ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第五十話 FALLING DOWN

 ゲヴランツの負傷に連動して、〈ゑゐわす〉を含む全ての賜徒(シト)が動きを止める。胸が裂け、全身を超高熱の黒炎/黒煙が焼いた。

 体内で荒れ狂う黒煙の圧力によって、肢体がガクガクと無様に震え痙攣(けいれん)している。

 

 それでもゲヴランツは動いた。

 聖槍(ヴェルレギス)の二又に裂けた穂先の間に、黄金の光が収束する。

 脇の下を潜らせて、ゲヴランツは背後の山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)に切先を突き付ける。更に〈ゑゐわす〉の七つの頭の内の六つが、チャージしていた荷電粒子砲の砲口を向けた。

 一斉に放たれる七条の熱光線。

 それは一点で交差し、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の黒い痩躯を影も残さず焼き尽くす。

 

 (わず)かな熱の余韻(よいん)を残し、光が消える。その場に変わらず立っているのはゲヴランツのみだった。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は、武器の大剣ごと消滅している。

 ゲヴランツの身体の黒炎/黒煙は既に消えている。〈ゑゐわす〉を始めとした賜徒達も同様だ。

 

 死んだのか?

 

 否――であると、ゲヴランツは確信していた。

 

 荷電粒子砲を浴びたにも拘わらず、ゲヴランツの肢体に焼けた跡はない。胸には縦穴が空いているが、それも急速に塞がっている。

 密に生えた紅い(いばら)が傷を埋め、金色の燐光(りんこう)が包み込む。

 すると傷だけでなく衣服や甲冑(かっちゅう)の損傷すら消え失せて、まるで時が巻き戻ったかのように、傷一つない万全の体勢へと回復した。

 

賜具(シグ)〉――〈法理侍ラス獣ノ天獄(リベル・アル・ヴェルレギス)〉の能力。

 

 それは死者の魂を捕らえるだけに留まらない。ゲヴランツが被ったありとあらゆる傷や苦痛の全てを、自動で獄中(はら)の魂に分散させ押し付ける効果を持つ。

 そして、魂とは不滅だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。肉体は容易く朽ち果てるが、善人であれ悪人であれ、その者の魂が世界から消え去ることは()()()()()

 どれほど傷付き、壊されようと、魂は永劫に不変であり不滅である。

 従って――どれだけのダメージを負わせようと、ゲヴランツと彼の賜徒を(たお)すことは出来ない。理論上、不可能なのだ。

 カトゥーラがやったように頭部を破壊されれば動けなくなるが、それは一時的なものでしかない。そもそも通常の天使とは異なり、彼等〈賜徒〉には(コア)()()()()()のだ。損傷箇所の修復が済めば、また動き出す。

 

 故に、〈賜具〉を起動したゲヴランツは無敵だ。

 特に多対多での消耗戦や持久戦では無類の強さを発揮する。〈聖都〉が未だ応援を寄越さず静観の構えを崩さないのも、不要と考えてのことなのかもしれない。

 

 だが――何事にも、例外はある。

 

(なるほど……闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の中でも、食屍鬼(グール)吸血鬼(ヴァンパイア)に並ぶ強大な力を持つというが……その所以(ゆえん)がこれか)

 

 自らに起こった有り得ざる異常を冷静に受け止めて、ゲヴランツは分析する。

 彼の(はら)の中の魂が、強度の低いものから順に、ごっそりと削られていた。

 その数は万に届いている。

 

(摂理を超えて魂すら殺すとはな。―――天地万物、森羅万象の総てに死を与え、葬り去る権能。それこそが食屍鬼(グール)の魔法の真骨頂という訳か)

 

 加えて―――

 

 ゲヴランツは、天を仰ぐ。

 

 空の高み。賜徒〈ゑゐわす〉の力によって真紅と黄金の極彩色に変じた夜天。それを背景に、闇よりもなお深い暗黒が渦巻いている。

 それは煙であり、雲の如きものだった。

 黒い(もや)が急速にうねり、輪郭を描き形を成す。有角の狼、髑髏(ドクロ)の面貌。その眼窩(がんか)に宿る琥珀色の双眸(そうぼう)が妖しく輝いている。

 

(不死身――いや、そういう性質のものではないな。我々は元より、吸血鬼(ヴァンパイア)のソレとも根本から異なっている。恐らくは生命というよりも、自然現象そのものに近い、ある種の精霊のような存在といったところか)

