ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第三十二話 通過儀礼

 食屍鬼(グール)達は、第2鉱山山脈の地下にある巨大迷宮へと足を踏み入れた。

 

 先頭を行くのは当然、モニカとアーズィヴァだ。

 

「こっちだ! みんな、あともう少しで着くから! がんばれ!」

 

 狼竜に騎乗した食屍鬼(グール)の少女が、後ろの仲間達に(はげ)ましの声を送る。しかし行軍の速度は変わらず、その足取りの重さは牛歩さながらであった。

 

 無理もない。

 

 つい先程まで戦場にいたのだ。

 全員が満身創痍(まんしんそうい)で、まだ生きているのが不思議な状態の者も少なくない。俊敏な狼達も、大荷物が載ったソリを引いている。移動速度が遅くなるのは必然だった。

 更に、ここは迷宮だ。

 闇の眷族(ナイトウォーカー)の本能か。漠然とではあるが、危険がないことは分かる。初めて訪れたはずなのに、まるで故郷に帰って来たかのような安心感があった。

 だが、逆にそれが不気味なのだ。

 迷宮を歩く食屍鬼(グール)達の表情は皆一様に、困惑と好奇心が()い交ぜになった、落ち着きのない色に染め上げられていた。

 

「……ははぁ。こいつは驚いたねぇ」

 

 コナもまた同様。

 目隠しを取り、琥珀色の瞳をきょろきょろと巡らせて辺りを見回しながら、感嘆とも茫洋(ぼうよう)ともつかない、間の抜けた調子の声を漏らす。

 他の者達と同様に重傷を負っている彼女だが、その振る舞いは実に自然体だ。突き刺さった矢を引き抜き、止血帯を巻いただけの応急処置しか施されていないにも関わらず、誰の手を借りるでもなく普通に歩いている。

 

 他の食屍鬼(グール)達もモニカとコナに(なら)い、目隠しを外した。

 

 食屍鬼(グール)の容姿は男女で大きな差があるが、それ以外の部分では――体格や顔付きなどを含む細かな個体差こそあれ――基本的には、生態規格を逸脱した特徴を持って生まれる者は少ない。

 食屍鬼(グール)は種族の遺伝的形質として、女であれば褐色の肌、黒い髪、琥珀色の瞳を持つ。

 ただしカトゥーラのみ、右眼が碧いオッドアイだった。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 やがて、食屍鬼(グール)達は迷宮の最奥――玉座の間に辿り着いた。

 

 客人の到着を察知し、重々しい音を立てて隔壁が口を開く。

 

 解放された空間。

 

 その先に――魔王が、いた。

 

「―――――」

 

 玉座に腰掛けた黒い男。

 その姿を目にした瞬間、一切の例外なく、全ての食屍鬼(グール)が彼の者に本能的な畏怖の念を抱いた。それはまさしく、神の奇蹟と存在を目の当たりにした敬虔な信徒の心地そのものだった。

 

 視線を、外すことが出来ない。

 

「―――お帰りなさい、モニカ。それに母様。戦士の皆も」

 

「姉さん!?」

 

 姉妹の声。

 それを聞き、魔王のオーラに気を取られていた食屍鬼(グール)達の緊張が、(わず)かに(ほぐ)れる。

 

 脇に目を向ければ、コナの娘――長女パーピュラシナの姿があった。

 

 (かたわ)らには給仕の格好(かっこう)をした人造人(ホムンクルス)が佇んでいる。

 

 アーズィヴァの背から飛び降り、モニカは姉の許へと駆け寄った。

 

「顔色はずいぶん良くなったみたいだけど……大丈夫なの? まだ寝てた方がいいんじゃ……」

「ええ、大丈夫よ。私も魔王様の〈洗礼〉と〈祝福〉を受けたの。おかげで熱も下がったし、体力も戻ったわ。心配してくれてありがとう、モニカ。貴方も無事でよかった」

 

 熱く抱擁(ほうよう)し、妹の頭を愛おし気に()でる。

 

 モニカと同様、パーピュラシナの様子も随分と変わっている。

 体調が戻っただけではない。

 その身が生命力で満ちているのが一目で分かった。少し前まで死に体の傷病者だったとは思えない。

 

「パーピュラシナ……アンタ、一体……」

「母様」

 

