ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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第五十三話 特に哀しくはない過去と最悪のオチ

 第005号砦の領主、獣騎士ゲヴランツ。

 

 彼の本名はゲヴランツォール・マンデルⅡ世。

 父である初代黄騎士――当時の聖騎士(パラディン)にして『始まりの三人』と謳われた男。彼と同じ名前を持って、ゲヴランツはこの世に生を受けた。

 天使の導きによって、人間が〈太陽〉を生み出してから百年が経過した時代。

 当時――既に聖都や十の砦、それ等を結ぶ堀と水路の建設は完了しており、闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の脅威は過去のものとなっていた。

 無論、争いがなかった訳ではない。

 城塞の外へ出ることは死を意味した。しかし鉱物や岩塩などの資源を得るためには、山にまで遠征する必要がある。木材や食料とて、十分な量を壁内で賄(まかな)うことは不可能だった。

 人類は自由と尊厳を勝ち取ったが、その生活は非常に苦しいものだった。

 

 ―――しかし、ゲヴランツには関係のない話だった。

 

 英雄である父の暮らし振りは貴族さながらであり、当人を含め誰も彼もが、彼の贅沢三昧を当たり前のものと認識していた。

 当然、その実子であるゲヴランツの生活水準も同様。

 肉や野菜、貴重な香辛料を使った料理を食べたいだけ食べられた。用意された服飾は常に立派なものだったし、無駄に豪奢な邸宅には何人もの使用人がいた。

 高等な教育も受けた。

 あらゆる分野の専門家達が招かれ、ゲヴランツに薫陶(くんとう)を施した。そして幼い彼はその全てを極短期間の内に素早く吸収し、直ぐに教師達の頭脳と技術を追い抜いた。

 

 黄騎士の子だから、といった類の忖度(そんたく)は一切なかった。

 ……最初はあったのかも知れない。

 だがゲヴランツは本物の天才であったが故に、最終的には全ての者が手加減なく幼い貴種にぶつかって導き、ゲヴランツは全く動じずその全てを容易く己のものとした。

 文武両道の天才。

 流石は黄騎士の子だと、誰もが彼を絶賛した。

 まだ幼過ぎるために戦場に立つのは見送られていたが、将来的には彼が優れた騎士になるのは間違いないだろうと誰もが思い、彼自身もまた信じて疑わなかった。

 

 環境も才能も、これ以上はないというくらい最高に整った人生。

 しかし、ゲヴランツは満ち足りていなかった。

 何故なのかは分からない。漠然とした渇きがあり、餓えがあり、それが満たされない現状に酷く苛立っていた。

 原因不明の苛立ち――その正体に、幼い彼は当たりを付けていた。

 

 父である。

 

 父親と彼の間に接点はほとんどなかった。

 聖騎士(パラディン)という多忙且つ重責を担う役職に就いていたのだから当然ではある。黄騎士は幼い息子を妻や家庭教師、使用人に任せ、滅多に家に帰ることはなかった。

 しかし、ゲヴランツは知っていた。

 父には幾つもの別宅があり、そこに何人もの妾を住まわせ、何人もの愛人を呼んで放蕩の限りを尽くしているのだと。

 英雄色を好むと言えば聞こえはいいが――夫としても父親としても、屑の部類なのは間違いない。

 幼いゲヴランツが知っているのだ。当然、他の者達も気付いていた。だが誰も彼を諌めることをしなかった。ゲヴランツの母でさえ夫の浮気を承知しており、その上であえて知らぬ振りをしている始末だった。

 

 奔放に振る舞う父とは対照的に、母は貞淑(ていしゅく)で心根の優しい女性だった。

 夫を心から尊敬し、愛していた。信心深く不定の類いとは一切縁のない、よく出来た妻だった。

 ゲヴランツに対しても優しく、時に厳しく。慈愛に満ちた清廉で美しい女性だった。

 

 ―――ところで、人間には趣味や嗜好というものがある。

 

