Bloody Bless   作:館長さん

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第5話:みんな笛の音についていった③

「“ハンマーヘッド”、突出するな!“ノーチラス”、敵の再生速度を割り出せ!」

 

『了解、バイオスキャン開始……報告します。事前のシミュレーションを二十パーセント上回っています。“ノーチラス”、Silence(作戦)-Break(開始)。攻撃と並行し、敵データの収集を続行します』

 

 リルのトリオンが構えたサブマシンガンが火を噴いた。威力こそ低いが、精密な射撃が小型皇獣(おうじゅう)の目を、関節を、確実に穿っていく。

 

 だが、奴らは弾丸を浴びて肉を削がれながらも、まるでリルの機体に触れることだけを目的としているかのように、異様な密度で詰め寄ってくる。疑似的な不死。毎度のことながら、厄介なことこの上ない。

 

「くっ、キリがないな!」

 

 俺はトリオンのレバーを引き絞り、タワーシールドを構えて割り込んだ。正面から突進してきた中型皇獣(おうじゅう)の角を、盾の縁で受け流す。

 

 衝撃で機体フレームが軋むが、そのままカットラスで敵の喉元を横一文字に裂いた。熱い体液が装甲に降りかかる。

 

 スワスチムの軍人として、俺たちはたしかに正しく兵器として機能していた。クローディアが敵を撃ち抜き、リュオンが敵陣を打ち崩し、リルが正確に敵の動きを分析し、俺が仲間のの盾となってカウンターを叩き込む。

 

 だが、戦場を埋め尽くす数の暴力は、そんな俺たちの奮戦をあざ笑うかのように、さらなる質量となって押し寄せていた。

 

「くそ、数に押されている! “オウカ”、右から三体抜けた! 対処を!」

 

 正面からのしかかってくる十メートル級の甲虫をタワーシールドで押し返し、俺は叫んだ。

 

 シールドを削っているのは、全身を硬質な外殻で覆った多脚の虫型皇獣(おうじゅう)だ。そいつの鎌のような前足が、火花を散らしながら俺の装甲を執拗に叩く。金属音と凄まじい衝撃が、握りしめる操作レバーを通じて、腕の人工筋肉へとダイレクトに不快な振動を伝えてきた。

 

 視界の端、俺の守備範囲を強引にすり抜けていった小型のブラックドッグたちが、砂塵を巻き上げて後方へと疾走していく。

 

『了解……む? 様子が変だ。こいつら、私の射線を無視して行く? これは“ノーチラス”を狙っているのか?』

 

 通信越しに響くクローディアの声には、困惑が混じっていた。

 

 通常、漏れた個体は最短距離にいる動体――つまり狙撃ポイントにいる彼女のギガントに牙を剥くはずだ。だが、網膜投影のレーダーが示す光点は、中尉の機体を完全に見逃し、そのさらに背後で解析を続けているリルのトリオンへと、吸い寄せられるように集結していた。

 

 四足歩行の獣型だけではない。低空を這うように飛ぶ羽虫のような小型種や、触手のような蔓を引きずる植物型の皇獣(おうじゅう)までもが、クローディアのバズーカの爆風を浴びながらも、一心不乱にリルの機体を目指していた。

 

『逃がすかよ! 僕を無視して、どこへ行くつもりだ!』

 

 リュオンのギガントが、リルの背後に食らいつこうとした個体を横からパイルで串刺しにする。超硬合金の杭が獣の粘つく体液を撒き散らし、絶命させた。

 

 だが、倒された個体の死体を踏み越え、後続の獣たちは脇目も振らずにリルの装甲へとその汚れた爪や触手を伸ばしていく。それは攻撃や捕食というより、何かを熱烈に欲する、執着のような動きだった。

 

「“ノーチラス”、陣形を崩すな! 何が起きている!」

 

 俺は背後の異変に戦慄しながらも、正面の壁を維持し続ける。通信回線のノイズの向こうで、リルの声が解析結果を伝えてきた。

 

『解析、終了。敵個体の半数以上が、破壊行動ではなく、本機への物理的接触を最優先事項として行動しています。私は今、この戦場において、皇獣(おうじゅう)から優先的に特定・追跡される標的に設定されています』

 

「なんだと?」

 

 リルの報告に、強烈な違和感を覚える。確かに敵の動きは、優先的に彼女を狙っているように見える。

 

 それも破壊ではなく、接近が目的であるかのような動きだ。理由は分からない。そうすることのメリットも不明である。

 

 彼女は既に生産が終了した、旧式のアンドロイドに過ぎない。元は戦場に似つかわしくない、一般家庭向けのハウスキーピング用だった個体だ。

 

 軍がデータ採集用に多少調整したとはいえ、特別な機能もなければ、秘匿すべき機密など何もない。彼女が狙われる理由など、どこにもないのだ。しかし、それでは敵の動きを説明できないのも事実である。

 

 この大攻勢は、リルを捕まえるためのカモフラージュなのだろうか。いや、それは無い。大攻勢には別の目的があるはずだ。リルを捕まえるだけなら、シービースト小隊だけが出撃する任務を狙った方が、はるかに効率的なのだから。

 

 リルの捕獲は、あくまでも“ついで”に過ぎないのか……?

