終末世界のバージンロード   作:雷神デス

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ゴミ箱

「生徒番号九八」

 

「はい」

 

「生徒番号一零四」

 

「はい」

 

 

 授業中は、何故か無性に眠くなる。

 多分俺の頭が先生達の発する高尚な言語に追いつけていないのだろう。

 特に物理学やら気象学などの面倒な座学では、俺の頭はほんの数分で夢の世界に連れていかれ、その度に眠げ覚ましの電撃を身体に浴びせられるのだ。

 

 

「生徒番号一二三」

 

 

 そんな授業態度最底辺、皆からの笑われ者である俺なのだが、世の中上には上が居るように、下には下が居るものだ。

 堂々とした出で立ちで先生の前で立ち尽くし、名前を呼ばれているというのにあいつは腕を組んだまま一向に口を開かない。

 

 

「……もう一度だけチャンスをあげよう。生徒番号一二三番」

 

「ダサい名前ね。一体誰を呼んでいるのかしら。付けたアホ共の気が知れないわ」

 

 

 口を開いたかと思えば、先生の額に青筋を立てるような言動をかます落ちこぼれコンビの素行が最悪な方(ちなみに俺は成績が最悪な方だ)。

 ヒフミは己に付けられた番号による呼称を頑なに拒み、不遜な態度で胸を張る。

 

 

「……素直に返事すらできんか、出来損ないめ。生徒番号一三二」

 

「はーい」

 

 

 ヒフミへの点呼を諦め、他者への点呼を進めていく。

 これに返答しないと成績を下げられてしまうので、返事をしない奴は基本存在しない。

 というか、先生に歯向かうようなバカ野郎は今のところあいつ一人しか存在しない。

 

 

「相変わらず怖い物知らずだね、彼女」

 

「考えなしとも言うかもな。あんま雑談ばっかしてるとお前もどやされるぞ」

 

 

 俺の名を呼んだあとも粛々と点呼を続ける先生に隠れ、ちょうど俺の後ろの列に居た陽気な方の生徒、一七八は面白そうに笑いながらヒフミを見る。

 生徒達の中でもかなり珍しい、ヒフミのことを好意的に見ている問題児の一人だ。

 

 

「いいのいいの。どうせ真面目にやったって、それに結果が伴うわけじゃないんだから。多少だらけながらやるのが、ここでストレスを感じずやっていくための最適解だよ」

 

「先生が聞いたら落第食らいそうなことを平気で言うな……」

 

「聞かれないようにできる程度のずる賢さがあったから、私はまだここにいるのさ。君と違って実技の方はそれなりにやれる方だしね」

 

「お前といい、ヒフミといい。なんでこう、生まれながらの素質ってのは真面目さに比例するんだろうな。嫌になってくる」

 

「アハハ、少し違うね。不真面目な奴が素質があるんじゃなくて、不真面目でもいいくらいに素質がある奴しか残ってないのさ。素質が無い奴は、皆ゴミ箱に行っているからね」

 

「退学と呼べって、この前先生に注意された奴がいなかったか?」

 

「どう言い繕ってもゴミ箱じゃん、あそこ」

 

「俺はそう呼びたくはないね。俺はあいつらをゴミとは言いたくない」

 

 

 役目を与えられないほどに不出来な、どうしようも無い出来損ないと見なされた同胞達が最後に送られる廃棄場、皆からの通称は『ゴミ箱』あるいは『スクラップ置き場』。

 認めはしないが、皆があそこをゴミ箱と呼ぶのに『何故?』と疑問を抱くことはない。

 

 捨てられる者達の意思や個性など、彼らからすれば何ら関係のない話なのだろう。

 俺の我儘な認識とは別に、皆にとっては間違いなく、その名がぴったりな場所だった。

 

「コアにもパーツにもなれなかった奴らがかい?奇特だね君は」

 

「あいつ程じゃない。ただ、あそこに送られるような奴らに限って。記憶に留めておくくらいにはいい奴らだったってだけだ」

 

「損しやすい性格だね、君も」

 

「うるさいな。いいから黙っとけよ、ほんとにそろそろ先生に怒られるぞ」

 

「いいよ、別に。()()()()()だし」

 

 

 俺がその意味を理解する前に、彼女は少しだけ微笑んで。

 

