改めて、敵勢力の状況を確認しておこう。
攻略目標は第005号砦。
敵の最大戦力は領主、獣騎士ゲヴランツ。
次いで、迅猪騎士ネヴァル。
他に人間の騎士が二十人。それから、
第005号砦攻略に当たって脅威となるのは、
この
BBに曰く、他の
その戦力は未知数だ。
十分以上に警戒する必要がある。
だが逆を言えば、それ以外は有象無象も同然だ。持ち前の戦力で事足りるだろうと俺は判断していた。
彼等は移送されて来た
先頭に立っているのは、武装して馬に乗ったネヴァル。
共周りとして、騎士が四人ついている。
……ちなみに、獣騎士殿は拠点の館で
実に良いご身分である。羨ましい限りだ。どうせなら俺の目の前にいる粗悪品
「さて――そろそろ予定の時刻ですが。よろしいでありますか?」
BBが問うてくる。
戦場になるのは迷宮ではなく第005号砦。
一度始まってしまえば、こちらに出来ることはもう何もない。準備が万端でなければ敗北は必至だ。
今回の作戦を思い返しつつ、考える。
打てる手は全て打った。
〈
エルノインにも
だがそれでも、万全とは言い難いのが実情だ。
戦いに不測の事態は付き物である。
相手の力がこちらの想定を超えている可能性は十二分にあるし、それ以前に、もし予想より早く敵の援軍が来るようなことがあれば、間違いなく負けるだろう。
甘く見積もっても勝ち目は七割程度。
高いように見えて、実際は全く以って信用ならない数値である。
だが、それでも―――
「―――ああ、問題ない」
無理矢理に不安を飲み込んで、出来るだけ力強く聞こえるように意識して答えた。
BBは満足げに頷くと、甲高く手を打ち鳴らす。
―――パン!
それを合図として、卓上に変化が現れる。
第005号砦の周辺と内部にポコポコと白と黒の駒が多数生えた。
その外観はチェスで使用されているものとそっくり同じで、それぞれが敵や味方ユニットの
「こちらは〈匣庭〉内の戦況を、ボードゲーム風に表したものであります。駒はそれぞれ敵と味方に対応しており、現実の彼女達と連動して動く仕組みであります。マスターはこちらを通じて魔物の軍勢を操ることになります。
ちなみに、チェスを模した形をしていますが、見た目だけです。なので駒の動かし方が変でも突っ込みは無用です。―――繰り返します。これは! 実際のチェスとは! 一切関係がございませんッ!!」
「あ、ああ……」
何故かは分からないが、妙に念を押してくる。気圧され、思わず頷いてしまった。
気を取り直して、盤上を見下ろす。
今回の戦場は第005号砦。
迷宮から出られない魔王は文字通り蚊帳の外だ。今回の戦いには持ち込めない。だが、それでも俺にできることはある。
この
直接的な戦闘だけが手段ではない。
敵勢力の非戦闘員に対する破壊や略奪行為も、十分な支援となる。
そのためのゴブリンだ。そのために用意した駒だ。
「……気が重い。だが、仕方がない」
死にたくないのなら――やらなければならない。
「―――フフフ」
不意に、BBが笑みを零した。
「なんだ、いきなり」
「いえいえ、なんでもないであります」
気にするなと言いつつ、彼女の表情は明らかにこちらを嘲弄していた。クスクスと、鈴を転がすような笑い声が絶えない。
腹立たしい。
何故か、無性に
「―――さあ、愉しい愉しい戦争の時間であります!
殺戮、蹂躙! 略奪、暴虐、陵辱! それこそが戦の本懐であり、闘争の華でありますからして。エンジョイ&エキサイティングを合言葉に、励んで
……いくらなんでも不謹慎が過ぎる。
最早、溜息しか出てこなかった。
ともあれ――気を取り直して。
俺は自軍の
* * *
第005号砦の往来を、巨大な馬車を中心とした一団が進む。
馬車は虜囚の移送車両だった。
通常の馬車よりも二回りは大きい。その荷台は鉄製の檻で出来ており、真上に封を施す役の天使が随伴している。
漆黒の機体色。車軸部に
〈すろーね〉は
檻の中には、人型の怪物が拘束されていた。
彼は黒い
だが何よりも目を引くのは、その貌だった。
闇が
その姿はあまりにも不吉で、見る者に対して否が応にも死神を連想させる。
実際、彼は怖るべき化け物だった。
先の掃討戦においては同胞を逃がすために単騎で
赤騎士を一時的に退け、黒騎士によって制圧されるまで暴れ続けた――
けれども所詮、今の彼は囚われの身の上だ。怖れるには一切値しない。事実、既に彼は四つの街で虜囚として晒し物にされているのだ。
「ぶふぅー! けっ、決して警戒をっ、おお怠るんじゃぁないど!
