『は、笑わせてくれる! 人間じゃないだと? 貴様らスワスチム人は、全員が人間を辞めたおぞましい“機械人形”ではないか! ついに同胞の暴走も止められなくなったか? 論理こそが貴様らに残された最後のヒトらしさだとばかり思っていたが、とんだ見込み違いであったわ! それすら失った狂った機械どもの言葉の、どこに真実がある!』
絶叫に近い神官の言葉が、公用回線を通じて耳を突き刺す。
『……んだと、この欠陥持ちの“吸血鬼”風情が! 下手に出てればつけあがりやがって! 時間が無えって言って――』
「“ハンマーヘッド”!!」
かつてないほどの俺の剣幕に、リュオンの言葉が止まった。フェイスウィンドウに映る彼の顔を睨んだまま、静かに首を横に振る。すまねえ、と一言だけ漏らし、彼は再び口を開いた。
機械人形に吸血鬼。それは肉体を捨てなければ生きられない
が、売り言葉に買い言葉とはいえ、今はそんな言い合いをしている場合ではない。もうすぐこの場にいる全員が、鉄クズと肉片という名前に変わってしまいかねない危機的状況だからである。
「悪かったな。だが、聞いての通りだ。今の彼も、ウチの
『貴様、そんな脅しにこの私が屈するとでも――』
「残り百二十秒だ」
俺はイトデンワのノイズを叩き伏せるように、短い言葉を置く。
「準備が完了次第、そこは間違いなく吹き飛ばされる。逃げ延びて再起を待つか、ここで無意味に蒸発するか。すぐに決めろ。言っておくが、次は守ってやれんぞ。そこからでも見えるだろう? 一撃目を逸らした代償に、スクラップになった俺の機体が」
沈黙。
神官の歯噛みするような音が、通信越しに漏れる。彼は狙撃に警戒しながらも、施設の窓越しに無残なトリオンの姿を見ているはずだ。
張り詰めた緊張感が回線を支配し、イトデンワのノイズすら消えたように錯覚する。
『……条件は何だ。貴様らの言葉を、これ以上何を信じろと言うのだ』
「残り八十秒。人質を置いて北の路地へ消えろ。いいか、一人でも連れ出そうとすれば、俺の仲間がお前を肉片に変える。その弱点丸出しのトカゲごとな。一人で帰国するなら追わせはしない」
俺は返答を待たず、最後の一押しを叩きつけた。
「決めろ! 俺と一緒にレールガンのガイド付きで地獄へ行くか、同胞のいるヘアツゥへ帰るか!」
神官の返答を待たず、俺は通信のプライオリティを書き換えた。
イトデンワのハウリングが耳の奥で尾を引く中、代わりに公用回線から爆ぜるような怒号が鼓膜を突き刺す。
『“ドルフィン”! 貴様、今の独断専行が記録されていると知っての行動か!』
北方第6前線基地、
リルの廃棄を決め、同時に生き残りのチャンスをくれた人物でもある。その彼がわざわざ回線を繋いできたということは、俺の独断がいよいよ軍の許容範囲をはみ出したという宣告に他ならない。
(やれやれ、またしてもあの中佐様を直接引っ張り出しちまうとは。しかし……)
恐れはなかった。彼がこうして怒鳴り込んできたということは、まだ対話の余地があるということでもある。
もし本当に見捨てられたのなら、今頃俺には帰還命令が出されているはずだ。その先には軍法会議、あるいは軍籍の剥奪が控えているかもしれない。著しい利敵行為は、銃殺刑の可能性もあり得ただろう。お人好しなことである。
「こちら“ドルフィン”。それで、黙っていられなくなった中佐殿に、他にこの場の被害を増やさずに打開する手立てがあるとでも?」
『不遜な口を叩くな。“ドルフィン”、貴様の独断で行った敵への逃走示唆は、本来ならば即刻軍法会議ものの命令違反だ。だが、私とて鬼ではない。挽回のチャンスをやろう』
通信機越しに響くのは、一切の情を排した、だが確信に満ちた事務的な声だった。中佐の言葉は、なお続く。
『現時刻をもって、貴様に敵
「中佐、それは本気で? 俺の機体は、もう一歩も――」
『聞こえなかったか? 確保だ。なお、“ハンマーヘッド”および“ノーチラス”に告ぐ。これは“ドルフィン”への単独任務であり、同時に独断専行への罰だ。貴様ら二機は、指一本、援護のために動くことは許可しない。黙って
「……了解、“ドルフィン”はこれより敵
俺の返しに対し、返答は無い。お喋りに付き合うつもりはない、という中佐の意思表示だ。ただ、通信が切れる直前、鼻で笑うような息遣いが聞こえたような気がした。
(あの狸親父、俺が動けないことを分かった上で、一芝居打ちやがった……!)
