『……やべえぞ』
状況を理解したのか、リュオンの顔色が悪い。いや、いくら手を出しにくい相手とはいえ、
『あんたが考えてる事は分かる! けど、そうじゃないんだ! こういう時、姐さんは――!』
再び彼の言葉に釣られ、その視線の先にトリオンのメインカメラを向ける。
見渡しの良い、七車線の大通りのはるか向こう。そこに、彼女、すなわちクローディアのギガントが堂々と立っていた。普段は半分に折りたたまれた状態で背部にマウントされているレールガンの砲身が、真っ直ぐにこちらへ伸びている。
『ジェネレータ直結……クリア。ガンバレル展開……クリア。アンカー固定……クリア。ターゲットロック……クリア。エネルギー充填……クリア』
情報収集に特化したリル機でなくとも分かるほどの、膨大なエネルギー反応が、そこには渦巻いていた。
『まあ……こうなるよな……』
視界の端に映るフェイスウィンドウで、リュオンが眉を寄せ、親指と中指でこめかみを押さえた。
圧倒的違和感。いつも戦場で金切り声を上げていた彼女は、どこへ行ってしまったのか。
いや、そうではない。俺やリュオンが勝手に行動した時。彼女がヒステリックに叫ぶのは、想定外の事態が起きた時ばかりだった。
ウィル・オ・ウィスプに狙撃を妨害された時。命令の遂行に支障が出た時と、言い換えることもできる。
つまり、司令部からの命令がシンプルな今回は――
「冗談だろ、聞いてないぞ! リル、データリンクを!!」
『攻撃目標、破壊する』
俺の叫びは、クローディアの無感情な声と、大出力を無理やり絞り出すギガントが発する強烈な電磁干渉によって、無惨にもかき消されていった。
そんな物が街の中で使われたら、どうなるだろうか?
音を置き去りに飛翔する弾体は、凄まじい衝撃波を撒き散らし、その軌道周辺に甚大な被害をもたらす。圧倒的な運動エネルギーは比類なき貫通性能を体現するだけでなく、対象に命中した時に膨大な熱と衝撃を生み出し、さらなる被害を巻き起こすだろう。
艦船や固定砲台などに設置されているものに比べれば、量産型
だが、クローディアに迷いはなかった。彼女にとってレールガンは街を壊す凶器ではなく、計算式に基づき、最短で目的を達成するための“効率的な解”でしかないからだ。
加速を開始したプラズマが砲身から溢れ出し、放電が周囲の空気を焼き焦がす。
視界が白熱に塗り潰され、衝撃波によって大気が激しく震動した。
光学センサーが過負荷を知らせる警告を発し、モニターの輝度が強制的に絞り込まれる。一瞬の暗転。
放たれた閃光は大気を引き裂く矢となって、真っ直ぐに医療施設の中心、すなわち大型バジリスクの喉元を目指す。それを視覚で捉えることは不可能だ。
だが、積み上げた死線の記憶が、俺の右腕を突き動かす。誰もが施設の崩壊と、そこに残された命の終焉を確信した。
――ただ一人、このくだらない“正解”を拒絶した俺を除いてだが。
言葉足らずな俺の指示を、我らが誇る頼れる仲間“Littlelady”は、正確に把握していた。ほぼノータイムで、俺の網膜に赤いラインが表示される。
それは、物理的な死の道。すなわち、レールガンの弾道予測軌道だ。
思考が加速し、世界が引き伸ばされる。網膜に焼き付いた赤い予測線と、砲身から溢れるプラズマ。その僅かな隙間に、俺は無理やりトリオンをねじ込んでいだ。
あえて弾道に対し傾斜をつけて構えたタワーシールドを、盾の下部に設えられたスパイクで地面に固定。アスファルトを叩き割った感触が、今は何とも心許ない。
「持ってくれよ、相棒……っ!!」
盾の裏側に機体の左肩を預け、
激突――の瞬間の記憶は無かった。
直撃ではない。シールドの角が砲弾を叩いた、はずだ。
衝突の圧力により、シールド内部の薬液が爆発的に気化。衝撃を相殺するためのカウンターが発動する。だが、運動エネルギーを相殺しきれぬまま、暴力的なまでの慣性がコクピット内の俺を襲い、ごく短時間だけ意識を奪い去ったのだ。
およそ十秒の間に、世界は激変していた。
目の前には、凄まじい爪痕が続いていた。長さにして、数十メートル。盾の下部に備わったスパイクがアスファルトを深く抉り、地中のコンクリートを粉砕しながらアンカーとして機能してくれたのだろう。
今なお赤熱しているタワーシールドは上半分が溶け落ちており、同様にトリオンの左肩を丸ごと吹き飛ばしていた。腕だけではなく、全身の関節がズタズタだ。
損傷の激しい部位は、自己診断機能すら沈黙している。立っていられるのが奇跡的、といった有様であった。
おそらく機体には直撃していない。この複雑な防御機構を有する盾のお陰で、微妙に射線軸を逸らしただけに過ぎないのだ。
ほんの少しでも盾と砲弾への接触角度を誤っていれば、今頃俺は膨大な運動エネルギーが変換された高熱により、跡形もなく蒸発していたに違いない。生きた心地のしない思い、というやつである。
だが、その命懸けの軸ずらしは、物理法則をほんの僅かに書き換えていたようだった。機体の大破によって後ろを振り向くことすらできない俺は、しかし目標施設がどうなったのか、手に取るように分かる。
いや、誰にでも分かるだろう。あの聞きなれた金切り声を聞けば。
『……ぁ……何で……違う、私のせいじゃない! 私は命令に従っただけだ! 最短ルートを選んだだけなのに! そう、彼が勝手に飛び出してきたんだ! 悪いのは彼の方!』
無論、声の主はクローディアだ。どういうわけか完全に錯乱状態に陥っており、とてもまともに会話できる状態には見えない。
さらに、別の声までもが通信に割り込んでくる。
『狂っている……貴様ら、狂っているぞ! 人質がここにいると言っただろう! 何かこそこそとやっていると思ってはいたが、まさかこの私を葬るため、自国民ごと滅しようとするとは! 下劣なるスワスチムの機械人形どもめ、姿形のみならず、ヒトの心まで捨て去ったか! 恥を知るがいい!!』
知らない男の罵声だった。これは医療施設を占拠して立てこもっている、ヘアツゥの神官のものだろう。あの狼狽ぶりからして、相当肝を冷やしたようだが、一応は無事だったということか。
俺は深く息を吸い込み、辛うじて生きているらしい無線機のマイクに向かって怒号を叩きつけた。
「“オウカ”! なに考えてやがる! 自分の弾丸が、どこの誰をブチ抜こうとしたか分かっているのか!!」
焼け付くような人工声帯を震わせる。だが、返ってきたのは、思考を遮断する機械的なビープ音と、淡々と異常を告げる合成音声の警告だけだった。