七つの頭で天を仰ぎ、暗い虚空の喉から野太い
低い弦楽器のような、炸裂する爆弾のような音色。
それに呼応して、彼が頭上に戴いた、頭と同数の
異形と化した天空から、
光は、第005号砦内の全ての死体を照らした。
傍目には天の祝福めいて温かく見えるが、実際は地獄の業火に近い。
それを
光は、死体の生前の姿――その者の魂を、屍の直上に映し出した。
輪郭が定まると光は頭上で収束し、
瞬間――死者の霊魂が、物質化した。
半透明の幻像から、
霊体の身体は真紅の
それは――金色の骸骨を軸に、その者の霊魂で生前の面影を肉付けしたものだった。
奇怪を――否、奇蹟を起こす〈
その二つを携えた男は語る。
「―――――我が
誰に
まるで演劇舞台に登壇した役者のように、堂々と。誇示するように、ゲヴランツは自らの力を
雑巾のようにずぶ
荷電粒子砲の熱で蒸発したか。余分な水気や染みとは無縁で、しかし干涸びてもいない。艶やかに輝く金色の長髪を優雅に
「
混乱した頭で、どうにかゲヴランツの言葉を理解しようと務めるコナ。
噛み砕き、飲み込み、
時間を掛けて、どうにか現実と事実を受け入れて。それでもなお、信じられない、という表情で口を開く。
「……するってぇと、なんだ。テメェは、
「概ねその通りだ。だが、まあ……流石の私も、領民が完全に死に絶えるのを待つほど鬼畜ではない。条件は別に設定していたさ」
パチン――と、ゲヴランツが指を鳴らした瞬間。
「―――づっ、ぅぅう!」
―――ギャィン!
「カトゥーラ!? ムシュムス!?」
戦友と、その騎狼が不意に飛んで来た。しかも両者共に傷だらけなものだから、コナは思わず驚愕の声を漏らす。
カトゥーラとムシュムスは、手酷く痛めつけられていた。
次いで、激しく水飛沫を立てながら現れる巨躯の影。
それは、蒼褪めた輝きを放つ鋼鉄の像。
橙色の法衣を纏う威容。酷く
猪の後ろ脚は車輪になっていて、胴体の両側面には分厚い斧刃が備えられている。
「―――この通り、副官のネヴァルが死ぬのを待たせて貰った。能力はあるのだが、いかんせん、
「テメェ……! ホント、何処までも見下げ果てさせてくれるヤツだな!」
「く――ははははは! ならばもっと下の景色を見せてやろう!
ゲヴランツが、槍の石突で地面を叩く。
すると、極彩色に変わった空から、無数の天使が落ちて来た。
見た目だけなら先程と同じ、
ならば何が違うのかと目を
「―――……スマトラ……パーカス……ウバダン……マラゴ……ヴィーア……」
コナが漏らした
カトゥーラとコナは戦友であり、悪友であり――幼馴染の親友で、家族ぐるみの付き合いだ。だから当然、コナが口にした名前が誰のものか即座に理解できた。
それは、戦死したコナの子供達の名前だった。
十人の子供の内、戦場で討ち死にした者達。飢えて死んだ子供が含まれていないのは、果たして慰めになるのかどうか―――
更に、ゲヴランツの傍に賜徒化
彼はコナの実子ではなかったが、紛れもない家族だった。
名前は―――
「―――ディゴ……!」
第二王女パーピュラシナの夫で、ゲヴランツに殺された戦士――その魂に違いなかった。
「―――――ッッッ!!」
最早、罵倒すら出て来ない。
赫怒の形相で怨敵を睨むコナ。噛み締め過ぎた奥歯が砕けた。怒りで
最悪だ。最悪の極みだ。
美徳を積めば、消えた創造主の許へ召され、永遠の安寧を得る。悪徳を犯せば地獄に堕ちて、永劫の罰を受ける。
自己を律し、他者を律し、社会を律し、そうすることで人は正しく生きられる。
当たり前のもの。当たり前でなければならないもの。
獣にはない、知性ある者の矜持だ。
程度の差こそあれ、人間もそれは同じだ。その筈だ。だが――ゲヴランツの
―――これを最悪と言わずして、なんとする。
死後という、確かめようのない儚い希望でさえ。祈りでさえ。あの男は手篭めにして、陵辱している―――!
