ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第二十一話 新生した者の出征と、敗北者の末路

 伏して一途に乞い願う食屍鬼(グール)の少女。

 力無く横たわっていた巨狼もまた必死に身体を起こし、頭を下げて平伏の姿勢を取る。

 

 力が欲しい――種族の誇りを捨ててでも。

 

 生きる為に。

 大切なものを護る為に。

 

 もしもそれが叶うなら、喜んで身を差し出す。モニカとアーズィヴァは確たる覚悟で臨み、望む。魔王の眷属となり、果てる時まで永劫に臣として仕えることを。

 

 魔王は依然として変わらぬ王らしき尊大な姿勢のまま、重ねて問うた。

 

「……吾輩の目的は、この世界から〈太陽〉を奪う事だ。当然、それを護る人間や天使共と全面的な戦争になるだろう。どれ程の犠牲が出るか、見当も付かん。仮に勝ったとしてもだ。その後も戦いは続くだろう。吾輩がこの世界に居る限り、未来永劫な。―――それでも尚、お前達は我が眷属になる事を望むか?」

 

「―――はい!」

 

 ―――ガウッ!

 

 モニカとアーズィヴァが声を揃えて首肯する。

 

 魔王は歌うように「(よろ)しい!」と手を叩き、玉座から立ち上がる。

 

「その返答で以って、お前達を吾輩の第一の臣とする。―――寄れ」

 

 有無を言わせぬ口調で告げる。

 

 モニカとアーズィヴァは玉座まで近付き、改めて魔王の足元に(ひざまず)いた。

 

 魔王は(くつろ)いだ姿勢を崩してその場に立ち上がり、一人と一匹に向かって右手を(かざ)す。すると、モニカとアーズィヴァの周りに変化が現れた。

 何処からともなく蒼い光の粒子が溢れ、一人と一匹の身体を包み込む。

 不可思議な現象だ。だが、モニカは怖がることも、(いぶか)しむこともしなかった。むしろ母の胎内にいるかのような、奇妙な心地良さを覚えていた。

 

 生まれ変わる―――

 

 先程の魔王の言葉を思い出す。

 比喩ではなく、文字通りに。モニカとアーズィヴァは、新たな存在へと新生しようとしていた。

 それは〈洗礼〉であり、〈祝福〉である。

 

 ―――Diddle Diddle, Diddle Diddle

 

 光が濃度を増す。祝福の鐘が鳴り響く。

 

 モニカとアーズィヴァの姿が見えなくなる。彼女達は、蒼い光の粒子――可視化されるほど高濃度の魔素によって形造られた、丸い揺り籠の中にいた。

 その外観は、繭にも、卵の殻にも似ている。

 

 魔王が指を鳴らす。瞬間――二条の黒い雷が、落ちた。

 

 黒雷に撃たれ、繭が裂ける。卵が割れる。

 光が粉々に砕け、一人と一匹の姿が外気に晒された。

 

「―――ほう」

 

 興味深げに魔王が呟く。

 

「―――――」

 

 モニカが、閉ざしていた目をゆっくりと開く。

 

 彼女の姿にはほとんど変化がない。

 

 身体や装備に付いていた傷が消えて新品も同然になっているが、その程度だった。種族も食屍鬼(グール)のまま変更はない。しかし肉体に大量の魔素を取り込んだことで身体機能が著しく上昇しており、更に遺伝子の奥深くに眠っていた古の食屍鬼(グール)の能力が目覚めている。

 今の彼女であれば、下級の天使如きに後れを取ることはないだろう。

 

「気分はどうだ」

「すごい……体の奥から、どんどん力が(みなぎ)ってきます! お前はどうだ、アーズィヴァ……―――って、あれ!?」

 

 隣を見たモニカが素っ頓狂な声を上げた。

 

 それもその筈。そこに見慣れた相棒の姿がなかったからだ。

 

 狼が、竜になっていた。

 

 鞍や手綱などの装具はそのままに、体躯が元の倍ほどに膨れ上がっている。

 更に体の至る所が黒い金属状の甲殻に覆われており、特に無数の節でできた長い尻尾は蟲のソレを連想させた。そして肩の辺りからブレード状の器官が生えている。

 それは翼だった。

 見た目は昆虫の翅にも、蝙蝠の翼にも似ていた。今は折り畳まれているが開閉自在な構造になっており、翼には皮膜代わりとして無数の細長く硬い翅がびっしりと並んだ状態で収納されている。

