ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第四十二話 恋は突然やって来る

 気が付いた時には、食屍鬼(グール)の女戦士がピルツィの目の前にいた。

 女戦士――カトゥーラはピルツィが持つ〈喇叭(ラッパ)〉を手刀で叩き落し、返す刀で顔面へ裏拳を叩き込んだ。

 

「ぶぎゃっ!?」

 

 豚のような悲鳴を上げて床の上を転がるピルツィ。

 衝撃で眼鏡のレンズが割れ、部屋の隅に飛んで行く。鼻腔(びこう)から(おびただ)しい量の血が(あふ)れ、服が汚れた。

 

「うぅぅううう……」

 

 鼻を押さえて(うずくま)るピルツィを無感情に見下ろして、改めて室内に脅威がないことを確認してから、カトゥーラは部屋の外に待機させていた仲間を呼んだ。

 

「もう入って来ていいわよ」

「了解ッス!」

 

 元気の良い女の声。

 食屍鬼(グール)の女戦士が一人と、男の戦士が四人。神経を張り詰めた警戒体勢だと一目で分かる男衆に比べて、女の様子は実に暢気(のんき)(すき)だらけに見える。

 コナほどではないが背の高い大柄な女性で、がっしりとした骨太な骨格をしているのが分かる。

 身に(まと)う戦士の装いと、四つ耳と尻尾などの身体的特徴は彼女が食屍鬼(グール)であることを如実に表しているが、しかし黒い(まだら)模様(もよう)が入った灰褐色という特殊な毛並みをしていた。

 彼女は床の上で(うめ)いているピルツィを見下ろして、大仰に目を丸くする。

 

「ありゃりゃ、手ぇ上げちゃったんスか? 大丈夫なんスかこれ、後で怒られたりしないッスか?」

「フン、別に構いやしないわよ」

 

 (とが)める響きを(はら)んだ指摘にも全く悪びれた様子を見せず、カトゥーラは鼻を鳴らす。

 

「それよりヴィルダ、あっち」

 

 カトゥーラが顎で指したのは、バリケードで塞がれた倉庫の扉だった。

 扉の向こう側は騒々しいが、危険はなさそうである。

 

 ヴィルダと呼ばれた女食屍鬼(グール)が頷く。

 

「あ~はいはい、了解ッス。それじゃあちゃちゃっと片付けちゃいますんで、周囲の警戒をお願いするッスよ~……―――おっ?」

 

 ヴィルダがバリケードを退かす前に、ソレは倉庫の扉ごと、内側から体当たりしていた所員達によって破られた。

 独特な刺激臭がツンと鼻を刺し、食屍鬼(グール)達は密かに顔をしかめた。

 

 研究室に雪崩れ込む所員達。

 

 即座に状況を理解した彼等の行動は素早かった。全員でピルツィの(もと)に群がって抱え起こし、壁になるよう努めている。

 

「―――食屍鬼(グール)の女の子だ! スゴイカワイイ!」

「言ってる場合か! ピルツィ所長! 大丈夫ですか、ピルツィ所長―――!」

 

「うぅぅううう……―――ハッ!? 貴方達、どうしてここにぃ!? 逃げ出したんですかぁ!? 自力で脱出を!?」

 

「倉庫にあった薬品を使って鍵を腐食させたんですよ! っていうか、それよりも鼻! 凄い鼻血ですよ、本当に大丈夫なんですか!?」

「あたまがぐらぐらしますぅ……まえがみえないぃ……」

 

 目を回していたピルツィだったが、少しずつ意識がはっきりしてきたのか。失神する直前の出来事を思い出し、血相を変えて飛び上がる。

 

「いや、それよりもッ! 今、研究室に食屍鬼(グール)が入って来てたんですよぅ! ここは危険ですぅ! 私が(おとり)になりますからぁ、貴方達は逃げてくださぁい!」

「いい加減、そんなことはもう言いっこなしですよ! 第一、もうすぐそこに食屍鬼(グール)の人達いますから!」

「今まで散々、一緒に危ない橋を渡って馬鹿やってきた仲じゃないですか! 俺達みんな、死ぬ時だってお供しますよ!」

「貴方達……ッ! うぅぅううう! 結局ぅ、生まれてこのかた素敵なお婿さんには出会えませんでしたけどぉ! こんな素晴らしい部下達を持ててぇ……! ボクはッ、幸せ者ですぅぅぅ……ッ!」

 

 円陣を組んで号泣する第005号砦技術学部研究所の一同。

 辺りの空気は(よど)んでいるのかと思うほど湿っぽい。

 