そして何より、
これが鬼畜の仕業でないなら何だというのか。
「―――オオォォォオオオオオオオオッ!」
腰を落とし、
ゲヴランツを斬る為に。
だが――刃は振るわれず。それどころか、間合いまで接近することすら叶わなかった。
賜徒化した
一瞬、足が止まる。
当然、
無数の刃が、胸を、腹を、腕を、足を貫く。
刃を伝い、傷口から血が溢れた。
内臓を損傷したのだろう、口からも血を吐き出す。
「ぐっ―――糞、畜生……チクショウ……ッ!」
涙を流し、静かに
横隔膜が
目の前の子達を抱き締めてやりたいが、それすら難しい。
彼女を刺した賜徒化
家族水入らずの愁嘆場だ。
ともすればそのまま終幕と相成りそうな所だが、横から水を差す者がひとり。
否、一人と一体。
「―――ムシュムス! コイツ等の頭を潰しなさい!」
―――ガゥ!
「カトゥーラ!?」
鎌剣を手に突っ込んで来る、
カトゥーラは上段から真っ直ぐに振り下ろし、賜徒化
ムシュムスの強靭な顎が、賜徒化
更に伸ばされた二本の腕脚が二体の賜徒化
頭部を損傷した賜徒化
残る三体の賜徒化
「立ちなさい、コナ。まだ戦いは終わってないわよ。馬鹿みたいに頑丈なんだから、まだやれるでしょ、アンタなら」
「カトゥーラ……! アレは――あの子達は、アタシの……―――」
「―――
容赦なく
普段の彼女なら気にも止めない
だがコナは幼い少女のように、肩をびくりと震わせている。その様子が、見えなくても分かるくらいに無様だったものだから、更にカトゥーラは激した。
「アンタ分かってんの!? 今、私達は戦争してんの!
―――そりゃあ辛いでしょうよ! あんなに子煩悩だったアンタのことだもの! 私なんかには想像もつかないくらい、今のアンタは辛いでしょうよ! でも止まってる暇なんかないでしょう!? こうしてる間にも、敵の増援が来るかもしれないんだから! 一秒でも早くこの戦いを終わらせなきゃなんないの! 泣き言を言ってる時間はないわ!」
「…………」
「―――それにね。どちらにせよ戦わなきゃ、あの子達は救えないわよ。仲間の魂を解放する為には、あの糞野郎を殺す以外に方法はないわ。きっとね」
ただの推測でしかないが、当たらずとも遠からずといった所だろう、とカトゥーラは考える。
このふざけた奇蹟が〈賜具〉と〈賜徒〉の能力に依るものだというのなら、術を起動している所有者を殺せば解除されるのは道理。
無論、所有者が死ねば、道連れに消えてしまう可能性もある。
だがその場合はどうしようもないので、考えないことにした。
「子供達と娘婿を救うのよ。あの糞野郎を殺してね。そうしたらきっと、みんな喜ぶわ。頭を砕くくらいは大目に見てくれるでしょ」
「…………ハッ」
カトゥーラの内心の危惧を察しつつも、コナは立ち上がった。
その表情に、もはや軟弱な色はない。
「……悪いね、カトゥーラ。眼が
「フン――ほんと、世話が焼けるんだから」
二人で肩を並べて、真っ直ぐに敵を直視する。
ゲヴランツは意外そうな面持ちで、再起したコナを眺めていた。
(……まさか、立ち直るとはな)
思惑通りに事が進まなかった事実に苛立ちを覚え、密やかに舌打ちする。
彼の存在は、
それを失った今なら、軽く突いただけで戦意喪失するだろう――と。実際に折れる寸前までいったようだが、すっかり開き直っている。
……コナとカトゥーラが茶番劇を繰り広げる傍ら、ゲヴランツは自陣の把握に努めていた。
(マジパナは殺されてはいないのか。どうやら、生きたまま迷宮とやらに捕らわれているらしい。奴がいれば、有象無象共の掃討を手早く済ませられたのだが……)
自分より程度が低いと判断した者の魂を自動で捕える――その能力の性質が故に、ゲヴランツは自身が喰らった魂を大雑把にしか把握できない。
にも
ともあれ―――
二重に当てが外れた格好に、ゲヴランツは苛立ちを募らせる。
しかしそんな内心を一切面に出さないまま、彼は気を取り直した。
