ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第三十六話 暗雲

 改めて、敵勢力の状況を確認しておこう。

 

 攻略目標は第005号砦。

 

 敵の最大戦力は領主、獣騎士ゲヴランツ。

 

 次いで、迅猪騎士ネヴァル。

 

 他に人間の騎士が二十人。それから、人造人(ホムンクルス)の兵が約七百体ほどだ。

 

 第005号砦攻略に当たって脅威となるのは、五ツ星(★★★★★)評価のゲヴランツ、そして三ツ星(★★★)のネヴァルだろう。

 この階級(ランク)は、彼等が召喚する天使の力を含めた総合的な評価だ。

 BBに曰く、他の()()の騎士達はマジパナと同様、最下級の天使しか召喚できないらしい。だがこの二人――特にゲヴランツに関しては、最低でも五ツ星(★★★★★)階級(ランク)の固有名持ち天使を召喚できると見て間違いないとのことだ。

 

 その戦力は未知数だ。

 十分以上に警戒する必要がある。

 

 だが逆を言えば、それ以外は有象無象も同然だ。持ち前の戦力で事足りるだろうと俺は判断していた。

 

 彼等は移送されて来た山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を早速見せ物にしており、檻を積んだ馬車で街中を練り歩いている。まさしく市中引き回しだ。

 

 先頭に立っているのは、武装して馬に乗ったネヴァル。

 

 共周りとして、騎士が四人ついている。

 

 ……ちなみに、獣騎士殿は拠点の館で()()()()の真っ最中だった。

 実に良いご身分である。羨ましい限りだ。どうせなら俺の目の前にいる粗悪品迷宮案内人(ダンジョンキーパー)を引き取って頂けないものだろうか、などと愚考する。

 

「さて――そろそろ予定の時刻ですが。よろしいでありますか?」

 

 BBが問うてくる。

 

 戦場になるのは迷宮ではなく第005号砦。

 一度始まってしまえば、こちらに出来ることはもう何もない。準備が万端でなければ敗北は必至だ。

 

 今回の作戦を思い返しつつ、考える。

 

 打てる手は全て打った。

死体デ遊ブ胤液(クラフティ・ハンプティ)〉を含め、仕込みは済んでいる。

 エルノインにも()()()()を渡しているし、食屍鬼(グール)を味方につける目論みも成功。〈洗礼〉と〈祝福〉で強化した上で指揮下に置くことが叶った。

 

 だがそれでも、万全とは言い難いのが実情だ。

 

 戦いに不測の事態は付き物である。

 

 相手の力がこちらの想定を超えている可能性は十二分にあるし、それ以前に、もし予想より早く敵の援軍が来るようなことがあれば、間違いなく負けるだろう。

 

 甘く見積もっても勝ち目は七割程度。

 高いように見えて、実際は全く以って信用ならない数値である。

 

 だが、それでも―――

 

「―――ああ、問題ない」

 

 無理矢理に不安を飲み込んで、出来るだけ力強く聞こえるように意識して答えた。

 

 BBは満足げに頷くと、甲高く手を打ち鳴らす。

 

 ―――パン!

 

 それを合図として、卓上に変化が現れる。

 第005号砦の周辺と内部にポコポコと白と黒の駒が多数生えた。

 その外観はチェスで使用されているものとそっくり同じで、それぞれが敵や味方ユニットの能力値(ステータス)階級(ランク)にそのまま対応していると思われる。

 

「こちらは〈匣庭〉内の戦況を、ボードゲーム風に表したものであります。駒はそれぞれ敵と味方に対応しており、現実の彼女達と連動して動く仕組みであります。マスターはこちらを通じて魔物の軍勢を操ることになります。

 ちなみに、チェスを模した形をしていますが、見た目だけです。なので駒の動かし方が変でも突っ込みは無用です。―――繰り返します。これは! 実際のチェスとは! 一切関係がございませんッ!!」

 

「あ、ああ……」

 

 何故かは分からないが、妙に念を押してくる。気圧され、思わず頷いてしまった。

 

 気を取り直して、盤上を見下ろす。

 