 あらゆる意味で割って入るのは(はばか)られる空気だったが、食屍鬼(グール)の女戦士ヴィルダは、持ち前の闇ノ眷属(ナイトウォーカー)らしからぬ陽気なマイペースさを発揮して、ピルツィ達に話し掛けた。

 

「はいはい、どーどー! お取り込み中なとこ悪いんスけど、こっちも色々と後の予定が詰めてて急がしいんで。そろそろその辺で愁嘆場(しゅうたんば)は終わりにして貰うッスよ~!」

「―――愁嘆場っていうか、茶番でしょ」

「ちょっと~! ただでさえなんかややこしい流れになってんスから、(あね)さんも変な口挟まないでくださいよ~!」

「フン……」

 

 鼻を鳴らし、そっぽを向くカトゥーラ。

 隊長である彼女のそんな子供じみた振る舞いに「まったくもう」と溜息を吐いてから、ヴィルダは努めてにこやかな表情で学士達に向き直った。

 

「皆さんは学士って人達で間違いないッスよね。ウチ等はアナタ方を迎えに来たんス。よく分かんないんスけど、新しいボスがどうやら皆さんに用があるらしくて。捕虜として丁重に扱うよう厳命されてるッス!」

「え……ボク、さっき殴られたんですけどぉ……」

「んー……まあ、そっちが武器を持って抵抗する場合はそうなっちゃうッスね。こっちも命懸けなんで。だから大人しくしててくれると助かるッス」

 

 軽く拝む仕草をして、「ね?」と()()()するヴィルダ。それを受けて、技術学部の面々は揃って顔を見合わせる。

 学士の一人が恐る恐る手を挙げた。

 

「……つまり、当面の間は俺達に危害を加えるつもりはないと?」

「その通りッス! だからひとまずは安心して欲しいッス!」

 

 両手の人差し指と中指を立て、ヴィルダは可能な限り平和的解決を訴えた。

 学士達はヴィルダの言葉に少なからず懐疑的な様子を見せているが、投降を決意するのは時間の問題だろう。

 そもそも彼等が生き残るには、ソレ以外の選択肢などないのだから。

 

 だが―――

 

(ひとまずは安心、ね……―――まったく、こいつもよくそんなことが言えるもんだわ)

 

 密かに舌打ちを零すカトゥーラ。

 戦いが始まってからずっと、研究室に立て籠っていた彼等には知る由もない。外が今、どんな惨状(さんじょう)になっているか。

 

 殺され、食され、犯される人間達。

 

 その有り様はまさしく地獄だ。

 カトゥーラは食屍鬼(グール)の中でも人間に対する敵意が強い方だが、それでも魔物達の残虐で傍若無人な振る舞いには反吐が出る思いだった。

 

 魔王が強大な力を持っているのは間違いない。

 

 だが、その存在を(あるじ)として認められるかは全く別の話だ。

 食屍鬼(グール)の王は、最も強いが故に、必ず兵と肩を並べて最前線に立ち、誰よりも勇猛(ゆうもう)に戦う。敗色濃厚となれば、同胞を逃がすために単騎で殿(しんがり)を務め、幾千幾万の敵兵をその場に釘付けにした。

 

 けれど魔王は違う。

 

 確かに彼は食屍鬼(グール)達に力を与えた。

 天使をも容易く討ち倒すことの出来る力を。敵軍を蹂躙(じゅうりん)するに足る策略と兵力を。しかし、本人は迷宮の奥深くに引き篭もったまま戦場に立たず、傍観を決め込んでいる。

 無論、その振る舞いは、『王』としては正しいものだ。

 心酔し切っているモニカは元より、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)不在時の指導者だったコナもまた魔王を認めている。現に()()()()、第005号砦の襲撃が上手く行っているのも事実だ。

 

 だが――だからといって、非道な行いに目を瞑っていい理由にはならない。

 戦場とは元より地獄そのものだ。しかし()()()()()()()()()、戦士には誇りと矜持が必要なのだ。殺生とは仲間のため、正義の名の下に行うものであって、娯楽を目的とした殺しなど紛うことなき鬼畜の所業である。

 別けても、カトゥーラの価値観においては。

 そういう意味では、虐殺と姦淫に(ふけ)る魔物共を友軍として受け入れることは心情的に難しい。そしてそれを生み出した魔王もまた同様だ。

 殺戮(さつりく)に酔い()れる彼等の姿は、それほどまでに危なっかしく度し難いものだった。

 