 その大半は遺伝子に刻まれたものが由来だ。考え方や心の機微など――生命の根源たる本能は、当人の人格や精神構造、性癖、そして人生すらをも形作る。

 ゲヴランツは間違いなく黄騎士の子である。

 ならば己の奥底から湧く渇きは、餓えは。苛立ちの正体はなんであるのか。彼は一つの仮説を立て、来るべき日に備えた。

 

 精通を迎えてから間もなく。

 ゲヴランツは、母を抱いた。

 

 寝込みを襲い、手籠めにした。当然、抵抗されたが、幼いながらも騎士として英才教育を受けていたゲヴランツが女の細腕に負ける筈もない。容易く組み伏せ、衝動のままに女の肢体を我がものとした。

 それからも何度となく、ゲヴランツは母と身体を重ねた。

 背徳である。

 そんな息子を母は軽蔑し侮蔑し、それ以上に親の愛情で彼を諭そうとした。こんなことはいけないことだと。倫理に悖(もと)る行為だと叱り、説き伏せ、止めるように泣いて懇願した。

 彼女が正論を吐いて拒む度、組み伏せて貪る。

 当時のゲヴランツには、それがどうしようもなく気持ち良かった。

 

 遺伝子に刻まれた嗜好。

 彼は産まれながらの背徳の獣だった。

 

 だが一方で、ずっと物足りなさを感じていた。一向に渇きも餓えも癒えない。その気配がない。苛立ちをぶつけるように、ゲヴランツは連日連夜、母を犯した。

 ……やがて、母の態度に変化が訪れる。

 表面上は以前のまま。だが、明らかに肉の快楽に悶え、よがっている。自発的に求めてこそ来ないものの、彼女が背徳に快楽を見出している様子がはっきりと分かった。

 自意識過剰でもなんでもなく、事実である。

 考えられる理由は幾つかある。

 被害者が加害者に好意を抱く心理的防衛反応――いわゆるストックホルム症候群がその一つ。

 彼女の心の奥底に眠っていたであろう、不倫三昧で碌(ろく)に家に帰らない夫に対する反抗心が、息子に犯されたことをきっかけに変異し、心的表象に顕在化したことが一つ。

 そして――何より。彼女はゲヴランツの母だ。

 彼という人間を構成する遺伝子の半分は彼女から受け継いだもの。ならば――彼女もまたゲヴランツと同じように、性根は獣であったというだけのことだ。

 

 連日連夜、寝床で互いを喰らい合う関係になって数年。

 

 帰宅した父に、情交している現場を見られた。

 

 狼狽(うろた)える父と母。二人は顔面蒼白になって、呆然としている。

 先に動いたのは父だった。

 彼は不貞を働いた妻と子に激昂するでもなく、その場にゆっくりとへたり込んだ。その表情は困惑と絶望に満ちている。傲岸不遜で常に自信と余裕に満ち溢れていた彼らしからぬ反応だった。

 そんな彼の様子を目の当たりにして、改めて己の背徳を悟ったか。母は更に狼狽(ろうばい)し、言い訳とも謝罪ともつかぬ言葉を必死に並べ立て、ゲヴランツの腕から抜け出して愛する夫の許へ向かおうとした。

 ゲヴランツはそれを許さなかった。

 上から押さえ付け、苛烈に攻め立てた。粘膜が擦れる淫猥な音を、あえて激しく鳴らして聞かせてやった。

 その間、彼はずっと視ていた。

 顔を覆って泣き、喘ぎ鳴く母ではなく。絶望に打ちひしがれている父の醜態を。

 この時に味わった絶頂は、間違いなく生涯最高のものだった。

 

 それから間もなくして、父は首を吊って死んだ。

 

 結局、彼は妻を寝取った息子に対し、何もすることはなかった。意気地なく、ただただ無為に死んだ。

 後を追って母も服毒自殺した。

 夫が死んだのは自分の責任だと思い込み、良心の呵責に耐えられず地獄に堕ちることを選んだのである。夫と息子の分まで罪を償いたい――と、そんな内容の遺書が残されていた。

