ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第四十九話 法理侍らす獣の天獄 2

 七つの頭で天を仰ぎ、暗い虚空の喉から野太い咆哮(ほうこう)を轟かせる〈ゑゐわす・ざ・ゑんぺらー〉。

 低い弦楽器のような、炸裂する爆弾のような音色。

 それに呼応して、彼が頭上に戴いた、頭と同数の聖なる光輪(エンジェル・ハイロゥ)が急速に天へと昇る。七つの青白い輪は黄金と真紅の極彩色を描きながら平衡(へいこう)に広がって、あっという間に第005号砦の空を塗り潰した。

 

 異形と化した天空から、(きざはし)のように、幾つもの金色の光が降りて来る。

 

 光は、第005号砦内の全ての死体を照らした。

 

 傍目には天の祝福めいて温かく見えるが、実際は地獄の業火に近い。

 それを()びているのは騎士や領民、人造人(ホムンクルス)だけではない。魔物や食屍鬼(グール)にも分け(へだ)てなく――気味が悪いほど平等に降り注いでいる。

 光は、死体の生前の姿――その者の魂を、屍の直上に映し出した。

 輪郭が定まると光は頭上で収束し、聖なる光輪(エンジェル・ハイロゥ)に変化する。すると輪の中から紅い光の(いばら)が飛び出して、死者の魂を絡め取った。

 

 瞬間――死者の霊魂が、物質化した。

 

 半透明の幻像から、(あお)()めた輝きを放つ鋼鉄の像へ。

 霊体の身体は真紅の機体(ボディ)に変わり、橙色の法衣を纏う。頭部は黄金の髑髏(ドクロ)で、淡く揺らぐ光が陽炎(かげろう)のようにぼんやりと包んでいる。

 それは――金色の骸骨を軸に、その者の霊魂で生前の面影を肉付けしたものだった。

 

 奇怪を――否、奇蹟を起こす〈賜具(シグ)〉と〈賜徒(シト)〉。

 その二つを携えた男は語る。

 

「―――――我が聖槍(ヴェルレギス)と〈ゑゐわす〉の能力は、『死者の復活』だ」

 

 誰に()かれた訳でもないのに。

 まるで演劇舞台に登壇した役者のように、堂々と。誇示するように、ゲヴランツは自らの力を滔々(とうとう)と謳い上げる。

 雑巾のようにずぶ()れだったその総身は、完全に乾いていて汚れ一つない。

 荷電粒子砲の熱で蒸発したか。余分な水気や染みとは無縁で、しかし干涸びてもいない。艶やかに輝く金色の長髪を優雅に()き払う姿からは、ある種の神々しさすら感じられた。

 

聖槍(ヴェルレギス)は、所有者である私が『自分より程度が低い』と判断した者の魂を全て捕え、繋獄(けいごく)する。そして私が望めば、それに応じてこのように――彼等に天使の肉体を与えることが出来る訳だ。

 (よみがえ)った彼等は、当然ながら私の傀儡(かいらい)だ。自由意志などなく、ただ命令に従って戦うだけの木偶(でく)。通常の天使や人造人(ホムンクルス)と大差はない」

 

 混乱した頭で、どうにかゲヴランツの言葉を理解しようと務めるコナ。

 噛み砕き、飲み込み、反芻(はんすう)する。

 時間を掛けて、どうにか現実と事実を受け入れて。それでもなお、信じられない、という表情で口を開く。

 

「……するってぇと、なんだ。テメェは、()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか? だからそれまでずっと手を抜いてたって?」

「概ねその通りだ。だが、まあ……流石の私も、領民が完全に死に絶えるのを待つほど鬼畜ではない。条件は別に設定していたさ」

 

 パチン――と、ゲヴランツが指を鳴らした瞬間。

 

「―――づっ、ぅぅう!」

 

 ―――ギャィン!

