Bloody Bless   作:館長さん

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第5話:みんな笛の音についていった④

『警告。十一時の方角、上級神官による詠唱を確認。敵戦力に急速変化』

 

 リルの報告を受け、警戒を強める。

 

 地平線の向こう、皇獣の死骸や切り出された巨石を積み上げて急造された、禍々しい儀壇(ぎだん)が砂塵の中に浮かび上がっていた。広域の皇獣へ効率よく祝詞を響かせ、統率するための即席の舞台だろう。

 

 その不気味な壇上に並び立つ上級神官たちが、天を仰いで一斉にその喉を震わせた。

 

『――理の檻を食い破れ、大いなる神の眷属よ。大神よ、我らに慈悲を。偉大なる祝福を』

 

『――その肉に火を、その骨に不滅の呪を。汝、我らが祈りを糧に、我らが敵を打ち倒せ』

 

 世界がねじ曲がるかのような不協和音が、戦場に響く。それは、俺たちの目の前で、信じがたい変貌を引き起こした。

 

 デザートホーク小隊の連装機関砲を浴び、四肢を削がれて沈黙していたはずの獣型が、自らの死骸を突き破るようにして跳ね起きたのだ。

 

「再生中の敵が動き出した!? 無茶苦茶だな!」

 

 露出していたはずの皇核胞(おうかくほう)の周囲で、赤黒い筋肉の繊維が猛烈な勢いで増殖を始めた。リュオンのギガントがニードルガンを叩き込もうとしたその寸前で、核は分厚い肉と硬質化した骨の層の奥底へと、物理限界を超えた速度で埋没していく。

 

『ちいっ、あと少しだったのに! どんだけ肉を盛れば気が済むんだ!』

 

 リュオンの忌々しげな声が通信に弾ける。

 

 核を叩くための隙間をこじ開けても、祝詞の加護を受けた個体は瞬時にその傷口を塞ぎ、さらには本来持たない発火器官を喉元に形成し始めた。

 

「回避だ、デザートホーク! 物理法則を信じるな、距離を置け!」

 

 俺の警告よりも早く、その獣の顎から、指向性を持った熱線の如き火炎が放たれた。

 

 反射的に盾を構えたデザートホーク小隊の一機が、その耐熱装甲が異常な速度で白熱し、限界を知らせる警報音が通信越しに漏れ聞こえてくる。

 

『なんだこの熱量は! 液体燃料の炎の比じゃねえぞ! 熱源が皇核胞(おうかくほう)に直結してやがるのか!?』

 

 さらに空からは、翼を赤く発光させた鳥型たちが、重力加速度を無視した急降下を開始した。

 

 自らの肉体を高圧縮の爆弾へと変貌させた、死を恐れぬ自爆特攻。落下地点を中心に、重戦車の主砲直撃に等しい衝撃波が荒野を抉り、デザートホーク小隊の陣列が瞬く間に炎の渦に呑み込まれていく。

 

「噂には聞いていたが、これが上級神官の“加護”ってやつか……遣い手次第でこうも変わるとは」

 

 シールドを打つ衝撃に耐えながら、歯噛みする。

 

 神官が声を張り上げるたび、皇獣(おうじゅう)たちは物理法則を裏切り、戦場を地獄へと塗り替えていった。

 

『……だめ、再生速度が速すぎる! “ハンマーヘッド”機のパイルの貫通深度が足りない、狙撃の隙も作れない!』

 

 クローディアの、焦燥に満ちた声が通信に割り込む。これまでの機械的な応対とは違い、露骨な困惑を見せている。

 

 だが、俺の視界は、砂塵の向こう側に揺らめく影――あの忌々しい祝詞を紡ぎ続ける根源を捉えていた。

 

「いや、無駄弾は撃つな。元を断つぞ。“オウカ”、“ハンマーヘッド”、あの神官どもを黙らせるのが先決だ。俺たちが道を作る、いいな!」

 

『了解。いいぜ、やってやる! 派手に道を開けてやるよ!』

 

 リュオンのギガントが、増設された背部バーニアを限界まで吹かし、荒野を滑るように加速した。

 

 俺もまた、リアクティブタワーシールドを構え、トリオンの出力を最大まで引き上げる。もちろん狙いは状況悪化の根源、砂塵の向こう側に並び立つ数人の神官だ。

 

 立ちはだかる皇獣(おうじゅう)の群れが、変異した肉塊を振り回し、熱線の雨を降らせてくる。シールドが焼ける異臭がコクピットまで届き、衝撃波が機体を通じて俺の神経を揺さぶる。

 

 だが、止まるわけにはいかない。

 

 リュオンがニードルガンを乱射して獣型の足を止め、その背後から俺がカットラスを突き立て、強引に道をこじ開けていく。

 

「今だ、“オウカ”!」

 

『“ノーチラス”より、座標確定の信号を受信。狙撃可能』

 

