Bloody Bless   作:館長さん

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第6話:偶像 -IDOL-⑤

「不安定だった精神状態は、一時的に許容範囲内まで回復しています。あなたたち自身が選んだ物品が、現実と幻の境界に線引きをしてくれることでしょう」

 

 リルの言葉は、俺たちが抱える罪悪や未練が、戦場で生き抜くための唯一の武器であると告げているようだった。ロケットを掌に収めるクローディアと、MA(マシーナリィアーマー)の起動キーを握り直すリュオンの表情を交互に見て、俺は小さく頷く。彼女の指摘は正論だが、だからこそ胸に刺さる。

 

 言葉が途切れ、次なる出撃に向けた整備で慌ただしいドックの喧噪に包まれた。作業員たちが短く言葉を交わし、重機が金属を叩く音がそこかしこで重なる中、館内放送がそれらを上書きする。CCC(戦術管制室)からの緊急告知だ。

 

皇獣(おうじゅう)の群れが陣形を再構築しています。現在、前線を押し上げ中。警告、当基地の防御圏外にて敵勢力の密度が上昇中です』

 

 管制官の緊迫した声と共に、視界の端に【重要度:最優先】の赤文字が割り込んできた。リンクを起動し、詳細な出撃命令の情報を展開する。

 

 周囲の整備員たちも放送の内容を察知し、重機の駆動音を止めた。俺たちは顔を見合わせ、再びそれぞれの機体へと意識を切り替える。ここから先は、自分たちの抱える重圧や過去の亡霊に囚われている暇などない。

 

 開いた命令書には、簡潔かつ過酷な任務が記されていた。

 

  北方より接近中の皇獣の群れに対し、防御圏外での迎撃を実行せよ。

  本件は遅延を許さぬ緊急事態である。

  敵勢力の殲滅を最優先とし、基地周辺の防衛ラインを死守すること。

 

 戦術データが視界の隅で更新される。予測される敵戦力は小型から中型の混成部隊。そして、情報の通り、荒野の北部には大巫女レンを乗せた皇獣(おうじゅう)が陣取ったままだ。

 

 それ故に、この命令の重みは基地の誰しもが理解していた。周囲の兵士たちは再び聖歌に支配される悪夢を想像して、その場から動き出せないでいる。怯え、ドックの隅で縮こまっている者すらいるくらいだ。

 

 そんな中、クローディアだけが、場違いなほど普段通りに動き出した。彼女は命令を視認すると、どこか安堵したように口の端を釣り上げたのだ。それは軍人としての決意とは程遠い、歪んだ歓喜の形だった。

 

「……任務、了解……」

 

 彼女は幽鬼のような足取りで機体へと向かう。思考の重圧から解放され、ただ命令というプログラムに身を委ねる悦び。その姿は周囲の兵士たちの絶望とは対極にある、あまりに異常な光景だ。

 

 俺は彼女の背中を見送りながら、胸の奥で冷たい不安が渦巻くのを抑えられなかった。それでも、俺もまた自分の機体へと意識を切り替え、出撃の準備を始めるのだった。

 

 

 荒野の戦場へと再び降り立つ。果てしなく広がる赤い土は、先ほどの混戦で踏み荒らされ、無数のクレーターとMA(マシーナリィアーマー)の残骸が散乱していた。

 

 コクピット内のモニターには、数万の皇獣(おうじゅう)がスワスチムの防衛線を飲み込まんと、荒野を埋め尽くす様が映し出されている。ミルメコレオやウィル・オ・ウィスプのように、群れで一体分の皇獣(おうじゅう)というパターンもあるが、それでも皇獣(おうじゅう)千体や二千体相当くらいの戦力はまだ揃っていそうだ。

 

 動かすためにそれなりの人員が必要となる戦艦や装甲列車といった大型戦力は、聖歌の余波でいまだ沈黙したままである。今やこの前線を支えるのは、わずか数十機にまで減ったMA(マシーナリィアーマー)の機動小隊のみ。

 