 

「カトゥーラ!? ムシュムス!?」

 

 戦友と、その騎狼が不意に飛んで来た。しかも両者共に傷だらけなものだから、コナは思わず驚愕の声を漏らす。

 カトゥーラとムシュムスは、手酷く痛めつけられていた。

 

 次いで、激しく水飛沫を立てながら現れる巨躯の影。

 それは、蒼褪めた輝きを放つ鋼鉄の像。

 橙色の法衣を纏う威容。酷く恰幅(かっぷく)の良い真紅の機体(ボディ)。その上半身は人型だが、下半身は巨大な猪になっている。―――正確には、猪の額から人の上半身が生えている形だ。

 猪の後ろ脚は車輪になっていて、胴体の両側面には分厚い斧刃が備えられている。

 

「―――この通り、副官のネヴァルが死ぬのを待たせて貰った。能力はあるのだが、いかんせん、(いささ)か知恵の足りん男だったからな。こうなってくれて、むしろ助かったかな」

「テメェ……! ホント、何処までも見下げ果てさせてくれるヤツだな!」

「く――ははははは! ならばもっと下の景色を見せてやろう! ()()()()!」

 

 ゲヴランツが、槍の石突で地面を叩く。

 

 すると、極彩色に変わった空から、無数の天使が落ちて来た。

 見た目だけなら先程と同じ、食屍鬼(グール)の仲間達が天使の機体(ボディ)を与えられ、賜徒化したものと大差ない。事実として、死んだ食屍鬼(グール)の魂そのものだろう。

 ならば何が違うのかと目を()らし――はたと気付く。

 

「―――……スマトラ……パーカス……ウバダン……マラゴ……ヴィーア……」

 

 コナが漏らした譫言(うわごと)を聞き、カトゥーラが目を見張る。

 カトゥーラとコナは戦友であり、悪友であり――幼馴染の親友で、家族ぐるみの付き合いだ。だから当然、コナが口にした名前が誰のものか即座に理解できた。

 

 それは、戦死したコナの子供達の名前だった。

 

 十人の子供の内、戦場で討ち死にした者達。飢えて死んだ子供が含まれていないのは、果たして慰めになるのかどうか―――

 

 更に、ゲヴランツの傍に賜徒化食屍鬼(グール)が降り立つ。

 彼はコナの実子ではなかったが、紛れもない家族だった。

 

 名前は―――

 

「―――ディゴ……!」

 

 第二王女パーピュラシナの夫で、ゲヴランツに殺された戦士――その魂に違いなかった。

 

「―――――ッッッ!!」

 

 最早、罵倒すら出て来ない。

 赫怒の形相で怨敵を睨むコナ。噛み締め過ぎた奥歯が砕けた。怒りで沸騰(ふっとう)した血で脳味噌が()で上がり、憎悪が吹き零れる寸前だった。

 

 最悪だ。最悪の極みだ。

 

 食屍鬼(グール)には厳しい宗教的な戒律がある。それは辛く苦しい世相でもなお、自己を――そして他者を尊ぶために生まれたものだ。

 美徳を積めば、消えた創造主の許へ召され、永遠の安寧を得る。悪徳を犯せば地獄に堕ちて、永劫の罰を受ける。

 自己を律し、他者を律し、社会を律し、そうすることで人は正しく生きられる。

 当たり前のもの。当たり前でなければならないもの。

 獣にはない、知性ある者の矜持だ。

 程度の差こそあれ、人間もそれは同じだ。その筈だ。だが――ゲヴランツの賜具(ちから)は、そういった全てのものを破壊/破戒する悪魔の業だった。

 

 ―――これを最悪と言わずして、なんとする。

 

 死後という、確かめようのない儚い希望でさえ。祈りでさえ。あの男は手篭めにして、陵辱している―――!

 

 そして何より、態々(わざわざ)それを同胞に――母親に見せつけるなどという所業。

 これが鬼畜の仕業でないなら何だというのか。

 

「―――オオォォォオオオオオオオオッ!」

 

 裂帛(れっぱく)の雄叫びが大気を震わせる。

 腰を落とし、戦鎌(デスサイズ)を構えて走る。

 ゲヴランツを斬る為に。

 だが――刃は振るわれず。それどころか、間合いまで接近することすら叶わなかった。

 