 今回の戦場は第005号砦。

 食屍鬼(グール)の前衛部隊はコナ、後方部隊はカトゥーラが指揮する。

 

 迷宮から出られない魔王は文字通り蚊帳の外だ。今回の戦いには持ち込めない。だが、それでも俺にできることはある。

 この迷宮管理室(テーブルトークルーム)から状況を俯瞰(ふかん)し、魔物を動かして、主戦力である原住民(NPC)達の戦いを支援するのだ。

 

 直接的な戦闘だけが手段ではない。

 

 敵勢力の非戦闘員に対する破壊や略奪行為も、十分な支援となる。

 

 そのためのゴブリンだ。そのために用意した駒だ。

 

「……気が重い。だが、仕方がない」

 

 死にたくないのなら――やらなければならない。

 

「―――フフフ」

 

 不意に、BBが笑みを零した。

 

「なんだ、いきなり」

「いえいえ、なんでもないであります」

 

 気にするなと言いつつ、彼女の表情は明らかにこちらを嘲弄していた。クスクスと、鈴を転がすような笑い声が絶えない。

 腹立たしい。

 何故か、無性に(しゃく)に障った。俺は思わず怒鳴りかけるが、狙い済ましていたのか、BBに機先を制される。

 

「―――さあ、愉しい愉しい戦争の時間であります!

 殺戮、蹂躙! 略奪、暴虐、陵辱! それこそが戦の本懐であり、闘争の華でありますからして。エンジョイ&エキサイティングを合言葉に、励んで刑務(ゲーム)を遂行して参りましょう!」

 

 ……いくらなんでも不謹慎が過ぎる。

 

 最早、溜息しか出てこなかった。

 

 ともあれ――気を取り直して。

 俺は自軍の手駒(ユニット)の証である黒い駒を摘まみ上げると、敵陣へ向かって盤上を進ませた。

 

 * * *

 

 第005号砦の往来を、巨大な馬車を中心とした一団が進む。

 

 馬車は虜囚の移送車両だった。

 通常の馬車よりも二回りは大きい。その荷台は鉄製の檻で出来ており、真上に封を施す役の天使が随伴している。

 漆黒の機体色。車軸部に真珠(パール)の核を持つ車輪型の姿は、第三位階(ビナー)の中級天使――〈すろーね〉に相違ない。

〈すろーね〉は座天使(スローンズ)種の天使が持つ固有の能力を行使し、檻の中のモノを空間ごと凍結して拘束していた。

 

 檻の中には、人型の怪物が拘束されていた。

 彼は黒い襤褸(ぼろ)布を被らされた上に、全身を鎖で(がん)()(がら)めに縛られていた。なので傍目には正確な容姿が分かり辛いのだが、とにかく大柄で精悍な体躯を有していることは窺える。

 だが何よりも目を引くのは、その貌だった。

 闇が(わだかま)ったような暗黒の中に、一点。白いものが覗いている。

 食屍鬼(グール)の雄らしい獣の頭部。生えた角は、通常の個体よりも長く大きく立派に発達している。その面貌に、人間の髑髏(ドクロ)が釘で打ち付けてあった。

 

 その姿はあまりにも不吉で、見る者に対して否が応にも死神を連想させる。

 

 実際、彼は怖るべき化け物だった。

 先の掃討戦においては同胞を逃がすために単騎で殿(しんがり)を務め、天使を含む全軍を足止めしたしたばかりか、第001号砦と第007号砦の領主が彼によって討ち取られている。

 赤騎士を一時的に退け、黒騎士によって制圧されるまで暴れ続けた――闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の末裔、食屍鬼(グール)首領・山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の名に恥じない正真正銘の怪物だ。

 

 けれども所詮、今の彼は囚われの身の上だ。怖れるには一切値しない。事実、既に彼は四つの街で虜囚として晒し物にされているのだ。

 

「ぶふぅー! けっ、決して警戒をっ、おお怠るんじゃぁないど! 食屍鬼(グール)共は自分達の王様を取り戻す機会をっ、虎視(こし)眈々(たんたん)と狙っているんだど! たとえ砦の中でも油断は禁物なんだど! ぶふぅー!」

