絶対にヒロインの闇堕ちを防ぎたい転生者vs絶対に責任を取るつもりなヒロインたち 作:プロレタリアート
右から襲ってきた衝撃に、私は吹き飛ばされる。
何があったのかと慌てて視野を広げれば、目に映るのは吹き飛んだ腕と舌なめずりをする男の姿。
「────ぇ」
私は理解した。
今、目の前では私を庇った男の子が、その右腕を切り飛ばされていることに。
「カッッッコいいねぇ……! 身を挺して女の子を守るなんてヒーローそのものだ! 憧れちゃうなァ妬ましいなァ醜いなァ!!」
人間と変わらぬ容姿の怪物が言う。
怒りに狂った表情を更に歪ませ、私を庇った男の子に追撃をする。
人間離れした身体能力を駆使して一息に距離を詰めると、鋭利に伸ばした爪を振るう。
それを見て、攻撃されている男の子──
「そんな足手まとい連れてよォ……。デート気分で俺を殺しに来たってのかァ? 甘いンだよッ!」
「──ぐッ!?」
『足手まとい』。
その言葉が、私の心に深く刻まれる。
そう、東条が追い詰められているのは私のせいなのだ。
私が、彼を追い詰めてしまった。
大した実力もないのに、使命感と焦燥感だけで功を焦ったから、だから彼をこんな目に遭わせてしまった。
実績を残せていないからと言う理由で一人で焦って、そして他人を慮らないで突っ切って、自分が無能ではないと証明したくて、そして自分の存在意義を確かめたくて。
そうした暴走の果てが、他人を巻き込んだ盛大な自殺行為。
分かってた。
本当は、この任務は私の身の丈に合っていないことくらい分かってた。
分かって、いた……はずだった。
いや、本当は分かっていなかったのだろう。だって、ちゃんと理解していたら、彼を巻き込むことなんてしなかったはずなのだ。
私の未熟に彼を巻き込んだ。
今も目の前で戦っている彼は、必死に私を守ろうと立ち回っている。
目で追えない。
如何に、私が舐められていたのかと言うのが分かる。
魔人の動きは早く、私では到底あの戦いについていけない。
そんな敵の攻撃を、その場にとどまりつつも左手に抱える刀で受け流す彼は、やはり私なんかとは比べ物にならないほどの実力を有していることが分かる。
右手があれば、彼は奴が言っていたように、あいつを圧倒できていただろう。
そう、私なんかを庇わなければ。
私が、彼を──。
「……ったく分かってねぇな。女の子を守ってついた傷なんて男にとっちゃ勲章モンなんだよ。情緒がねぇな情緒が」
私が絶望しそうになったその時、この場にそぐわない軽口が聞こえる。
「古くせぇ価値観だなァ。今どきは性別を引き合いに出すのと嫌われるんだぜ? それともなんだ、考え方は随分と老いぼれってか。そんなだから無様に死ぬだけってのを理解しろよな」
「形勢逆転したとたん饒舌になる辺り、相当小物だなオマエ。弱者相手にしかイキれない惨めな人間モドキの癖によく回るお口だこと」
「──ッ。てめぇ、八つ裂きでは済まないと思えよ……」
「あ、もしかして効いちゃってる感じ?」
目の前の魔人と東条が言い争いをしている。
あの男は、彼の右腕を奪ったことで勝ちを確信している様子で、何かと東条を煽っている。そして煽られている東条は、脂汗を流しながらも強がっている。
私から見ても東条が圧倒的に劣勢だということは自明の理だった。
だというのに、彼は全く諦める様子がない。それどころか、相手を余計に怒らせている。
「──殺す」
怒りに塗れた男が、高速で突進する。
「勝ちを確信した小物の扱いは楽でいい。これが小心者とかになってくると話は変わってくるんだけど」
次の瞬間、男は惚けた顔で凍りついていた。
「──ぁ?」
「勝ちを確信した時が最も勝ちから遠ざかっている的な? つまり一番油断している時だよねってこと」
東条が、異能の力を用いて敵を打倒している様子だった。
「き、さま……。まさか“覚醒者”……」
困惑している様子の男は、その言葉を最後に凍り付いた肉体を粉々に砕かれ絶命する。
目の前の同僚であり同級生でもある彼を見る。
彼は、自身の能力でその腕を凍らせているが、それでも痛々しい傷跡には変わらない。
あの傷は、私が付けたも同然だ。
「……そ、その腕……」
「……あ? あー……。まあこんなんどうってことないでしょ。『ガーディアン』の技術があれば腕くらいくっつくだろうし、まあもしダメだったらサイボーグにでもしてもらえばいいしな。今は一先ずお前が無事だっただけ良かったよ」
ひどく満足そうに、彼は私に向かって太陽のような笑顔を向ける。
