ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第四十六話 それぞれの戦場では

「―――だぁああああ! しつッこいッッッ!」

 

 苛立たしい気持ちを声に変えて、常夜の空でモニカが叫ぶ。それに同意するように、アーズィヴァが咆哮した。

 空を駆け旋回する狼竜を、二体の天使が執拗に追い掛けている。

 天使はどちらも満身創痍。

 しかし依然として意気軒昂。気勢は衰えることを知らず、むしろ一層燃え上がるように激しく身悶えしている有り様だ。

 

 後一歩のところで仕留め切れない。

 

 とはいえ、問題はない。今回モニカとアーズィヴァに望まれた役割は、戦力としての戦士ではなく、魔法による味方への支援だからだ。

 嵐は一切衰えず、第005号砦は未だ混乱の渦中にある。

 成果として不足はない。

 それでも敵を一体でも多く倒せるのなら、それに越したことはないのもまた事実である。相手が等級(ランク)にして四ツ星(★★★★)評価の強敵なら尚更だ。

 

(クソッ!)

 

 吐き捨てるように舌を打ち、モニカは強く手綱を握り締める。

 

 目の前の敵との戦いに集中できない。

 理由は、相棒にあった。

 

 ―――荒れ狂う、力。

 

 五ツ星(★★★★★)等級(ランク)の中でも最上級。邪悪竜(ジャバウォック)アーズィヴァが発揮する力は、加減を間違えればそれこそ世界を滅ぼしかねないのだと――その実感があった。

 一度(たが)が外れれば最後――暴風雨は際限なく肥大し、〈太陽のない世界〉は神話のように洪水に没する。

 

 前回の戦いの際には、ここまでのプレッシャーは感じなかった。

 それもその筈だ。今回は行使する魔法の規模と持続時間が全く異なる。それ故に表出した問題を、モニカは重く受け止めていた。

 

 魔法(チカラ)の大雑把な行使を行っているのはアーズィヴァだが、精確なコントロールは騎手の役目だ。故にモニカには余裕がない。

 絶大な力を操るには、彼女の手は小さ過ぎた。

 もっと場数を踏み、経験を積みさえすれば、如何様にも手懐けられる。嵐の制御と前線での戦闘は、十二分に両立可能。モニカとアーズィヴァにはそれだけの潜在能力(ポテンシャル)があり、二人にはそれを引き出すに足る確かな絆があった。

 

 だが――それはあくまで未来の話であって、現在(イマ)ではない。

 今は、降り掛かる火の粉を払うだけで精一杯だ。

 

 無論、モニカは誰よりも自分達の状況を理解している。この戦いに勝つためには――まず一刻でも早く手にした力を身に馴染ませ、己のものに出来るよう努めなければならない。

 それが、今自分がやるべきことだ。

 けれど、逸る心がどうしても先走ってしまう。故に攻撃の手は精細を欠き、今一歩のところで敵を仕留めるに至らない。

 空中での機動戦という慣れない状況も向かい風として働いていた。

 

「いい加減にくたばれ―――!」

 

 ―――グルルォォォオオオオオオオオオオッ!

 

 投擲される戦輪。

 口腔から風鎚を音速で撃ち出す竜の咆哮(ドラゴンブレス)

 

 当たれば致死の攻撃を、二体の〈ぷりあぷす〉が(かわ)す。

 機体(ボディ)に損傷こそ負いはしたが、(コア)は健在である。活動に一切支障はない。

 

 延々と続く殺し合いのいたちごっこ。

 

 暗い空で繰り広げられる竜騎士と天使の戦い――それを、城の高塔から見上げる影がひとつ。

 

 白い髪。白い肌。赤い瞳。

 質素な給仕服を着た、三つ編みの少女。人造人(ホムンクルス)エルノイン。元々は第005号砦の所属であったが、現在は完全な成り行きで迷宮に味方している間者である。

 

 エルノインは、冷めた眼で戦況を俯瞰(ふかん)している。

 

 現状――全体的には迷宮側が優勢。

 市街地と城内は完全に制圧済みだ。

 