 

 残されたゲヴランツは、ただただ落胆していた。

 

 不倫していた癖に、いざ自分がされる立場になった途端、怒るでも憎むでもなく。生気をなくして、現実の全てから逃避した父。

 そんな彼に強い失望を覚えた。

 それに連動して今まで感じていた渇きと餓えはより強くなり、以降ゲヴランツは本格的に正体不明の苛立ちに悩まされることになったのである。

 

 幼年期の終わり。少年の日の思い出。

 

 時は流れて四百年――騎士として直ぐに頭角を現し、〈円卓〉に名を連ね、事実上の頂点に立ったゲヴランツ。彼は相も変わらず、背徳の限りを尽くしていた。

 犯し、殺し、喰らう。

 自らの領土で、戦場で。彼は獣として生きた。抱いた女の数は覚えていないが、きっと今までに食べたパンや駄菓子の数と同じだろう。

 

 ―――満たされない。

 

 苛立たしい。何に苛立っているのか分からないのが、苛立たしい。

 

 どうしようもなく渇いている。

 どうしようもなく餓えている。

 

 母との淫行を父に見咎められたあの日――あの時に味わった以上の快楽を、彼は得ることが出来ずにいた。

 貞淑な人妻、敬虔(けいけん)な修道女、初々しく恋人と愛の言葉を交わす生娘――など、などと。そういった部類の女達に手当たり次第手を出した。

 そうすれば少しは腹が膨(ふく)れる。だが、根本的な解決には至らない。

 しかも回数を重ねればどんどん飽きてしまう。

 聖母――白騎士こと教皇(ハイプリエスティス)聖下を試しに抱いてみた時も同じだった。何か他の女達とは違うのではないかとも思ったが、むしろ一番詰まらなかったのを覚えている。

 

 そして……至る現在。

 

 食屍鬼(グール)の戦士との戦いで、彼は己の中の『何か』を掴み掛けた。最後には相対する女の食屍鬼(グール)に父の姿を幻視した。

 何故、父なのか。

 父から母を寝取った。不倫と近親相姦から成る、畜生の所業。まさに獣じみた背徳の悦び。それが己の欲望の源泉なのだと――ゲヴランツは、ずっとそう思い込んでいた。

 

 だが……もしかしたら、違うのではないか。

 

 母子で姦通し不倫する様を目の当たりにした父。彼に、ゲヴランツは――何か、もっと別の『何(・)か(・)』を期待していたのではないか―――?

 

 気付いたところで、既に遅い。

 

 彼は敗れた。

 

 何者をも滅殺する、死の魔法を纏った斬撃。

 鎧など意味をなさず逆袈裟に斬られたのだ。生きている筈がない。

 仮に息があったとしても、即座に止めを刺すのが戦場の習いだ。特にコナはゲヴランツに恨みがあった。殺さない道理などないだろう。

 

 しかし――彼は、生きていた。

 

「―――……っ、ぅ」

 

 知らず、小さな呻きが口から漏れる。

 闇の底に沈んでいた意識が浮上する。ゲヴランツはゆっくりと瞼(まぶた)を開いた。

 目の前にあったのは、硬い石の床。

 辺りは酷く暗い。

 離れた壁際の燭台に、火の着いた蠟燭(ろうそく)が一本。光源はそれだけだ。それなりに広い石造りの部屋で、酷く気温が低い。

 そこは、見覚えのある場所だった。

 第005号砦の地下にある、捕虜用の牢屋だ。

 

 牢屋の真ん中に、ゲヴランツは全裸でうつ伏せに寝転がされていた。

 

 裸に真紅の荊冠(けいかん)のみを身に着け、牢に入れられた姿は、これから磔刑に処されようという神の仔の苦難を連想させる。

 

「―――眼が覚めたようだね」

 