 今は味方だとしても――彼等の凶刃が、自分達に向かないという保障は何処にもない。

 

 手放しで信じるには、あまりにも危険過ぎる。

 

 口に出しはしないものの、それがカトゥーラの本心だった。

 そして内心で同じような考えを持つ食屍鬼(グール)は決して少なくない。―――迷宮管理人(ダンジョンマスター)が危惧した通りの状況だった。

 

 とはいえ。

 

(色々考えたところで、結局――私達食屍鬼(グール)が生き残るためには、魔王を受け入れるしかない……か。憂鬱だわ)

 

 蟀谷(こめかみ)の辺りを指先で押さえて、カトゥーラは重く溜息を吐く。

 

「……はあ。ヴィルダ、後は任せるわよ。私は外で騎士共を殺してくるわ」

「えぇっ!? 大丈夫なんスか!? だって外は……」

 

 ヴィルダはカトゥーラの顔と、彼女が背負っている弓とを交互に見やる。

 

 言いたいことは言わずと知れた。

 カトゥーラは食屍鬼(グール)の中で最も弓矢の扱いに優れる名手であり、その武勇は王妃コナに勝るとも劣らない。

 その彼女がどうして前線で戦わず、城の中で学士の捜索及び捕獲などという雑務をやっているのかといえば――当然、モニカとアーズィヴァが発生させた嵐の影響で、弓矢が使い物にならないからだった。

 

「やりようはいくらでもあるわ。それに、雑魚が相手ならコレだけで十分だし。問題ないわよ」

 

 手の中の短剣をくるくると回して(もてあそ)びながら、カトゥーラは答える。

 それから、待機している男衆の方を向いた。

 

「アンタ達はこの馬鹿と一緒に、人間共のお守りをしてなさい。逃げようとしたら手足を折ったって構わないから。なんなら、ちょっとだけなら摘み食いしちゃってもいいわよ。―――は? 『一人は危険だから着いて行く』? ハッ、アンタ達がいたらむしろ足手纏いよ。いいからここにいなさい、邪魔だから」

 

 鼻で笑い、カトゥーラは(きびす)を返して歩き出す。

 研究室から出る前に、カトゥーラは学士達を軽く一瞥(いちべつ)した。

 

「―――――」

 

 その眼差しには憐れみの色が含まれていたが、それ以上に冷たく酷薄なものだった。

 人間が養豚場の豚を見る時の目付きに近い。

 第005号砦の学士を捕虜として連れて来るようにと魔王から命じられたが――その理由については、カトゥーラ達には一切知らされていない。何をする気なのかてんで想像も付かないが、きっと(ろく)でもない目的のために利用するに違いあるまい。

 

 さっさと研究室から去って行くカトゥーラ。その背中を全員で静かに見送ってから、学士の一人が口を開く。

 

「……あの、そちらの食屍鬼(グール)の女性に訊きたいことがあるのですが」

「うん? ウチ? なんスか?」

「先程の可憐なオッドアイの女性は、えぇと……」

「か、可憐……? えーっと、カトゥーラの姐さんがどうかしたんスか?」

 

 きょとんとした表情で、ヴィルダは首を傾げた。

 対して、件の学士は妙にふわふわとした顔をしている。酒を飲んだ後のように紅潮して、目尻がとろんと下がっていた。

 仲間の奇妙な様子を目の当たりにして、技術学部の面々も不思議そうに首を傾げている。

 

 学士は自らに深く刻み込むように、何度かカトゥーラの名を繰り返し呟く。

 

「―――彼女の好みのタイプってご存知ですか?」

「え? は? なんスかいきなり?」

「そのままの意味です。俺は彼女のことが知りたいんですよ! ―――ああ、彼女は一体どんな男性が好みなんだろう。やはり食屍鬼(グール)なのだろうか。でも確か、食屍鬼(グール)には人間との異類婚姻譚があった筈。それなら人間の俺でもワンチャン―――」

 

 (あご)に手を当てて、一人の世界に入ってしまう食屍鬼(グール)娘が性癖の学士。

 ヴィルダは元より、彼の性癖を知っていた技術学部の面々ですら驚きで目を白黒させている。

 

「あのぉ……貴方、まさか先程の食屍鬼(グール)の女性にぃ……?」

 

 ピルツィが、意図して主語を抜いた質問を部下の男に投げる。

 彼は如何にも面映くはにかんだ。

 

「はい……一目惚れ、しちゃいました……」

 

「「嘘ぉ!?」」

 

 甲高い声で、ピルツィとヴィルダが同時に叫んだ。

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