Bloody Bless   作:館長さん

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第2話:鏡よ鏡⑥

 翌日。第13整備ドックの熱気は、相変わらず硝煙とグリスの臭いに満ちていた。

 

 俺は修理が完了したトリオンの最終チェックを終え、軽快な足取りでラダーを降りる。新しい脚部アクチュエータは快調だ。整備班には無理を言ったが、それに見合うだけの信頼を、俺はこの鉄の塊に預けている。

 

 そこへ、リルが珍しく慌てた様子で駆け寄ってきた。彼女が空中に投影したホログラムには、リュオンの機体の脚部アクチュエータが赤く点滅している。

 

「准尉、理解不能な事象が継続しています。リュオン少尉が現在行っている作業は、機体の機動指数を八・二パーセント低下させ、かつ、次回の戦闘における生存率を五・五パーセント損なうものです。これは、自壊プログラムの一種でしょうか?」

 

「お前、何を言ってるんだ?」

 

「私の演算回路は、彼の行為を機体性能の能動的な劣化としか定義できません。にもかかわらず、彼のバイタルサインはかつてないほどの安定を示しています。この矛盾を、私のデータベースでは処理しきれません」

 

 これまた珍しく、堰を切ったようにまくしたててくる。彼女にとって、よほど受け入れ難い出来事が起きているらしい。

 

 ふと視線を向けると、ドックの隅でギガントが不自然なほど静かに佇んでいた。その足元には、昨日あれほどの醜態をさらしたとは思えないほど、黙々と作業に没頭するリュオンの背中。

 

 彼は以前のように椅子にふんぞり返ることもなく、地べたに膝をつき、自分の機体の右脚部と向き合っている。装甲は全て真新しいものに交換されているようだ。内部にもかなり手を入れて、調整を施しているらしい。

 

 通り過ぎざま、俺の目はその右脚に釘付けになった。

 

 彼のギガント・バーサーカーには、およそ不釣り合いな鈍い銀色が組み込まれていた。それは、新品の純正パーツではない。かつて俺に押し付けたジャンクと同型の、旧式アクチュエータである。

 

 だが、何かがおかしい。ヴォルフ鉄鋼製のフレームと、スワスチム重工製のシリンダ。本来ならボルト一本、プラグ一個として規格が合うはずのない代物だ。それなのに、その異物は、まるで最初からそこにあったかのように、設計思想を執念という名のヤスリで削り落としたかのような適合精度で、ギガントの脚部に食い込んでいる。

 

 よく見れば、フレームの接合部には手作業で削り出された形跡のある、無骨なバイパス・アダプタが噛まされていた。配線も、ヴォルフ標準のプロトコルを無視し、制御基板へ直接割り込ませたかのような、野良の工作跡が見て取れる。

 

 熱収縮チューブで強引にまとめられた束は、まるで血管を無理やり繋ぎ合わせた外科手術の痕跡のようだ。 規格外の電圧を無理やりねじ伏せるため、抵抗器が剥き出しのまま並んでいる。それは洗練とは程遠いが、機能という一点においてのみ、異常なまでの完成度を誇っていた。

 

 どう見ても、整備班の連中の仕事じゃない。奴らなら、こんな軍規違反の魔改造に手を貸すはずがないからだ。

 

「少尉。その右脚、自分で組んだのか」

 

 俺の問いに、ウェスを動かすリュオンの手がわずかに止まった。ドックの巨大な換気扇が回る重低音だけが、二人の間の沈黙を埋める。振り向きもせず、気まずそうな声が返ってきた。

 

「さあね。僕は補給部が持ってきたゴミを、適当に使っただけさ」

 

 嘘をつけ。規格の違う“毒”を、自作の回路と削り出しのジョイントで黙らせ、無理やり自分の脚に繋ぎ変える。そんな真似ができるのは、よほど泥臭い現場で鉄を叩き、マシンの悲鳴を指先で殺してきた経験がある奴だけだ。

 

 だが、何故わざわざそんなことを? その答えは、おそらくとてもシンプルなものだ。

 

 この改造は、かつてのような虚栄心から来るものではないことなど、一目瞭然である。彼は自分がやったことを忘れないため、つまり自らを律し戒めるために、あえてこのパーツを組み込んだのだろう。無論、俺の機体に取り付けたような不良品とは異なり、完全に整備済みの中古品であろうことは、駆動音を聞けば明らかである。

 

 なるほどな、と頷く。こいつはただのやんちゃ坊主というわけではないらしい。このお坊ちゃんは、一体どこでそんな隠し芸を身につけやがったのやら。

 

 俺は、その見え透いた嘘を追求するような野暮はせず、いい脚になったな、と心からの賛辞を贈る。ただ、目の前の男がプロの門を叩いたことに対する、俺なりの挨拶だった。

 

 リュオンは一瞬だけ肩を震わせたが、そのまま姿勢ひとつ変えずにぶっきらぼうな声で返事をする。

 

「は。これしか予備がなかっただけだよ。文句があるなら、補給部に言いな」

 

「いや、いいさ。その脚が悲鳴を上げる前に、次は俺が道を作ってやる。お前はその“自分の足”で、確実に敵の急所をブチ抜いてくれればいい」

 

 彼の声に以前のような冷笑はない。代わりに旧式のアクチュエータが、重苦しくも力強い駆動音を上げる。俺は小さく鼻で笑い、そのまま踵を返した。リルはまだしばらく、注意深くリュオンの作業に見入っているつもりのようだ。

 

「という事らしい。どうだ、分かったか?」

 

「理解不能です。論理的ではありません。ですが准尉、この事象は興味深いです。解析の価値があります。もう少し、観察していこうと思います」

 

「そうか。理解できるといいな」

 

 短く答え、今度こそドックを後にする。彼女は相変わらず無表情に、リュオンの背中と彼が削り出したバイパス・アダプタを、多角的にスキャンし続けていた。

 

 背後で、再びグラインダーの火花が散る音が響く。その規則正しいリズムは、昨日までの虚栄心に満ちた叫びよりも、ずっと深く、俺の耳の奥に刻まれた。

 

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰、か……ふん、くだらねえ」

 

 誰に聞かせるともなく、そんな言葉が口をついて出た。頬をかすめる風が、わずかに口角を持ち上げる。

 

 エリート少尉様は、ようやく派手に飾り立てた鎧を捨て去ったようだ。その事実に口元が歪むのを抑えながら、俺はもう振り返ることなく歩き出す。

 

 あの歪で、かつてなく力強い右脚が、次にどんな音を奏でるのか。それをこの耳で確かめるためなら、明日という退屈な死地も、そう悪くないと思えるのであった。

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