ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第十五話 敗走

 蒼褪めた輝きを放つ鋼鉄の像。

 

 大まかな見た目は人間に近い。しかし頭部と両腕がない。まるで切り落とされたように欠けていて、肩と首に空いた穴からは虚が覗いている。内部では歯車や発条、棒状の部品などが忙しなく稼働しているのが見て取れた。

 背中には鳥に似た形の大翼。

 胸部――心臓には、球形の石英(クォーツ)が埋め込まれている。

 頭上に頂くは青白く輝く聖なる光輪(エンジェル・ハイロゥ)

 何らかの合金で出来ていると思しい、見るからに硬い肌の色は闇に溶ける滅紫。その上に煌びやかでありながら清楚な印象の、藍色の法衣をまとっていた。

 

 神聖。あまりにも、荘厳。

 

 その様は()()()()、天使の名を冠するに相応しいものだった。

 

 それが突如として現れていた。

 モニカが襲い掛かる直前まで、そんなものはいなかった。これは確かである。

 

「バカな……天使を喚べる人間は、限られてるはずだろ……! なんでこんなところに……!」

 

 現実を認めたくないが故に、思考がそのまま口から漏れてしまう。

 そんなモニカの様子を見下ろし、ゲヴランツは「その通り」と得意気に答えた。

 

「我等が偉大なる主の代行者である天使様。その御力をお借りできるのは、聖都及び十ある砦を守護する任を帯びた選ばれし者のみ。―――そして私こそが第005号砦の領主だ。少々口惜しいが名乗りはしないでおこう。獣如きに聞かせるのはもったいない」

 

 如何にも傲岸不遜な態度で、ゲヴランツはモニカを見下す。

 

「……ゲヴランツ様」

「分かっている。森にいる残りの二匹も当然、逃がす気はない」

 

「―――――!」

 

 隠れている二人の仲間の存在を容易く看破され、モニカは強く歯噛みする。

 

人造人(ホムンクルス)戦斧(ハルバード)持ちが四。()()持ちが十六。その内十体が地上、残りの六は木の上か)

 

 臭いを頼りに状況の把握に努め、指先で地面を叩き、更に人間には聞こえない音域の微かな唸り声を駆使して仲間に指示を出す。

 

 狼には『待て』。

 

 二人の食屍鬼(グール)には、隙を見て人造人(ホムンクルス)(さら)え――と。

 

「しかし連中、この期に及んで出てくる気はないらしい。仲間の危機だというのに大した奴等だ。さて――どうしたものか。ここはやはり、拷問でもして釣り出すのが定石かな。幸い、この雌の食屍鬼(グール)は中々に()()()()がありそうだ」

 

 蛞蝓(なめくじ)が這うような悍ましい視線で全身を舐められ、生理的な嫌悪感でモニカの肌が粟立つ。

 

「……ッ! (ドブ)みてぇな目で、あたしを見てんじゃねぇ―――!」

 

 叫ぶと同時、モニカは袖の下に仕込んでいた短剣(ダーク)を、ゲヴランツの顔面目掛けて投擲する。

 ゲヴランツは首を傾けて難なく躱す。

 

 しかし、それが隙となった。

 

 瞬きほどの間も挟まず、モニカが跳んだ。

 全身の瞬発力を使い、発条(バネ)仕掛けの如く己の身体を射出する。そして背中の戦輪を上段に振り上げ、目の前の男の顔を真っ二つにしてくれようと―――

 

 ―――直前、横合いから衝撃が炸裂した。

 

 マジパナの体当たりを受けて、モニカの体が弾き飛ばされる。

 モニカは吐き捨てるように舌打ちをし、空中で身を捻って体勢を立て直した。そして四肢を駆使し、それこそ獣の如く地面に着地する。

 

「見事だ、マジパナ」

「お褒めに預かり光栄です。ここは私めにお任せ下さい、ゲヴランツ様。残る二匹の食屍鬼(グール)も釣り出してみせましょう」

「ふむ。……まあ、よかろう。偶には部下に花を持たせてやらねばな」

「有難う御座います」

 

 にこやかに愛想を振りまくのもそこそこに、マジパナは抜剣した。

 舌なめずりをしつつ、切っ先を獲物に向ける。

 

 応じ、モニカもまた立ち上がった。

 

「あたしは山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の娘! 食屍鬼(グール)首領家『ムンドヌォーボ』が第三王女、マターラ・モニカ! ―――参る!」