 

 馬を駆り先頭を行くネヴァルが、声を張り上げる。

 追随するのは四人の騎士と、供回りの人造人(ホムンクルス)が十体。

 厳戒態勢だが、士気は低い。やる気があるのはネヴァルだけで、他の騎士達の面持ちは如何にも懈怠(けたい)そうだった。

 その有り様が、ネヴァルを苛立たせる。

 

(大事な任務中だっていうのに……まったく、どいつもこいつも(たる)んでるんだど! ゲヴランツもゲヴランツだど! こんな時に仕事もしないで、城に籠もってセックス三昧なんてどうかしてるど! あいつ、きっと脳味噌まで海綿体になってるに違いないんだど!)

 

 ネヴァルは真面目な男だ。

 規律を重んじ、不正を嫌う。正義感が強く、必要以上に自他に厳しく振る舞うことから、他者から疎まれ易い――そんな男だった。

 彼がゲヴランツの許を訪れる女達を詰るのも、そんな歪んだ正義感から来るものであった。

 

 無論、ゲヴランツにも不満はある。

 だが上官であり、この世界の最高権力者たる〈円卓〉の一員である彼に物申すことなどできない。故に自己正当化と溜まったフラストレーションを発散するために、彼は無意識に女達へと責任を転嫁しているのが実情だ。

 

(―――……うん、ど?)

 

 ふと、視界の隅に気になるものが入り込んだ気がして、ネヴァルは首を巡らせてそちらを注視する。

 

 見ると、子供が人造人(ホムンクルス)を虐げていた。

 

 二人の男児が、何事かを囃し立てながら三人の人造人(ホムンクルス)に石を投げている。彼女達は微動だにせず、石の直撃を受けていた。

 

「やめて!」

 

 子供と人造人(ホムンクルス)の間に、赤い髪の女の子が立っている。彼女は人造人(ホムンクルス)達を庇っているようだ。そして二人の男児は、彼女にも容赦なく投石を浴びせている。

 醜悪に笑いながら、だ。

 命中率は低いものの、下手な鉄砲も数撃てば当たる。女の子と人造人(ホムンクルス)は流血していた。

 

「―――――なにをやっているんだどォ! このクソガキ共ォ!!」

「げぅ!?」

 

 全速力で駆け付けたネヴァルが、勢いのままに男児の一人の蹴りを叩き込んだ。

 鋼鉄の具足に(よろ)われた爪先が、男児の柔らかな腹に突き刺さる。彼は勢い良く吹っ飛び、ごろごろと地面を転がった。

 衝撃で呼吸困難に陥っている。

 胃の腑が破裂したのだろう、男児は血を吐いた。

 

「ぶもぉぉおおおお!」

 

 激昂のままネヴァルは雄叫びを上げ、残るもう一人の男児に襲い掛かる。

 迅猪騎士の二つ名の通りの、猪の如き突撃。

 男児は呆気に取られたまま硬直している。そんな有り様故に当然、回避できず、男児はネヴァルに()かれて吹き飛ばされた。

 興奮治らず、ネヴァルは男児に馬乗りになると、男児の顔に連続して拳を叩き落とす。肉が潰れ、骨の砕ける音が鳴り響いた。

 (ようや)くネヴァルが落ち着いて手を止めた頃には、男児の歯はほとんどが砕け、頬骨と鼻骨は折れていた。眼球は両方とも潰れ、血と涙と眼房水が溢れている。顔面は二倍近く腫れ上がっており、最早原形を留めていない。見るも無残な姿に成り果てていた。

 

「まったく、信じられないクソガキ共なんだど! 抵抗できない人造人(ホムンクルス)と年下の女の子に石を投げるなんて! ぶふぅー! ……で、チミ達は大丈夫だど? 血が止まらないなら城で治療を受けるといいんだど!」

「あ……騎士さま……ありがとう、ございます、なの……」

 

 赤髪の娘――トルテは怯えた様子だったが、健気にもネヴァルにお礼を告げた。

 