 

 ゲヴランツの推測は正しい。

 食屍鬼(グール)の魔法――その特性は『永眠』。彼の力の前では、あらゆるものが死に絶える。(たと)えそれが『死』そのものであろうとも。

 元より彼は闇ノ眷属(ナイトウォーカー)

 如何に人間(ひと)が〈太陽〉を生み出そうとも――この世界が夜に覆われている限り、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を殺すことは出来ない。

 

「まったく……見栄を張ったな、()()()()め」

 

 吐いた悪態とは裏腹に、ゲヴランツの面相は酷く楽し気だった。

 

 結論から言えば――赤騎士ショカゴラは、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を殺さなかったのではない。殺せなかったのだ。

 ()()捕らえた山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を〈聖都〉まで連れて行く必要に迫られた。

 通常の手段で山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を殺すことは不可能だ。だが〈太陽〉の力ならば、彼の者を原子にまで分解して取り込み、存在そのものを恒久的にエネルギーへと変換することが出来る。

 そうなってしまえば死んだも同然だ。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の公開処刑などという迂遠極まりない面倒な催しは、その実、苦肉の策であり最終手段だったのである。

 

(……私の〈賜具(ヴェルレギス)〉と〈賜徒(ゑゐわす)〉の最大火力は、ショカゴラのソレに比べて大きく劣る。となれば必然、先の戦いで彼等がやったように、どうにかして奴を捕らえるしかない訳だが。さて……―――どうしたものかな)

 

 彼は先の戦いで、第001号砦の領主と第007号砦の領主を討ち取った豪傑だ。

 ゲヴランツとの相性も悪い。

 負けるかもしれない――弱気とも取れる思考が脳裏を過ぎる。しかしゲヴランツは怖気付いてなどいない。むしろその逆だ。

 激戦の予感に胸が躍る。

 昂る戦意。胸を焦がす期待は、いっそ欲情に近い。

 

「―――――来るか」

 

 髑髏を描いていた暗黒が(にわ)かに螺旋の如く渦動し、一点に凝縮する。

 (かたど)った形は牛。

 悪魔のような、雄々しく(ねじ)れた角は共通している。黒い襤褸(ボロ)布を被った姿はやはり見る者に死神を連想させた。

 体躯は象と同等と大柄。更に背中には黒い鋼鉄と黒ずんだ色の鉱物結晶が密に生えて山を成しており、その高さは悠に体高の倍を超えている。

 その姿は神話で語られる、世界を支えているという牡牛に似ていた。実際に巨大である。だが要塞と文字通り肩を並べる巨躯(サイズ)の〈ゑゐわす〉とは比べものにならない程ちっぽけで、迫力に欠けていた。

 

 重力に引かれ、落下する黒い牛。

 瞬間――姿を見失うと同時に、〈ゑゐわす・ざ・ゑんぺらー〉が撃墜された。

 

 まるで隕石。

 

 大気の壁が破られた爆音。凄まじい衝撃に、〈ゑゐわす〉の胴が折れ曲がる。

 落下した牛の直撃。

 それによって〈ゑゐわす〉の装甲は(ひしゃ)げ、内部骨格が真っ二つに圧し折れた。

 背中から不吉に折れ曲がった状態で、凄まじい勢いで地面に叩き付けられる。落ちたのは冠水した農業地帯。衝撃で派手に水柱が立ち、土砂の波濤(はとう)が周囲を飲み込んだ。

 立っていられないほどの激しい地揺れが起き、その余韻は長く続いた。

 

 陥没(かんぼつ)した泥濘(ぬかるみ)に嵌り、頭を含む〈ゑゐわす〉の半身が泥に埋まる。

 

 辰牛形態の山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は莫大な質量を有する。

 その重さは天体に匹敵する程であり、生じた重力によって周囲の空間が歪んでいる。そんな途轍もない質量を生物の体躯程度のサイズにまで圧縮しているのだ。

 身動きなど碌《ろく》に出来ない状態だが、高所から落下し、衝突した際に発揮する破壊力は、それこそ隕石の墜撃に等しい。

 

 宙に巻き上がった()()が、土砂降りの雨となって降り注ぐ。

 泥に塗れた〈ゑゐわす〉の背に(たたず)山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)

 その姿は通常の形態である獣人のものに切り替わっていた。彼は杖のようにして大剣を持ち、幽鬼然として静かに立っている。

 