 賜徒化した食屍鬼(グール)が――コナの息子達が、娘婿が。彼女の前に立ち塞がり、壁を造ったからだった。

 一瞬、足が止まる。

 当然、()がその隙を見逃す筈もない。賜徒達は腕に備わった鉤爪を、剣を――コナの身体に突き刺した。

 無数の刃が、胸を、腹を、腕を、足を貫く。

 刃を伝い、傷口から血が溢れた。

 内臓を損傷したのだろう、口からも血を吐き出す。

 

「ぐっ―――糞、畜生……チクショウ……ッ!」

 

 涙を流し、静かに嗚咽(おえつ)するコナ。

 横隔膜が痙攣(けいれん)し、痛みで胸が張り裂けそうになる。

 目の前の子達を抱き締めてやりたいが、それすら難しい。

 彼女を刺した賜徒化食屍鬼(グール)達も、虚ろな暗い眼窩(がんか)から溶解した金の雫を滂沱(ぼうだ)している。

 

 家族水入らずの愁嘆場だ。

 ともすればそのまま終幕と相成りそうな所だが、横から水を差す者がひとり。

 

 否、一人と一体。

 

「―――ムシュムス! コイツ等の頭を潰しなさい!」

 

 ―――ガゥ!

 

「カトゥーラ!?」

 

 鎌剣を手に突っ込んで来る、食屍鬼(グール)の戦士。そして蛮悪獣(バンダースナッチ)

 カトゥーラは上段から真っ直ぐに振り下ろし、賜徒化食屍鬼(グール)の頭を唐竹割りにする。ムシュムスも後に続いた。

 ムシュムスの強靭な顎が、賜徒化食屍鬼(グール)の頭蓋を噛み砕く。

 更に伸ばされた二本の腕脚が二体の賜徒化食屍鬼(グール)の頭部を鷲掴みにして、果物か何かのように握り潰した。

 

 頭部を損傷した賜徒化食屍鬼(グール)――その身を縛る光の茨が(たわ)み、力を失って、人形のようにくたりと地に両膝を突く。

 残る三体の賜徒化食屍鬼(グール)は、即座にコナの身体から刃を抜き、慎重に距離を取った。

 

「立ちなさい、コナ。まだ戦いは終わってないわよ。馬鹿みたいに頑丈なんだから、まだやれるでしょ、アンタなら」

「カトゥーラ……! アレは――あの子達は、アタシの……―――」

「―――()()()()()()()()()()!」

 

 容赦なく()を睨め付けたまま、カトゥーラは背後で座り込んでいるコナに怒号した。

 普段の彼女なら気にも止めない叱咤(しった)

 だがコナは幼い少女のように、肩をびくりと震わせている。その様子が、見えなくても分かるくらいに無様だったものだから、更にカトゥーラは激した。

 

「アンタ分かってんの!? 今、私達は戦争してんの!

 ―――そりゃあ辛いでしょうよ! あんなに子煩悩だったアンタのことだもの! 私なんかには想像もつかないくらい、今のアンタは辛いでしょうよ! でも止まってる暇なんかないでしょう!? こうしてる間にも、敵の増援が来るかもしれないんだから! 一秒でも早くこの戦いを終わらせなきゃなんないの! 泣き言を言ってる時間はないわ!」

 

「…………」

 

「―――それにね。どちらにせよ戦わなきゃ、あの子達は救えないわよ。仲間の魂を解放する為には、あの糞野郎を殺す以外に方法はないわ。きっとね」

 

 ただの推測でしかないが、当たらずとも遠からずといった所だろう、とカトゥーラは考える。

 このふざけた奇蹟が〈賜具〉と〈賜徒〉の能力に依るものだというのなら、術を起動している所有者を殺せば解除されるのは道理。

 

 無論、所有者が死ねば、道連れに消えてしまう可能性もある。

 だがその場合はどうしようもないので、考えないことにした。

 

「子供達と娘婿を救うのよ。あの糞野郎を殺してね。そうしたらきっと、みんな喜ぶわ。頭を砕くくらいは大目に見てくれるでしょ」

 

「…………ハッ」

 

 カトゥーラの内心の危惧を察しつつも、コナは立ち上がった。

 その表情に、もはや軟弱な色はない。

 食屍鬼(グール)の戦士――それを束ねるに相応しい者の貌。一時的な肩書きではあるが、役者不足ということはない。

 

