「DOH――DODODODODODOHッ!」
天駆ける
虚空を踏み締める
進行方向に対して青白く電荷した
更に副次的に構築された電磁界の力場から生じる反発力を利用して加速、極限まで推力・突進力を高めた。
螺旋回転する稲妻の
旋回し、宙より飛来する流星。
その穂先を向けられたカトゥーラは、悪寒で顔色を青くする。胃の腑が重く沈み込み、
ムシュムスが城塞の壁を立体的に走り、間一髪で回避する。
戦車は紙屑も同然に、容易く城の壁を粉砕した。
そして勢いのまま幾つもの壁を砕き貫き、反対側まで突き抜けて、再び上空へと駆け昇る。
飛行する戦車を見上げ、カトゥーラは忌々しげに舌打ちした。
攻撃する隙がない。
恐らく、あの天使の飛行可能な高度や距離はそう大したものではない。そうでなければ、地上からの狙撃などと悠長なことはせず、さっさとモニカとアーズィヴァに戦いを挑んでいる筈だ。
―――〈ぷりんしぱりてぃ・ちゃりおっと〉。
属性は火。特性は『戦争』。
厄介な敵だ。
地上で戦うしかないカトゥーラが相手取るのは、あまりにも不利だった。
相手は必ず突進して来るため、攻撃の機会はある。だが当てるのが至難なのだ。
正面は元より、擦れ違い様に
唯一、後方には隙があるようだが―――
事実上の無敵状態で絶えず疾走する相手に有効打を与えるには、工夫が必要だ。
「ムシュムス!」
―――ガゥ!
手綱を打つと、主の意図を正確に汲み取って、蛮狼が短く
重要なのは位置取り。
敵が地面に対して深い角度で突っ込んでくるように誘導する。そのために周囲の地形を利用して、わざと――傍目には自然に見えるよう――僅かに足を止め、偽りの隙を作ってやるのだ。
思惑は――成功。
「DOH――DODODODODODOHッ!」
完全に頭に血が昇っているネヴァルは、まんまと誘いに乗った。
見え透いた罠だが、天使が主を
城壁を貫き、そのまま地面へ。深く。
間髪入れず、ムシュムスが素早く後を追う。暗い穴の中へ身を踊らせた。
目隠し越しに、五感で知覚するカトゥーラ。
獲物は、自ら
そこまでは読み通り。
しかし〈ぷりんしぱりてぃ・ちゃりおっと〉は止まっていない。荷電粒子と電磁気の障壁こそ消えてはいるものの、並ぶ軍馬の間から伸びる巨大な破城矛と、駆体から発せられる稲妻が、硬い岩盤を掘削している。
地中を掘り進んでいる。上へ、上へ。
再び天に昇るために。
そのスピードは狼に比べれば遅いが、人間が走る速度よりは疾い。
―――グルルォォォオオオオオオオオオオッ!
咆哮し、戦車の操縦席に立つネヴァルに襲い掛かる。
ネヴァルの脳は未だ
―――狭い地中。
―――迎撃に対し、敵が左右や上へ避けることは不可能。
―――ならば真正面から受けて立つべし。
「DODOH―――――ッ!」
放たれる
鉄塊じみて重く、長さのある武器だが、それを感じさせないほどに鋭く速い刺突。穂先は吸い込まれるように、蛮狼の顔面へ。
しかしそれよりも早く、蛮狼の肩から――畳まれていた巨腕が奔る。
右の腕脚が
更に伸びた左の腕が、ネヴァルの胴を確と鷲掴みにする。
「―――ッ!」
ムシュムスの背中に主の姿がない。
カトゥーラは蛮狼を目眩しとして、既に戦車の操縦席へ――迅猪騎士の懐に潜り込んでいた。
右手には、新たに抜いた鎌剣。
「シィ―――――ッ!」
一息の内に四度。
擦れ違いざまに振るわれた刃が、一切過つことなくネヴァルの四肢を斬り裂く。
肘と膝の裏側。
鎧で覆われていない間接部――しかしきっちりと防刃繊維で覆われ護られていた筈の肉から、真紅の血潮が吹き出した。
―――まだ終わりではない。
足を止めることなく肉薄するカトゥーラ。彼女は装備した腰嚢から、空いている左手で黒塗りの
投擲用の短剣を固く握りしめたまま、ネヴァルの顔面に突き刺す。
カトゥーラはそのまま
(チッ――確実に手足の腱と靭帯を切った筈なのに―――! なんで動けるのよ、コイツ……ッ! まさかもう繋がったっての!? あの一瞬で!? クソッ、化け物が!)
心底から忌々し気に悪態を吐くカトゥーラだが、言葉にはならず口から血が溢れるのみだった。
ただの拳打だった。
しかし天使の加護により筋力が上昇している上、鋼の篭手を
肋骨に
更に、追撃。
左眼に深々と
頭をすっぽりと隠す騎士の頭巾は、鋼板で補強されている。それが強かに頭蓋に直撃し、カトゥーラの額が割れた。
堪らず、ぐらりと傾ぐカトゥーラ。
体勢を崩した
具足に鎧われた硬い爪先が、カトゥーラの鼻っ面を潰す。
操縦席の壁に叩き付けられるカトゥーラ。
間を置かず、ネヴァルは
―――ガァァアアアアアッ!
