Bloody Bless   作:館長さん

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第1章:北方第6前線基地編
第1話:オオカミが来たぞ①


 鋼鉄の繭の中は、ひどく静かだった。

 

 スワスチム共和国軍・制式軽量標準量産型機動重機マシーナリィアーマー“トリオン”。その狭苦しいコクピットの中で、俺――イル・カーンは深く座席に背を預け、まぶたを閉じていた。

 

 作り物の鼓膜の奥からは、砂塵の向こう側で起きている凄惨な現実が、ノイズ混じりの怒号となって流れ込み続けている。救援を求める叫び、弾丸を弾く皇獣(おうじゅう)の硬い外皮への呪詛、そして途切れる断末魔。俺はその声を、退屈な講義のように聞き流していた。

 

 今回の任務は、北方第6前線基地への着任報告だ。本来ならば、陸上輸送艦などという大層な肩書のタクシーで、シートに座っているだけで目的地に着いてしまう、という簡単なお仕事。

 

 馬鹿げている。お行儀よくルールを守れる兵士なら、こんな辺境に左遷されることなどなかっただろう。

 

 そんな俺が、この閉塞した操縦席に身を沈めている理由は、ただ一つである。

 

「シービースト小隊。隊長一名、隊員二名、随伴アンドロイド一体……」

 

 短く呟き、コンソールの端にあるメインスイッチへ指をかける。

 

 無線から聞こえるコールサイン“オウカ”――クローディア中尉の金切り声は、既に限界に近い。半面、“ハンマーヘッド”なる男の声には、死への恐怖など微塵もなく、むしろ状況を愉しんでいる響きさえある。

 

 俺を含めて、四人。報告書を書く前に配属先のメンツが全滅しては、さすがに笑うに笑えない。

 

 スイッチを押し下げると、トリオンの心臓部が待ちきれないとばかりに鼓動を打ち始め、機体全体が命を宿したように震え始めた。

 

「ペレグリン、こちら“ドルフィン”。あんまりにも天気が良いもんだから、その辺をちょっとブラついてくる。以上」

 

『はあ!? 何を……待て待て待て、お前、また勝手な真似を! ここは首都(スィーヌツーアル)じゃないんだぞ、現地の管制に目を付けられたら俺の首が飛ぶ!』

 

 馴染みの艦長の制止を無視し、固定クランプを強制解除。油圧シリンダが軋み、格納庫のハッチが開く。熱風と砂塵が渦巻く荒野の光景が、モニターいっぱいに飛び込んできた。

 

「“ドルフィン”、出るぞ。Silence(戦闘)-Break(開始)

 

 一瞬の浮遊感の後、膝のサスペンションが限界まで圧縮され、着地の衝撃が背骨を突き抜けた。歩行モードから走行モードへシフト。踵の車輪が唸りを上げ、赤茶けた大地を削り取る。

 

 武装は、大振りな曲刀(カットラス)でかい盾(タワーシールド)だけ。武装としてはいささか心許ないが、どうせ輸送艦の隅で埃をかぶっていた予備機だ、動くだけマシとしよう。

 

 加速に身を任せ、後方へ流れていく景色を睨む。前方に皇獣(おうじゅう)が三体。犬や狼などが黒獣疾患により変異した三メートル級、ブラックドッグ。犬系の動物が皇獣(おうじゅう)化したら、大体これになる。

 

 すれ違いざま、右腕のカットラスを一閃。確かな手応え。三つの首が宙を舞い、噴き出した血が地面を濡らした。

 

 皇獣(おうじゅう)とは、元々存在する自然の動植物が奇病によって変異した、大型攻性生物だ。太陽光がある限り、その体内のどこかに存在する皇核胞(おうかくほう)を潰さない限り、奴らはいくらでも再生する化け物である。

 

 とはいえ、頭部を失くして自由に動ける道理もない。再生が終わるまで、しばらくは砂でも噛んでいればいい。

 

 ふとモニターに映し出されている戦域マップに目を向けると、三つの友軍反応が激しく明滅していた。周囲には少なからぬ数の皇獣(おうじゅう)反応もある。

 

『はははは! どうした犬っコロども、これで終わりじゃないよなぁ!? もっとだ、もっと僕にスコアを稼がせろ!』

 

『“ハンマーヘッド”、また勝手なことを! CCC(戦術管制室)からの次の指示はまだ……ああもう、勝手なことをしないで! 私が、私の指揮が、疑われるだろう! CCC(戦術管制室)、何とかしてくれ!』

 

 無線の向こうでは、“ハンマーヘッド”が狂気じみた声を張り上げていた。どうやらなかなかの腕白坊主がいるらしい。名は、リュオンと言ったか。あれが同僚になるのかと考え、少しだけ頭痛を覚える。

 

 同時に、部下を制御できていない“オウカ”とかいう小隊長に対し、少しの同情と失望を感じた。まあ、命令違反してまで飛び出した俺に言えた義理ではないが。先が思いやられる、と吐息をこぼす。

 

 思うところは色々あるが、のんびりと思索にふける時間は与えられていないようだ。レーダーが捉えた動体反応。北から来るそれは、統率の取れていないシービースト小隊を、側面から食いちぎらんと接近している。

