ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第四十一話 土壇場

 ギンギン、ビクビク――と。

 

 あたかも()()そのものであるかのように。

 小刻みに痙攣(けいれん)し、震え(たけ)る三体の〈ぷりあぷす〉。ぶるんぶるんと激しく左右に身を(よじ)りくねらせる姿は、とても金属でできているとは思えないほどに有機的だった。

 下半身の車輪を(もう)回転(かいてん)させて、〈ぷりあぷす〉達が一斉に突撃する。

 

 目標は、王妃コナ。

 

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)など全く眼中にない。

 この場から離脱し、背を向けて走り出した彼女へ向かって、行かせるものかと追い掛ける。

 大気を斬り裂く無数の刃。

 突進と合わせ、最大速力で衝突すれば分厚いコンクリート壁をも容易く斬り裂き粉砕する威力を発揮する。それが三体同時に迫り来る。

 怒張した触腕の群れを大きく左右に広げ、恋人を迎えるかの如く疾駆する天使達。しかし熱い抱擁(ほうよう)は、間男が横合いから放った一撃によって打ち払われた。

 横薙ぎに振るわれた大剣が、紙屑も同然に天使の巨躯を弾き飛ばす。

 

《“AAAAAHHHHAAAAAAAAA!”》

 

 苛立たし気に()える天使達。

 倒れ掛けた姿勢を危なげなく立て直し、三体の天使は(そろ)って標的を変更。山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の排除を最優先事項として設定した。

 三体の天使――それぞれの翼が帯電し、紅玉(ルビー)(コア)が十字に発光する。

 放たれる大電撃。

 (まばゆ)い閃光が大気を焼き、衝撃波の(とどろ)きが破壊の嵐となって周囲の全てを打ち砕く。

 自身を中心として全方位に放射された稲妻は、規模も威力も、下級天使のソレを(はる)かに凌駕(りょうが)していた。感電した建物や道路は吹き飛んで、見るも無惨な瓦礫と化している。

 それを同時に三つも浴びせたのだ。

 相手が通常の生物であれば、間違いなく死んでいる。―――しかし、彼の者は闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の末裔。食屍鬼(グール)の首領たる山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)である。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は自らの肉体を黒い煙に変え、完全に実体を失くすことで電撃を回避した。

 暴風雨の中で黒い煙は凄まじい勢いで渦を巻き、瞬きの内に、見上げる程にまで大きさを増大させている。

 瞬間――目に見えて濃密な質量を孕んだ黒煙が、天使に圧し掛かった。

 建物よりも巨大な四足獣が、天使を踏み潰している。

 闇のように黒い、有角の巨狼。

 黒煙が形を成して実体化した姿。神話に語られる、太陽を呑み込む狼を想起させる威容。

 それこそは食屍鬼(グール)の中でも、闇ノ眷属(ナイトウォーカー)たる原種の血を色濃く引く山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)にのみ可能な魔法であり生態。即ち――変身能力である。

 

《“AAAAAHHHHAAAAAAAAA!”》

 

 踏まれたまま身悶え、脱出しようと前後する〈ぷりあぷす〉。

 しかし拘束から抜け出すことは出来そうにない。

 

 三体の天使の内の一体を前肢の一方で踏み潰したまま、巨狼と化した山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が、他の天使の方を向く。そして――大きく(あご)を開き、口から凄まじい勢いで黒い何かを吐き出した。

 それは、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が持っていた大剣だった。

 大剣の柄頭からは鎖が伸び、巨狼の喉に繋がっている。まるで(ふん)のように射出された鉄塊が、〈ぷりあぷす〉の腹の破砕機(クラッシャー)に突き刺さる。

 剣は紙屑も同然に、〈ぷりあぷす〉の硬い装甲を貫いた。

 大小様々な鋼鉄の紅い破片が飛び散る。大剣は天使の機体を突き破って背後から抜け、地面をも穿(うが)った。

 

「ォォォオオオオオッ!」

 

 それだけに止まらず、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)口腔(こうくう)に鎖を巻き取りつつ猛烈に上半身を(ひね)り頭を振り上げる。

 細かな破片を飛び散らせながら、瀕死(ひんし)の天使が空の彼方へと吹き飛んでいった。

 

《“Ah―――――!”》

《“Ah―――――!”》

 

 残る二体が――その内の一体は山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)に踏まれた態勢のまま、(コア)を発光させて電撃を放つ。

