはニヤニヤと笑っては、さらに聞いてきた。

 

[……彼女とは、納得のいく別れは済ませている]

 

「!?……わりぃ」

 

[いや、気にしていない。お互いが納得していたからな]

 

「……そっか。男前も別れを経験してたんだな……」

 

それからこちらの顔を見て、少し寂しげに笑った。

 

近くの椅子に腰を下ろす。

すると少し遅れて、ロージィもその隣へ座った。

 

「ここ、静かだろ? 慣れてないと、夜になると静かすぎんだよな」

 

短い沈黙が落ちる。

遠くで、どこかの制御灯が小さく明滅していた。

 

通路の先へ目をやったまま、ぽつりと口にする。

 

[昼に見た時も思ったが……思っていたよりずっと、人の暮らしが残ってるんだなと]

 

ロージィはすぐには返さなかった。

隣に座ったまま、少しだけ視線を落とす。

 

「残ってる、か……確かにそうかもな……」

 

軽い返事だった。

だが、その続きを待つような間があった。

 

「みんな、ここで普通に飯食って、普通に子供と遊んで、普通に暮らしてた」

 

その「子供と遊んで」のところだけ、声がほんの少し柔らかくなった。

 

「……で、普通に年取って、死んでった」

 

黙って聞いていた。

ロージィの声はいつもの調子に近いのに、その平たさが妙に残った。

 

「最後に看取った婆さんなんて、小さい頃にアタシがおしめを替えたこともあるんだぜ?」

 

少しだけ、無理に軽くしたような言い方だった。

 

「けどさ――」

 

ロージィはそこでふっと笑いかけて、笑いきれなかった。

 

「最後の別れの時にさ……『ありがとう、ロージィお姉ちゃん』ってさ……」

 

それきり、言葉が止まる。

 

しばらくして、つぶやくような小さな声で言った。

 

「……忘れたくなくて、わざと残してるってところもあるんだろうな」

 

何も挟まなかった。

挟めなかった、という方が近かった。

 

ロージィは少しの間黙ってから、急に首を振った。

 

「あーやめやめ。湿っぽい話はナシだ、ナシ」

 

自分で自分を切るように、少し明るめの声を作っては立ち上がる。

 

「らしくねーだろ、こういうの」

 

[……そんなことはない]

 

そう返すと、ロージィは少しだけ目を丸くして、それから困ったように笑った。

 

「なんだよ、それ。余計しんみりすんだろ」

 

また小さな沈黙。

けれど今度の沈黙は、さっきより少し柔らかかった。

 

[その人は、心から“ありがとう”と言ったんだと思う]

 

「……」

 

[だから、大事にしたほうがいい]

 

その言葉に、ロージィは一瞬だけ目を伏せた。

それから、いつもの調子に戻した声で、

 

「ありがとな、男前」

 

と笑う。

 

[どういたしまして]

 

ロージィはそのまま少し先へ歩き出す。

 

「んじゃ、アタシは見回りの続きしてくるから、また明日な男前。もう一度言うけど、変なとこへは行くんじゃねーぞ」

[ああ、わかってる。また明日]

 

振り返りもせずに片手をひらひら振っては、そのまま通路の向こうへ消えていく。

残された静けさだけが、あとに残った。

 

しばらくして、自室へ戻る。

 

扉が閉まり、ひとりになる。

さっきまでの会話の余韻が、まだ胸の内側に残っていた。

 

服の裾を整え、ようやくベッドへ腰を下ろしかけたところで、ふと気づく。

いつもなら、何かにつけて“ピピピピ”とうるさいくらいに存在を主張してくるそれが、先ほどから一度も鳴っていない。

 

端末へ目を向けた。

 

そこにある。

灯りも落ちていない。

停止しているようにも見えない。

 

なのに、妙に――いや、不自然なほど、黙ったままだった。

 

昼間までなら鬱陶しいと思っていたはずのその音が、今はない。

そのことに気づいた途端、部屋の静けさが少しだけ質を変えた。

 

[そういえば、老朽化で壊れるものもあると言っていたが……あれだけ動いていたし、とうとう壊れたか?]

 

そう自分に言い聞かせるようにして、ゆっくりと横になる。

 

けれど、目を閉じても残るのは、さっきの言葉だった。

 

――『ありがとう、ロージィお姉ちゃん』。

 

そして、それを口にした時の、ロージィのあの寂しそうな顔だった。

 

 

 




作者からのこめんと:
クラゲの衣装だと?!回すしかないじゃない……(3.5周年おめでとう
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