 ただし、一部は膠着(こうちゃく)状態に(おちい)っている。そちらの天秤の傾きようによっては、一転して敗色濃厚になる可能性が高い。

 特に顕著なのはコナと山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)、獣騎士ゲヴランツの戦いだ。

 

 ゲヴランツは山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が乱入するや否や、追加戦力として多数の天使を召喚した。

 概要としては―――

 四ツ星(★★★★)等級(ランク)力天使(バーチャーズ)種――〈ぷりあぷす〉が十体。

 一ツ星()等級(ランク)権天使(プリンシパリティーズ)種、〈ぷりんしぱりてぃ〉が二十体。

 一ツ星()等級(ランク)大天使(アークエンジェルズ)種、〈あーくゑんじぇる〉が五十体。

 一ツ星()等級(ランク)汎天使(エンジェルズ)種、〈ゑんじぇる〉が百体。

 

 既に召喚済みの二体と併せて、総勢百八十二体もの大軍勢(レギオン)

 しかしそのほとんどは雑兵だ。脅威にはなり得ない。現にコナと山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は、凄まじい勢いで天使の軍団を蹴散らしている。

 更にコナとゲヴランツの戦いを静観していた魔物や食屍鬼(グール)達も参戦しているのだ。

 後方に退き見物を決め込んでいるゲヴランツを再び前線に引き摺り込むまで、そう時間は掛からないだろう。

 

 ―――事、此処に至っては明白だ。

 ゲヴランツは、何かを待っている。

 

 戦況を覆す切り札たる〈賜具(シグ)〉――その手札を切るタイミングを見定めているのだ。

 けれど、分かるのはそこまで。

 具体的な条件を設定しているのは間違いないが、それが何なのかについては推測の域を出ない。ただ一つ確実なことがあるとすれば、油断は命取りであるという当たり前の事実だ。

 エルノインはゲヴランツの賜具を知っている。

 その恐るべき能力を知っている。

 だからこそ、彼女もまた()()()を切る機会を慎重に窺っていた。

 

 ……ちなみに。

 その情報は、迷宮側に一切共有していない。

 特に訊かれなかったからだ。

 

 エルノインは、左手に持った懐中時計を見やる。

 

 血のように紅い、しかし艶やかな金属の光沢を帯びたソレ。外蓋はタルトを模した装飾が施されている。

 蓋を開くと、時計の文字盤が顔を覗かせる。

 

 ―――チクタク、チクタク

 

 長針、短針、そして秒針。

 歯車と発条(ゼンマイ)の音に合わせて動く、ありきたりな機巧。

 しかし中央には唯一、玩具のような見慣れないスロットが一つ。

 

 スロットに絵はない。空白だ。今はまだ。

 

 この懐中時計こそが、魔王からエルノインに与えられた秘密兵器。だからこそ使い所は限られている。

 特に、相手は天使によって絶えず情報を共有しているのだ。

 上手く通用するのは一回切り。それ以降は必ず対策される。ともすれば、必ずしも今回の第005号砦攻略戦に使用するべきではない。温存できるのならそれに越したことはなかった。

 

 ―――キキキキキ!

 

 不意に、一匹の蝙蝠(こうもり)がエルノインの許に飛んで来る。

 蝙蝠は様子を窺うようにパタパタと羽搏(はばた)いてエルノインの周りを旋回。それから全くの遠慮もなしに、堂々と彼女の肩に止まった。

 

 エルノインは蝙蝠を軽く一瞥(いちべつ)しただけに留め、その存在を流す。

 

 戦場には、他にも何匹かの蝙蝠が飛んでいる。

 彼等は人造人(ホムンクルス)と同じ、血の色そのままの赤い眼で、第005号砦で起こる戦いの全てを観察していた。

 

「…………」

 

 エルノインは懐中時計を閉じて視線を切り、再び眼下を見下ろす。

 今の戦局、そして彼女が知るゲヴランツの性格。

 その他の諸々。

 それ等全てを総合的に判断して――彼女は、とある二人の戦いこそが戦況を左右する切っ掛けになると推測。そちらに注目することに決める。

 

 赤い視線の先―――

 

 カトゥーラとネヴァルが死闘を繰り広げていた。

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