Bloody Bless   作:館長さん

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第3話:こんなに大きなアヒルがいるもんか⑥

「爆弾だと? おい、何のことだ!」

 

 あまりにも無情な命令に、脳が理解することを拒絶しようとする。機体でも、装備でもない。リルという個体そのものを、広域殲滅用の使い捨て爆弾として起動しろという命令。それが、軍が彼女に与えたハミングバードという名の片道切符の正体だった。

 

 何事もなく敵を排除できれば良し、無理だったとしても、バグったアンドロイドと使い道のない旧式MA(マシーナリィアーマー)を、群がる皇獣もろとも監視塔ごと消し飛ばせばいい。それが管制室の――いや、司令部の決断なのだろう。

 

 唐突に、先刻の白衣の男との会話が脳裏に蘇る。確かに彼は言っていたはずだ。“開発室の連中は彼女の空いた内部スペースに、追加の爆薬や実験用の発信機を積み込む計画を立てているらしい”と。

 

 計画を立てている?

 

 冗談じゃない。爆薬は、とっくに積み込まれていたのだ。

 

 十二年前に生産され、数年前に同型機は生産自体が終了した、いつ壊れても惜しくない旧式アンドロイドの腹の中に。安くて、壊れても誰も泣くことのない、高価な最新鋭機よりも軍にとっては使い勝手がいい消耗品として、使い捨てるためだけに!

 

『了解しました。合理的です。本機の高機動性を活かせば、標的到達および殲滅は容易でしょう。“ノーチラス”、Silence(作戦)-Break(開始)

 

 リルの声に、一切の迷いはなかった。ハミングバードの背部バーニアが、周囲の煙を焼き払うほどの猛烈な炎を噴き上げ、臨界に向けた耳を刺すような高周波を上げ始める。

 

「ふざけるな! 止まれ、リル! お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか!」

 

 俺の叫びも、リルにとってはノイズに過ぎないようだ。今、彼女の上等な電子頭脳を占めているのは、最も効率よく敵を排除すること、ただそれだけらしい。

 

 だが、俺が動くよりも先に、火花を散らし装甲の剥げたギガントが、リルの行く手を遮るように立ちはだかった。

 

『――誰がそんなことを許可した』

 

 リュオンだった。

 

 その声は震えていたが、金切声を上げるクローディアのものとは違う、腹の底から、いや、心の底から絞り出すような怒りに満ちている。

 

『おい、欠陥品。お前、僕の面倒を見るんじゃなかったのか。命令されたからって、自分でやると決めたことを途中で投げ出すのかよ。そんなの、軍用としても、家庭用としても、最低の出来損ないじゃないか!』

 

『今の私は軍の所有物です。作戦の成功を最優先事項としてプログラムされて――』

 

『うるさい、従尉風情が僕に口答えするな! あんなクソみたいな命令を聞く必要性がどこにある!』

 

 なおも食い下がろうとするリュオンに、もはやリルは返事すらしなかった。噴かした背部バーニアによって、彼女の機体の爪先はすでに地面から少しだけ浮き上がっている。その出力を最大まで上げた瞬間、ハミングバードはその名の通りギガントの頭上を飛び越え、蛍の舞う死の塔へと突っ込んでいくだろう。

 

 それでもリュオンは諦めず、彼女の機体を力任せに抑え込んだ。ギガントの両手でハミングバードの両肩を掴み、強引に岩盤へと縫い留める。

 

 パワーに勝るギガントの重量が、飛び上がろうとする軽量なハミングバードを力学的にねじ伏せた。駆動系から低い摩擦音が響くが、リュオンは構わず入力を維持し続ける。

 

 今頃、リュオンのコクピット内は、俺のトリオンを上回る数のエラーログで埋め尽くされているはずだ。そんなことなどお構いなしに、彼の悲痛な呼びかけが続く。

 

『俺たちがこの程度のハメ技でくたばるタマだと思ってんのか? そいつは残念、戦力評価の致命的なミスだ! どうやらお前のセンサーは節穴だったようだな! 見ろ、俺も中尉も准尉も、こうしてまだ立っているぞ! 全然負けちゃいない! そんな体たらくで戦闘支援用だと!? 笑わせてくれる!!』

 

『既に“オウカ”機以外は満身創痍と見受けられます。そもそも、敵の性質、潜伏場所、何も分かっていません。現状では監視塔そのものを破壊するのが最善手です』

 

 冷静に揚げ足を取ろうとするリル。しかし、そんな理屈で止まるほど、リュオンはお行儀のいい男ではない。とうに彼の言い分は、論理の欠片もない支離滅裂。感情に任せた暴論と化していた。聞いているこちらが恥ずかしくなってくる。

 

 しかし、馬鹿馬鹿しいほど青臭く、マニュアルの対極にあるようなその言葉は、今の俺たちにとって、どんな軍事プロトコルよりも頼もしく響いた。俺は黙って事の成り行きを見守ることにする。敵の動きに全神経を集中させ、操縦桿を握る手に力を込めた。