主を傷付けられたことに激怒し、ネヴァルを噛み殺そうと、大きく
しかし―――
《“―――Ah―――――!”》
召喚者であるネヴァルの脳波に反応して、〈ぷりんしぱりてぃ・ちゃりおっと〉が放電する。
暗闇の中で激しく散華し、空気を焼く雷霆。
高圧電流を直に浴びたカトゥーラとムシュムスが、
―――直後、戦車は地上へと突き抜けた。
天高く急上昇・急加速する戦車の操縦席から、カトゥーラとムシュムスが、半ば吹き飛ばされる形で外へと放り出される。
城の屋根に落ちるムシュムス。
その後を追って落ちてくるカトゥーラを、ムシュムスは腕脚を使って受け止めた。
故に感電して未だ満足に動けないカトゥーラとは違い、ムシュムスはある程度の行動が可能だった。
「クソったれ……!」
今度こそ悪罵を吐き捨てて、カトゥーラは相棒である蛮狼の背中に乗る。
途端に駆け出すムシュムス。直後、疾走する戦車が城の屋根を粉砕した。
ゴム質の筋肉を有する
魔王の〈祝福〉によって得た形質によって、ムシュムスは空を飛ぶ敵とどうにか渡り合っていた。
どんなにすばしっこい鼠であろうと、
それでもムシュムスは周囲の地形を利用して立体的に動き回り、敵の攻撃を
紙一重の綱渡りである。
体力、集中力、判断力――何かが少しでも狂えば、その時点で敗北となる。蛮狼は、主の
そして、このままではそう遠くない内に
(どうする……―――!?)
回避しているだけではどうにもならない。だが、空を飛ぶ相手を仕留めるのは至難だ。
増援は期待できない。
そもそも来たとして役に立たない。満足に
ならば、どうする―――?
再び己に問い掛ける。答えは――ひとつしかない。
元より彼女は
カトゥーラは両眼を覆う目隠しに指を差し込み、隙間を開けて右眼のみを露出させる。
特に意味はない。彼女の右眼は生まれ付いての弱視で、〈太陽〉の有無に関係なくほとんど見えていないからだ。
ただの願掛けのようなもの。
だが、だからこそ今それが必要なのだと、彼女は判断した。
カトゥーラは背中の布包みを掴む。
それはいわゆる
名前の通り、複数の材料を貼り合わせて造られた代物だ。そうすることで、一つの材料から成る弓と比べて、格段に破壊力と射程が向上する特徴を有する。
カトゥーラの愛弓は芯となる木板を、それぞれ異なる靱性を持つ木板で前後を挟み、更に左右の両側面に
持ち主であるカトゥーラが独学で創り上げたものであり、同じ物はこの世に二つとない。
それだけに彼の強弦が発揮する威力は絶大であり、実際にこれまでに数多の敵を
弓を手にしたなら、必ず敵を
だが、やはり問題はある。
気の持ちようだけではどうしようもない、現実的な問題が。
矢が風雨の影響を受けて真っ直ぐに飛ばない――のだが、それ自体は然程問題ではない。
彼女ほどの熟練の弓手であれば、
技量の問題ではない。
もっと根本的な部分。
それは弓だ。
何製であろうと、弓の弦は必ず湿気や水気の影響を受けて、百パーセントの実力を発揮することが困難となる。
そして
使用されている接着剤が水に弱く、
それ自体は、本来なら問題にはならなかった。
そもそも〈太陽のない世界〉では雨など降らないのだ。防水処理が不要なのは必然である。
だが、アーズィヴァの存在がその前提を崩した。
弓が使えなくなる不利益よりも、アーズィヴァが起こす暴風雨と
魔王――
その判断は正しいと、カトゥーラは理解している。
無論、内心では不満たらたらだが。
(……この感じだと、一回が限度ね)
弦を軽く指で弾き、調子を確かめる。
邪魔にならない程度に布や紐を弓の本体に巻いて補強しているが、あまり役に立ちそうにない。
「……悪いわね、ムシュムス。地獄まで付き合って貰うわよ」
―――ガゥッ!
カトゥーラが手綱を打つ。
敵の様子や位置取りに注意しつつ、ムシュムスが走る。
目指しているのは高塔の屋根。
逃げ場などない――が、これ以上なく見晴らしのいい、障害物のない場所。馬鹿な猪が真っ直ぐ突っ込むにはお
そこで、真っ向から迎え撃つ―――!
到達と同時――カトゥーラは背腰の矢筒から矢を引き抜き、弓に
引き絞られ、軋みを上げる弓弦。
標的は上空。
旋回を終え、今まさに狙いを定めて駆け降りようとしている。
「―――――」
視覚を断ち、その他全ての感覚を開く。
見えない右眼で確と
耳で、鼻が、肌が、舌が――敵の位置を
極限まで高まる集中力。
全身を巡る血流が加速し、脳髄の隙間という隙間から溢れ出た脳内麻薬が時間感覚を遅らせていく。今の彼女は、一秒の百分の一を、千分の一を、万分の一を。そして百京分の一秒――刹那を認識するまでに至っていた。
時が止まるほどに超絶した集中力。
それに応えるように、カトゥーラの
迷宮にて体内に取り込み、蓄えていた魔素に火が着いた。全身の細胞が一斉に魔素を喰らって代謝し、魔力を生み出す。
生み出された魔力は、カトゥーラの遺伝子に眠っていた
瞬間――カトゥーラの碧い右眼が、黒く燃える。黒く煙る。
炎のような、煙のような。
それは可視化された『力』だった。
その『力』は
―――遥か上空。
稲妻を撒き散らして突貫する天使戦車。
荷電粒子と電磁気から成るエネルギーフィールド状の障壁を纏った、攻防一体の技。既に発動したソレは、疾走を終えるまで継続する。
どんな攻撃も無意味。
だが―――
「―――――」
猛然と迫り来る戦車。千里を数秒で駆け抜ける豪速だが、しかし今のカトゥーラには止まっているも同然だった。
焦りなどなく、ただ曇りなき殺意だけがある。
カトゥーラは操縦席に立つ騎士に狙いを定め、矢を保持する指を離す―――
魔弓から矢が、放たれて。
同時に、迅猪騎士の首から上が消えた。