 クローディアの声が通信に響く。獲物を捉えた今、彼女に迷いはなかった。俺とリュオンが盾を並べ、再生と硬質化を繰り返す肉壁を力ずくでこじ開ける。

 

 構えられたスナイパーライフルが、重厚な排熱煙を吐き出しながら火を噴いた。放たれた徹甲弾は、音速を超えて砂塵を滑空し、祝詞を紡いでいた神官の一人を、その儀壇ごと粉砕した。

 

 だが、その一撃が戦場全体の猛威を止めることはない。倒した神官の支配下にあった十数体の皇獣(おうじゅう)たちが、呪いの余韻に狂い、統制を失って足を止めた程度の影響だ。

 

『こちらケイヴバット小隊! 指揮個体一、排除完了! だが損害甚大!』

 

『レイクフロッグよりCCC-2(第2戦術管制室)へ! 敵の火炎放射により三機大破! 救護班を――』

 

 ノイズ混じりの公用回線には、悲鳴と歓喜が交互に叩きつけられていた。数百人と投入された神官たちを、スワスチムの各部隊が文字通り命を削りながら、一人、また一人と引きずり下ろしていく。地道な、だが確かな逆転の兆しが、上級神官の排除によって見えてくる。

 

『はっ、案外もろいじゃねえか、ヘアツゥの野郎どもも。このまま全部食い破って、中央への手土産にしてやるぜ!』

 

 リュオンが返り血に汚れたストライクパイルを構え直し、不敵な声を上げる。その言葉に呼応するかのように、遙か前方、中央戦線の最前線で純白の光柱が天を突いた。

 

 収束波動砲、バルムンク。超高出力ジェネレータを積んだ高性能MA(マシーナリィアーマー)・ジークフリート、あるいは大型艦船や拠点となる要塞にのみ装備・設置が許される、スワスチムの技術力の結晶だ。

 

 通常の化石燃料エンジンを積んだ俺たちの量産機では、トリガーを引くための予備電力すら賄えない。文字通り、次元の違う“聖剣”が地平線を一文字に薙ぎ払う。

 

 膨大なエネルギーが大気を焼き、凄まじい熱波が数キロ離れた俺たちのトリオンの熱源センサーを跳ね上げ、コクピットを震わせた。光の軌跡上にいた数百の皇獣(おうじゅう)が、再生の暇すら与えられず、一瞬で蒸発していく。

 

 白々しく戦場を照らし出すその圧倒的な破壊力を、視界の端のフェイスウィンドウに映るリュオンは苦々しげに、だがどこか焦ったように見つめていた。

 

『ふん、派手にやってくれたもんだね。あんな玩具に、僕の撃墜数まで横取りされてたまるかってんだ!』

 

 リュオンは不満そうにぼやきながらも、彼の機体は逃げ惑う皇獣(おうじゅう)を追い詰めるべく、さらなる加速を重ねた。

 

 彼も、そして俺も、この圧倒的な光の蹂躙が戦局の決定打になることを、疑わなかったのだ。誰もが、この地獄の終わりを、そして自分たちの勝利を、わずかでも幻視したはずだった。

 

 ――だが。

 

 戦域の東端。砂塵が陽炎を覆い、もっとも深く昏い影が落ちている場所から、そいつは再びやってきた。

 

『報告。東方より、異常熱源を確認。各機、警戒してください』

 

 感情を持たないはずのリルの声が、僅かに震えたように感じられる。

 

 それは一年以上前からこの地で、俺たちの戦友を蹂躙し続けてきた、忌まわしき死神の足音だった。

 

『“羊飼い”です』

 

 祝詞も、叫びも、一切関係ない。

 

 ただ、その機体が放つ圧倒的な威圧感だけで、俺たちの戦意が削り取られていく。空気が凍てつき、視界が歪む。

 

 網膜投影に、鮮烈な漆黒の熱源が描き出された。

 

 地平線の向こう、砂塵が割れたその中心。鈍く輝く金属質の巨躯を晒し、ゆっくりと歩みを進めてくる、漆黒のMA(マシーナリィアーマー)

 

「……また、あいつかよ」

 

 俺は、重く軋む腕に力を込め、タワーシールドを構え直した。

 

 通信は通じず、目的も分からず、ただスワスチムの機体を壊すためだけに現れる、出所不明の特注機。“羊飼い”という名の絶望を刻まれた、漆黒の怪異の登場である。

 

 砂塵の向こう、戦場を見下ろす小高い丘の上に、その影は立っていた。

 

 乱戦の熱波も、皇獣(おうじゅう)の断末魔も、すべてを無関心に切り捨てた沈黙の佇まい。だが、漆黒の上半身がゆっくりと左右に振られた瞬間、言いようの無い悪寒が背筋を凍らせる。

 

 奴が、選別を始めたのだ。数多の雑兵の中から、もっとも自分を楽しませてくれる玩具を見つけるために。

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