 

「昨日通達が来た。経年劣化、寿命が来たらしい。以前の戦闘訓練でのスコアも響いてるかな。コアとして使うには性能が足りず、プラントとして使うには幼く、これ以上の成長も無となったら。そりゃあ、行きつく先は一つだろう?」

 

「……そう、か」

 

 

 何度訪れようとも、別れには慣れないものだ。

 同じ工場で産みだされた同胞は、そんな俺を見てどこか満足げに頷いた。

 何も出来ない情けない奴の姿を見て、いったい何に満足したのか。

 俺には何も理解できなかった。

 

 

「そんな顔して私を見送ってくれる奴は、きっと君しかいないだろうから。最後に少しだけ話せてよかった。もし君が、私のことをいい奴だなんて言ってくれるのなら──」

 

「忘れねぇよ」

 

 

 俺には、何もできない。

 彼らの、俺達の製造者の決定に対して異を唱えることは許されない。

 それをした時点で、俺もまた奈落の底に堕ちていくだろうから。

 彼女の手を掴むことも、その背中を見届けることも、俺には許されてはいない。

 

 

「せめて忘れない。お前の顔も、声も。お前の名前も」

 

「番号を名前だなんていう奴、君と一二三くらいだけどね。けど、そうだな。番号だけじゃ少し覚えにくいだろ?だから名前を付けてよ。彼女と同じように。彼女が君にだけ呼ばれてるヒフミって名前、実は少し羨ましかったからさ」

 

「お前もお前で、十二分に変な奴だよ」

 

 

 そんなのを羨ましがるのは、きっと今はこいつくらいなのだろうけど。

 

 

「……イナハ、でどうだ。一七八で、イナハ」

 

「ありがと。これで、ちょっとだけ楽しく終われそうだ」

 

 

 最期に、彼女は俺と手を触れあった。

 

 

「さよなら、ヒサシ。君は生き残ってね」

 

 

 短い別れを告げられ、俺とイナハは授業に戻った。

 授業が終わった後、イナハの姿はもう何処にもなかった。

 ここでは当たり前に起こりうる、日常にまぎれこむ些細な出来事の一つだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「今日、一七八が死ぬんだってよ」

 

「そうなんだ。ご愁傷様ね」

 

 ヒフミは、俺とは違いそれほどイナハと関わりがあるわけでも無かった。

 けれど、ふと俺が話題に出して、それをあいつが拾うくらいには知ってもいた。

 照明が斬れた寝室で、簡単にそれを伝えると、ヒフミは少しの間手を合わせてポツリと呟く。

 

 

「逃げればよかったのに、バカね」

 

「ここから逃げて、その後はどうするんだよ。あいつは正しい選択をした」

 

「友達をこけにされて憤る気持ちはわかる。けど私はその行いを正しいことだとは認めない。ほんの少しでも可能性があるなら、最後まで足掻くべきだった。私なら諦めなかった」

 

「誰もがお前みたいに無鉄砲じゃない」

 

「何もせず殺される方がよほど愚かじゃない」

 

「お前はあいつのことを知らないから、そんな簡単に言えるんだ」

 

 

 ヒフミはどうしようも無く異端で、だからこそ俺達のような奴の気持ちは分からない。

 あいつはきっと、死ぬならせめて綺麗に死のうと、そう願っただけの女だ。

 己の生存に重きを置くのであれば、きっとヒフミの方がよほど正しいのだろうけど。

 

 

「知ろうとも思わない。私の時間は有限で貴重なの。関わっても何の意味も無い、機械みたいな奴らに興味を持つ暇なんてないわ」

 

「ドライな奴だな。ここにいる殆どの奴は、そんなものなんだろうけどさ」

 

「ちょっと。私を他の有象無象共と一緒にしないでよ」

 

 

 むっ、と彼女の眼が少し鋭くなる。

 ヒフミはこうやって、自分を他の生徒達と一緒くたにされるのが苦手だった。

 

 

「私は特別なの。大人たちにただ従って消費されていく命なんかとは違う。私は番号で呼ばれるようなその他大勢じゃない。いつかきっと、大きなことを成し遂げる凄い奴よ!」

 

「どこから湧き出てくるんだよ、その自信は」

 

