『警告:優先度の低い外部パケットを棄却します。司令部回線の帯域を優先してください』
「どういうことだ? 何が起きてる!」
視界の端で、俺の送信データが“DROP”という赤い文字と共に次々と消えていく。
理由は分からない。が、俺の声は彼女のスピーカーに届く前に、システムによってゴミとして処理されているらしい。無視されているのではない。届いてすらいないのだ。
俺は湧き上がる怒りを無理やり押し殺し、通信を
(リル、聞こえているな。中尉の状況を教えろ)
大破状態のトリオンが発する断続的な放電音と、死にかけのジェネレータが上げる不快な低音を押しのけ、脳裏に直接涼やかな声が響く。
『意識の回復を確認。おはようございます、准尉。機体損傷率七十八パーセント、動力源の並列化により、辛うじて生命維持と通信を確保しています。危険ですので、無理に動かないでください』
(ま、まあ、生き残れただけ儲けものだな。それで?)
『中尉の状態ですね。現在のクローディア機は、機体コンソールが意図的に外部入力を遮断しています』
(遮断だと? この状況でか?)
『“精神防衛プロトコル”、そう呼称される軍の推奨設定です。これは搭乗者のバイタルが一定のパニック閾値を超えた際、任務遂行の妨げとなる雑音をシステムが自動でフィルタリングし、司令部回線のみを優先します。今の彼女には、私たちの声は一切届きません』
ただ事実のみを羅列するリルの報告に、背筋が冷える感覚を覚えた。
かつては兵士を混乱から守るための機能だったのだろう。だが、今のクローディアにとっては、外部の制止を一切通さない無菌室を作り出す、最悪の共犯者と化していたのだ。
(最悪だな。で、機体の方はどうなっている?)
『クローディア機は現在、大電力の消耗による一時的な機能停止状態にあります。通常、復旧までの平均時間は、およそ三百秒。残り二百五十秒です』
(……たった、四分強か)
思わず、乾いた笑いが漏れた。肺腑に溜まった血の混じった空気が、ひび割れたモニターに白く滲む。
さすがに指揮官仕様とはいえ、量産機で使用するには荷が重い兵器であるらしい。無論、あんなものを街中でぽんぽん撃たれたら、たまったものではない。
そういえば先日のレイス戦のあとも、クローディアのギガントは一時的に電源が落ちていた。輸送機が到着するまでには復旧していたので気に留めはしなかったが、どうやらレールガン使用後はバッテリの電力を使い果たしてしまうようだ。今頃エンジンはフル回転させられており、懸命にコンデンサへ蓄電している所なのだろう。
と、そこへリュオンの通信が割り込んで来る。
『お、おい、“ドルフィン”! 生きてるのか!?』
「まあな、さすがに三途の川が見えた気がしたが」
『まったく、気が気じゃなかったぜ。まあ、あんたならやるとは思ったけどよ』
「心配をかけた。以後、気をつけよう。ちなみに、施設はどうなった? 何とか無事だってことは察しているが、機体がほとんど動かなくてな。これじゃあ後ろを振り返ることもままならん」
安堵の息を漏らすリュオンに対して、心にもない軽口を返す。次に同じ状況になった時、俺は果たして“良い子ぶって”黙って見ていられるだろうか。
いや、無いな。我ながら、難儀な性格である。
『目標施設は健在、直撃は回避されました。しかし、レールガンの弾体が施設の壁面近くを通過した際、衝撃波が窓を粉砕し、その影響で建物内部にも少なからず被害が出ている模様。死傷者数は不明です』
リュオンの代わりに、間髪入れずリルからの報告が届く。
背後の様子は、リルのトリオンから中継されるワイヤーフレームの構造データとして、脳内で像を結んだ。白亜の医療施設は、今なお大型バジリスクに抱きかかえられたまま、沈黙を守っているらしい。粉砕された窓ガラスが降り注ぐ光景をデータ越しに幻視し、俺は奥歯を噛み締めた。
とはいえ、さすがに無傷とはいかなかったが、ひとまず無事のようだ。建物も、人質も、そして敵も、レールガンで木っ端微塵なんていう最悪の結末は免れることができたらしい。無茶をした甲斐があった、といったところか。
苦笑を浮かべようとして、全身に激痛が走る。今さらなのだが、どうやら俺自身も無事では済まなかったらしい。
義肢の状態を確認しようと簡易走査を起動するが、俺はすぐに処理を中断する。一拍も置かずに視界がエラーログで埋まってしまったからだ。これは後で、医療班に叱られるか呆れられるかの、二者択一だろう。両方かもしれない。
いや、今は自分のことよりも仕事が優先だ。
「すまん、“ハンマーヘッド”。少し“ノーチラス”と話す。バジリスクの毒液の処理を進めておいてくれ。施設にはあまり近付くな、人質のことがあるから神官を刺激したくない」
『ま、それが無難だよな。了解』
リュオンに話をつけ、俺は再び
クローディア機の武装のことは、理解できる。あんな無茶な兵器を積むことになったのは、おそらくリュオンが原因だろう。以前の彼は、自身の手で戦果を挙げることに固執するあまり、単機で敵陣に突撃することが多かった。
残された二人のうち、調査と解析に特化したリル機は、ほぼ火力源にはならない装備だ。必然的に、クローディアは自分一人で敵にトドメを刺せる武器が必要となる。その結果として選ばれたのが、射程外から安全に敵を粉砕可能な、レールガンだったというわけだ。
どんなに
俺は顎をしゃくって、リルに説明の続きを求めた。フェイスウィンドウに映る機械仕掛けの少女の像が、小さく頷き返す。
『中尉本人は現在、自閉状態にあると推測されます』
(自閉?)
『はい。准尉はこれまで、中尉の言動に違和感を覚えたことはありませんでしたか?』
(本音を言わせてもらえば、どうして指揮官を任されているのか、不思議ではあるな。冷静さと最低限の現場判断力を、身に付けてもらいたいもんだ)
『それは氷山の一角に過ぎません。よく中尉の言動を思い出してください。准尉がシービースト小隊に配属されて以来、彼女が一度でも“自らの意思で”命令を下したところを、見たことがありますか?』