対人訓練から数日が経ち、雄英高校1年A組は少しずつ日常を取り戻していた。
リリィは毎朝、ミッドナイトに手を引かれて教室に入り、ワンダー・オブ・Uを常に傍らに従えていた。
銀色の長い髪と真っ赤な瞳、透き通るような白い肌。六歳とは思えない落ち着いた佇まいは、クラスメートたちの好奇心を静かに刺激した。
休み時間になると、女子たちがリリィの机を取り囲んだ。
「リリィちゃん、髪すっごく綺麗……! 触ってもいい?」
麗日お茶子が目を輝かせて尋ねると、リリィは少し体を縮めながらも小さく頷いた。
「……うん、いいよ。お茶子さん」
「わあ、さらさら! 天使みたい……」
蛙吹梅雨が優しく微笑み、八百万百は「何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」と声をかけた。
一方、男子たちはワンダーの周りに集まっていた。
特に緑谷出久がノートを片手に目を輝かせて質問を浴びせた。
「あの、ワンダーさんはリリィちゃんの個性そのものなんですよね……? どうやってリリィちゃんを守ってるんですか? 災いって具体的にどんな……」
ワンダーは動かず、低く落ち着いた声で答えた。
『リリィに害意を向けた者へ、世界そのものが災いを降らせる。私はただ、そこに在るだけで十分だ』
爆豪勝己は遠くから舌打ちしながら「チッ、気色悪い」と呟いた。
そんな他愛のない日々が続いていたある朝のホームルーム。
相澤先生が寝袋から上半身だけ出して、いつもの無表情で言った。
「今日は委員長を決める。クラスのまとめ役だ。真面目にやれ」
教室が一気に盛り上がった。
クラスの話し合いは早く纏まり副委員長は八百万に問題は委員長候補が二人いることだ。
飯田天哉が目を輝かせて背筋を伸ばし、緑谷出久は他の者からの推薦で「え、僕が……!?」と慌てふためいた。
投票の結果、飯田と緑谷が同票で並んだ。
クラス中がざわつき、どちらかに一票入れば決着がつく状況になったとき──
リリィが小さく手を挙げた。
「私……投票していいですか?」
その瞬間、クラス全員の視線が集まった。リリィはワンダーのコートの裾を軽く握りながら、静かに言った。
「私は……その……」
しかしその時、チャイムが鳴り響き、昼休みとなり。投票は一旦中断された。
昼休み緑谷達と一緒に昼食をとっていたリリィだが、すぐ警報がなった。
雄英の正門前に大勢のマスコミが押し寄せ、校門を叩きながら大声を上げ始めた。
「オールマイトは本当に教師をやっているのか!」「生徒の安全は大丈夫なのか!」という野次が校舎まで届く。
騒ぎは予想以上に大きく。リリィの耳に、幼い頃の母親の怒鳴り声や父親の足音がフラッシュバックした。
「役立たず」「死なない程度に」──あの頃の恐怖が一気に蘇る。
「……っ……」
リリィの赤い瞳が揺れた。
呼吸が浅くなり、周囲の空気がわずかに重くなる。
床のタイルに小さなひびが入り始め、天井の照明がカチカチと不規則に点滅した。
ワンダーのシルエットがわずかに揺らぎ、災いの紋様が浮かび上がった。
『リリィ、落ち着け。ここに害意はない。ただの騒音だ』
それでもリリィの小さな体は震え、個性が暴走しかけていた。
その時──
「全員、落ち着いてください!」
飯田天哉がエンジンを唸らせて素早く動き、壁に張り付く。
彼の熱血的な説得と整然とした対応により、騒動は徐々に沈静化していった。
その声と行動が、リリィのトラウマを優しく押し戻し。ワンダーの紋様がゆっくりと消え、生徒たちの空気も元に戻った。