「私がヒフミだからよ!それに、あんただって特別な存在なんだからね?何せこの特別な私から、ヒサシという名前を与えられているんだから!名誉なことよ、誇りなさい!」

 

「へいへい、ありがとうごぜぇます」

 

 

 無理やり付けられたものだし、お前以外は呼ぶことはないのだが。

 そんな言葉をどうにか飲み込みと同時。

 ヒフミは布団から飛び出して、就寝部屋のドアを小さく開いた。

 

「……明かりが消えてる。大人たちの見回りも無い。今ならどこにだって行けるわね」

 

「どこでも、って。どこに行くつもりだよ?」

 

「決まってるじゃない。他の奴らみたいに、こんな場所でずっと暮らしていても、何の意味も無く死ぬだけよ!だから行動する必要があるの」

 

「行動って、何を」

 

「この施設を抜け出すのよ」

 

 

 眩暈がした。

 

 

「バカ、無茶言うなって!大人達は簡単に俺らのことを逃がさねぇよ!それに、周りはでかい壁で覆われて、まともに出入りすることなんてできねぇだろ?まさか、あの高さの壁を登ってここを出るつもりかよ!?」

 

「そんなわけないでしょ?あんたも知ってるはずよ。この施設の一級クラス、そいつらだけが乗るのを許されている飛ぶことのできるヒツギ達。それを盗んで、空を飛んで抜け出すのよ」

 

「本気で言ってんのか?もし失敗したら……」

 

「失敗したら、ね。だから失敗しないように、準備が必要なの。ヒサシ、まずは情報収集よ。大人達が使ってる本がいっぱいある部屋に行って、外の世界のことが書かれてる本を見つけるのよ」

 

「いや、あの部屋、大人達が使ってるカードを使わなきゃ開かないじゃねぇか。一体どうやって……いや、待てヒフミ。そういやお前、少し前に本を見せて、結婚式だのなんだの言ってたよな?まさかとは思うけど、あの本って……!」

 

「あら。察しがいいわね?」

 

 

 彼女はニヤリと笑って、ポケットから青色のカードを取り出した。

 大人達、特に先生たちがよく使う、施設の特定の部屋に入るためのキーカード。

 そういえば、昔ヒフミの奴に罵倒を浴びせた先生が、キーカードの紛失で大慌てしていた記憶がある。

 

 

「お前、盗んだのか……!?本も、鍵も!?」

 

「フフン!あいつ、無警戒よね。ポケットの中にこんな大事なものを入れるだなんて。おかげでここ最近は暇を潰せたし、色々施設を見て回れたわ」

 

「……クソ、今更謝っても、どうしようも無いよなこれ」

 

「そういうこと。このことを大人達に言ったら、私もゴミ箱行きになっちゃうでしょうね。さあ、ヒサシ。どうする?いい子ちゃんとしてここで生きるか、私と一緒に最高に楽しくて、最高に幸せな結婚式をしに外に出るか!」

 

 

 本当にこいつは、無茶苦茶で、強引で、凄まじい奴だ。

 賢い奴なら、差し出された手を叩き落として、ヒフミのことを大人達に報告して、少しでも大人に好かれる選択肢を選ぶべきなのだろう。

 ほんの少しでも、自分が得して、生きながらえるように。

 

「無茶苦茶だ。お前はほんとに、どうしようも無くバカな奴だな」

 

「それじゃあヒサシは、私の次にバカな奴ね?」

 

「うっさい。バカって言う奴がバカなんだよ、バーカ」

 

 

 それでも俺は、差し出された手を握り締めた。

 別に死にたいわけでも、自棄になったわけでも無い。

 

 

「恋人ってのは、支え合うものなんだろ?お前が言ったことだぞ」

 

「……フフン!ええ、よく分かってるじゃない!あんたは私の、恋人なんだから!」

 

 

 勝算なんて何もない。

 生き残れる可能性なんて一体どれだけあるかどうか。

 けれど、そのままヒフミを売って、何の意味も無く人生を生きるよりかは。

 

 

「目指せ、世界一幸せな結婚式!これ、私たち二人の目標だからね!」

 

「分かってるよ」

 

 二人で夢を見る方が、きっと幾分か楽しいはずだ。

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