ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第三十話 嵐

「―――オオオォォオオオオオオオオオオッ!」

 

 裂帛(れっぱく)の如き咆哮と共に、手にした戦鎌を振るう。

 

 コナの戦いぶりは死神の(たと)えに相応しいものだった。

 彼女が斬撃を放つ度に、敵の命が両断される。

 一度に二、三人をまとめて倒すことも珍しくない。(おびただ)しい量の返り血によって、彼女の全身は真っ赤に染まっていた。

 

 ただし、その全てが敵のものという訳でもない。

 

 彼女自身、少なくない量の血を流している。それも当然。先陣を切って絶えず前進しているのだ。負傷は避けられない。

 特に酷いのは矢傷だ。

 人造人(ホムンクルス)の主だった装備には、戦斧(ハルバード)の他に(ボウガン)がある。

 (ボウガン)は弓と違って速射性に劣るものの、〈喇叭(ラッパ)〉と同様、必要最低限の訓練のみで扱うことができる。その特徴から、人造人(ホムンクルス)用の装備として多くの数が配備されていた。

 

 戦斧(ハルバード)(さば)けても、機械仕掛けで射出される高速の矢を落とすことは難しい。

 それが(たと)え、数多の戦場を乗り越えてきた熟練の戦士であろうと例外ではなかった。

 

 コナの総身に突き刺さった矢の数は、最早両手の指では足らないほどだ。

 

 針鼠も同然の有り様だが、しかし彼女は全く怯みもせず。それどころか気勢も体力も一切衰えた様子を見せない。

 己の傷を省みることなく、ひたすら戦い続ける。

 

 それは他の食屍鬼(グール)達も同様だ。

 

 だが生物である以上、必ず限界は訪れる。

 一人、二人と、脱落する者が現れ始めた。

 

 ……どれだけの時間が過ぎただろうか。

 

 食屍鬼(グール)の戦士は半数近くが死んだ。対して、人造人(ホムンクルス)も同様。

 三十足らずの損害で、百を超える敵兵を殺戮(さつりく)せしめた結果だ。快挙と言っていいだろう。しかし元々の数に差がある以上、戦力差の優劣を覆すには至っていない。

 

「……チッ」

 

 臓腑(ぞうふ)のどこからか染み出て口内に湧いた血を吐き捨て、コナは舌打ちを零す。

 

 失血と疲労で視界が(かす)む。

 

 身体の感覚がない。それでも戦えているのは、卓越した戦士としての経験があるが故だ。敵の位置さえ捉えることができれば、後は勝手に手足が動く。

 殺すことに支障はない。しかし、回避ができない。

 どんどん傷が増えていく。

 立っているのがやっとだが、それでも武器を振るう手は緩めない。

 

「―――――」

 

 何事かを叫ぶ仲間の声が聞こえる。聞き馴染んだ旧友の怒鳴り声。恐らくは制止を叫んでいるのだろう。

 当然、コナはそれを無視した。

 休んでなどいられない。撤退するなど有り得ない。

 

 怒りが、彼女の体を突き動かす。

 

 人間への怒り。

 

 彼女には十人の子供達がいた。その内の八人が死んだ。戦って死んだ。食べることができず、餓死した。―――つまりは、人間に殺された。

 

 生き残った娘も無事とは言い難い。

 

 パーピュラシナは妊婦であるにも関わらず、重傷を負わされ、その上、手酷く凌辱された。コナが助けなければそのまま殺されていただろう。

 

 あの時――義理の息子を殺め、その亡骸の前で娘を犯していた騎士。

 

 忘れもしないあの男。

 第005号砦を象徴する赤い腕章と、その領主である証の獅子の勲章。(おぞ)ましい獣。闇を思わせる(よど)んだ金色の瞳の―――

 

「コナ―――――ッ!」

 

 呼ばれて、我に返る。

 いつもスカした態度を取っているカトゥーラらしくない、悲鳴にも似た叫び声。それを聞いた瞬間に、コナは自分の命運が尽きたことを悟った。

 

 時間が止まっている。

 

 目玉が上へと飛んで行って、自分自身とその周囲を俯瞰(ふかん)しているような感覚。

 無論、錯覚だ。

 死を目の前にした脳が生み出す幻。脳内麻薬が生み出した、生への活路を切り開かんとする悪足掻き。

 けれど――そんなものに意味はない。

 四方から飛来する無数の矢と、同士討ちすることを完全に度外視して戦斧(ハルバード)を振り上げて果敢に迫る人造人(ホムンクルス)達。

 

 これを躱す術など、ない。

 

 もしもこの状況で彼女が助かるのなら――それは、奇跡、だろう。

 

 起きないから奇跡という。

 

 だが――もしも。

 

 その奇跡を起こすことができる者が現れたなら。それは―――――

 

「……クソッ」

 

 死を目の前にして、コナが口汚く毒づく。

 

 今際の際に思い出すのは、最愛の夫の後ろ姿。

 

 そして、置いてきた娘達の顔だった。

 

 それが今――()()()()()()

 

 

 ―――グルルォォォオオオオオオオオオオッ!

