Bloody Bless   作:館長さん

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第1話:オオカミが来たぞ③

 陸上輸送艦ペレグリンのハッチが開くと同時に、乾いた熱気が流れ込んで来る。基地のドックは、不快なほどの活気に包まれていた。機体を降りた俺を待っていたのは、見ず知らずの兵士たちの喝采と、整備兵たちの熱を帯びた喧噪だ。

 

 “羊飼い”を追い返した。たったそれだけの事実が、尾ひれをつけてこの閉鎖的な基地を駆け巡っているらしい。ボコボコにされた身としては、素直に喜べないのだが。

 

 荒野に残してきた機体の状態を思い出す。ああするしかなかったとはいえ、油圧マニピュレータがひしゃげたあの瞬間、俺は確かに敗北していた。奴が一方的に“遊び”を切り上げなければ、俺は今頃、荒野の砂塵の一部になっていたはずだ。

 

「准尉、聞いているのか」

 

 背後から飛んできたのは、歓迎とは真逆の刺々しい声だった。長い栗色の髪を束ねた女性が、険しい表情で追ってくる。クローディア中尉だ。その手にある端末には、俺の処遇を決めるための罪状が並んでいるのだろう。

 

 命令無視に通信拒否、到着予定時刻からの大幅遅刻に無断でMA(マシーナリィアーマー)を使用したこともか。規律を重んじる軍人からすれば、俺は平穏を乱す疫病神そのものに見えることだろう。

 

 否定はしない。お行儀のいい兵士なら、そもそも“問題児の墓場”なんて呼ばれている北の果てに左遷されたりはしないのだから。

 

 小柄な少女型のアンドロイド・リルは、その後ろで無感情な目をこちらに向けていた。言いたいことは中尉が全部話しました、と言わんばかりだ。口ほどにものを言うのは、どうやら人間の目だけではないらしい。

 

 少し離れた場所では、金髪の青年、ハミルトン・リュオン少尉が愛機ギガントの脚部に背を預けていた。あれはあれでパワーと耐久性に優れた、トリオンに決して劣ることのない名機だ。

 

 見た所、武装は大型の釘打ち機(ストライクパイル)に、細長い釘のような弾体を撃ち出すニードルガン。背部には、大型バーニアが増設されており、一気に皇獣(おうじゅう)へ接近し皇核胞(おうかくほう)への一撃必殺を狙うという、狂気にも似た殺意が見え隠れしている。悪くないコンセプトだ、嫌いじゃない。

 

 その持ち主はといえば、あからさまな不機嫌を隠そうともせず、こちらを睨みつけている。その眼には、獲物を横取りされたことへの苛立ちと、得体の知れない嫉妬が混じっているようだった。

 

 喧噪から逃げるようにエレベータに乗り込む。閉まる扉の隙間から、まだお祭りムードで騒いでいる連中の、息苦しさを伴うドックの様子がちらりと見えた。

 

 

 北方第6前線基地、司令執務室。分厚い防爆扉の先に広がるその空間は、つい数十分前まで俺がいた血と炎の戦場とは、まるで別世界かというほどに雰囲気がかけ離れていた。

 

 北側を向いたこの部屋の大窓には、昼間であろうと直接日が差すことは無いようで、少し寒々しく感じる。その代わり、眼下に広がる基地の様子、赤い土の荒野、国境の向こうにそびえるヘアツゥ司教国の山岳地帯、これらを一望できる作りはなかなかに圧巻だ。

 

「君がイル・カーン准尉か」

 

 部屋の主、エドムント少将は、窓の外を眺めたまま落ち着きのある声をかけてきた。振り返ったその顔には、絵に描いたような慈愛に満ちた微笑。この壮年の男が、兵士たちに死ねと命じる最高責任者だとは、すぐには信じ難い。

 

「災難だったね、着任早々あんな怪物に遭遇するとは。だが、おかげで救われた命がある。我が基地へようこそ。君のような現場で判断できる兵士こそ、今の私には必要なのだ。期待しているよ」