馬を駆り先頭を行くネヴァルが、声を張り上げる。
追随するのは四人の騎士と、供回りの
厳戒態勢だが、士気は低い。やる気があるのはネヴァルだけで、他の騎士達の面持ちは如何にも
その有り様が、ネヴァルを苛立たせる。
(大事な任務中だっていうのに……まったく、どいつもこいつも
ネヴァルは真面目な男だ。
規律を重んじ、不正を嫌う。正義感が強く、必要以上に自他に厳しく振る舞うことから、他者から疎まれ易い――そんな男だった。
彼がゲヴランツの許を訪れる女達を詰るのも、そんな歪んだ正義感から来るものであった。
無論、ゲヴランツにも不満はある。
だが上官であり、この世界の最高権力者たる〈円卓〉の一員である彼に物申すことなどできない。故に自己正当化と溜まったフラストレーションを発散するために、彼は無意識に女達へと責任を転嫁しているのが実情だ。
(―――……うん、ど?)
ふと、視界の隅に気になるものが入り込んだ気がして、ネヴァルは首を巡らせてそちらを注視する。
見ると、子供が
二人の男児が、何事かを囃し立てながら三人の
「やめて!」
子供と
醜悪に笑いながら、だ。
命中率は低いものの、下手な鉄砲も数撃てば当たる。女の子と
「―――――なにをやっているんだどォ! このクソガキ共ォ!!」
「げぅ!?」
全速力で駆け付けたネヴァルが、勢いのままに男児の一人の蹴りを叩き込んだ。
鋼鉄の具足に
衝撃で呼吸困難に陥っている。
胃の腑が破裂したのだろう、男児は血を吐いた。
「ぶもぉぉおおおお!」
激昂のままネヴァルは雄叫びを上げ、残るもう一人の男児に襲い掛かる。
迅猪騎士の二つ名の通りの、猪の如き突撃。
男児は呆気に取られたまま硬直している。そんな有り様故に当然、回避できず、男児はネヴァルに
興奮治らず、ネヴァルは男児に馬乗りになると、男児の顔に連続して拳を叩き落とす。肉が潰れ、骨の砕ける音が鳴り響いた。
「まったく、信じられないクソガキ共なんだど! 抵抗できない
「あ……騎士さま……ありがとう、ございます、なの……」
赤髪の娘――トルテは怯えた様子だったが、健気にもネヴァルにお礼を告げた。
「ごめんなさい……」
「? チミが謝る必要はないんだど!」
「でも、
ぽろぽろと涙を零しながら、トルテは告白する。
「
「ぶふぅー、なるほど、なんだど」
顎を撫で、ネヴァルは頷く。
完全に任務のことは頭から抜け落ちていた。
だが暴走しているとはいえ、上官を置いて行く訳にはいかない。部下達は足を止め、如何にも面倒臭そうな面持ちで遠巻きに気を休めている。
そんな彼等の姿を、物言わぬ
(この
ネヴァルはトルテの目の前で片膝を突き、目線を合わせる。
「チミは悪くないんだど」
「―――え?」
きょとん、と首を傾げる。
構わずネヴァルは続けた。
「ぶふぅー……か、髪が赤いからなんだっていうんだど。そ、そんなことを理由に、石を投げていい理由には、なっ、ならないんだど。ぶふぅー」
「……でも、赤い髪は悪魔の子だって」
「そ、そんなのは馬鹿げた迷信に過ぎないんだど。現に
鼻息を荒くして胸を張る。
彼が口にした通り、その姿は醜かった。歪んだ正義感を振り
まさしく豚のような男だ。
傍から見ている部下達からして、仕事を放り出して子供相手になにをやっているのやら、と完全に呆れている。
あまりにも見苦しい。
偽善にしても醜悪に過ぎる。茶番劇とすら言えない有り様だ。
だが、それでも―――
「……ありがとうなの、騎士さま」
トルテは、はにかむように微笑んで告げた。
騎士の言葉は、傷付いた幼い少女の心を氷解させるには十分だった。
まるで
ここで物語が終われば、めでたしめでたし、とお決まりの音頭を取ることも出来ただろう。
だが現実というものが常にそうであるように。
この場合もまた唐突に――か弱い
「―――――?」
足を止めて遠巻きに様子を窺っていた騎士の一人が、何の気無しに空を見上げて――如何にも
―――それはまるで、凶兆を報せるように。
月も太陽も星もない、一切の光の無い暗黒の空。
地上の〈
夜闇のソレとは完全に性質を異にする真っ黒いものが、
それは雲。
腹に悪意と憎悪をたっぷりと蓄えた暗く黒い雲が、静かに垂れ込めて。災禍を運ぶ御旗の如く、不吉に立ち込めていた。