 くつくつ、と嗤(わら)いを含んだ女の声。

 うつ伏せのまま、声がした方へどうにか首を巡らせる。すると薄闇の中に、硬い床にどっかりと座り込んだ、一人の女の姿の輪郭を視界に捉えた。

 

「……何のつもりだ」

「なんだ、もう口が利けんのかい。流石にしぶといねぇ」

 

 豪胆に嗤う女。彼女はゲヴランツが先程まで戦っていた相手――食屍鬼(グール)の王妃コナであった。

 その装いは戦装束ではなく、ラフな上着と長穿のみである。

 

 ゲヴランツは身体を動かそうと試みるが、しかし指の一本も動かない。僅かな身動ぎすら不可能な有り様だ。一応、心臓は動いているようだが――身体はまるで死体のように冷たくて、言うことを聞かない。

 少しだけ口は回るようだが、それとて酷く気怠かった。

 感覚も鈍い。両腕と両足を枷(かせ)で拘束されているようだが、実感が薄い。その一方で床の冷たさだけが鮮明だった。

 

「直前に騙し技(フェイント)を挟んでたからね。最後に斬り付けた時、踏み込みがちょいと足りなかったらしい。アンタは生きてたんだよ。虫の息だったけどね。―――勿論、止めを刺そうとしたさ。だけど、その時、ふと思ったんだ。『本当にここで終わらせていいのか』……ってね」

 

 言い、コナは手の中で転がしていた肉片を口に入れる。

 ゲヴランツの潰れた睾丸だった。

 

 よく味わって噛み締めて飲み込み、コナは傍らに置いていた杯を手に取った。

 杯には紅い液体が注がれている。それは人間や人造人(ホムンクルス)の血液にコーヒーの実の果肉を加えて混ぜ、酵母で発酵させて造った食屍鬼(グール)の酒だ。

 人間からすれば発酵というよりも腐敗に近い状態なのだが、食屍鬼(グール)の消化器官ならば問題なく分解できる。

 

 酒を呷り一息吐いてから、コナは改めて口を開いた。

 

「治療は済ませてる。少なくとも、直ぐにくたばっちまうことはない」

「…………」

「だんまりか。助けてやったってのに、お礼もなしかい?」

「ハッ……これから拷問なり、踊り食いなりしようという相手に、礼など言う訳がないだろう」

「流石に分かるか。まあ、そりゃあそうだよな。アンタ等人間も大抵は同じことやってんだから」

「復讐、か……」

「―――当たり前だろ。アンタがパーピュラシナにした仕打ちは絶対に許さない。それだけじゃない――死んだアタシの子供達や、娘婿まで弄びやがって。そんな屑野郎を楽に死なせてやる訳ないだろ」

 

 杯に残っていた酒を一気に飲み、コナは口元を拭う。

 

「助けを期待しても無駄だよ。この牢屋はアタシの魔法で結界を張ってある。万物に死をもたらす、『永眠』特性の食屍鬼(グール)の魔法だ。誰も近付けないし、この中にいる限り天使サマの助力も得られない。アンタ等の聖術とかって力も使えない。〈賜具(シグ)〉とかいうのはアタシがぶっ壊してやった。―――詰んでるよ、お前」

「……なぜ口枷をしない。私が舌を噛み切るとは考えなかったのか?」

「ハン、舌が千切れたくらいじゃ人間は死なないよ。強力な天使の加護があるアンタなら猶更だ。それにアンタは死んでも自殺なんてしないさ。そんなタマかよ、テメェが」

 

 立ち上がってゲヴランツの許に歩み寄り、そのまま頭を踏み付けにする。

 

「……食屍鬼(グール)の誇りとやらはどこに失せたのやら。品性をまるで感じないな。やはりお前達は卑しい狗だ。先の戦いで駆除し切れなかったのが残念でならん」

「フン、吼えるじゃないか、獣(けだもの)野郎。……まあ、そんな態度が出来るのは今の内さ」

 

「―――――」

 