「―――フン、まあいい。それならばもっと絶望をくれてやるだけだ」
傲岸に
絶望―――
何が出て来たとしても驚かないよう、コナとカトゥーラは
だが野卑で悪辣な獣の一手は、想像の遥か上を行った。
―――
降りて来る天使達。
更に―――
「アレは、確か第001号砦の領主の……」
「第007号砦の領主もいるわね。……同じ〈円卓〉の仲間ですらこの扱いなんだから、ある意味で恐れ入るわ」
肩を竦めて溜息を吐くカトゥーラ。
―――事此処に至っては、認めざるを得ない。
奇策による襲撃も、数的優位すらも、全くの無意味。完全に盤面は覆された。
兵など初めから不要。徹底的に、どこまでも自己で完結した世界。彼個人が数百万もの軍勢なのだ。ともすれば、愚かにしか見えなかったあれだけの慢心にも納得がいく。
一転しての劣勢。
勝ち目はない。それはコナもカトゥーラも、他の全ての
それでも戦意に
パーピュラシナや、幼い子供達。迷宮に預け、託した
「征くぞォ―――ッ!」
「蹴散らせ、踏み潰せ」
挑む
迎え撃つ天使の大軍勢。
将であるゲヴランツは〈ゑゐわす〉の頭に乗った。
四枚の翼を
―――詰まらない。
結局はいつもと同じだ。勝利を約束された闘争。勝って当たり前なのだから楽しくなどない――とまでは言わないが、流石に食傷だ。
蹂躙し、敗者を犯し、殺し、喰らう。
幾度となく繰り返して来た。最初はそれも愉快だったが、今はもうすっかり飽いている。故に、彼はただ事務的に事に当たっていた。
苛立たしい。
渇いている。
餓えている。
彼が幼少の頃から抱える、満たされない欲望。満たしたい衝動。今はそこに、酷い落胆が加わっていた。
理由は明白だった。
(
渇きを癒し、餓えを満たしてくれると。己がずっと胸に抱えて来た正体不明の苛立ちを解消してくれるのだと。予感して、裏切られた?
彼の者に――無意識の内に、何らかの光明を見出していたのだろうか?
ゲヴランツは〈賜具〉の力を発動し、捕えている筈の
しかし、反応無し。
……自分より程度が低いと判断した者の魂を自動で捕食し、繋獄する――それがゲヴランツが有する〈賜具〉の能力だ。よって彼が手ずから葬った相手は必ず術中に陥る。例外はない。
にも拘わらず、
(私は、奴を自分と同等――ないしは、それ以上の存在だと、無意識に認めていた―――?)
驚き半分、納得がいかないという気持ちが半分。
感情の天秤は拮抗していたが、しかし直ぐに後者の方へ傾いた。
「……下らん」
不快げに顔をしかめ、吐き捨てる。
今となっては詮なきこと。何故なら、
ゲヴランツの渇きを癒すのは、餓えを満たすのは――彼ではなかった。それだけのことだ。
「〈ゑゐわす〉、焼き払え」
淡々と命じる。
主に忠実なる〈賜徒〉は、七つの頭の顎を大きく開けた。
空の口腔で、黄金の光が収束する。
広範囲の破壊を目的とした、高出力荷電粒子砲による大規模破壊攻撃。
発射されれば第005号砦は焦土と化し、戦っている賜徒どころか生き残った領民まで巻き添えとなるが――この際、どうでもいいことだ。
気紛れで飽き性、どこまでも場当たり。
言動を翻すことに一切、
―――戦争の
全てを焼き尽くす死の光が、今まさに撃ち出されようとしている――その瞬間。
―――――死が、獣の胸を貫いた。
鈍い音が体内で響き、胸板を突き破る。その正体は無骨な大剣。楕円形の切先を持つ、死刑執行人の剣。
下方から突き上げられた刃は、ゲヴランツの心臓を串刺しにしている。更に、四肢を浮き上がらせていた。
肩越しに背後を見ると、琥珀色の眼光と視線が合った。
黒い巨軀。だが痩せ細った幽鬼。
生きていた――理解した瞬間、ゲヴランツは心の底から歓喜した。
「ははは――
答える術を
発現する
刃を中心に、ゲヴランツの体内が超高熱の煙で満たされる。溢れる。顔面の七孔――眼、鼻、耳、口の他、身体中の穴という穴から黒煙が立ち昇り、全身が黒い炎に包まれた。