ダンジョンマスターの刑を執行します。   作:瑞雨ねるね

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02.The World Without the SUN (2/2)
第五十四話 敵か、味方か?


 聖(せい)なる、聖(せい)なる、聖(せい)なるかな♪

 

 盲目(もうもく)にして白痴(はくち)なる、天上(てんじょう)に坐(ま)します全能(ぜんのう)の神(かみ)たる主(しゅ)よ♪

 

 私達(わたしたち)は朝(あさ)早(はや)くから貴方(あなた)を賛美(さんび)します♪

 夢(ゆめ)見(み)るままに待(ま)ちいたる、貴方(あなた)の無聊(ぶりょう)を慰(なぐさ)めます♪

 

 邪悪(じゃあく)が貴方(あなた)の眼(め)を覆(おお)い、罪人(ざいにん)が貴方(あなた)の栄光(えいこう)を見(み)なくとも♪

 貴方(あなた)だけが聖(せい)なる御方(おかた)であり、礼拝(れいはい)されるべき御方(おかた)♪

 知性(ちせい)の無(な)い、世界(せかい)で最(もっと)も無垢(むく)なるその御姿(おすがた)♪

 貴方(あなた)こそ力(ちから)と愛(あい)と清(きよ)らかさにおいて、完全(かんぜん)なる御方(おかた)です♪

 

 聖(せい)なる、聖(せい)なる、聖(せい)なるかな♪

 

 盲目(もうもく)にして白痴(はくち)なる、天上(てんじょう)に坐(ま)します全能(ぜんのう)の神(かみ)たる主(しゅ)よ♪

 

 貴方(あなた)が創造(そうぞう)なさった総(すべ)て♪

 天(てん)と地(ち)と海(うみ)と、無名(むめい)の霧(きり)と闇(やみ)と這(は)い寄(よ)る混沌(こんとん)と♪

 その全(すべ)てが、貴方(あなた)の御名前(おなまえ)を賛美(さんび)します♪

 万物(ばんぶつ)の中心(ちゅうしん)たる無限(むげん)にして無窮(むきゅう)の玉座(ぎょくざ)で微睡(まどろ)む、無知(むち)全能(ぜんのう)の神(かみ)たる主(しゅ)を礼拝(れいはい)します♪

 

 聖(せい)なるかな♪

 聖(せい)なるかな♪

 聖(せい)なるかな♪

 

 * * *

 

 戦いの一部始終を、吸血鬼(ヴァンパイア)達は観ていた。

 

〈太陽のない世界〉が誇る最大戦力――〈円卓〉の脅威を、その強大さを、彼等は熟知している。

 無論、直接矛を交えたことはない。故に正確に理解しているとは言い難い。精々が、他の闇ノ眷属(ナイトウォーカー)が挑んだところで勝ち目などないと、見下し嘲笑(あざわら)う程度だ。

 彼等はずっと観てきた。

 自分達を除く数多の闇ノ眷属(ナイトウォーカー)が、騎士達に敗北し、為す術なく滅ぼされる様を。

 

 だから、今回も同じだろうと思っていた。

 迷宮とやらと手を組んだ食屍鬼(グール)の攻勢も、どうせ失敗するだろう、と。誰もが高を括(くく)って見物していた。

 

 だが、勝ったのは彼等で。

 第005号砦は陥落(かんらく)した。

 

 その事実に吸血鬼(ヴァンパイア)達は驚いた。

 とんでもない番狂せ、予想外のジャイアントキリング。けれど、それが偉業だなどとは欠片も思わない。

 そもそも物事をそんな風に捉えられる思考回路など、端から持ち合わせていないのだ。

 

「ははは、呆気ないものでしたな」

「いやはや、まったく」

「食屍鬼(グール)共に墜とされるとは、人間も存外、大したことはありませんな」

「所詮は、天使に与えられた力で粋がっていた小童(こわっぱ)に過ぎにぬということよ。そして勝った食屍鬼(グール)とて、それは同じこと。自分の力ではない付け焼き刃。直ぐにぼ(・)ろ(・)が出ることだろう」

「然様。木っ端共の力など、たかが知れている」

「フフフ……やはり生まれ付いての貴種である我等吸血鬼(ヴァンパイア)こそが、この世界で最も優れた存在であることは疑いようもない……」

 

 ひそひそ、ひそひそ、と。

 

 敗者を嗤う。嘲弄する。

 勝者をも愚弄し嘲笑う。

 

 あ(・)れ(・)ならば、自分達でも難なく倒せただろう――と。

 

 誇大妄想じみた自尊心。無知故の全能感。

 闇の中で生まれ、一度も外に出たことがない彼等は井の中の蛙そのものだが、そうであるが故に自分達が如何(いか)に滑稽(こっけい)か気付かない。気付きようがなかった。

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)の城、静謐庭園(イーヒャ・ヒューン)。

 

 現存する唯一の闇ノ眷属(ナイトウォーカー)の原種たる女王――ルースルカリィ・レ・ファニュによって創造された世界。

 其処は平穏で、酷く退屈な揺り籠。

 その異界(クレイドル)の主は―――

 