「―――――!」

 

 突如、土砂降る泥と雨の壁に穴が開いた。

 神速の突き。

 ゲヴランツの攻撃を、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は下方から剣を薙ぐことで防いだ。黄金と真紅の穂先が、暗黒の羽金と打ち合って激しく火花を散らす。

 羽金と羽金が連続してぶつかり合う。

 刺突による『点』での攻撃を主とする槍に対して、剣は切先を振るう『線』での動きを求められる。自然、大剣を得物とする山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が攻撃動作で一歩遅れる形となった。

 素早く、鋭く。

 絶え間なく立ち位置を変え、ゲヴランツは無数の攻撃を繰り出す。

 

 泥の雨が静まるまでの短い間に、槍と剣が交合した数は二十を超える。

 両者が負った傷はそれ以上。

 しかし結果として無傷。煙に変じる山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の身体はそもそもダメージを受けず、ゲヴランツの怪我は即座に紅い(いばら)と金色の光で修復される。両者共に、どのような傷を負わされようと、戦闘行動に支障はない。

 それでも山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)に斬られる度、ゲヴランツの中の魂は百以上削られる。

 

 マクロな視点で対局を見れば、未だゲヴランツが圧倒的に優勢。敗色など何処にも見当たらない。

 それでも――背筋を焼き、臓腑を焦がすこの感覚。

 熱く全身を巡る血潮の感触が、早鐘を打つ心臓の鼓動が、脳髄の(しわ)という皺から(にじ)み出る脳内麻薬が、絶頂にも似て心地良い。

 

 敵の刃が己の肉を割り、骨を断つ。傷、苦痛――その全ては彼の獄中(はら)の魂が引き受けているものであり、ゲヴランツ自身には一切関わりがない。

 だと言うのに、強烈に『死』を感じる。

 殺されるかもしれないという恐怖。それに奮い立ち、真っ向から挑む戦意。甘美な闘争の愉悦。

 

 ゲヴランツは、心の底から歓喜していた。

 

「ハハハ―――ハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 高速で刃を交えながら。

 一切攻撃の手を緩めることなく、それどころかより苛烈に攻めながら――ゲヴランツは気が触れたように哄笑する。

 

「いいぞ、素晴らしい! こんなにも心躍ったのは四百年振りだ! 食屍鬼(グール)の王、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)――戦いで私をここまで興じさせたのは、()殿()が始めてだ!」

 

 強き者に敬意を払うのは獣の流儀。傲慢に見下し、叩き伏せて勝利することもまた。

 ゲヴランツは既に山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の剣技を見切っていた。

 こちらの突きを迎撃せんとする刃をこそ獲物として、二又の穂先が刀剣砕き(ソードブレイカー)の如く喰らい付く。

 がっちりと挟み込み、押さえ付ける。

 拘束を振り払おうと山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が腕に力を入れた瞬間――黄金の剣が、彼の胸を貫いた。

 

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の背後。

〈ゑゐわす〉の同位体たる背徳の獣(ベイバロン)――真紅の女が剣を突き立てていた。

 

「―――()()()()

 

 (いや)らしく、不敵に嗤うゲヴランツ。

 

 真紅の女(〈ゑゐわす〉)が突き刺さったままの剣を上へ斬り上げて山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の頭を真っ二つにする。更にゲヴランツが続き、多数の刺突を浴びせた。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は即座にその身を煙に変え、離れた位置で肉体を再構成。仕切り直しを図る。

 

「―――はは、逃がさん!」

 

 ゲヴランツが左手を向ける。すると、掌から紅い茨が生えた。

 瞬く間に視界を覆い尽くすほどの量と勢いで溢れ出した光の茨。それは実体の無い筈の黒煙に巻き付いて、捕らえる。

 茨は賜徒を繋いでいる(かせ)と同じものだ。

 故に霊魂の類を捉え、拘束する力がある。変身した山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)も例外ではなく、黒煙に化けていた肉体が強制的に実体化させられた。

 

Predigt(聖告)――〈Blitz(雷霆)〉.」

 

 聖術により、高圧電流が茨を(はし)る。

 更に腕を振るい、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を地面に叩き付けた。

 

 無防備な状態の山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)に追撃すべく、真紅の女(〈ゑゐわす〉)が迫る。