 

 差し出された白手袋の手。懲罰、あるいは厳しい叱責を覚悟していただけに、拍子抜けしてしまう。

 

 この男は、俺が命令を無視したことも、機体を大破させたことも、すべてを善意という名のオブラートで包み隠し、飲み込んでしまったようだ。

 

「恐縮です、閣下」

 

 握り返した手は、温かかった。そして何より、力強く、迷いが無かった。

 

 エドムント少将はそのまま、ゆっくりと窓際へ歩み寄り、砂塵に霞む荒野を見下ろす。

 

「かつて、この星には人間という種が一つしか存在しなかった時代があったという。彼らの文明は我々と比べるまでもなく脆弱だったが、間違いなくこの地球で唯一の主であり、万物の霊長だった。だが、今はどうだ?」

 

 少将の視線が、より遠く、国境のさらに向こうに広がる山岳地帯に吸い込まれた。

 

 万物の霊長……旧時代に生きたと言われている、旧人類の話だろうか。俺は黙って耳を傾ける。

 

「頂点の座は、今や空席だ。我ら機化人(サイボーグ)皇獣(おうじゅう)の血を飲む神徒、そして人の形を捨てた獣人ども。三つの人類を騙る者が、たった一つの“玉座”を醜く奪い合うこと、六百二十年。互いを出来損ないと罵り、その存在を消し去ることでしか、自らの掲げる正論を証明できない……そんな救いのない椅子取りゲームは、まだ続いていくのだろう」

 

 少将は一度言葉を切ると、慈愛に満ちた、しかしどこか底の知れない微笑みをこちらへ向けた。思わず背筋が伸びる。

 

「だが、私は信じているよ。いつかこの不毛な争いに終止符を打ち、誰もが本来あるべき“故郷”へ帰ることができる日が来ることをね」

 

 理想を語る男の熱が、握手を交わした俺の右手に残り続けているような気がした。

 

 この男が基地を取り仕切っている限り、この基地は易々と陥落することはないだろう。そんな希望さえ湧き上がって来る。胸元に並ぶ略綬の数を数えるまでもなく、ただ者ではないと俺は直感した。あまり軍人らしくもないな、とも。

 

 いや、初っ端から命令違反をやらかした俺に言えた義理もないのだが。

 

 

 笑顔を絶やさない彼に見送られて司令室を出ると、廊下にはヴァレンタイン・クローディア中尉が待っていた。彼女は安堵を隠しきれない様子で、手元の端末を見つめながら小さく吐息を漏らす。

 

「信じられないな。閣下はお前の独断専行を不問にすると決定された。それどころか、初陣の功績として正式に受理された。准尉、前世でどんな徳を積んだのだ?」

 

 彼女の言葉が、耳の奥でノイズのように弾けた。どうやら既に俺の処遇については、小隊長殿の元へ届いていたらしい。呆れた声色から察するに、よほど俺の行動が気に食わなかったものと見える。

 

「運が良かっただけさ」

 

 快く思われていないことは承知の上だ。俺はぶっきらぼうに答え、軽く頭を下げて歩き去ろうとする。

 

 が、足はその場で止まってしまった。頭部インプラントの通信モジュールが、混線の隙間から声を拾い上げたからだ。

 

『こちらデザートマウス小隊、残存機……応答せよ……MA(マシーナリィアーマー)は全損。救……求む……』

 

 整備チャンネルのノイズに混じるのは、兵士の声のようだ。救援要請のように聞こえる。しかしそれは、すぐにより大きな声によってかき消されてしまった。

 

『これより外郭エリアに対し、皇獣(おうじゅう)完全抹消のための広域焼夷弾投下を開始します。該当エリアの残存ユニットは、直ちに退避してください。繰り返します、直ちに――』

 

 感情を削ぎ落とした、若い女の声。それは救助を促す慈悲ではなく、焼却の邪魔だから退けと命じる、システムの警告音そのものであった。

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