 だがそれよりも早く、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は自らの身体を黒煙に変えていた。

 大気を(はし)る稲妻をやり過ごし、やや離れた位置で再び形を成す。その姿は元の、死神然とした黒い獣人型の巨躯だった。

 死刑執行人の大剣を(たずさ)えて。悠々と、幽々と。

 食屍鬼(グール)の翁は、残る二体の天使へと挑む。髑髏(ドクロ)の面で(おお)われた暗い眼窩(がんか)の闇の中で、闘争心に燃える琥珀色の瞳が爛々(らんらん)と輝いていた。

 

 * * *

 

「所長!? 何をしてるんですか!? 所長!!」

 

 慣れ親しんだ部下達が叫んでいる。それに答えることなく、ピルツィは扉を閉めた。

 酷く分厚い扉だ。

 そこは貴重な物資の他、劇薬の類を保管するのにも使われていた倉庫。故に、一度封鎖してしまえば内側からも外側からも開けることは至難である。

 その中に、小憎らしくも愛らしい部下達を閉じ込めた。

 

 ―――状況は逼迫(ひっぱく)している。

 

 外の様子は一切不明であるものの、ピルツィは現状をそのように判断していた。

 第005号砦の門は開放され、市街地はおろか城の内部にすら敵が侵入している。研究室に伝令は来ていないが、既に事態が最悪の局面を迎えているであろうことは、戦のことを知らないピルツィにも容易に理解できた。

 退路はない。

 だから技術学部の面々は、満場一致で研究室に籠城(ろうじょう)することを選んだ。

 

「うぅぅううう! ぉおりゃぁぁあああ!」

 

 力一杯、全力で本棚を動かす。

 ペンより重いものは持てない――と常日頃から言い張っている――非力なピルツィだが、火事場の馬鹿力が働いている今だけは特別だ。本棚や机、椅子などを片っ端から積み上げて、扉を塞いでいる。

 

「所長! 開けてください! 所長!!」

 

 ドンドン、と何度も扉が叩かれる。そして口々に騒々しく喚く所員達の声。くぐもって聞こえる音に対し、ピルツィは満足気に笑って頷く。

 それは――完全に、自らの死を悟って痩せ我慢をしている者の表情だった。

 

「こっ、ここ、これでもう安心ですよぅ! 封鎖は完了したので、貴方達はきちんと息を潜めていてくださいねぇ! 絶ッ対に喋っちゃ駄目ですよぅ!」

 

 次々に皮膚から(にじ)み出ては(ひたい)から顎へと流れ落ちる汗。慣れない肉体労働を行ったことで、全身が水を被ったような有り様になっていた。

 閉ざされた扉の向こうから、張り裂けんばかりの叫び声が聞こえてくる。

 

「こんな時になに格好付けてんですか、アンタはッ!」

「普段から『死にたい死にたい』って言ってましたけど、これは違うじゃないですか!」

「そうです、らしくないですよ所長! こういう時はむしろ逆でしょう!? 俺達を押し退けて真っ先に自分が倉庫に入って、速攻で扉を閉めちゃう、みたいなさァ!」

「一体どうしちゃったんですか!? また悪い(キノコ)でも食ったんですか!?」

「こんなことされたって、俺達嬉しくもなんともないですよ! 俺達は一連托生でしょうよ! 水臭いことはやめてください!」

 

 悲痛な言葉。厳重な分厚い隔壁越しにも聞こえるほどの声量は、そのまま所員達のピルツィを慕う気持ちを表している。

 それが嬉しい。誇らしい。

 だから、絶対に扉を開ける訳にはいかなかった。

 

「……貴方達も知っているでしょう? この倉庫は、外側からしか鍵が掛けられないんですからぁ。こうするのが最善なんですよぉ!」

 

「だから! 格好付けるのはやめろっつってんでしょッ!」

「そんなの、アンタがやることじゃないでしょうが! 俺達の中で生き延びるべきなのが誰かって言えば、ピルツィ所長以外にないでしょう!?」

「今からでも俺達全員が生き残れる道を探しましょう! ねぇってば所長!」

 

「―――所長だからこそぉッ! わ、私には、所員である貴方達を護る義務があるんですぅ! いいから静かにしてなさぁい! 騒いでいたら、助かる命も助かりませんよぉ!」

 