 それよりも早く、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は全身から黒炎を噴いた。

 紅く輝く光の茨が瞬きの間に枯れ、焼け落ちる。拘束から脱した山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は即座に剣を振るい、真紅の女(〈ゑゐわす〉)を迎え撃った。

 

 肩を並べ、共に戦うゲヴランツと真紅の女(〈ゑゐわす〉)

 二人の連携は凄まじく、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は完全な防戦に追い込まれる。

 

「―――――」

 

 普段なら変身を駆使して切り崩しているところだが、ゲヴランツの茨に阻害される以上、その戦略は除外する他ない。

 ならば――と、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)臍下(せいか)丹田(たんでん)に力を巡らせた。

 

 全身から、爆発も同然の勢いで一気に放出される黒炎/黒煙。

 

 炎と煙が広範囲を埋め尽くす。

 対して、真紅の女(〈ゑゐわす〉)は手に持っていた杯を掲げる。

 杯の口から不浄な黄金の雫が溢れ出し、あっと言う間に二人の周りを覆って、死の炎煙を(さえぎ)る壁となった。

 

「―――――!」

 

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は大出力の魔法を維持したまま駆ける。

 障壁は既に焼き尽くされ、金色のガスと化している。

 ―――今ならば殺せる。

 ゲヴランツは無理だとしても、賜徒の方は戦闘不能に出来る。

 

 間合いに踏み込み、滅殺の魔法を乗せた渾身の一撃を放つ―――

 

 斬撃は、二人を真っ二つにした。

 

 しかし、二人は()()()()()()()()

 

「―――――?」

 

 奇怪を目の当たりにして、困惑する山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)。そのまま、()()()()()()()()()()()()()

 

「詰み、だな」

 

 ゲヴランツの声。それが聞こえたのは地上ではなく地面の下――〈ゑゐわす・ざ・ゑんぺらー〉の体内だった。

 泥に塗れた背中が割れ、ゲヴランツと真紅の女(〈ゑゐわす〉)、そして五体の天使が姿を現す。

 

 主天使(ドミニオンズ)種の天使――〈どみにおん〉が一体。

 座天使(スローンズ)種の天使――〈すろーね〉が四体。

 

 ゲヴランツと真紅の女(〈ゑゐわす〉)の姿は二人ずつ。

 しかし〈どみにおん〉の腹に備わった映写機が停止すると、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が斬ったゲヴランツと真紅の女(〈ゑゐわす〉)が消えた。

 映像である。

 ただし、ただの映像ではない。

 

「―――〈どみにおん〉は遠隔地の情報を上映する能力を持った天使だ。映し出される像は基本的にはただの立体映像でしかないが、最大の出力を発揮した場合にのみ、極短時間ではあるが『質量を持った映像』を映し出すことが可能だ。これを本物と見分ける方法はない」

 

 だから気に病む必要はないのだと、まるで慰めるような。優しげな、しかし高慢な声色。

 つらつらと説くゲヴランツとは反対に、まるで時が止まったかのように、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)に動きはない。

 四方を囲む〈すろーね〉が展開した青白い光の箱の中に捕らわれ、固定されている。

 

「後は簡単だ。予め四体の〈すろーね〉で四方を囲った罠を仕掛け、空間凍結の結界に誘い込ませて貰った。これが有効なのは既に実証済みだからな。私の技量ではこの通り、〈すろーね〉一体で成立させることが出来ず、(いささ)か手間が掛かってしまったが……成功したのだから良しとしようか」

 

 告げるゲヴランツの表情は晴れ晴れとしている。ゲームに勝った子供のような、邪気のない貌だった。

 

「我々人間の強みは手数の多さだ。聖術、天使、〈賜具〉に〈賜徒〉。勝負手は幾らでもある。(たと)えお前達闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の手札に切り札(ジョーカー)が有ろうとも、流してしまえば、この通り――どうということはない訳だ」

 

 ゲヴランツが聖槍(ヴェルレギス)の石突で地面を叩くと、役目を終えた〈どみにおん〉が蒼い粒子となって消える。

 獣騎士は、満足気に山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を見下した。

 

「―――腹八分、といったところだな。中々楽しめたぞ山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)。もしも貴殿の態勢が万全であったなら、この結果はなかっただろう。或いは、先の不意打ちの時点で殺されていたかもしれん」

 