 コナの口振りからして、いよいよ拷問が始まるのだろう。

 ゲヴランツは無意識に臍(ほぞ)を固めた。

 しかし、コナの不可解な行動に眉をひそめる。

 

 コナはおもむろに腰のベルトを解き、穿いていたズボンを下ろす。

 

「一体、なに、を……―――」

 

 見上げるゲヴランツの眼が、見開かれた。

 

 現れたソレは、あまりにも大きかった。大き過ぎた。

 

 食屍鬼(グール)の女には『不浄』と呼ばれる器官が存在する。

 その実態は肥大化した陰核であり、それはちょうど男性器と同じ形をしていた。

 

 彼女達食屍鬼(グール)の生態は、斑鬣犬(ブチハイエナ)のソレに近い。あるいはそれを模して、かつての創造主とやらが設計したのかもしれない。

 斑鬣犬(ブチハイエナ)の雌は胎児の段階で独自の男性ホルモンが異常に分泌されるという特徴を持つ。それ故に雄よりも雌の方が体が大きく、完全な女社会の群れを形成するという珍しい習性を有する。

 そして――その最大の特徴が、この偽陰茎(ふたなり)だ。

 実物の斑鬣犬(ブチハイエナ)も陰核が異常に発達し、雄の性器に近い形状となっている。しかも脂肪が詰まった陰嚢に近い器官まで備わっているほどだ。

 一方で雄は肛門腺が発達しており、雌の性器に近い形状になっている。

 このことから時代によっては鬣犬(ハイエナ)は両性具有であると信じられ、神への信仰心が曖昧などっちつかずの半端者の例えにされたり、その食性から貪欲さや不浄の象徴として扱われてきたのである。

 

 ……ちなみにハイエナ科の動物は犬に似た姿をしていて仲間だと誤解されることが多いが、実際はジャコウネコ科に近縁の種である。

 

 閑話休題(それはともかく)。

 

「立派だろ? テメェの粗末なモンとは比較にならないねぇ」

「な……なにをする気だ……!?」

 

 ゲヴランツの喉が引き攣(つ)り、笛のような音を立てる。それが面白かったのか、コナはカラカラと笑った。

 

「おいおい、お(・)ぼ(・)こ(・)い(・)こと言ってんじゃねぇよ。分かってる癖に。……いや、実際に処女なんだろうけどさ」

 

 悪辣な諧謔(かいぎゃく)の笑みを浮かべて、コナはその場にしゃがみ込む。そしてゲヴランツの髪を掴み、互いの息が掛かるほど接近させた。

 

「『目には目を、歯には歯を』。ならレイプの復讐にはレイプが相応しいと――アンタも、そう思わないか? ―――コイツでテメェを雌にしてやるよ」

「本気か!? 正気なのか!?」

 

 予想外の事態に泡を食うゲヴランツ。

 全力で逃れようとするが、ほんの少しばかり身が捩じれただけだった。

 

「そんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」

「思っちゃいないさ。何を考えてアンタがそんなこと言ってるのかは知らないけどね。他の食屍鬼(グール)にこのことがバレれば、まあ、普通ならアタシは死刑だよ。仮に死刑を免れたとしても、最低でも鞭打ち刑、場合によっては『不浄』を切り落とさなきゃならなくなる。……でもね、そんなことはいいんだ。どうだっていい。―――ただアタシは、アンタを苦しめられればそれでいいんだからねッ!」

 

 ゲヴランツの頭を、乱暴に床に叩き付ける。硬い石に鼻からぶつかり、頭蓋骨が軋(きし)んだ。

 鼻孔から血が溢れ出る。

 コナは再びゲヴランツの頭を持ち上げると、さっきよりも近く顔を寄せた。そして分厚い舌で血を舐め取る。

 

「―――……あ(・)あ(・)、夢(・)み(・)て(・)ぇ(・)だ(・)」

 

 うっとり、と。恋する女のような蕩けた眼差しで、コナは囁(ささや)いた。

 