「ふふ、随分と勇ましこと。嫌いじゃありませんよ。私は第005号砦領主が副官、剛鷹(ごうよう)騎士(きし)マジパナ。くれぐれも失望させないで下さいね、蛮族のお姫様―――!」

 

 激突する女騎士と食屍鬼(グール)

 ぶつかり合う刃金と刃金。

 

 撃ち交わした刃の数は既に二十を超える。ともすれば、互いに相手が優れた技量を持った戦士であると確信するには十分だった。

 技量に不足はなく、されど二人の戦法は真逆。

 技を駆使し手数で攻めるモニカと、剛剣で以って真っ向から打ち砕くマジパナ。苛烈な剣戟の応酬は、よくできた見せ物のようですらあった。

 

「ほう。マジパナと互角に斬り結ぶとは。あの娘、中々やる。惜しいな。食屍鬼(グール)でなく、人に生まれておれば大成できただろうに。つくづく惜しい」

 

「……ッ!」

 

 呑気に観戦するゲヴランツに百の罵倒を返してやりたいモニカだったが、そんな余裕はどこにもなかった。

 

 押されている。

 

 通常、人間の身体能力が食屍鬼(グール)のそれを上回ることはない。力比べをすれば、必ず食屍鬼(グール)が勝つ。

 しかし、相手が『天使を従えた人間』ならば話は別だ。

 天使がもたらす加護によって、人間の身体能力は飛躍的に向上する。モニカとマジパナの『力』はほぼ同等。そして『技』に関して言えば、明らかにマジパナの側が勝っている。

 十中八九、彼女は本気を出していない。両者の実力には天と地ほどの隔たりがあった。

 

 加えて―――

 

(クソ……! まだ、体が痺れて……ッ!)

 

 天使から受けた攻撃によって、モニカは全力を出すことができない。

 

 勝負の天秤は、既にマジパナの方に大きく傾いている。

 

 マジパナの剣が、モニカの体を何度も浅く切り裂いていく。

 

 褐色の肌から血が噴き出す度、女騎士は己の気分が高揚していくのを自覚した。下腹部に熱を感じ、獰猛(どうもう)に舌なめずりをする。

 

「ハァァアアアッ!」

「しま―――――!」

 

 頭上に構えた大上段から繰り出された渾身の一撃。

 回避することは不可能。間違いなく致命となるであろう斬撃を受けて――しかし、モニカは無事だった。

 

 正確ではない。

 

 モニカは攻撃を受けていない。斬断されたのは、間一髪で間に入り込んだ盲目の食屍鬼(グール)。彼によって(かば)われ、モニカは生存した。

 

「―――――」

「―――――」

 

 二人の戦士が絶句する。

 モニカは困惑によって。一方、マジパナは――激怒していた。

 

 返り血を浴びた白い女騎士は、端整な顔を歪めてヒステリックに叫ぶ。

 

「ああぁあああああ! 気持ち悪い! 気持ち悪い、気持ち悪い! この私の顔に、身体に! (けが)らわしい男の血を! それも獣の汚水を浴びせるだなんて! よくもやってくれましたね! よくも、よくもよくもよくも―――!」

 

 逆上。癇癪(かんしゃく)

 

 最早、モニカなど眼中になく。

 マジパナは真っ二つになった盲目の食屍鬼(グール)の肉片に、何度も刃を叩き込んだ。

 潔癖、というには(いささ)か過ぎた狂態である。

 

「―――ガァァァアアアアアア!」

(やかま)しいッ!」

 

 更に背後から襲い掛かって来た隻腕の食屍鬼(グール)すら、荒々しい横薙ぎの一閃で斬り伏せてしまう。

 

 その瞬間―――

 

 ―――グルルォォォオオオオオオオオオオッ!

 

 地に横たわっていた狼が()え、駆け出した。

 主の(もと)まで一気に跳躍し、勢いのまま体を(くわ)えて走る。逃走する。

 

「総員、撃ち方構え……―――」

 

 遠くのゲヴランツが何か言っている。だがそんなことはどうでもよかった。

 

「お前等……! どうしてあたしの命令を聞かなかったんだ! どうして……ッ!」

 

 嗚咽(おえつ)交じりの声に、答える者はない。

 

 簡単なことだ。

 負傷によってもう碌に戦うことができない役立たずの無駄飯喰らいと、まだ健康で未来ある若者。どちらが生き残るべきかなど、論ずるまでもない。

 

 しかし、モニカには納得できなかった。

 

「ちくしょうっ! ちくしょう、ちくしょう……ちくしょうっ!」

 

 森の中を、巨狼が疾走する。

 その足跡には――小さな、紅い染みがあった。

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