そう、俺は彼に助けられたのだ。独断で敵の逃亡を促した罪。それは“歩兵部隊の施設への突入支援、および速やかな敵の完全排除”という今回の命令に、真っ向から反抗するものである。
無論、後悔は無い。クローディアによる次の砲撃を止めるには、敵にいなくなってもらう以外、現状では手がないからだ。
『ええと、つまりどういうことなんだ?』
まだ状況を分かっていないらしいリュオンが、困惑した声を通信に乗せる。そんな彼に対し、リルはいつもと変わらない調子で補足を入れてくれた。
『“困りました”ね。私と“ハンマーヘッド”は、命令により敵
『くっ、とんだ茶番ではないか……!』
リュオンが理解するよりも先に、神官が反応した。
リルに共有してもらっているスピーカーポッドが、ガラスが割れる音を拾う。恐らく、窓を破って屋外に飛び出したのだ。バジリスクの背に、飛び付くためにだ。
背後から振動が伝わってくる。俺はそれが、
「ああ、本当に“困った”な。この機体の状態じゃ、逃げる
『全員無事です、連れ出された者もいません。
「そうかい、そいつは“困った”な。おい、
『全くもって“困った”ものだが、仕方あるまい。“オウカ”、命令だ。直ちに砲撃を停止せよ。バジリスクの毒は中和済みだな? 歩兵部隊を目標施設に突撃させろ、急げ!』
その言葉が回線に落ちた瞬間、視界の端でカウントダウンが零秒を指す寸前に凍りついた。
直後、クローディアのギガントから、身を切るような金属の悲鳴が上がる。強制的な
(止まった……助かったか)
思考を蝕んでいた高周波の充填音が、重力に抗うようにそのピッチを落としていく。
フル回転していたクローディア機のエンジンが回転速度を急速に落とし、真っ赤に熱を帯びていた砲身の根本から、高圧の冷却材が白い蒸気となって噴き出した。
全方位に展開されていた自動迎撃モードの機銃銃身が、重厚な油圧の唸りとともに装甲の裏側へと収納されていく。
路面に深く突き刺さっていた接地アンカーが、火花を散らしながら引き抜かれた。巨大な鉄の足が、ようやく殺意に満ちた踏ん張りを解く。
残されたのは、半壊した医療施設と、スクラップ同然の俺の愛機、さらにはリュオンとリルの機体。そして、震える手でゆっくりと巨大な砲身を下げた、クローディアのギガントだけだった。
「……は」
乾いた溜息が、喉の奥から漏れた。
動かないトリオンのコクピットの中で、全身の強張りが解けていく。汗でべたついた操縦桿から指を離し、熱を帯びたシートに深く背中を預ける。
射線上、クローディアの目の前で、俺はただの塊になり果てた愛機と共に、かろうじて生き延びていた。
「やった、のか。おい、リル……今のは流石に、寿命が数年分は縮んだぞ」
『普段の行いから逆算すれば、とっくに天寿を全うしている年齢になってしまいますね、准尉。二階級特進、おめでとうございます。“ノーチラス”より
リルの、いつも通りの、だが心なしか微かに震えているようにも聞こえる声。それだけを確認して、俺は重い瞼を閉じた。が、静まり返った戦場に、混濁した通信が割り込んでくる。
クローディアのギガントが、機能を無理やり呼び起こした獣のように、小刻みに機体を震わせている。
『どういうつもりだ。説明しろ、准尉!』
発せられたのは、軍人としての仮面を繋ぎ止めるための、虚勢に満ちた怒声だ。
あまりにも。あまりにも、今さらすぎる。
『なぜ私の射線に割り込んだ! 貴様の勝手な行動のせいで、作戦完了時刻が十分も遅延している。機体もこの有り様だ。軍人として、この失態をどう責任取るつもりだ!』
責任、か。自分の意志を放棄した人間が口にするには、あまりに滑稽な言葉だった。
俺はシートに体を預けたまま、鼻で笑ってみせる。
『遅延だと? その十分のおかげで、施設の人間は全員無傷だ。何か問題はあるか?」
『ふざけるな!』
クローディアの叫びとともに、スピーカーから漏れるノイズが激しくなる。彼女のメッキが剥がれ、素の口調が混じり始めた。
『
「ああ、そうだな。
俺は、ひび割れたモニターに映る彼女の機体を、静かに、しかし厳しい目で見据える。
「中の国民ごとブチ抜けとまで言ったか?」
『……っ、そんなの、言葉の揚げ足取りだろう! 施設を壊せば中が無事なはずがない! 私は忠実に、確実に任務をこなそうとしただけ! 私は間違ってない、悪いのは命令を無視したお前の方だ!』
彼女の言葉は、もはや反論ではなく、自分を正当化するための悲鳴だった。
俺は深く溜息をつき、静かに、だが重く言葉を置く。
「命令無視、か。俺はちゃんと仕事はこなしたつもりだがね。現に人質は救出され、事件は終わった。死傷者がゼロだったのは、まあ……たまたまだな」
俺は、指先でコンソールの機能を一つずつ落としていく。
「自分の頭で考えるのをやめて、ただ数字をなぞるのは機械だけで十分だ。そんなものは指揮官とは呼ばない。いいか中尉。次に俺を撃つときは、
一拍、置いて。
「それでも撃つというなら、俺も隊長の命令に納得して死んでやる。意志のない“砲撃管制パーツ”に撃たれるのは御免だがな」
回線が、ぷつりと切れた。
クローディア機は沈黙し、ただ排気ダクトから吐き出される白い蒸気だけが、彼女の乱れた呼気のように夜の闇に消えていく。
俺は、溶けかけたカメラのレンズ越しに、雲ひとつ無い空を見上げる。時折、大小様々な飛行型
「“ドルフィン”、