「……悪いね、カトゥーラ。眼が()めたよ」

「フン――ほんと、世話が焼けるんだから」

 

 二人で肩を並べて、真っ直ぐに敵を直視する。

 

 ゲヴランツは意外そうな面持ちで、再起したコナを眺めていた。

 

(……まさか、立ち直るとはな)

 

 思惑通りに事が進まなかった事実に苛立ちを覚え、密やかに舌打ちする。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が思いの外呆気なく死んでしまったので、宙ぶらりんで不完全燃焼のまま残された欲求を満たすべく、コナを心身共に甚振って犯してやろうという腹積りだったのだが。

 彼の存在は、食屍鬼(グール)の精神的な支柱だった。

 それを失った今なら、軽く突いただけで戦意喪失するだろう――と。実際に折れる寸前までいったようだが、すっかり開き直っている。

 

 ……コナとカトゥーラが茶番劇を繰り広げる傍ら、ゲヴランツは自陣の把握に努めていた。

 ()び出した顔触れの中に、いる筈の者がいない。

 

(マジパナは殺されてはいないのか。どうやら、生きたまま迷宮とやらに捕らわれているらしい。奴がいれば、有象無象共の掃討を手早く済ませられたのだが……)

 

 自分より程度が低いと判断した者の魂を自動で捕える――その能力の性質が故に、ゲヴランツは自身が喰らった魂を大雑把にしか把握できない。

 にも(かか)わらず、コナの子供達と娘婿をきっちりと識別して喚び出してみせた辺り、彼の性根の悪さが窺える。

 

 ともあれ―――

 

 二重に当てが外れた格好に、ゲヴランツは苛立ちを募らせる。

 しかしそんな内心を一切面に出さないまま、彼は気を取り直した。

 

「―――フン、まあいい。それならばもっと絶望をくれてやるだけだ」

 

 傲岸に食屍鬼(グール)の戦士達を見下して、黄金の獣(マスターテリオン)――獣騎士ゲヴランツが(わら)う。

 

 絶望―――

 

 何が出て来たとしても驚かないよう、コナとカトゥーラは(ほぞ)を固めて身構えた。

 

 だが野卑で悪辣な獣の一手は、想像の遥か上を行った。

 

 ―――闇妖精(ダークエルフ)魔宴像(バフォメット)茸怪獣(マタンゴ)悪夢馬(ナイトメア)首無騎(デュラハン)

 

 降りて来る天使達。

 

 機体(ボディ)や法衣などは完全に共通している。だがその姿は紛れもなく――かつてこの世界を統べていた旧支配者達(グレート・オールド・ワンズ)闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の原種に違いない。

 

 更に―――

 

「アレは、確か第001号砦の領主の……」

「第007号砦の領主もいるわね。……同じ〈円卓〉の仲間ですらこの扱いなんだから、ある意味で恐れ入るわ」

 

 肩を竦めて溜息を吐くカトゥーラ。

 

 ―――事此処に至っては、認めざるを得ない。

 奇策による襲撃も、数的優位すらも、全くの無意味。完全に盤面は覆された。

 兵など初めから不要。徹底的に、どこまでも自己で完結した世界。彼個人が数百万もの軍勢なのだ。ともすれば、愚かにしか見えなかったあれだけの慢心にも納得がいく。

 

 一転しての劣勢。

 

 勝ち目はない。それはコナもカトゥーラも、他の全ての食屍鬼(グール)達も等しく悟っていた。

 それでも戦意に(かげ)りはない。

 パーピュラシナや、幼い子供達。迷宮に預け、託した食屍鬼(グール)という種の未来。そして今目の前で魂を捕らわれ、戦奴にされた仲間を救うため――彼等は今一度、己を死兵に変えた。

 

「征くぞォ―――ッ!」

 

「蹴散らせ、踏み潰せ」

 

 挑む食屍鬼(グール)と魔物。

 迎え撃つ天使の大軍勢。

 

 将であるゲヴランツは〈ゑゐわす〉の頭に乗った。

 四枚の翼を羽搏(はばた)かせ、飛翔する巨軀の天使。その頭上から、ゲヴランツは不敵に戦場を見下ろしている。

 

