「うわぁ、マジで開いた……ほんとに先生から盗んだんだなお前……」
「バレたら明日からは私が居なくなっちゃうわね?ま、あの間抜けな大人共じゃ、私を見つけようなんて無いだろうけど!あいつら、結局カードが盗まれた、なんて可能性にすらたどり着けてなかったのよ?笑えるでしょ!」
「まあ正直、不用心だとは思うけどさ」
幸いにも、夜中に廊下を歩く俺達を見咎める奴は居なかった。
随分と不用心にも思えるが、ヒフミみたいに大人に反抗的な生徒を、先生達が経験したことが無かったのがその原因なのだろう。
何せ、自分が死ぬと分かっていながら、『命令だから』と言って死にに行ってしまうのだから。
幾度もヒフミの奴が反抗するの様子を見ていても、先生を含む大人達は未だ楽観的な態度で、あるいは無関心な態度でヒフミや俺に接している。
子供達も、大人達も、この施設に居る奴の殆どの奴は、やるべきこと以外には興味を示さない。
ヒフミには絶望的に合わない気質が、今回のヒフミの蛮行に繋がったんだろう。
とはいえ、こんなアグレッシブな奴の行動を予想しろ、なんていう方が酷な話だけど。
「この部屋、初めて入ったけど。意外と、保存してる本の数ってそれほど多くは無いんだな?まだ生徒達が使える図書室のが本の数がありそうだ。わざわざこんな危険犯さずとも、あそこで探しても良かったんじゃないか?」
「バーカ。あそこには碌な本がないわよ。せいぜいがヒツギに関する本や。人同士で殺し合いする時に使える本くらい。あんた不思議に思ったこと無いの?インベーダーを相手するのに、なんでそんなものが必要なのか、ってさ」
「え、そりゃあ……」
少しの間考えて、確かに必要ではないんじゃないか、ってことに気が付いた。
ヒツギを動かすなら、基本的にはインベーダーたちのような、人型とはかけ離れた怪物共を相手にする時に扱える戦い方を優先的に学ぶべきだ。
「考えてみれば、確かに生徒同士の喧嘩くらいでしか役に立たないな……?いや、けど、本の中にいた人達って、皆みたいな翼も無かった。あれじゃあんまり参考にならない」
「そう!私も不思議だったのよ。私、人って皆翼が生えていると思ってたの。けど、外の世界から来た本には、何故か皆翼が無い。その答えがここにあったのよ!」
じゃあん!と。
ヒフミは自慢げに、分厚い本を広げて見せる。
そこには、ヒツギとは全く姿形が異なる変な、長い筒がついた機械と。
それに乗り込んでいる、翼を持たず、変な帽子やおかしな服を纏った人たちがいた。
「なんだ、こりゃ。変なの」
「これはね。戦車、って言うの。昔はヒツギの代わりに、皆がこの戦車に乗って戦ってたのよ!これが動いて、ヒツギが持ってる銃みたいなのをドーン!とぶっぱなすの!」
「へぇ。昔の奴らって、こんなわけわからないもんで戦ってたんだな。で、この戦車ってやつに乗ってる、翼の生えてない人達はなんなんだ?」
「フフン。違うわよ、ヒサシ。彼らに翼が生えてない、じゃないの。私たちが、翼が生えているのよ」
「はぁ?」
「私たちのが、変ってこと!」
そう笑って、ヒフミは片方だけ残った綺麗な翼をぎゅう、と握り締めた。
「おい、せっかく綺麗な翼なのに乱暴に扱ってやるなって。それで、俺達が変ってのはどういうことなんだ?まさか、翼が生えてないのが普通、ってことなのか?」
「ええ。その通り」
「……冗談で言ったつもりなんだけど。それじゃ、こいつらは皆、ヒツギに乗る時、俺みたいにヒツギをよじ登るはめになるのか?」
「多分ね!」
「不便だな、昔の人間って」
俺も常々、翼が無いことの不便を味わっているからよく分かる。
他の生徒は皆、俺と違って翼があるから、少しだけ飛ぶことができる。
鳥と違って人は重いから、大抵の場合一分も飛べないし、ヒフミみたいに片方の翼が無いと、さらに飛べる時間は短くなる。
それでも、飛べる奴と飛べない奴の差は大きい。
ヒツギの乗り降りもそうだし、階段を使わずとも施設の天井まで行けるし。
俺はずっと階段しか使えないから、羨ましく……?
