Bloody Bless   作:館長さん

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第3話:こんなに大きなアヒルがいるもんか⑤

『“オウカ”、沈黙は肯定と受け取るぜ。僕の脚なら、爆発の連鎖より速く駆け抜けられる。あんたの盾で、最初の一撃を割ってくれ! “ハンマーヘッド”、Silence(戦闘)-Break(開始)!』

 

「いいだろう。“ハンマーヘッド”、俺の背中から離れるなよ。“ドルフィン”、Silence(戦闘)-Break(開始)

 

 スイッチを切り替え、機動モードを変更。踵に装備されている大型タイヤが接地し、回り始める。

 

 硬質なゴムが岩肌を蹴り、礫を弾き飛ばしながら、トリオンの小柄な機体を前方に押し出す。激しい律動が、シートを介してダイレクトに伝わってきた。

 

 即座に外敵の熱源と駆動音に反応し、正面に集まって来る光の群れ。ウィル・オ・ウィスプたちは不規則な軌道を描きながら、吸い寄せられるように加速して殺到してきた。

 

 盾を機体前面に固定し、衝撃反発システムをアクティブにする。正面衝突によって視界が白熱し、凄まじい爆風がトリオンを押し戻そうと牙を剥いた。

 

 シールド内部で薬液が爆発的に気化し、排気口から蒸気が噴出される。盾から装甲、そしてフレームを伝って伝播する振動は、減衰しきれずに操縦席の俺の全身を打ち据えた。

 

 モニタ一は完全に死んでいる。砂嵐と爆炎、そして舞い上がる土煙が、唯一残された視覚すら奪い去った。

 

 リルからのサポートが得られない今、俺はただ操縦桿に伝わる手応えと、作り物の三半規管が感じる慣性だけを信じて、爆炎のカーテンへとトリオンをねじ込んでいく。

 

 いける。このまま塔の基部まで――その確信はあっさりと打ち砕かれた。レーダーがノイズの海に沈む中、物理的な殺意だけが質量を伴って爆炎を割り、音速を超えて迫る。

 

「くうっ、何だ!?」

 

 回避は不可能。直後、タワーシールドを介して、機体全体を粉砕せんばかりの衝撃が突き抜けた。

 

 物理的な重さそのものが、突進していた俺の機体を真向から叩き伏せたのだ。シートベルトが肩に食い込み、衝撃で肺の空気を強制的に吐き出させられる。

 

『“ドルフィン”、どうした!』

 

 俺の横をすり抜けようとしたリュオンのギガントにも、同様の何かが襲いかかる。空気を引き裂くような鈍い風切り音。

 

 リュオンもまた、視界の悪さのせいで反応が遅れてしまったらしい。重厚なギガントが、まるで見えない巨人に殴り飛ばされたかのように、断崖の壁面へと叩きつけられる。

 

「退け! “ハンマーヘッド”、後退だ! 何かがおかしい!!」

 

 俺は叫びながらギアをリバースに入れ、スロットルレバーを一気に引き戻した。タイヤを逆転させ、砕けた岩の礫を前方に撒き散らしながら後退する。隣では、体勢を崩したリュオンが背部バーニアを強引に噴かし、クローディアたちが待機する後方へと逃げ戻ってきた。

 

 敵は最初から、この視界ゼロのタイミングを待っていたのだ。狙撃を封じ、突撃へと誘い込み、目隠しをされた俺たちの首を刈る。俺たちは、光り輝く機雷原の手前まで、無様に這い戻ることしかできなかった。

 

 トリオンの警告ランプが、シールドの破損と各部関節の過負荷を知らせて点滅している。

 

「何なんだ、今の攻撃は」

 

 操縦桿を握る手が、衝撃の余韻でまだかすかに痺れている。相変わらずセンサーには、忌々しい羽虫たち以外は何も映らない。だが、確かに見えない何かが爆炎を裂いて、俺たちの機体を軽々と弾き飛ばしたのは確かだ。

 

『“ドルフィン”、大丈夫かよ今の……僕の機体、右腕の制御系が死んだぞ。うわ、自慢のストライクパイルが、腕ごとオシャカじゃないか!』

 

 リュオンの声に、いつもの余裕はない。断崖に叩きつけられた衝撃で、彼のギガントもかなりのダメージを負っているはずだ。

 

「分からない。だが、あの土煙の中に、俺たちの突撃を正確に迎撃できる何かがいる。リル、状況は?」

 

『不明です。“ドルフィン”および“ハンマーヘッド”が受けた攻撃は、明らかに皇獣(おうじゅう)ウィル・オ・ウィスプのものではありません。しかし、近隣には依然、他の生体反応がありません』

 