 言葉に嘘はなく、()しみのない賞賛が込められていた。

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は無敵だ。

 絶大な力もさることながら、何度斃されようと蘇り、敵を殺し尽くすまで戦う姿はまさに死神である。闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の名に恥じない怪物だ。

 だが――それでも弱点というか、泣き所はある。

 彼の力は全て魔法によるもの。そして魔法の行使には、必ず魔力と精神力を消費する。

〈太陽〉がこの世界に創造されてから五百年――満足な補給や休養を得られないまま、彼はずっと戦い続けて来た。

 故に山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)の精神は既に極限まで擦り減っており、今では思考能力のほぼ全てを喪失している。構造的には、本能的な反射の積み重ねで動く蟲の類と大差がないという始末だった。

 ゲヴランツの罠に呆気なく嵌ってしまったのも、その辺りに原因があった。

 

 ゲヴランツが言った通り、もしも山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)が全盛期の状態であったなら、もっと違う結果になっていただろう。

 

 しかし――戦場に『もしも』などなく、結果は既に出ている。

 

「さて、後は―――」

 

 

 ―――グルルォォォオオオオオオオオオオッ!

 

 

 突如として轟く竜の咆哮。

 吹き荒れる竜巻と真空の刃。そして猛烈に回転しながら撃ち出された戦輪。それは山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)を拘束する四体の〈すろーね〉を粉砕した。

 (コア)を破壊され、崩壊する〈すろーね〉達。同時に空間凍結の結界も砕け散る。

 

「翁様! 助太刀しますッ!!」

 

 現れたのは邪悪竜(ジャバウォック)アーズィヴァと、その騎手である食屍鬼(グール)首領家王女マターラ・モニカ。

 

 邪魔者の乱入を受けて、流石のゲヴランツも顔をしかめて舌打ちする。

 

 解放された山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)は、静かに大剣を構える。

 その斜め後方に位置取った狼竜と食屍鬼(グール)の戦士。いずれも戦意は高く、ゲヴランツの眼には如何にも面倒臭そうに映った。

 

「やり直しか。やってくれたな、小娘。―――〈ゑゐわす〉!」

 

 鋭く叫ぶゲヴランツ。それに呼応して、地面に埋まっていた〈賜徒〉が動いた。

 土中に埋もれたままの状態で荷電粒子砲を放つ。大量の泥が蒸発し、急激に体積を増して巨大な爆発が巻き起こった。

 再び地上に君臨する〈ゑゐわす・ざ・ゑんぺらー〉。

 巨軀の背中から弾き落とされた山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)達は、黄金と深紅の威容を見上げ、()め付ける。

 

 見下ろすゲヴランツの視線は、如何にも(わずら)わし気だ。

 モニカとアーズィヴァだけでなく、山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)にも同じ視線を向けている。一度攻略を終えたことで、関心が薄れたようだ。

 とはいえ、難敵には違いない。

 その上、今はモニカとアーズィヴァが加わっている。力を使いこなせていないとはいえ、五ツ星(★★★★★)等級(ランク)の戦闘力を持つ相手だ。

 非常に手古摺るだろう。想像に難くない。

 

 故に―――

 

「〈法理侍ラス獣ノ天獄(リベル・アル・ヴェルレギス)〉――最大展開」

 

賜徒(ゑゐわす)〉の頭上で聖槍を掲げ、ゲヴランツは術式の封を切った。

 極彩色に染まった空から大量の賜徒が顕れる。

 既に召喚済みのものも含め、その総数は約六百万。膨大な数の賜徒が、地上だけでなく空をも埋め尽くした。

 

「もう遊びは終わりだ。そろそろ片付けをさせて貰うとしようか」

 

 ―――そう、終わり。

 ―――完全な、詰み。

 

 山ノ狼翁(シャイフル・ディウブ)邪悪竜(ジャバウォック)アーズィヴァは強大な力を持つ。

 その実力はまさに一騎当千。

 だが――武勇で覆せる物量には限度というものがある。六百万などという途方もない数の賜徒を相手取るなど不可能で、容易く圧殺されるのは眼に見えていた。

 

 間違いなく敗北する、絶望的な状況。

 

 だが――()()は、この瞬間をこそ待っていたのだ。

 