 ―――詰まらない。

 

 結局はいつもと同じだ。勝利を約束された闘争。勝って当たり前なのだから楽しくなどない――とまでは言わないが、流石に食傷だ。

 蹂躙し、敗者を犯し、殺し、喰らう。

 幾度となく繰り返して来た。最初はそれも愉快だったが、今はもうすっかり飽いている。故に、彼はただ事務的に事に当たっていた。

 

 苛立たしい。

 

 渇いている。

 餓えている。

 

 彼が幼少の頃から抱える、満たされない欲望。満たしたい衝動。今はそこに、酷い落胆が加わっていた。

 理由は明白だった。

 

山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)……―――私は、奴に期待していたのか?)

 

 渇きを癒し、餓えを満たしてくれると。己がずっと胸に抱えて来た正体不明の苛立ちを解消してくれるのだと。予感して、裏切られた?

 彼の者に――無意識の内に、何らかの光明を見出していたのだろうか?

 

 ゲヴランツは〈賜具〉の力を発動し、捕えている筈の山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の霊魂を喚び出そうと試みる。

 しかし、反応無し。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の魂は、〈法理侍ラス獣ノ天獄(リベル・アル・ヴェルレギス)〉に捕らわれていない。

 ……自分より程度が低いと判断した者の魂を自動で捕食し、繋獄する――それがゲヴランツが有する〈賜具〉の能力だ。よって彼が手ずから葬った相手は必ず術中に陥る。例外はない。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は確実に殺した。その手応えがあった。

 にも拘わらず、獄中(はら)に彼の魂がないということは、つまり―――

 

(私は、奴を自分と同等――ないしは、それ以上の存在だと、無意識に認めていた―――?)

 

 驚き半分、納得がいかないという気持ちが半分。

 感情の天秤は拮抗していたが、しかし直ぐに後者の方へ傾いた。

 

「……下らん」

 

 不快げに顔をしかめ、吐き捨てる。

 今となっては詮なきこと。何故なら、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)はもういない。跡形もなく消し飛んだ後だ。

 ゲヴランツの渇きを癒すのは、餓えを満たすのは――彼ではなかった。それだけのことだ。

 

「〈ゑゐわす〉、焼き払え」

 

 淡々と命じる。

 主に忠実なる〈賜徒〉は、七つの頭の顎を大きく開けた。

 空の口腔で、黄金の光が収束する。

 広範囲の破壊を目的とした、高出力荷電粒子砲による大規模破壊攻撃。

 発射されれば第005号砦は焦土と化し、戦っている賜徒どころか生き残った領民まで巻き添えとなるが――この際、どうでもいいことだ。

 

 気紛れで飽き性、どこまでも場当たり。

 言動を翻すことに一切、躊躇(ちゅうちょ)羞恥(しゅうち)もない。一貫した一貫性のなさ――彼が(けだもの)たる所以だ。

 

 ―――戦争の潮騒(しおさい)が高まる。

 

 全てを焼き尽くす死の光が、今まさに撃ち出されようとしている――その瞬間。

 

 ―――――死が、獣の胸を貫いた。

 

 鈍い音が体内で響き、胸板を突き破る。その正体は無骨な大剣。楕円形の切先を持つ、死刑執行人の剣。

 下方から突き上げられた刃は、ゲヴランツの心臓を串刺しにしている。更に、四肢を浮き上がらせていた。

 

 肩越しに背後を見ると、琥珀色の眼光と視線が合った。

 黒い巨軀。だが痩せ細った幽鬼。

 襤褸(ボロ)布を纏い、獣の顔に人骨を打ち付けた姿は、御伽噺(おとぎばなし)の死神を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)

 

 生きていた――理解した瞬間、ゲヴランツは心の底から歓喜した。

 

「ははは――()()()! ()()()()()()()()!」

 

 答える術を山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は持たない。ただ粛々と、為すべきことを為す。

 発現する食屍鬼(グール)の魔法。

 刃を中心に、ゲヴランツの体内が超高熱の煙で満たされる。溢れる。顔面の七孔――眼、鼻、耳、口の他、身体中の穴という穴から黒煙が立ち昇り、全身が黒い炎に包まれた。

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