 

 そんな思考を、爆音と衝撃が強制的に遮断した。リルのトリオンの装甲に、粘つく蔓を持つ植物型の皇獣(おうじゅう)が絡みつき、その隙間を縫うように羽虫のような小型種が、まるで何かを探るように付きまとう。

 

「リュオン、正面を三十秒持たせろ!」

 

 指示を飛ばしつつ、右レバーを叩き、強引に機体を反転させた。リルの装甲に巻き付いた緑の触手めがけて、カットラスを斜めに振り下ろす。確かな手応えと共に粘つく樹液が飛び散り、引き剥がされた蔓が地面の砂塵へとのたうち回った。

 

 なおもカメラを遮るように群がる羽虫どもを、左腕のタワーシールドの面で力任せに叩き落とす。鉄板に叩きつけられた硬い甲殻が潰れる不快な感触が、腕に伝わってきた。

 

「悠長に考えてる暇はないな! CCC-1(第1戦術管制室)、こちら“ドルフィン”! シービースト小隊後衛に敵が集中している! マウンテンゴート小隊、デザートホーク小隊の両翼に火力の横流しを要請したい、至急だ!」

 

 正面の虫型をタワーシールドで弾き飛ばしながら、全公用回線で怒鳴る。戦場の熱を奪うほどに平坦な、ただの業務連絡だった。

 

CCC-1(第1戦術管制室)より“ドルフィン”へ。却下だ。旧式一機のために割くリソースはない。各小隊は各個撃破を継続。戦線の維持を最優先せよ』

 

「あてにするだけ無駄だったな。シービースト小隊に通達、移動だ! デザートホーク小隊を巻き込んで、協力体制を築く!」

 

 俺は独断で機体を引き込み、右翼を並走するデザートホーク小隊の陣列へと強引に乱入した。それに合わせ、後衛の二機が即座に追従する。前衛に取り残されかけたリュオンも、不満げに毒づきながら背部バーニアを吹かせて合流してきた。

 

『はあ!? おい貴様、持ち場を……!』

 

 デザートホーク小隊の通信が怒号に変わる。当然だ。乱戦の最中に隣の小隊が無理やり割り込んでくれば、陣形は崩れ、同士討ちのリスクさえ跳ね上がる。だが、俺は構わず叫び返した。

 

「悪いが、うちの“ノーチラス”が妙な奴らに懐かれすぎてな。火力を貸せ、貸しにしておいてやる!」

 

『そうか、お前、あのメイドの嬢ちゃんとこの……ちっ、仕方ねえな! 全機、シービースト小隊の後衛に火線を集中! あの“おチビさん”を持っていかれたら、明日からの晩酌の肴がなくなっちまうからな!』

 

 不意に通信に混じった笑いを含んだ声に、デザートホーク小隊のトリオンたちが即座に呼応した。

 

 かつてリルの奇行に付き合い、面白がってメイド服まで用意した悪友たちが、軍規よりも馴染みの顔を優先して火力を貸してくれている。

 

 クローディアのライフルが放つ弾丸に、隣接機の連装機関砲が吐き出す火線が重なった。リルのトリオンにまとわり付いていた植物型の触手や羽虫たちが、濃密な火網に絡め取られ、無残な肉片となって弾け飛んでいく。

 

「助かる! 恩に着るぞ!」

 

『気にするな“ドルフィン”! その代わり、次の非番は“ノーチラス”をうちの連中に貸し出せよ!』

 

 激しい硝煙と砂塵の中、二つの小隊が肩を寄せ合うようにして一つの巨大な鉄の塊へと防衛線を再構築していく。

 

 合流したことで生まれた圧倒的な火力の密度。それこそが、一歩間違えれば圧殺されるこの絶望的な乱戦を凌ぐ、唯一の希望のように思えた。

 

 デザートホーク小隊との合流によって、リルの周囲を固める火網は鉄壁の密度へと高まっていた。押し寄せる皇獣(おうじゅう)の群れを、クローディアの火力とデザートホーク小隊の機関砲が次々と粉砕していく。

 

 ようやく、戦況が拮抗し始めた。これなら、いける。

 

 勝機を見出し、勢い付くスワスチム共和国軍。無論、それを黙って見過ごすヘアツゥ司教国軍ではない。

 

 乱戦の喧騒を力ずくで圧し潰すような、重く、底知れない振動が戦域を支配する。それは、これまで耳にしていた皇獣(おうじゅう)を統率するための祝詞とは、明らかに格が違っていた。

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