 

『分かってないのは俺たちだけだ! お前はどうなんだ、ちゃんと確認したのか! どこにも敵はいないのか!? 相手は幽霊か!? お前はそんなオカルトを信じるのか! それは確かに機械にあるまじきバグった考えだな、廃棄処分されるのも頷ける!!』

 

『廃棄処分ではありません。最も損害の少ない、最も効率の良い解決策です』

 

『はははは! 最も損害が少ないと言ったか、ポンコツめ! どうやら簡単な引き算もできなくなったようだな、無能! 命令だ、従尉!4-0と4-1、どっちが“正しい”数字だ! 答えろ!!』

 

 リュオンの怒号が公用回線を震わせた直後、戦場を支配したのは動と静の奇妙な混濁だった。どこからともなく聞こえてくる神官の詠唱に応えるように、ウィル・オ・ウィスプの群れが塔を離れる。まるで一つの生き物であるかのように集まり、こちらに向かってきた。

 

 爆散によって舞い上がる土煙の向こうから、再び空気を引き裂く不可視の攻撃。その怒涛の連続攻撃が、構えたタワーシールドを器用に躱して、トリオンの右肩部装甲を凹ませる。

 

 まだだ、まだ倒れるわけにはいかない。センサーのノイズを突き破るほどの勢いで互いの気持ちを衝突させる二人。そのあまりに人間臭い衝突の邪魔をさせるのは、野暮というものだ。

 

(貴方の発言は、非論理的であり……数学的基礎を欠いていて……違う、そういうことではなく……)

 

 リルの困惑しきったログが、Sotto(個人間通話)経由で流れてくる。それに対し、リュオンはさらに声を張り上げた。

 

『ごちゃごちゃ考えるからお前は駄目なんだ! いいか、“リル”! お前にできることをやれ! できないことを探して止まってんじゃねえ! お前にしかできないことが、何かあるはずだろ! お前が無能じゃないって、僕に証明してみせろ! そして、無事に帰って最近の奇行について、ちゃんと自分の口で説明しろよ!!』

 

 リュオンの怒声を最後に、リルのハミングバードが不自然なほど静まり返った。背部のバーニアは噴炎を吐くのを止め、爪先からゆっくりと接地する。外部スピーカーから漏れる電子音さえも止まり、奇妙な空白が戦場に落ちる。

 

「リュオン、お前……」

 

 俺の呟きは、再び飛来したウィル・オ・ウィスプの特攻によって遮られた。仲間を守るよう構えたタワーシールドに重い打撃が走り、トリオンの姿勢制御システムが限界に近い負荷を知らせてくる。

 

 爆ぜる炎、舞い上がる土煙。そして、死角から不規則な軌道で襲い来る不可視の殴打。

 

 今回は当たり所が悪かったのか、機体の腰部にもろにもらってしまった。たまらず吹っ飛ぶトリオン。

 

 しかし俺は騒ぎ立てるエラーログを無視し、強引に機体を立ち上がらせた。関節が紫電を放ち、小爆発を起こすが、構わず盾を構え直す。

 

 神官は容赦しない。俺たちが立ち止まっているこの隙に、確実にこちらの息の根を止めるつもりだ。ここで俺が倒れれば、リュオンの食い下がりも、リルの困惑も、全てが無駄に終わってしまう。そんなバッドエンドだけは、願い下げである。

 

 俺が攻撃に耐えている間ずっと沈黙を保っていたリルが、ようやく口を開く。静かな、それでいてどこか開き直りにも似た声が、通信機越しに聞こえてきた。

 

『受理、不能。矛盾しています。ですが』

 

 ハミングバードの頭部ユニットが駆動音を立て、視覚センサーのフォーカスを細かく切り替える。

 

『タスクA:自爆攻撃を実行した場合、タスクB:少尉の要求の遂行は、本機の機能停止により物理的に不可能となります。極めて不本意ですが、両方の命令を完遂するためには、実行順序を入れ替える以外に論理的解がありません。よって、本機はタスクBを最優先事項に設定します……“黙って見ていろクソ上官”』

 

 それは、リルが導き出した、最大級の屁理屈であった。あるいは彼女なりの譲歩、と言い換えてもいい。

 

 コクピットハッが開き、リルがその身を戦場へ晒す。軍用センサーがノイズに埋もれる中、彼女が起動したのは、かつて主人の体調を気遣うために使われていた、指向性の鋭い旧式のバイタル・スキャン・システムだった。

 

(おい、最後の一言だけ俺の声だった気がするが、他意は無いよな?)

 

 思わずSotto(個人間通話)でツッコミを入れてしまうが、相変わらず彼女からの返答は無い。それにしても驚いた。あのアンドロイドが、本気で憤っているところなんて初めて見たぞ。

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