 

 

 その時、巨大な咆哮が轟いた。

 

 響きは狼の吠え声に近い。しかし比較にならぬほどの声量と猛々しさ。

 その衝撃といえば、食屍鬼(グール)やその眷属である狼や禿鷹(コンドル)は元より、心を持たない人造人(ホムンクルス)すら委縮させるほどだった。

 

 コナは生きている。

 

 隕石の如く空から飛来したソレが、飛来する矢と人造人(ホムンクルス)の全てを蹴散らして払い除けたのだ。

 

「…………」

 

 コナは、呆然とソレを見上げる。

 

 (ドラゴン)だ。

 

 体躯は獅子の倍以上。

 鋼鉄の黒い外骨格と、針金の如き青白い体毛を併せ持つ狼竜。肩甲骨の辺りから生える翼は、蝙蝠の羽と昆虫の(はね)を合わせたような形をしている。

 

 その背には鞍があり、そこに一人の食屍鬼(グール)の少女が(またが)っていた。

 

 日差し除けのゴーグルによって目元は隠れている。

 だが、コナには一目しただけでそれが誰なのか分かった。当然だ。娘を見間違える母親など存在しない。

 

「―――征くぞ、アーズィヴァ!」

 

 ―――ガウッ!

 

 戦輪を掲げ、モニカが手綱を打つ。

 

 狼竜が吠えた。両の前脚を振り上げて威嚇(いかく)し、振り下ろし様に敵兵を踏み潰す。

 

 そこから始まったのは、戦いではなく、一方的な殺戮劇だった。

 

 (マモノ)と化したアーズィヴァだけではない。モニカの一挙手一投足、全てが必殺の攻撃となって人造人(ホムンクルス)を次々と(ほふ)っていく。

 戦輪の一投は間に立つ木々ごと敵兵を両断し、振るわれる鎖は容易く臓腑を破裂させる。

 だがやはり特筆すべきはアーズィヴァだ。凄まじい膂力(りょりょく)もさることながら、更には魔法としか形容できない超常の力を行使している。

 

 アーズィヴァの周囲には、常に暴風が吹き荒れていた。

 

 (ボウガン)から放たれる矢はおろか、戦斧(ハルバード)すら寄せ付けない異常なまでの風圧。

 それを口から放出する音速の竜巻の咆哮(ドラゴンブレス)

 飛翔し、羽搏(はばた)きから放つ冷風の斬撃。

 

 全てが常識を外れている。

 けれど最も目を引くのは、空を変化させる異能だった。

 

 闇に包まれている。

 

 空から地上まで――辺りは黒い濃霧で満ちて、〈太陽〉の光を(さえぎ)っていた。

 闇からは轟音と共に幾条もの光が落ち、更に膨大な量の水滴と大粒の(ひょう)が降ってきている。その勢いは凄まじく、人造人(ホムンクルス)ではまともに立っていることすらできない。

 

 それは、嵐だった。

 

 この〈太陽のない世界〉には存在しない筈の現象。太陽がなく、海もないこの世界では、そもそも雨すらまともに降りはしない。()()()()()()()()()()()()()()()()()のもの。

 それが今――実際に、この場所で発生していた。

 

 まさしく天変地異である。

 

 それを起こしているのは邪悪竜(ジャバウォック)種の魔物アーズィヴァ。

 

 魔王が(ほどこ)した〈祝福〉。

 彼女の体内に満ちる膨大な量の魔素の成せる業。魔素を魔力へと変換し、超常現象を起こすための媒介として行使する――魔物が持つ生体機能の発露である。

 

 嵐は食屍鬼(グール)に加護を、人造人(ホムンクルス)に破滅をもたらす。

 

 次々に肉塊へと成り果てて行く人造人(ホムンクルス)達。

 引き裂かれ、踏み潰され、高く高く吹き飛ばされた後に墜死(ついし)する。

 たった一騎によって、戦場の趨勢(すうせい)は覆った。

 モニカとアーズィヴァが瞬く間に敵兵を駆逐し、即座に事情を察した食屍鬼(グール)達が後に続いて『残り』を片付けていく。

 

 斯くして。

 三百いた人造人(ホムンクルス)の部隊は、完全に殲滅された。

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