『“オウカ”、沈黙は肯定と受け取るぜ。僕の脚なら、爆発の連鎖より速く駆け抜けられる。あんたの盾で、最初の一撃を割ってくれ! “ハンマーヘッド”、
「いいだろう。“ハンマーヘッド”、俺の背中から離れるなよ。“ドルフィン”、
スイッチを切り替え、機動モードを変更。踵に装備されている大型タイヤが接地し、回り始める。
硬質なゴムが岩肌を蹴り、礫を弾き飛ばしながら、トリオンの小柄な機体を前方に押し出す。激しい律動が、シートを介してダイレクトに伝わってきた。
即座に外敵の熱源と駆動音に反応し、正面に集まって来る光の群れ。ウィル・オ・ウィスプたちは不規則な軌道を描きながら、吸い寄せられるように加速して殺到してきた。
盾を機体前面に固定し、衝撃反発システムをアクティブにする。正面衝突によって視界が白熱し、凄まじい爆風がトリオンを押し戻そうと牙を剥いた。
シールド内部で薬液が爆発的に気化し、排気口から蒸気が噴出される。盾から装甲、そしてフレームを伝って伝播する振動は、減衰しきれずに操縦席の俺の全身を打ち据えた。
モニタ一は完全に死んでいる。砂嵐と爆炎、そして舞い上がる土煙が、唯一残された視覚すら奪い去った。
リルからのサポートが得られない今、俺はただ操縦桿に伝わる手応えと、作り物の三半規管が感じる慣性だけを信じて、爆炎のカーテンへとトリオンをねじ込んでいく。
いける。このまま塔の基部まで――その確信はあっさりと打ち砕かれた。レーダーがノイズの海に沈む中、物理的な殺意だけが質量を伴って爆炎を割り、音速を超えて迫る。
「くうっ、何だ!?」
回避は不可能。直後、タワーシールドを介して、機体全体を粉砕せんばかりの衝撃が突き抜けた。
物理的な重さそのものが、突進していた俺の機体を真向から叩き伏せたのだ。シートベルトが肩に食い込み、衝撃で肺の空気を強制的に吐き出させられる。
『“ドルフィン”、どうした!』
俺の横をすり抜けようとしたリュオンのギガントにも、同様の何かが襲いかかる。空気を引き裂くような鈍い風切り音。
リュオンもまた、視界の悪さのせいで反応が遅れてしまったらしい。重厚なギガントが、まるで見えない巨人に殴り飛ばされたかのように、断崖の壁面へと叩きつけられる。
「退け! “ハンマーヘッド”、後退だ! 何かがおかしい!!」
俺は叫びながらギアをリバースに入れ、スロットルレバーを一気に引き戻した。タイヤを逆転させ、砕けた岩の礫を前方に撒き散らしながら後退する。隣では、体勢を崩したリュオンが背部バーニアを強引に噴かし、クローディアたちが待機する後方へと逃げ戻ってきた。
敵は最初から、この視界ゼロのタイミングを待っていたのだ。狙撃を封じ、突撃へと誘い込み、目隠しをされた俺たちの首を刈る。俺たちは、光り輝く機雷原の手前まで、無様に這い戻ることしかできなかった。
トリオンの警告ランプが、シールドの破損と各部関節の過負荷を知らせて点滅している。
「何なんだ、今の攻撃は」
操縦桿を握る手が、衝撃の余韻でまだかすかに痺れている。相変わらずセンサーには、忌々しい羽虫たち以外は何も映らない。だが、確かに見えない何かが爆炎を裂いて、俺たちの機体を軽々と弾き飛ばしたのは確かだ。
『“ドルフィン”、大丈夫かよ今の……僕の機体、右腕の制御系が死んだぞ。うわ、自慢のストライクパイルが、腕ごとオシャカじゃないか!』
リュオンの声に、いつもの余裕はない。断崖に叩きつけられた衝撃で、彼のギガントもかなりのダメージを負っているはずだ。
「分からない。だが、あの土煙の中に、俺たちの突撃を正確に迎撃できる何かがいる。リル、状況は?」
『不明です。“ドルフィン”および“ハンマーヘッド”が受けた攻撃は、明らかに
俺が聞きたいことを悟って、的確に答えるリル。探知不能ではなく反応なし、と来たか。俺は荒い息を整えながら、状況の打開を求めて小隊長に意見を求める。