「……ありがとう、飯田さん……」
リリィは胸に手を当てて小さく呟いた。
(私、ちゃんとコントロールできた……少しだけ、強くなれた気がする)
昼休みが終わり、再び投票の時間になった。
リリィは迷わず、飯田天哉の名前にチェックを入れた。
結果──
委員長:飯田天哉
副委員長:八百万百
飯田は眼鏡を光らせて直立不動で挨拶し、
「皆の期待に応えられるよう全力で務めます!」と力強く宣言した。
八百万百も優雅に微笑みながら副委員長としての役割を受け入れた。
リリィは席で小さく拍手をした。
隣に立つワンダーが、静かに頭を撫でてくる。
『よくやった、リリィ。お前はもう、自分の意思で選べるようになった』
リリィは銀色の髪を少し揺らして、嬉しそうに微笑んだ。
「……うん。私、ちゃんと決められた」
こうして1年A組の新しい体制が決まり、
小さなアルビノの少女は、クラスの中で少しずつ自分の居場所を見つけ始めていた。
ーー委員長決めから数日後
雄英高校1年A組は、初めての本格的な校外訓練へと向かっていた。
USJでの災害救助訓練。バスの中はいつものように賑やかだったが、リリィは少し緊張した面持ちで窓際の席に座っていた。
そして緊張しているリリィの隣に座ったのは蛙吹梅雨だった。
彼女はいつものようにゆったりとした口調で話しかけてきた。
「リリィちゃん、緊張してる?」
リリィは銀色の髪を指でいじりながら、小さく頷いた。
「……うん、少し。蛙吹さんやみんなに迷惑かけないように頑張るけど……」
梅雨はぺろりと舌を出して微笑んだ。
「大丈夫よリリィちゃん。私の事は梅雨ちゃんと呼んで。友達なんだから、気軽にね」
その言葉に、リリィの赤い瞳が少しだけ輝いた。初めて「友達」と呼ばれた気がした。
「……梅雨ちゃん。ありがとう。私、梅雨ちゃんのこと、好きだよ」
二人はバスの中で他愛のない話を続けた。梅雨のゆったりとした物腰が、リリィの緊張を少しずつ溶かしていった。
ワンダーは後ろの席に静かに立ち、ただ見守っていた。
『よい出会いだ』
USJに到着し、13号先生の説明が始まった直後──
空間が歪んだ。
黒い霧のようなゲートが開き、黒霧と死柄木弔、そして多数のヴィランたちが雪崩れ込んできた。
「ゲームスタートだ……」
死柄木の低い声が響く。一瞬で教室の空気が凍りついた。リリィの胸に、幼い頃の恐怖が一気に蘇った。
しかし今度は、ただ怯えるだけではなかった。
「私は!私の意思で……!」
リリィの強い意志によって個性が発動した。
ワンダー・オブ・Uのシルエットが大きく揺らぎ、無数の災いの紋様が浮かび上がる。
ヴィランたちに向けられた明確な害意が、世界を「災い」へと変えた。
天井の照明が一斉に爆発し、破片が雨のように降り注ぐ。
床が腐食したように崩れ、ヴィランたちが次々と足を滑らせて転倒。
配管が破裂し、熱湯と蒸気が噴き出し、悲鳴が上がる。
半数以上のヴィランが一瞬で行動不能に陥り、施設の半壊が始まった。
「なんだこれ……!?」
死柄木が舌打ちしたその時、黒霧のワープゲートが一斉に開いた。
「散れ!」
クラスメートたちが次々と別の場所へ飛ばされていく。リリィもまた、強制的にUSJのどこかへ引きずり込まれた。一人きりになったリリィは、崩れたコンクリートの影に隠れた。
周囲からヴィランの気配が迫ってくる。
「小さなガキが……面白え!」
複数のヴィランが笑いながら近づいてきた。
その視線と殺意が、リリィのトラウマを直撃した。
父親の靴底、母親の冷たい笑い声──