 彼女は掴んでいた髪を離し、ゲヴランツの足元の側へ回る。そして腰を掴んで上げさせた。

 いよいよその時が来たのだと悟ったゲヴランツは、盛大に取り乱す。

 以前の余裕や威厳ある姿は欠片もない。ただ弱い獣が強い獣に喰われる――ただそれだけの、ありきたりな自然の摂理がそこにあった。

 

「やっ――やめろ! ……そうだ! 私は性病だぞ! 感染してしまうぞ!?」

「ハッ、人間の病気が食屍鬼(グール)に感染(うつ)るかよ。―――それじゃあいくよ。力を抜かねぇと切れちまうよ。まあ、アタシは別に構わないけどね!」

 

「待っ……ンアッ―――――!!」

 

 我欲に生きた獣の報い。

 暗い牢屋に、汚穢な音色の獣の咆哮が響き渡った。

 

 * * *

 

「…………」

 

 卓上から、迷宮管理室(プレイルーム)の肉体へと意識を浮上させる。

 俺は固く瞼を閉じ、眉間を押さえる。

 そして無言で天を仰いだ。

 

 ―――――なんだこれは。

 

 俺が言えた義理ではないのは重々承知だが……なんだか、今までの戦いの全てが台無しになったような気がする。

 叶うなら何も見なかったことにしたい。

 しかしそうは問屋が卸さないのが現実であった。

 

「―――うっひょー! 素晴らしい! やはり騎士といえばコレですよコレ! チ○ポによる理解(わか)らせが一番であります! あんなに激しく攻め立てて……あははは! 大人のオスがこんな情けない声で鳴くんですねぇ!

 ああ! 今、ゲヴランツがケ○ア○メ決めました! はっや! ざっこ! よわよわ! しかも潮吹きまで! 流石は騎士、思った通りそちらの才能もあったご様子! なんと見応えがあるプレイなのでしょう、非常に捗(はかど)るであります!!」

 

「やめろ! 実況するな! 聞きたくない!」

 

「―――おおっと! アレは蝋燭、蝋燭です! 蝋燭をケ○アナに挿入(い)れ……挿入(はい)ったぁー! その状態で無理やり咥えさせてフ○ナリチ○ポを綺麗にさせております! ご覧になっておられますかマスター、やはり蝋燭は人体に挿入するものだったのですッ!!」

 

「やめろと言っているだろうッッッ!!」

 

 軽く握った右手を激しく上下させているBB。やめろと言っているのに、無視して実況を続けている。

 こいつに倫理(人の心)はないのか?

 ……ないだろうな。何せ〈倫理のない世界〉で製造された生物(ナマモノ)なのだ。期待する方が間違っている。

 

 それから一頻(ひとしき)り騒いだ後、ようやくBBは話が通じるようになった。

 

「いやぁ、凄いものが観れました。録画できないのが実に残念であります。ア○ルトビ○オにして販売すればすごく稼げそうですのに。果てはプレミア価格で百万くらいいきそうです」

「本当にやめろ。それ以上は危ない」

「―――○○○○ィ! ○○○○! ○○ッー! 獣騎士○○の○が○○過ぎるであります!」

「だからやめろと言っているだろう!」

 

 幾ら〈倫理のない世界〉でも恥ずべき行為である。

 しかしどれだけ注意してもBBは止まらなかった。

 

「フフフ、いいですねぇ楽しくなってきました! 私(わたくし)、この〈匣庭(はこにわ)〉の原住民(NPC)の中ではコナが一番好きです。最推しです、最推し! ―――ああ。それにしても羨ましいでありますなぁ……叶うことなら私も、フ○ナリチ○ポでマスターのケ○アナをガン突きして、メスにしてやりたいものであります」

 

 

「誰かァ―――! 助けてくれェ―――! 誰かァア―――――ッ!!」

 

 