「いや、待て。なぁ、もしかしてだけど……」
「気づいたみたいね?あんたは昔の人間、って呼んでるけど。今でもこの人間達が、この世界のデフォルト、常識なのよ!その証拠に、あんたくらいにしか必要がない沢山のものが、この施設にはあるでしょ!?」
「事実だけどムカつくなおい!そっか、階段なんて、俺以外の奴が使ってるところ見た事すらなかった。翼使って飛べばいいんだし。なのに、先生達は生徒が階段を壊すと、他の場所が壊れた時と同じくらい怒ってた。ってことは……」
「必要なのよ!大人達にとっても、翼を持たない人達にしか必要のないものが!」
ヒフミは興奮しながら、次々と昔の人間達の資料を見せつける。
そのどれもが、俺が全く知らなかった、未知の情報で溢れていた。
彼女が初めてここを訪れた時、どんな顔を浮かべたのか、容易に想像できる。
「フフン、凄いでしょ!外の世界には、私たちがまったく知らず、まったく関わることが無かった未知の情報がたっくさんあるのよ!あの辛気臭い壁を乗り越えた先にね!とはいえ、何の情報も無く壁の外に出たって、すぐに野垂れ死ぬだけね」
「だから、ここの本を読み漁る、ってことか?」
「本だけじゃないわよ。前見せたあの本は、誰も気にしないような本棚の奥にあったから持ち出せたけど。これに関してはそうはいかないだろうからね」
ヒフミは木箱の中から、丸めて入れられていた大きな紙を出し、地面に広げる。
それは、事細かな文字と記号が書かれた、見ているだけで頭が痛くなるような地図だった。
しかもヒフミはそれだけじゃなくて、似たようなのを何枚も机に広げたのだ。
「な、なんだこれ?」
「こっちが世界地図。こっちがこの施設周辺の地図。で、こっちがこの施設がある国の地図。それでこっちがこの施設がある国の都市に関する地図で──」
「多すぎるだろ!?こんなもん出して一体何を……いや、まさか!?」
「決まってるでしょ?こんなもの、大きすぎて持ち出せはしない。けれど地図がなくちゃ、まともに行き先を決めることすら出来ない。ならどうするか?答えは簡単、書き写せばいいのよ!ここにある地図を全部、ね!」
「無理だって!文字がこんなにぎっしり詰まってるんだぞ!?俺はお前と違って座学の成績も悪いんだからな!見てるだけでゾッとするくらい文字が並んでる!」
「泣きごと言わない!はいこれ、紙とペン!何も全部書き写せ、ってわけじゃないわ。要所を捉えて、覚えるべき所だけ書けばいいのよ。無駄を省いて、必要最低限を選んで書き留める。簡単でしょ?」
「これだから天才は……!」
時折言動で騙されそうになるが、こいつは本来一級クラスになれるレベルの天才児であり、数百人を超えるこの施設の生徒達の中でも、ごくごくわずかしかいないエリートなのだ。
今だって、すらすらとペンを動かし、何枚かの紙に地図を書き写している。
俺も渋々、彼女の真似して書いてみるが。
「あ、ちょっと!そこなんで飛ばしたのよ!?地図見た感じ、そこ主要都市よ!あーもー、そんな場所書かなくていいって!どうでもいいのよ山の名前とかは!あと文字をでかく書きすぎ、これじゃすぐに紙が足りなくなるでしょ!」
「俺にゃ無理だってこれ!お前みたいに頭よくねぇもん!大体なんだよこの記号、まったく意味が分からねぇんだけど!?」
「ほら、教えてあげるから頑張る!まずは地図、その後知識、最後に計画!実行までにやらなきゃいけないことは山ほどあるんだから!向こう半年は、この部屋に通うことと思いなさい!」
「ちくしょう、ただでさえしんどい毎日がさらにしんどくなる……!」
「ほらほら、ペンが止まってるわよ?これじゃ半年どころか一年も──片付けて」
ヒフミの声が低くなって、すぐに床に広げた地図や本を片付け始める。
俺は一瞬、なんで彼女がそうしたかは分からなかったが、そのすぐあとに聞こえてきた複数人の足音に、ようやく自分達の危機を理解することができた。
おそらくは大人達が、この部屋に近づいてきている。
「音は立てず、喋る時は小声で。まさか、ここに誰か来るなんてね。部屋を出て逃げ帰る時間も無いから、隠れてやり過ごすわよ。絶対、物音を立てないこと」
「分かってる。見つかったら、二人纏めて終わりだろうからな」
「私の耳がよくて助かったわね?ほら、片付け終わり!隠れる場所は……ここくらいしか無さそうか。ほら、入りなさい!急がないと見つかっちゃうわよ!」
さっさと片付けを済ませた俺とヒフミは、幾つもの本が山のように重ねられたスペースの合間へと身体を入れ込み、しゃがみこんで隠れることになった。
大人であれば少々狭苦しく、子供であっても他の奴らみたいに翼が生えているとつっかえて上手く隠れられなさそうだが、今回に関しては翼の生えていないことが利点となった。
「……羽が当たってちょっとくすぐったいなこれ。今からでも場所交換できたりしない?」
「アホなこと言わない。足音が近づいてきてるわよ。息を潜めて、頭を下げて」
そうやって、俺達がしっかりと姿を隠した直後に。
カードキーを使って、三人の人影が部屋に入ってきた。
「あら、思ったより整理が出来てるじゃない。あなた達に任せていいか不安だったけれど、安心したわ」
「光栄です、ミス・フロイデ」
積まれた本の隙間から、機嫌よさそうに笑う女の姿を見て、目を見開く。
三人のうちの二人は、俺も幾度か見た事のある先生だ。
普段より何処か緊張しているように見えるが、俺達が見知った存在だ。
「けど。部屋は少し埃っぽいわね。あなた達にはこの部屋の管理を任せていたはずだけど、最初に整理した後は掃除もせずに放置していたのかしら?」
「い、いえ!そんなことは!」
「弁明があるなら、もっと毅然とした態度で述べることね。あなた達の態度は言い訳をする子供のようにしか見えないもの。次同じような状態なら、あなた達もあそこに送ろうかしら。たしか、こう呼ばれてるんだっけ?『ゴミ箱』って」
「も、申し訳ございません!次からは決して手を抜かず、隅々まで……!」
「そうしてちょうだい。まったく、手のかかる子達ね」
しかし、三人の中で明らかに異質な大人がいた。
俺と同じように翼を持たず、だと言うのに施設の中で一番地位の高い先生達をしかりつけ、挙句の果てに二人をゴミ箱に遅れる権限を持った存在。
「それじゃあ。改めて聞こうかしら」
そいつは、艶めかしく笑って。
「救世主の後任、その資格を持つ天使は。生み出せたのかしら?」
俺とヒフミは、どうやら本来知ることの出来ない何かに足を踏み入れてしまったらしい。
致命的なミスがあったので少し修正しました。