 ゆっくりとモニカから離れ、パーピュラシナはコナの許へ近付いた。

 

「私はモニカと同様、魔王様のお力で、このお腹の子ともども命を救われました。

 あのお方は新たなる創造主。私達を生んだ創造主とは異なる存在ですが、眷属としてお仕えするに値する方であると――私は判断しました。里に残っていた他の食屍鬼(グール)達も心は同じです」

 

 慎ましく丁寧な口調だが、しかしパーピュラシナは毅然(きぜん)と言った。

 

 コナは眉根を寄せ、目を眇める。

 

「―――へぇ」

 

 実に獰猛な、鋭い犬歯を剥いた獣そのものの笑み。

 

 新たな魔王を主として仰ぐ。

 それは食屍鬼(グール)の――延いては、闇ノ眷属(ナイト・ウォーカー)の誇りを捨てることと同義だ。簡単に決めていいことではない。それも暫定的であるとはいえ、長であるコナに一言の断りもなく、というのは褒められたことではなかった。

 むしろ罰は必須。

 追放か、あるいは裏切り者として処理するか。いずれにしても、そのままでは何らかの叱責は免れ得ない。

 

 コナは青いカーペットの上を歩き、魔王の御前――その手前まで迫る。

 

 足を止め、コナは不遜とも取れる泰然とした構えで魔王を見上げた。

 

 そして、おもむろに口を開く。

 

 ()()が、始まった。

 

「―――アンタかい、アタシの娘達を誑かしたのは」

「―――()()()()。しかし、良いだろう。特に許す」

 

 それは、会話とは言い難いやり取りだった。

 

 だが、それも当然。暫定的とはいえ、コナは食屍鬼(グール)の長である。最初から下手に出ては面目が立たず、面子も丸潰れだ。皆が見ている手前、長として尊大に振る舞わなければならない。

 無論、それは魔王とて同じだ。

 モニカとパーピュラシナ、エルノイン。そして魔物達。彼女等の主として相応しい言葉(ロールプレイ)が求められる。

 

「如何にも、貴様の娘と同胞(はらから)を我が眷属とさせて貰った。今この場に()らん他の者共は、皆、迷宮に用意した居住区で身を休め英気を養っている。来たるべき戦いに備えてな。彼等は元より、貴様等にも我が駒として戦って貰うぞ。まず―――」

「オイオイオイ、ちょっと待ちな。アンタが只者じゃないってのは分かるさ。ウチの娘を助けて貰ったことにも感謝はしよう。だけどね、長であるアタシの頭を飛び越えて仲間を引っ張ってこうってのは聞き捨てならないね。それが可愛い娘となれば猶更だ! その上、言うに事欠いて駒だぁ!? 魔王だか何だか知らないが、随分と横暴じゃないか! ええ!?」

「ちょっと、母さん!?」

「アンタは黙ってなッ!」

 

 あまりに不敬な言い草に、モニカは母を止めようと身を乗り出すが、制される。

 モニカはそれでも食い下がろうとしたが、パーピュラシナとカトゥーラに肩を掴まれ、完全に止められてしまった。

 

「―――ふむ。であれば、何とする?」

 

 足を組み、玉座の肘掛けに頬杖を突いた態勢のまま――微動だにせず、魔王が静かに尋ねる。

 

 コナは獣の如き笑みを深めた。

 

 彼女は背負った武器を抜き放ち、大仰に一閃する。

 

「そんなの決まってらぁ! 娘が欲しいんなら、アタシを倒してから持って行くこった! 食屍鬼(グール)の戦士が欲しいんなら、長であるアタシをぶっ倒して自分が王様になるんだね! どちらにせよ―――」

「―――戦いは避けられぬ、と。善かろう」

 

 石像の如く座したまま動かなかった魔王が、ゆっくりと立ち上がる。

 

 手袋を外しながら、壇上から降りる。

 露わになる鉄の左手。

 漆黒の鉤爪を悠然と掲げて、魔王は食屍鬼(グール)の長と同じ目線に立つ。

 

「掛かって来い。相手をしよう」

「ハッ―――! 食屍鬼(グール)首領家王妃、コナ! 推して参る!」

 

 傷んだ身体に鞭打ち、精一杯の気を吹いて――コナは戦鎌を構えて、魔王へと挑み掛かった。

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