「お前に何かあったら、俺は死んでも死にきれないからな!」
本当に、何一つとして不満はないと言わんばかりな態度だった。
私の我が儘でこの任務を行うことになったのに。
そのせいで右腕を失っているというのに。
私より何倍も強い彼は、私を第一に考えてくれている。
その優しさが、私にはあまりに痛かった。
◇
前世で読んでいた漫画の世界に転生した。
舞台は現代社会の裏側。
人間の精神に寄生する人類種の天敵、『
実態を持たず、人間の精神を苗床として成長していく寄生生物である。宿主である人間が強い感情を発露すればするほど成長速度は早まり、やがて宿主である人間に成り代わるという特性を持っている。
怖い。
そんな彼らであるが、もう一つ特筆すべき特性として、人間が本来持っていた潜在能力を引き出すという相互作用まで有しているのだ。
謂わば『異能』と呼ばれるようなやつ。
よく言うでしょ、人間は脳の100%を行使していないとかなんとか。
この世界の人類は、本来もっと凄い能力を有しているのだが、人間という種の枠組みとしてそれを発揮できることは無いのだと。
しかし、この『悪夢』が寄生した人間は、この二種の相互作用によって人間本来が持つ潜在能力を遺憾なく引き出してくれる。そのため、普通の人間では扱えないような超能力を行使することができるようになるのだ。
まあ、その頃には人間としての人格は完全に失われ、『悪夢』に乗っ取られているのだが。
もちろん、生命体である以上彼らにも同族を増やそうとする意志がある。
精神生命体でも種としての本能みたいなものはあるようで、他の人間にも自分たちと同じ“種”を植え付けようとする。
どうやってか。
それは簡単。“『悪夢』という存在を認知させる”。これだけ。
つまりは、「自分は人間の精神を苗床にして成長する寄生生物なんだよね」とカミングアウトするだけ。
そして、それを聞いた人間がその情報が真実であると確信したらゲームセット。晴れて寄生されてしまいます。
ここで一つ抗える要素は、その情報が正しく認識しなければ種は植え付けられないということだ。
つまり、そのカミングアウトを聞いた人が、「噓乙www」みたいな反応を心の底からすれば寄生されることはない。
これが中々バランスが取れていて、『悪夢』側はどうにかして人間たちに自分たちの存在を認知してもらいたいのだが、あまりやりすぎると人間に警戒され対策が取られてしまう。
逆に、人類側はどうにかしてこの生物がいることを世間に知られないようにやりくりする必要があり、この高度に発達した情報社会をどうにかして制する必要がある。
そういった絶妙なバランスによって何とか拮抗状態を保てているのが現在の人間社会なのだ。
そのため、『悪夢』側の動きも慎重であり、種を植え付けた人間を監禁し、異能による恐怖で支配する。悪夢の成長には宿主の感情が必要となり、それが大きければ大きいほど成長も早まるのだ。それゆえ、現代社会に生きる『悪夢』は、誰にも知られないように種を植え付けた人間に、異能の力で物理的な恐怖を植え付け成長を早める。
そのため、種を植え付けられた人間の末路は悲惨だ。
そういう世界なのだ。
「改めて聞くと、中々怖いね」
そうだね。
……そうだね。
「……ん? どうかしたのかい?」
いや、どうもこうもなくてさ。
うんまあ、そうだよね。分かってたよ。うん。
だって、『悪夢』に寄生される条件って、
「そうだね。それは今、君が説明した通りだ」
うん。知ってる。
何が起こっているのかというと、俺は今絶賛夢を見ている。
『悪夢』と名付けられるように、この寄生生物は人間の夢を通して宿主に接触することができるのだ。
そうやって恐怖を与えて自己の成長を促したりするんだよ。
そう、今の俺の目の前には、
つまり、もう一人の僕である。
「はは。そういう言い方もあるのか。面白いね」
「面白くねーよ! なんだよ俺生まれた瞬間から寄生されてんじゃねぇか! 詰み確定かよ!」
「ははは。運がなかったということだよ」
「そういう余裕綽々な態度が余計に俺を苛立たせる! 転生した瞬間から死亡が確定してるってどういう冗談なの!?」
「そう慌てることもないさ」
「どの口が言ってんだお前。お前は俺に寄生しているナイトメアですよね?」
「そうだね。君の知識から読み取れる情報を精査した結果、僕はそういう存在らしい」
「ですよね!?」
そう。俺は生まれた瞬間から種を植え付けられていた人間だったわけだ。なにこれどういうクソゲー?