 言ってから重量のある機材をバリケードに叩き付け、ピルツィは後ずさるようにして倉庫から距離を取る。

 まだ所員達が騒いでいるようだったが、防音性能はバッチリで、少なくともピルツィの耳には何も聞こえなかった。

 

(よぅし! あとは、ぁ……―――)

 

 振り返って研修室を見回し、目当ての物を探す。

 人造人(ホムンクルス)の製造に使用さるる、試験瓶(フラスコ)型の培養槽が十機。床には本や書類の類が散乱し、その上に全ての排水溝から逆流した水が浅く溜まっている。

 ピルツィは床に落ちていた〈喇叭(ラッパ)〉を拾い上げた。

 きちんと弾丸が装填されていることを確認してから、培養槽の影に身を屈めて待機し、いつでも撃てる体勢で研究室の出入り口を(にら)む。

 倉庫と同様、バリケードで塞がれたドア。

 何者かがドアを破って侵入して来ようものなら、即座に〈喇叭〉を吹いて射撃し、弾丸を叩き込む腹積りだった。

〈喇叭〉を持つ腕が震えている。

 恐怖で身体が(すく)んでいた。死にたくなんてない。だが――それ以上に、大切な部下達を死なせたくない。その一心でピルツィは己を奮い立たせて、〈喇叭〉の持ち手を強く握り締めた。

 

 ―――ドン!

 

「ひぃっ!?」

 

 研究室のドアが外側から強く叩かれ、その音に驚き悲鳴を漏らす。

 ドアを叩く音は執拗に続いた。

 音はどんどん大きくなり、積み上げられたバリケードが不安定に揺れている。直ぐにでも崩れそうだ。

 

「…………っ!」

 

 改めて〈喇叭〉の照準を入り口の辺りに定めて、ピルツィはいつでも射撃できる態勢を整える。

 そして――ドアが開くと共に、バリケードが吹き飛んだ。

 

 凄まじい剛力によって蹴り破られた。

 粉砕されたドアやバリケードの破片が、辺りに四散する。立ち込める粉塵の煙。それを慎重にゆっくりと掻き分けて、黒い影が研究室に侵入した。

 

 侵入者は、女の姿をしていた。

 

 やや小柄の体型で、胸は真っ平らであるものの、女性らしい丸みを帯びた体付きをしている。黒い長穿(ズボン)に革鎧で武装し、上半身を外套で包み。目元は帯状の目隠しで覆っていた。

 背中には包みにくるんだ弓。背腰には矢筒。左手に湾曲した刀身の短剣を携えている。

 肌の色は褐色。青みがかった色の長い黒髪の隙間から覗く肌色の耳の他に、頭の上の方に三角形に近い形状の尖った獣耳が生えている。

 その姿は、疑いようもなく。

 闇ノ眷属(ナイトウォーカー)から分派した亜人種――食屍鬼(グール)の女戦士に違いない。

 

 褐色の指先が目元を隠す布に触れ、それを首元にまで下ろした。

 形の良い――しかし切れ長の、鋭い双眸が露になる。その左眼は食屍鬼(グール)に多く見られる琥珀色だったが、右眼は碧い色をしていた。

 艶やかな、けれど野性味の溢れる長い黒髪が、背中の半ばまで流れている。その根元から指先で手櫛を入れて、濡れた毛先を払った。

 食屍鬼(グール)の女戦士は詰まらなさそうな様子で、荒れた研究室をぐるりと渡す。それから――ピルツィが隠れている場所へ顔を向けた。

 

「―――――ッ!」

 

 完全に、反射で。

 脅威に直面したことで、身体を縛っていた恐怖心が弾け飛んだ。生存本能が身体を動かし、ピルツィは〈喇叭〉を吹く。その瞬間に思いっ切り目を閉じてしまったが、外さないだろうという自信がなんとなくあった。

 

 ―――しかし。

 

 弾丸は発射されず、〈喇叭〉はぷおー、と間の抜けた音を発するだけだった。

 

「…………」

「…………」

 

 痛い沈黙が、その場の空気に満ちる。

 

 決して誤作動ではない。ピルツィが持つ〈喇叭〉は組み立て終えたばかりの新品であり、第005号砦技術学部の名に懸けて動作不良など有り得ない。なのにどうして発射できないのかと言えば――ただ、単純に。

 充電器(バッテリー)が空なので動かなかったという、実にありきたりな()()()()だった。

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