 俺が聞きたいことを悟って、的確に答えるリル。探知不能ではなく反応なし、と来たか。俺は荒い息を整えながら、状況の打開を求めて小隊長に意見を求める。

 

「“オウカ”、指示を。狙撃は無効、強行突破もこの状況では自殺行為だ。どうする」

 

 返答はない。ノイズの向こうで、クローディアの浅い呼吸音だけが聞こえる。彼女にとって、これは最悪のシナリオだろう。

 

 マニュアルにない事態。自分の手に負えない未知の攻撃。そして、部下を死地に追いやるかもしれない決断の重圧。

 

「“オウカ”! 聞こえているか!」

 

『わ、私にどうしろって言うんだ! 狙撃もダメ、突撃もダメ! 撤退は許可されていないのに!? 任務は継続、塔を取り返すか、でなければアンテナを破壊しなきゃいけないのに……これ以上、何を……何をすればいいんだ!!』

 

 ついにクローディアが、うわずった叫びを上げた。 まずい、この状態は前にも見覚え――いや、聞き覚えがある。俺の着任初日、勝手に“羊飼い”と交戦しようとした時だ。

 

 どうやら彼女は、想定外の状況に追い詰められると、自分で考えることを放棄してしまう癖があるらしい。それでよく指揮官が務まるものだと呆れるが、今はそんなことを論じている場合ではない。こうしている間にも、監視塔に潜入した工作員は、着々と作業を進めているはずだ。

 

『聞こえないのか!? 私は……私はただ、命令を遂行したいだけなのに! 誰も、どうすればいいか教えてくれない!』

 

 通信機越しに響く、クローディアのヒステリックな声。それがシービースト小隊の沈黙をさらに深く、重くしていった。

 

 極限の混乱。崩壊する連携。それを冷徹に見極めていたのは、CCC(戦術管制室)であった。

 

『戦術的解決は不可能と判断。不確定要素を排除します』

 

 その声には、前線で血を流す俺たちへの同情など一滴も含まれていなかった。CCC(戦術管制室)経由の回線での通信だが、いつものオペレーターの口調ではない。それはわざと感情を殺し、意味を考えないようにしながら読み上げているかのような、機械以上に機械的な冷たい声に聞こえた。

 

 が、それっきり。通信はそこまでであった。マイクが切られてしまったのだろうか。

 

 戦術的解決は不可能? こんなにあっさり?

 

 そりゃあ確かにこちらは手も足も出ていないわけだが、だからといって諦めが良すぎやしないだろうか。妙な胸騒ぎがする。

 

 と、そこへようやく無線に音声が帰って来た。しかし、その声の主はいつものオペレータの女性のものではない。威圧的な、男性の声であった。

 

『私は戦術管制室室長、オズワルド・ガネット中佐だ。ここからは私が命令を下す』

 

 突然の交代に、俺たちは揃って思わず息を飲む。嫌な予感は、どんどん膨れ上がるばかりだ。そして、その予感は最悪の形で的中することとなった。

 

 操縦桿を握る手に、じわりと嫌な汗が滲む。

 

『型式S-04アンドロイド“Little lady”0675に通達。現時刻をもって、お前に与えられたあらゆる猶予を終了とする。最近のお前の奇行の数々は目に余る』

 

 ――最後の任務。

 

 無線から聞こえてきた言葉に、人工脊髄が警告を発し、背筋を氷の刃がなぞる。嫌な予感と評するには、あまりにも生々しい不吉さが、その言葉から滲んでいた。

 

CCC(戦術管制室)、最後ってどういう――ぐうっ!」

 

 警戒が薄れた隙を突かれ、ウィル・オ・ウィスプの自爆攻撃に巻き込まれてしまった。直撃こそ辛うじて避けたものの、飛来する不可視の二の太刀に背中から殴打され、俺のトリオンは盛大に前のめりに転倒する。

 

 途端に機体各部がエラーシグナルを叩きつけてきた。特に背面装甲へのダメージが酷い。次に同じ場所を強打されたら、装甲が砕けてジェネレータが爆散してもおかしくないだろう。

 

 土煙が収まっていくにつれ、再び静けさが戻る。俺は追撃が無いことを確認した上で、今度はリルに怒鳴りつけた。

 

「おい、“ノーチラス”! 連中は何を言ってるんだ! 最後って何のことだ!」

 

『たった今、最後の作戦内容を受信しました。隊内に共有します』

 

 彼女の言葉通り、管制室から届いたアップデート済みの作戦データを受信する。その内容は、驚くべきものであった。

 

 

  S-04"Little lady"0675は直ちに観測塔基部へ突入し、

  筐体内部の爆弾を起動することで、敵戦力を殲滅せよ。

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