 鉄格子に飛び付き、思いっ切り叫ぶ。

 柵を全力で叩き、掴んで揺らしてみるが、しかし無情にも壊れる気配はない。ビクともしない鉄壁で、俺は項垂れる他なかった。

 

 そんなこちらの様子を、BBは微笑んで見ている。

 

「まあまあ。時代は男女平等でありましょう? やはり女だけ犯すというのは不公平ですよ。それに彼女の事情はマスターも御存知でしょう? いいではありませんか、復讐。ここは見逃して差し上げようではありませんか」

「『目には目を、歯には歯を』……いわゆる同害報復刑だな。それが彼女達の律法である以上、とやかく言う気はない」

 

 まあ、それでもあえて言及することがあるとすれば……同害報復刑は、本来は姦通や強姦の類いに適応される刑ではないことだろうか。

 だが、その辺りは当のコナも十分に理解していることだろう。

 だからこそ彼女は自身の所業が発覚すればただでは済まないと発言しているのだ。

 

 そもそも。

 

「魔物(こちら)も似たようなことをしているからな。少なくとも俺にはコナを罰する気はないし、非難する気もない。それどころかこのことが露見した場合、彼女を擁護しなければならない事態になる可能性すらあるだろう。―――……だが。そのことと、先程お前が口走っていたこととは、別だからな」

「さて……なんのことでしょう? 私にはさっぱり……。よければマスターの口から、私が何を口走っていたのか教えてはいただけませんか?」

「その手には乗らない。いいから話を進めよう」

 

 席に戻り、強引に話題を切り替える。

 BBは不満気に頬を膨らませていたが、大人しく引き下がった。

 

「分かりました。それではまず、状況の確認から参りましょう―――」

 

 先程までとは打って変わって冷静に、盤面の情報を告げるBB。

 その声に耳を傾けながら、俺は改めて〈太陽のない世界〉の内部へと意識を向けた。

 

 戦争の被害を、確と網膜に焼き付ける。脳に刻む。

 

 人間であれ、魔物であれ、人造人(ホムンクルス)であれ、食屍鬼(グール)であれ。

 彼等が傷付き、死んだのは全て俺のせい。俺が戦端を開くよう命じ、采配したのだから当然だ。全ては指揮官の責任。だからせめて、彼等が味わった苦痛を余すところなく記憶しよう――そう思った。

 

 ……本(・)当(・)に(・)?

 ……本(・)当(・)は(・)?

 

 亡骸を観る。嘆く様を観る。興奮覚めぬまま、捕虜を甚振る様を観る。

 

 年端のいかない少女が魔物に犯されている。

 敗軍の将が、亜人の女戦士に犯されている。

 

 鑑賞しつつ、無意識に口元を掌で覆う。指先に触れる感触は、やはり醜悪な笑みの形で固まっていた。

 

「…………」

 

 ……もう、後には退けない。

 

 事此処に至った発端は冤罪だ。だから今までは〈倫理のない世界〉によって無理やりに非道な行為に加担させられているのだと、自分に言い訳することが出来た。

 これは自分の意志ではなく、俺は本当はこんなことはしたくないのだ――と。心のどこかでそう思い続けていた。

 酷い欺瞞だ。

 何故なら俺は嗤っている。惨劇を見下ろして、愉しんでいる。こんな様で……どうして、自分は悪くないと、悪いのは世界だなどと言えようか。

 

 ―――やるしかない。

 

 俺の本性が邪悪で、どうしようもない屑なのだとしても。それでも今の〈魔王(オレ)〉は、食屍鬼(グール)達にとっての救世主なのだ。あまりに壮大過ぎる冗談のような役回りで、実際にとんだ詐欺師なのだが、しかし俺の側から役割(ロール)を降りることは許されない。

 毒を喰らわば皿まで、だ。

 改めて――俺は迷宮管理人(ダンジョンマスター)として、この世界から〈太陽〉を奪い、その後の永遠の戦いに食屍鬼(グール)達を巻き込む覚悟を決めた。




 01.The World Without the SUN (1/2)
 END.
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