Bloody Bless   作:館長さん

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第3話:こんなに大きなアヒルがいるもんか②

 数分後。

 

 戻ってきたリルの姿は、軍服の上からフリル付きのエプロンを纏い、頭に不格好なカチューシャを乗せた、世界で最も無機質な“メイドさん”であった。意外と似合っているのが面白い。

 

 というか、何でサイズがぴったりなんだ。この基地に、彼女ほど小柄な女性兵士など存在しないはずなのだが。

 

 迷わずカメラを回す俺。どちらにしても、いい画が撮れそうだ。ファインダーの中のリルは、自身の姿がどれほど滑稽であるかなど微塵も考慮せず、再びリュオンの背後へと音もなく滑り寄っていく。どちらかと言えば、忍者のようだ。

 

「おかえりなさいませ、少尉。検証を再開します」

 

「人の! 話を! 聞けえ!!」

 

 絶叫するリュオン。だが、リルの検証とやらは止まらない。彼の背後で、リルが淡々と、しかしどこか聞き覚えのある低いトーンで囁き始めた。

 

「少尉。無駄な抵抗はやめて、大人しく俺の指示に従え。それが最善だ」

 

 リルの口から漏れたのは、低く、重く、それでいて妙に落ち着き払った――まさに俺の声そのものだった。予想外の出来事に、ドック内が一瞬で凍り付く。

 

 俺も思わず、カメラを構えたまま固まってしまった。自分の声が、メイド服を着た小柄なアンドロイドの口から、あろうことか至近距離で再生されているのだ。これは、撮っている側としてもなかなかにキツいものがある。ホラーの域に片足を突っ込んでいると言っていい。

 

 一方で、ターゲットとなったリュオンにも、効果てきめんのようだった。彼の脳が過負荷で悲鳴を上げたのか、義肢の関節部から派手に強制排熱の蒸気が噴き出す。それは野次馬どもとギガントの足元を撫で、ドックの一角を白く染めると、すぐに消えていった。

 

 彼のエリートとしてのプライドが、リルの放った俺の声という劇薬によって、文字通りオーバーヒートを起こした証である。無理もない、その心中は察するにあまりある。

 

 だというのに、当のリルは仏頂面のまま、彼の様子を意にも介さず静かに小首をかしげてみせた。彼女の瞳の奥で、高速演算の光がチカチカと明滅する。

 

「検証結果報告。仮説②:実例の模倣からの検証は失敗です。分析結果から、“身の回りの補助”と“准尉の声”の同時実行は、期待された結果を得ることができませんでした。少尉の変化の理由は、どちらも原因たり得ないと考えられます。不思議です」

 

 彼女は一点の曇りもない瞳で、自身のフリル付きのエプロンを静かに見下ろす。そのまま淡々と、しかし迷いのない手つきでカチューシャの位置を微調整した。不思議なのはお前の方だ。誰も口にはしなかったが、この場の全員の心が一つになった気がした。

 

 皆の注目が集まる中、完璧すぎる立ち姿のまま、微動だにせずに数秒が過ぎる。あの固い……もとい、賢いおつむの中では、誰にも想像できないような思考が駆け巡っていることだろう。

 

 ようやく顔を上げたリルは、立ち尽くすリュオンの鼻先に、白手袋をはめた指を突きつける。そのままの姿勢で、彼女は再びゆっくりと口を開いた。

 

『明日だ、リュオン。十三時ちょうど、第4訓練場だ』

 

 もちろん、その口からは容姿に見合わない俺の声が飛び出す。

 

『……一度、お前を壊す』

 

「俺は何でメイドに脅迫されてるんだ!?」

 

 我に返ったリュオンが、間髪入れずにツッコミを入れる。リルはと言えば、用事は済んだとばかりに颯爽とドックから去ってしまった。

 

 見世物はここまでか、とばかりに散っていく血も涙もないメカニックたち。そして、当然のように最高のタイミングでシャッターを切る俺。

 

「……俺、前世で何か悪いことしたのかな……」

 

 喧噪を取り戻し始めたドックの片隅に残されたのは、プライドをフリルに絞め殺された哀れな男の背中だけであった。

 

 

 翌日、十三時過ぎ。第4訓練場を支配していたのは、耳を裂くような金属音と、リュオンの悲鳴に近い絶叫だった。

 

『待て! 話を聞けと言ったのはお前だろう! なんでいきなり関節を狙ってくるんだ!』

 