「―――――クク。アレが新しい創造主……―――否、新(・)た(・)に(・)こ(・)の(・)〈匣(・)庭(・)〉へ(・)流(・)刑(・)に(・)処(・)さ(・)れ(・)た(・)迷(・)宮(・)管(・)理(・)人(・)か。なるほど、悪くない。漸(ようや)く妾(わらわ)にも運が向いてきたようじゃな。ククククク……!」

 

 ごろごろと猫が喉を鳴らす音に似た、酷く楽し気な声。

 吸血鬼達はぎょっとした顔で、ルースルカリィを仰ぎ見た。

 

 玉座に腰掛け、尊大に足を組んだ女王。

 姿こそ幼い少女にしか見えないが、その矮躯(わいく)に宿した力は絶大だ。

 ―――自分達とは違う。

 見ただけで、否応にも分からされる。同じ吸血鬼(ヴァンパイア)であれど、人の血が混じった自分達とは、生物としての規格が根本から異なる。

 格が違う。強度が違う。

 遥か高みの次元に立つ、神にも等しい崇高な存在――それが女王ルースルカリィである。

 

 ……彼等が他の種族を殊更(ことさら)に見下すのも、超然とした親を持つが故の劣等感(コンプレックス)に由来している部分があった。

 無論、彼女に生まれてこの方、一度として顧(かえり)みられたことがないのも一因である。

 

 いつでも憮然(ぶぜん)として、気怠げに、酷く詰まらなさそうに万物を俯瞰(ふかん)している女帝。

 彼女が表情を変え、分かり易く感情を表しているところなど、一度も見たことがない。

 

 その気難しい女王が――笑っている。

 

 生まれて初めて遭遇(そうぐう)した事態に、吸血鬼(ヴァンパイア)達は幼児のように狼狽(うろた)え、戸惑った。

 

 ―――パチン

 

 ルースルカリィが指を鳴らす。

 すると、俄(にわ)かに地面が揺れ始めた。異空間に存在する闇の城――その全体が震撼(しんかん)している。

 

「これは……!?」

「まさか……静謐庭園(イーヒャ・ヒューン)が、動いている……? 地(・)上(・)に近付いているのか!?」

「お、おやめください女王陛下! この静謐庭園(イーヒャ・ヒューン)の所在が、〈太(・)陽(・)〉に(・)気(・)付(・)か(・)れ(・)る(・)や(・)も(・)知(・)れ(・)ま(・)せ(・)ぬ(・)!」

「女王陛下ッ!」

 

「―――喧(やかま)しい。いちいち騒ぐでない。そも、天使も人間も取るに足らぬ、大(・)し(・)た(・)こ(・)と(・)は(・)な(・)い(・)木っ端、小童なのであろうが。狼狽えるでない、見苦しい。曲がりなりにも汝(なれ)等は妾の仔であろうが。ならば、どんな時でも常に余裕を持って泰然と構えておれ」

 

 一転して冷めた目を向けて、ルースルカリィは子供達を宥(なだ)める。

 

 ルースルカリィは玉座から立ち上がり、凛とした所作で静かに歩き出した。

 高い踵(ヒール)の靴が、コツコツと床を叩く。

 

「出掛ける。留守は任せたぞ、子供達よ」

 

 ひらりと手を振って、気軽に告げる女王。

 いよいよ吸血鬼(ヴァンパイア)達の困惑は頂点に達した。

 この千年間、吸血鬼(ヴァンパイア)が静謐庭園(イーヒャ・ヒューン)の外に出たことは一度もない。創造主であるルースルカリィも例外ではなく、今までにそんな素振りを見せたことなど絶無だった。

 他の闇ノ眷属(ナイトウォーカー)が滅ぼされようが、城の中に害(・)獣(・)が湧こうが、全く興味を持たず我関せずの態度を貫いていた彼女。

 

 その彼女が――今、動いた。

 

 時が止まったかのように停滞していた世界に、急激な変化が起きている。

 何が切っ掛けなのかについては明白だ。

 

「女王陛下……?」

「ど……どちらへ行かれるのですか……?」

 

 譫言(うわごと)めいて、呻(うめ)くように。

 誰かが口にした疑問。

 蚊の消えるような弱々しい声音は、親の不在を不安がる子供の声そのものだ。

 

 返答を期待している者はいなかった。

 しかしルースルカリィは、歩みを止めて振り返った。そして柔らかな微笑みを浮かべた優しい面差しを子供達に向ける。

 新しい獲物(オモチャ)を見付けた猫のような。

 とても楽し気で、それでいて残酷な笑みで美しい顔を彩(いろど)って。吸血鬼(ヴァンパイア)の女王ルースルカリィ・レ・ファニュは告げる。

 

「決まっておろう。―――迷宮じゃよ」

 

 それだけを口にして、再びルースルカリィは歩き出す。

 ちょっとした散歩に出掛ける風な、軽い足取り。

 女王たる者が共もつけず、着の身着のまま城の外へ出る――本来なら決して許されない、無責任且つ危険極まりない行為の筈だが、しかし彼女を諫(いさ)める声はなかった。

 

 ただ―――

 一体、何をしに行くのか―――?

 

 それだけを眼差しで問う。

 だが気紛れな女王は答えず。家の中に閉じ込められた子供達の気持ちを、いつものように黙殺して――ルースルカリィは迷宮へと出発した。

 

 

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