「“オウカ”、指示を。狙撃は無効、強行突破もこの状況では自殺行為だ。どうする」
返答はない。ノイズの向こうで、クローディアの浅い呼吸音だけが聞こえる。彼女にとって、これは最悪のシナリオだろう。
マニュアルにない事態。自分の手に負えない未知の攻撃。そして、部下を死地に追いやるかもしれない決断の重圧。
「“オウカ”! 聞こえているか!」
『わ、私にどうしろって言うんだ! 狙撃もダメ、突撃もダメ! 撤退は許可されていないのに!? 任務は継続、塔を取り返すか、でなければアンテナを破壊しなきゃいけないのに……これ以上、何を……何をすればいいんだ!!』
ついにクローディアが、うわずった叫びを上げた。 まずい、この状態は前にも見覚え――いや、聞き覚えがある。俺の着任初日、勝手に“羊飼い”と交戦しようとした時だ。
どうやら彼女は、想定外の状況に追い詰められると、自分で考えることを放棄してしまう癖があるらしい。それでよく指揮官が務まるものだと呆れるが、今はそんなことを論じている場合ではない。こうしている間にも、監視塔に潜入した工作員は、着々と作業を進めているはずだ。
『聞こえないのか!? 私は……私はただ、命令を遂行したいだけなのに! 誰も、どうすればいいか教えてくれない!』
通信機越しに響く、クローディアのヒステリックな声。それがシービースト小隊の沈黙をさらに深く、重くしていった。
極限の混乱。崩壊する連携。それを冷徹に見極めていたのは、
『戦術的解決は不可能と判断。不確定要素を排除します』
その声には、前線で血を流す俺たちへの同情など一滴も含まれていなかった。
が、それっきり。通信はそこまでであった。マイクが切られてしまったのだろうか。
戦術的解決は不可能? こんなにあっさり?
そりゃあ確かにこちらは手も足も出ていないわけだが、だからといって諦めが良すぎやしないだろうか。妙な胸騒ぎがする。
と、そこへようやく無線に音声が帰って来た。しかし、その声の主はいつものオペレータの女性のものではない。威圧的な、男性の声であった。
『私は戦術管制室室長、オズワルド・ガネット中佐だ。ここからは私が命令を下す』
突然の交代に、俺たちは揃って思わず息を飲む。嫌な予感は、どんどん膨れ上がるばかりだ。そして、その予感は最悪の形で的中することとなった。
操縦桿を握る手に、じわりと嫌な汗が滲む。
『型式S-04アンドロイド“Little lady”0675に通達。現時刻をもって、お前に与えられたあらゆる猶予を終了とする。最近のお前の奇行の数々は目に余る』
――最後の任務。
無線から聞こえてきた言葉に、人工脊髄が警告を発し、背筋を氷の刃がなぞる。嫌な予感と評するには、あまりにも生々しい不吉さが、その言葉から滲んでいた。
「
警戒が薄れた隙を突かれ、ウィル・オ・ウィスプの自爆攻撃に巻き込まれてしまった。直撃こそ辛うじて避けたものの、飛来する不可視の二の太刀に背中から殴打され、俺のトリオンは盛大に前のめりに転倒する。
途端に機体各部がエラーシグナルを叩きつけてきた。特に背面装甲へのダメージが酷い。次に同じ場所を強打されたら、装甲が砕けてジェネレータが爆散してもおかしくないだろう。
土煙が収まっていくにつれ、再び静けさが戻る。俺は追撃が無いことを確認した上で、今度はリルに怒鳴りつけた。
「おい、“ノーチラス”! 連中は何を言ってるんだ! 最後って何のことだ!」
『たった今、最後の作戦内容を受信しました。隊内に共有します』
彼女の言葉通り、管制室から届いたアップデート済みの作戦データを受信する。その内容は、驚くべきものであった。
S-04"Little lady"0675は直ちに観測塔基部へ突入し、
筐体内部の爆弾を起動することで、敵戦力を殲滅せよ。