 低重心からの一撃を受け、リュオンのギガントがたたらを踏んだ。モニターの端で、リルのトリオンが信じられないほど低い姿勢で滑り込み、追撃を叩き込んでいる。俺は訓練場のキャットウォークから、ズームレンズ越しにその惨状を眺めていた。

 

 明らかに調子が悪そうなリュオンは、MA(マシーナリィアーマー)の操縦でも精彩を欠いている。いつもの突撃馬鹿の姿はすっかり鳴りを潜め、全ての動きがワンテンポ遅い。

 

 まるで殺害予告のようなリルの言葉の真意を計りかね、眠れない夜を過ごしたのだろう。ご愁傷様である。

 

 対するリルはいつもの軍服に戻っていた。整備が完了したばかりのトリオンを用い、悪魔のようなプレッシャーと、あまりにも洗練されすぎた格闘戦技でリュオン機を追い詰めている。普段は支援に回っているので気付かない者も少なくないだろうが、彼女の操縦技術はかなりのものだ。

 

 大振りな攻撃を最小限の動きで躱し、相手の武器を払い、掌底を放つ。よろめいたギガントの脚を狙うことでさらに体勢を崩させると、背後に回り込んで仰け反った背中に強烈な拳を叩き込んだ。

 

「すごいな、非武装でも三十トンを超えるギガントが、わずかとはいえ浮いたぞ」

 

 これが格闘ゲームなら、続けて空中コンボが炸裂しかねない勢いである。

 

 絶叫と装甲が激しく激突する硬い音をBGMに、ぼんやりと二機のMA(マシーナリィアーマー)を眺める。昨日のリルの物騒極まりない“壊す”宣言は、どうやら模擬戦に誘うための口上であったらしい。

 

 作戦室でのやり取りと合わせて考えると、“リュオンが俺の言葉にだけ従順になってしまった理屈が分からないので、ミルメコレオ戦の時のように危機的状況を作り出し、その上で指導してやる”といったところだろうか。

 

 随分と回りくどいことをしているものだと苦笑を浮かべていると、俺の隣でデータ端末の画面をなぞっていた白衣の男が、感情の起伏に乏しい声で話を合わせてきた。

 

「その気になれば、何でもさせられますよ。彼女、基本設計が優秀ですから。設計者のことはご存知で?」

 

 眼下では、リルのトリオンが重心を極限まで下げて滑り込み、重厚なギガントの足首を絡め取っていた。重量差を無視した強引な投げが放たれ、訓練場の分厚い強化コンクリートを介して、足裏にまで鈍い衝撃が伝わってくる。

 

 どうやら俺の独白への返事であったようだ。彼はそのまま俺とは視線を合わせず、ぼんやりと模擬戦という名の処刑場を眺めながら、淡々と話し続けた。

 

「型番はS-04、固有IDは0675で、製品名は“Little lady”。彼女が生産されたのは十二年前。数年前に生産終了した、当時どこにでもいたハウスキーピング用の量産機ですよ。准尉も、実家の台所や近所のスーパーで、同型機を見かけたことがあるんじゃないですか?」

 

「リトル・レディ……ああ、道理で“リル”と呼ばれているわけだ」

 

 イエスともノーとも答えずに、適当に相槌を打つ。どうやら男は、彼女の事情に詳しいようだった。首から下げている認識カードに、“情報統括本部・実戦環境データ抽出班”の文字が見て取れる。

 

 なるほど、彼はリルのメンテナンスと戦闘データの抽出を担当しているらしい。最近のリルの様子が気になり、様子を見に来たといったところだろうか。

 

 さらに激しい衝撃音と地響きが響き、巨体を誇るギガントが仰向けに倒れ込んだ。土煙が舞う中、トリオンが流れるような動作でマウントポジションを取る。俺でも惚れ惚れとするような見事な一撃であった。

 

「元々は、この基地の雑用係として払い下げられてきた個体なんです。掃除や書類整理、せいぜい食堂の配膳。MA(マシーナリィアーマー)のコクピットに座るような器じゃない。設計したルンメルド・アイザック博士が知ったら、泣いて怒るでしょうね」

 

「アイザック? あの、近代兵器の父とか言われている、MA(マシーナリィアーマー)開発の権威か?」

 

 ルンメルド・アイザック。それは、俺やリルが乗るトリオンの設計にも深く関わっているという、伝説的な技術者の名前だ。意外なところで繋がった点と点に、俺はようやく男の方に向き直った。

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