 顔付きと、黒い甲殻の隙間から伸びる青白い体毛に以前の面影が残ってはいるが、モニカとは違い、今のアーズィヴァは完全に別の生き物に変わっていた。

 

 今の彼女は狼ではない。

 

 邪悪竜(ジャバウォック)種に分類される、強大な力を持った魔物に生まれ変わったのだ。

 

 あまりの変わりぶりに、モニカは絶句したまま動けない。

 

「ほんとに、アーズィヴァなのか……?」

 

 愕然と呟く主に、狼竜は首を伸ばして鼻先を寄せた。そして親し気にモニカの顔をぺろぺろと舐め回す。

 

「うわっ!? ちょっと、おい!」

 

 突然の暴挙に抗議するが、当の狼竜は素知らぬ風に顔を背けて身を引くだけだった。

 

 一見すれば大人しく物静か。玲瓏な性質で従順だが、時々こうして妙に悪戯っぽい一面を見せることがある。

 

 モニカは確信する。

 

 この狼竜は間違いなく、相棒のアーズィヴァだった。

 

決定的成功(クリティカル)だな。お前達――特にそちらのアーズィヴァとやらは、吾輩が予想していた以上に強くなったようだ。良いことだ。―――さて。〈洗礼〉と〈祝福〉は済んだ。()くがいい」

「え、いくがいい、って……」

「お前達食屍鬼(グール)は食料に窮しているのだろう。一先ずは、そこの人造人(ホムンクルス)の肉を持って、里へ戻るが善かろう。特に許す。ただし、あの生きている娘は置いて行って貰うがな」

 

 魔王の言葉を受けて、モニカは当初の目的を思い出す。

 人造人(ホムンクルス)七体分の肉。食屍鬼(グール)は少量の食事で長期間生きられるのだ。あれだけあれば、最低でも半年は保つだろう。

 

 そして――力を得た今ならば、他に出来ることもある。

 

 食屍鬼(グール)は戦っている。

 族長――山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)。人間に囚われた彼を救い出すために、モニカの母とその仲間達が戦っている。死ぬことを前提として。

 だから、モニカは行かなければならなかった。

 

 戦場へ。

 

「用事があれば使いをやる。それまで、お前は自由だ。どうするかはお前自身が決めろ。ただし、死ぬ事は許さん。お前達は我が駒。我が道具。その命は既に吾輩の物であるという事を、肝に命じておけ」

「―――はい! 承知いたしました、魔王様! この御恩、決して忘れません!」

 

 礼をして踵を返す。

 

 まず持っていた袋に人造人(ホムンクルス)の肉を手際よく詰め込んだ。それをアーズィヴァの鞍に括りつけると、モニカはアーズィヴァの背に飛び乗って鞍に跨る。

 

「それでは魔王様、()って参ります!」

 

 手綱を打つ。狼竜が駆け出す。

 

 颯爽と去って行く背中を見送ってから、魔王は残された人造人(ホムンクルス)の娘に視線を向けた。

 

「さて、そこのお前」

 

「私、でしょうか」

「そうだ。主たる騎士が敗れた以上、今のお前の所有権は吾輩の物だ。解るな?」

「はい。理解致しました」

「宜しい」

 

 両者共に、発する言葉は無感情。それだけに嘘は含まれていない。

 

 魔王は人造人(ホムンクルス)の娘のことを配下として迎えたつもりであり。彼女もまた、魔王のことを既に主人として認識している。

 

 魔王が指を鳴らす。

 

 すると、通路の方から三体のゴブリンが現れた。彼等はそれぞれ椅子を二つ、そして円卓を一つ運んでいる。

 三体のゴブリンは玉座の間に円卓と椅子を置くと、魔王と人造人(ホムンクルス)の娘に(うやうや)しく礼をして、元来た方へ去って行った。

 

「差し当たって、お前に仕事を与える。付き合って貰うぞ。―――ふむ。お前、名は何という?」

「私に名は設定されておりません。好きにお呼び下さい」

「否。お前が決めるのだ」

 

「…………」

 

 否やと答えることはせず、人造人(ホムンクルス)の娘は無表情のまま、思案気に黙り込む。

 