 

『“ドルフィン”、CCC(戦術管制室)からの緊急命令です。直ちに帰還してください』

 

 そこへ少し幼さが残る声質の合成音声が割り込んできた。合流予定の小隊に随伴している情報収集・解析用アンドロイドだ。データによれば、コールサインは“ノーチラス”、個体名はリル、だったか。

 

「悪いな、目的地は目の前なんだ。このまま行く」

 

『“ドルフィン”、CCC(戦術管制室)の広域スキャンが“羊飼い”の接近を感知しています。単機で戦える相手ではありません。即時撤退を』

 

「“羊飼い”だと?」

 

 戦場にそぐわない単語に眉を寄せ、俺はモニターをズームする。土煙を上げて迫る影は、取り巻きのブラックドッグとは明らかに異なるシルエットを持っていた。

 

 命令違反は仕事ではありません、とリルが冷静に突っ込むが、耳を貸すつもりはない。死人は解雇(クビ)にもできん――そう石頭(リル)に言い返すと、すかさずクローディア中尉が通信に割り込んできた。

 

『“ドルフィン”、状況はどうなっている! ああもう、こんなの司令部への報告書には何て書けばいいんだ! おい、聞いているのか!』

 

 喚き声の相手をすることが面倒臭くなった俺は、無言のまま通信機の電源を落とす。これで、世界から雑音は消え去った。残ったのは、機体の奥で回り続けるエンジンの振動と、機化人(サイボーグ)の義肢特有の体内から響くモーター音だけだ。どうやら“腕白坊主”はお互い様のようである。

 

 砂塵の向こう側から、蜃気楼のように揺らめきながら現れた影。それは、俺がこれまで戦場で見続けてきたどの兵器とも、どの獣とも、似てはいなかった。

 

 漆黒。

 

 太陽光を吸い込むようなその装甲は、トリオンのような無骨なリベット留めも、汎用重機の名残を感じさせる油圧パイプの露出もない。全高はトリオンと大差ないが、関節部の動きには、MA(マシーナリィアーマー)特有の機械的な硬さが窺えなかった。

 

 言うなれば、鋼鉄の鎧を纏った首無し巨人。それが、俺が奴に抱いた第一印象だ。

 

「なるほど、あれが“羊飼い”(皇獣を率いる者)か。なんでウチ(共和国)の兵器が、皇獣(おうじゅう)を従えて攻めてきてるんだ」

 

 思わず独り言が漏れる。が、どうやらそれは的外れだったようだ。

 

 数体のブラックドッグを引き連れ現れた黒い機体は、皇獣(おうじゅう)たちを従える主というより、つきまとわれているだけのように見えた。現に、群れの中で最も大きなブラックドッグの背には、群れを指揮する神官が騎乗している。

 

 “羊飼い”はヘアツゥ司教国側の戦力というより、共闘、あるいは利用されているように見えた。敵であることには違いないが。

 

 左腕のタワーシールドを構え直し、重心を深く落とす。足裏のスパイクが岩盤を掴み、不快な軋み音がコクピットにまで伝わってきた。

 

 対する“羊飼い”は、手に携えた長柄の得物を無造作に引きずりながら、素早く間合いを詰めてくる。

 

 先端にフックが付いただけの棒切れ――仮に“シェパーズ・クルーク(羊飼いの杖)”とでも呼ぼうか――に見えるが、あれはただの打撃武器ではない。剥ぎ取り、解体し、中身を破壊し尽くすためだけに用意された“バールのようなもの”だろう。俺の大盾とは、最悪に相性が悪い。

 

 黒い人型が砂を蹴った。物理法則を嘲笑うかのようなしなやかな機動に、操縦桿を握りしめる指先に力が入る。

 

 爆発的な加速を見せる、“羊飼い”の黒い機体。漆黒が一瞬で点から面へと膨れ上がる。振り上げられた杖が陽炎を切り裂き、俺の頭上へ襲い掛かった。

 

「くっ、想像以上に速いな!」

 

 反射的にシールドを頭上にかざす。これをもらったら終わりだ――そんな予感があった。

 

 衝撃。巨大な鐘の中に放り込まれたような、頭の芯に響くような轟音が脳を揺さぶった。盾の表面を滑るはずの杖が、信じられない馬鹿力でシールドの縁に食らいつく。

 

 火花を散らしながら衝撃吸収機構が弾け、トリオンの左腕の油圧シリンダから高圧の作動油が噴き出した。盾は無傷でも、このままではそれを保持する機体の方が保たない。

 

 間髪入れず、“羊飼い”は見とれるほど鮮やかな機動を見せる。頭上への一撃は撒き餌だ。“羊飼い”は盾に杖を預けたまま、それを支点に跳躍。 重力に従うはずの質量が、空中で不自然に加速し、トリオンの脇腹へ回し蹴りを叩き込む。

 

 衝撃にモニターがノイズを拾い、画像がチラついた。機外カメラの幾つかが死に、大きく揺れたコクピット内の気圧が瞬時に跳ね上がる。鋭い衝撃に反応したシートベルトがロックされ、肺をきつく締め上げた。

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