 第005号砦の高塔。

 巨大な鐘を備えた、最も見晴らしの良い場所で――戦場の全てを静かに俯瞰(ふかん)していた人造人(ホムンクルス)の少女が、(たまわ)った()()()()を起動する。

 左手の中の紅い懐中時計。

 その側面に備わったボタンを押す。すると内部の機構が作動して、下部から太い針が飛び出した。

 針はエルノインの皮膚を突き破り、肉に深く刺さる。手首を通過し、前腕の半ばまで。

 刺さった針が、急速に血液を吸い上げる。

 懐中時計全体に毛細血管のような紅い紋様が走り、秒針の動きに合わせて鼓動した。

 

 (ふた)を開く。

 

 吸収した血液量に応じ、文字盤に(しつらえ)られたスロットが回る。空白が賽子(サイコロ)の絵へと切り替わり、それも一、ニ、三――と変わっていった。

 スロットが五で停止する。

 人造人(ホムンクルス)の特別な血を媒介にして――迷宮の最奥に()す魔王の魔力が、空間を超えて懐中時計に注がれた。

 

 頃合いと見て、エルノインは口を開いた。

 

 真っ白な少女の喉が、童唄(わらべうた)を紡ぐ。

 

 

「―――Broken Bridge with build it now,

 ―――Build it now, Build it now,

 ―――Broken Bridge with build it now,

 ―――My fair lady.」

 

 

 ナンセンスな替え歌。

 人造人(ホムンクルス)の繊細な声帯が奏でた唄は、しかし鐘楼の鐘の音よりも広く第005号砦に響き渡った。

 

「―――――」

 

 第005号砦で戦っている全ての者達が、その奇怪を目の当たりにした。

 

 黄金と真紅――ゲヴランツの〈賜具〉と〈賜徒〉の力によって塗り替えられていた空が、今度は黒い影によって塗り潰された。

 影の出所は砦の鐘楼。

 人造人(ホムンクルス)の娘――エルノインの影が拡大したものだった。

 

「―――落としなさい、〈橋渡シ番(ウォッチマン)墜トシテ壊ス血塗レ巨人(ブロークン・ブリッジ・ブラッディジャック)〉」

 

 命じる声に応え、懐中時計が一際強く鼓動する。

 瞬間――空を覆った影から、巨大な腕が生えた。

 

 赤い、紅い、朱い腕。

 それは右腕だった。ならば左腕があるのはとても自然なことで、それも影から出現する。そして影の端を掴み、ずるりと身体を引き摺り出した。

 あまりにも巨大。単純な大きさだけなら〈ゑゐわす・ざ・えんぺらー〉をも上回る。

 それは鎧を纏った人のようにも、多数の鋼橋を組み合わせて造った人形のようにも見えた。両腕が異常に発達して大きく、胴体と同じくらいの幅がある。それに対して、下半身は酷く貧相で棒そのものだ。

 頭はあるが平べったい突起のようで、見た目は斬首された死体に近い。円筒形の(かぶと)に設えられたスリット状の覗き穴の奥で、二対の紅い眼光が輝いている。

 背中には大きなゼンマイの摘まみが生えており、それがゆっくりと回転していた。その動きに合わせて、機体内部で時計仕掛けの機巧が、チクタクと快音を奏でている。

 

 鋼鉄で造られた肉体。その全身は、血と錆に塗れている。

 ―――橋ノ巨人(ビィジャック)

 両腕を広げてソレが落ちて来る様は、それこそ歌のようだ。

 

 ―――――ガゴンッ

 

 落下する巨人の胸が独りでに開く。胸部の外殻が脇腹にスライドし、内部の構造を露出させる。そして更に肋骨が拉げる風にして内部装甲が折り畳まれ、核となる動力炉が露となった。

 核にあるのは黒い孔。

 その孔は機体そのものではなく、虚空に穿たれている。傍目には平面にしか見えないが、しかしそれは如何なる角度から見ようとも平面なのだ。

 不可視の孔。

 然もあらん、孔に入った光は二度と脱出出来ないが故に。

 

 孔の中で極大の重力が渦巻く。

 

 巨体もそうだが、核が発揮する不吉な力の奔流もまた凄まじい。

 第005号砦の全て――彼の獣騎士ゲヴランツですら、眼を剥いた驚きの形相で、呆然と巨人を見上げることしか出来ない程だ。

 

 落下する橋ノ巨人(ビィジャック)が、両手を組む。

 固く握り締められた拳が軋む。

 拳は鉄槌の如く、落下の瞬間に振り下ろされ―――――

 

 硝子(ガラス)が割れたかのように、世界がバラバラに砕け散った。

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