「それでは、私のことはエルノインとお呼び下さい」

「ほう。理由は?」

「私の製造番号が『(エル)(ノイン)』でしたので」

「……まあよかろう。エルノイン、こちらへ来い。座れ」

「畏まりました」

 

 命令に従い、人造人(ホムンクルス)の娘――エルノインがテーブルに着く。

 魔王もまた壇上から降り、テーブルの許へ。そして彼は懐から二つ折りにされた板を取り出した。

 

 白と黒の市松模様の板――盤を、テーブルに置く。

 

「盤上遊戯、ですか」

「知っているか。ルールは解るか?」

「一通りのことは理解しています」

「ならば話は早い。(しば)しの間、吾輩に付き合って貰うぞ、エルノインよ」

 

 席に座り、告げる。

 エルノインは「畏まりました」と答え、静かに頭を下げた。

 

 * * *

 

 五匹のゴブリンは、マジパナを自分達に宛がわれた住み家へと運ぶ。

 

 玉座の間に繋がる横穴よりももっと手前にある、巧妙に偽装されたもう一つの迷宮の入り口。そちらがゴブリンを含む魔物達の巣窟だ。

 普段、玉座の間に通じる横穴は分厚い隔壁によって閉ざされている。

 しかし未だ迷宮の戦力は揃っていない。故に今回のみ、魔王が直々に相手をすべく隔壁を開けて敵を懐に入れたのだ。

 

 魔物は増える。これから。

 

 迷宮の奥――ゴブリン達が住み家にしている区画にマジパナを連れ込む。

礼節ヲ解セル小鬼(ジェントルモア・ゴブリン)〉はつい最近生み出されたばかりの魔物だ。その数は少ない。しかしたった一人の女を蹂躙するには、多過ぎた。

 

「くっ、これ以上、生き恥を晒す気はありません! 私を殺すがいい、魔物共! ほんの一時のこととはいえ、勝利を噛み締めればよろしい! だが忘れないことです! 最後に勝つのは、私達人間です! 私の仲間が、必ずお前達を皆殺しに―――」

 

 ゴブリンがマジパナの頬を張り、黙らせる。

 

 しかしその程度で気勢を削がれるマジパナではない。むしろ怒りに任せて暴挙を詰ろうと口を開くが―――

 

「ひっ!?」

 

 理解できない状況に直面し、女騎士は声を詰まらせる。

 

 ゴブリン達が服を脱ぎ始めたのだ。

 

 しかも、股間の陰茎がはち切れんばかりに屹立している。形状は人間の男のものと大差がないが――男を知らぬマジパナにとって、ソレは完全に未知の物体だった。

 無論、知識としては知っている。

 雄の象徴。

 男嫌いの彼女がこの世で最も嫌悪する、汚穢な肉の塊だ。

 

「な、なに!? お前達、いったい、なにを……―――ッ!」

 

 瞬間、脳裏に浮かんだ悪魔的な閃きがマジパナの背筋を凍らせる。

 

「い、いやよ……そんなの、絶対に嫌……!」

 

 自分がこれからどうなるか悟ったマジパナは、恥も外聞も捨てて、駄々をこねる子供のように手足を振り回してもがく。この場から一刻でも早く逃げ出したかった。

 しかし、それは叶わない。

 今の彼女は天使の加護を喪失し、身体能力は見た目相応にまで低下している。更に魔王の攻撃を受けたことで負ったダメージが予想以上に大きく、未だ(ろく)に体を動かせない有り様だ。手足を押さえ付けるゴブリン達を振り解くなど、不可能だった。

 

 そして―――

 

「―――――」

 

 服を脱ぎ終えたゴブリン達がマジパナの許に群がり、鎧を剥ぎ取った。更に力任せに衣服を引っ張って裂き千切る。

 乙女の柔肌が外気に晒された。

 陶器を思わせる艶やかな白が、じっとりと湿った闇の中に浮かび上がる。

 大きく実った張りのある乳房、鍛えられた腹筋。そしてその下のあられもない部分まで。誰にも見せたことのない全てが、ゴブリン達の前に晒された。

 

「あ、ああ……っ」

 

 最早言葉が出ない。ぱくぱくと口を開閉させるマジパナ。

 

 そんな彼女に、次々と醜悪なゴブリンが覆い被さる。

 

「いっ――いやあああああああああああああ!」

 

 敗北した女騎士は、悲鳴を上げることしか出来なかった。

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