認識をトリガーとする情報生命体が存在する世界に、メタ的視点から転生するってお終いじゃんね。
あまりのひどさに俺は錯乱している。それはもうものすごく錯乱している。
一度死んだことがあるとはいえ、人格を乗っ取られて死ぬとかいう新たな経験に恐怖が止まらない。本当に怖い。
「まあ落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられるか!?」
「いや、落ち着かないと。そんなに感情を発露したら僕の成長が余計に早まるだけだよ?」
「そうだけど、それをお前に言われるとなんか釈然としねぇな!?」
俺の精神に俺以外のナニカが存在しているなんて普通に考えて気持ち悪いんですけど。
「ひどいなぁ」
さらっと心を読むのをやめてね。
「そんなこと言われても、僕は既に君と一心同体なんだよ」
「なりたくてなったわけじゃねぇ……」
「でもさ、僕だって寄生したくて寄生したわけじゃないよ。それに、寄生した直後は君と同じように何の知識もない赤ん坊だったんだからさ」
「でも俺を乗っ取るんでしょ?」
「生物としてはそれが理想だろうね。今からでもやろうと思えば君の体を乗っ取って、君に成り代わって人間社会で生活することもできるだろうし」
やばい。
本当に怖くて震えてる。
今すぐ俺の体から出てってもらっていいですか……?
「……そこまで怖がられるとこちらとしても少し凹むんだけど。それに、そんなことはしないさ。君も知っているだろう? 君の言う『原作』において、共生体がいたことくらいさ」
共生体。
文字通り、寄生された人間と寄生した悪夢が和解し共に生きること。悪夢は人格を乗っ取ることなく、宿主である人間の精神で過ごす。種としては落第とも言えるその在り方は、原作においても極端に数は少なかった。
「君の記憶を見させてもらったけど、凄く興味深いものばかりだよね。前世に転生、この世界を描いた創作物に、僕たちのような存在がいない世界で過ごした一人の人間の記憶」
目の前の俺と同じ容姿をした精神生命体は語る。
「本来、普通の人間と同じように知性や自我を獲得するはずだった僕は、君のこの膨大な記憶を元に人格を形成することができた。創作物という視点から自分という種をメタ的に分析することもできた。そして思ったんだ、僕って別に種を存続させなくてもいいじゃんって」
……え?
「同族は生存本能から人間を乗っ取り、数を増やそうとしているらしいけど、僕はそれをしたいとは思わない。こんな面白い記憶を持った人間と共に過ごした方が、よほど面白い人生を送れるって思ったんだよ」
つまり、俺を乗っ取ることはしないってこと?
「そうだよ。……それに、ちょっとワクワクするでしょ? こういう敵対生物同士が手を組む展開って」
目の前にいるもう一人の僕が少し面白そうに口元を歪めて言う。
「……めっちゃわかる」
中二心を持った男児なら一度は憧れる展開だと思う。謂わばイレギュラーみたいな。
「僕の存在によって、君も特殊な能力に目覚めるだろう。身体能力は通常の人間以上になり、動体視力は上がり、そして異能の力に目覚める……。それでも、僕と共生するのは嫌かな?」
「乗った!」
いやそんなこと言われたら断ることなんてできやしないじゃないですか! 実質一択ですよねこんなの。
こうして、俺の奇妙な第二の人生は幕を開けた。