「ごめんなさい……」

「? チミが謝る必要はないんだど!」

「でも、人造人(ホムンクルス)さんたちが怪我をしたのは私のせいなの……」

 

 ぽろぽろと涙を零しながら、トルテは告白する。

 

人造人(ホムンクルス)さんたちの様子が変だったから、私が話しかけたの。どうしたの、って。でもお返事がなくて……。話しかけ続けてたら、あの子たちがきて、私に石を投げたの。私が赤い髪の悪魔の子だから……それで、そのうち人造人(ホムンクルス)さんたちにも石を投げはじめたの……」

「ぶふぅー、なるほど、なんだど」

 

 顎を撫で、ネヴァルは頷く。

 完全に任務のことは頭から抜け落ちていた。

 

 だが暴走しているとはいえ、上官を置いて行く訳にはいかない。部下達は足を止め、如何にも面倒臭そうな面持ちで遠巻きに気を休めている。

 そんな彼等の姿を、物言わぬ人造人(ホムンクルス)達が眺めていた。

 人造人(ホムンクルス)達の表情は皆、酷く虚ろだ。だらしなく口を開き、白く濁った双眸は焦点が合っていない。

 

(この人造人(ホムンクルス)達は学士のメンテナンスを受けていないんだど? これはこれで気になるんだどが、それよりも―――)

 

 ネヴァルはトルテの目の前で片膝を突き、目線を合わせる。

 

「チミは悪くないんだど」

「―――え?」

 

 きょとん、と首を傾げる。

 構わずネヴァルは続けた。

 

「ぶふぅー……か、髪が赤いからなんだっていうんだど。そ、そんなことを理由に、石を投げていい理由には、なっ、ならないんだど。ぶふぅー」

「……でも、赤い髪は悪魔の子だって」

「そ、そんなのは馬鹿げた迷信に過ぎないんだど。現に聖騎士(パラディン)の、お、御一人である赤騎士ショカゴラ卿も、赤い髪に赤い眼だども、立派な騎士てしてお勤めを果たしているんだど。……斯くいうオデも、こんな醜い見た目だけんど、実力を評価されて、こうして偉い騎士に取り立てて頂いたんだど! だからチミに悪いところなんて、一つもないんだど! ぶふぅー!」

 

 鼻息を荒くして胸を張る。

 

 彼が口にした通り、その姿は醜かった。歪んだ正義感を振り(かざ)し、そんな自分の言葉に酔い()れている。

 まさしく豚のような男だ。

 傍から見ている部下達からして、仕事を放り出して子供相手になにをやっているのやら、と完全に呆れている。

 あまりにも見苦しい。

 偽善にしても醜悪に過ぎる。茶番劇とすら言えない有り様だ。

 

 だが、それでも―――

 

「……ありがとうなの、騎士さま」

 

 トルテは、はにかむように微笑んで告げた。

 

 騎士の言葉は、傷付いた幼い少女の心を氷解させるには十分だった。

 

 まるで御伽噺(おとぎばなし)のような、騎士と少女の心温まる交流。

 ここで物語が終われば、めでたしめでたし、とお決まりの音頭を取ることも出来ただろう。

 だが現実というものが常にそうであるように。

 この場合もまた唐突に――か弱い無辜(むこ)の人間達へと残酷に牙を剥き、非情な結末を叩き付けるのだ。

 

「―――――?」

 

 足を止めて遠巻きに様子を窺っていた騎士の一人が、何の気無しに空を見上げて――如何にも怪訝(けげん)そうに目を細める。

 

 ―――それはまるで、凶兆を報せるように。

 

 月も太陽も星もない、一切の光の無い暗黒の空。

 地上の〈太陽(ホシ)〉に照らし出された常夜の(とばり)。どこまでも無限に広がるその空間の、その端に――侵し、蝕むかの如く。

 夜闇のソレとは完全に性質を異にする真っ黒いものが、(にじ)んでいる。

 

 それは雲。

 

 腹に悪意と憎悪をたっぷりと蓄えた暗く黒い雲が、静かに垂れ込めて。災禍を運ぶ御旗の如く、不吉に立ち込めていた。

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