「……っ……やめて……」
呼吸が荒くなり、ワンダーの紋様が激しく渦を巻いた。しかしリリィは必死に歯を食いしばった。
『リリィ、制御しろ。お前が望まなければ、災いは止まる』
「グァ!」
「なんだ!急に地面が…」
リリィは小さな手を握りしめ、ヴィランを制圧した後になんとか個性を抑え込んだ。
「私……みんなを巻き込みたくない……!」
『よくやったぞ、リリィ。さぁ急いで相澤先生の所に行こう』
「うん!」
ワンダーと共に、相澤先生の気配を感じて中央広場へと急いだ。
そこにいたのは──
血まみれで地面に倒れた相澤先生。そして、死柄木の手に触れられ、今に殺されそうな蛙吹梅雨の姿があった。
「梅雨ちゃん……!」
その光景が、リリィの理性の最後の糸を切り裂いた。
完全に、暴走した。
「う……ああああああっ!!」
リリィの叫びと共に、ワンダー・オブ・Uのシルエットが膨れ上がり、災いの紋様が施設全体を覆った。
死柄木が梅雨に手を伸ばした瞬間──
彼の右腕が、まるで不可視の刃で切り取られたように飛んだ。
血が噴き出し、死柄木が絶叫した。
「ぐあああっ!? 何だこれ……!」
「なっ!?」
「クソクソクソ!!!」
怒り狂った死柄木が叫ぶ。
「脳無! あいつを潰せ!」
巨大な脳無がリリィに向かって突進してきた。
しかし──
暴走したリリィの災いは、すでに制御不能の領域に達していた。
脳無の足元が突然崩壊し、地面が陥没。
全身に無数の小さな「不運」が積み重なり、関節が軋み、目が潰れ、呼吸が止まる。
一瞬で行動不能に陥り、脳無は巨体を地面に沈めた。死柄木と黒霧は顔を見合わせ、即座に撤退を決めた。
「撤退だ……! これは……ヤバい……」
黒霧のゲートが開き、二人は姿を消した。しかし、リリィの暴走は止まらなかった。施設全体にランダムな災いが振りまかれる。
天井が崩れ、壁がひび割れ、火花が散り、風が暴れ狂う。
ワンダーが必死に呼びかけた。
『リリィ!もういい!敵は消えた!止まれ!』
それでもリリィの赤い瞳は虚ろで、涙が溢れていた。
(私……怖い……みんなを傷つけたくないのに……)
その時、飯田天哉が全力で先生たちを呼び寄せていた。
「先生たち! 早く! リリィちゃんが暴走しています!」
駆けつけた中に、ミッドナイトがいた。
「リリィちゃん……!」
ミッドナイトは即座に個性を発動させた。
甘い香りの霧がリリィを包み込み、強制的に眠りへと誘う。
「……ミッドナイト……先生……」
リリィの小さな体がぐらりと傾き、ワンダーの腕の中に倒れ込んだ。
暴走はようやく収まった。
静まり返ったUSJに、残された生徒たちが呆然と立ち尽くしていた。緑谷出久が震える声で呟いた。
「……リリィちゃん……ただ可愛いだけじゃ……なかったんだ……」
お茶子は涙を浮かべて、
「でも……梅雨ちゃんを守ってくれた……」
爆豪は舌打ちしながらも、珍しく言葉を失っていた。
梅雨は血の気を失った顔で、しかしはっきりと言った。
「リリィちゃん……ありがとう。私は……無事よ」
ワンダーはリリィを抱き上げ、静かに周囲を見回した。
『……リリィお前は、守るために災いを呼んだ。だが……暴走してはいけない、その力を自分の意思で操れ』
生徒たちは改めて理解した。
この小さなアルビノの少女は、ただの「かわいい特別生徒」ではない。
彼女は、文字通り「災いの権化」を連れた、雄英で最も危険で、最も守るべき存在なのだと。
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