 撤退から数十分、休む間もなくとんぼ返りすることとなったこの地獄で、俺たちを待っていたのは確実な死の圧迫だった。その数、たったの二十四機。しかも、半分はアンドロイド兵である。

 

 基地から出てきた友軍機たちの動きは、極めて鈍い。再びあの恐るべき悪夢に苛まれるのではないかという不安が、彼らの操縦に迷いを生んでいるのである。

 

 しかし、クローディアのギガントだけは例外だった。彼女の機体は、まるで何かに取り憑かれたかのように、迷いのない挙動で最前線へと踊り出る。命令に従うことでしか自己を保てないその姿は、痛々しいほどに空虚なものに見えた。

 

 大巫女レンの気配はない。敵陣営の深部で静止する皇獣ハルピュイアの熱源反応は、未だ沈黙を守っている。今この瞬間、聖歌による精神汚染は発生していない。

 

 ならば、押し返すなら今しかない。俺は左腕のリアクティブタワーシールドを構え、その内側にマウントされたカットラスを抜き放つと、殺到する皇獣(おうじゅう)の群れへと踏み込んでいった。

 

「シービースト各機、大巫女の歌は聞こえない。連中は今、沈黙している。内側の影に怯えるな、目の前の敵だけに集中するんだ」

 

 仲間たちへ指示を飛ばしている隙を突いて、側方から小型の皇獣(おうじゅう)が三体、リル機へ向けて跳躍する。

 

「リル、下がれ!」

 

 すかさずトリオンを加速させ、リアクティブタワーシールドを割り込ませた。激しい衝撃がコクピットを揺らす。皇獣(おうじゅう)たちをカットラスで切り伏せ、リル機を背後に庇うが、追撃の群れは一向に止まない。

 

 理由は不明だが、相変わらず連中はリルにご執心らしい。

 

(何故だ。どうしてリルばかりが……)

 

 これ以上、個別の防衛を続けてもジリ貧だ。たった二十四機で抑え切れる物量ではない。俺はスイッチを叩き、くすぶっている連中に通信を繋いだ。

 

「こちら“ドルフィン”、ドックで待機中の全ユニットに請う。聖歌のない今なら戦えることは、現地で確認している。頭数さえ揃えば防衛は可能だ。一機でも多くの戦力が必要なんだ。どうか戦線へ合流してくれ。このままでは全滅しかねない」

 

 盾を前方に突き出しつつ、距離を詰めてくる中型種へ向けて銃弾を浴びせる。今はただ、自身の持てる限りの力を尽くすだけだ。

 

 戦場を駆け巡りながら、リルが転送してくる膨大な戦況データに目を通す。この物量に抗う術はあるか。現状を打破し、反撃に転じるための隙はどこに存在するのか。

 

 思考の端で、リルが特定の座標にフラグを立てる。それは、皇獣(おうじゅう)の群れがわずかに揺らぐ、見過ごしてしまいそうなほど微かな違和感だった。

 

 このまま守り続けてもジリ貧だ。だがやりようによっては、この閉塞した状況を覆すことができるかもしれない。

 

 ばらばらに動く味方を再編し、敵の動きをコントロールするための布石を打たなければいけない。

 

 俺は再び通信回線に声を乗せた。

 

「こちら”ドルフィン”。全ユニットに提案させてくれ。現状の個別交戦では敵の物量に対抗するのが難しい。戦域内の全ユニットを八機ずつの三グループに再編し、中央・東・西の三方位へ展開したい。互いにカバーし合える距離で連携を図り、陣形を維持してくれないか」

 

 が、当然のように通信回線の向こう側で、反発と混乱が爆発する。

 

『こちら“タイガー”。”ドルフィン”、准尉ごときが軍の通信を占有し、何を言っている。分を弁えろ』

 

『“ライノセラス”だ! 勝手なことを言うな! こっちは手一杯なんだ!』

 

 返ってくるのは、現場の惨状など無視した形式的な叱責ばかりだ。俺は視界の端で迫りくる皇獣(おうじゅう)を強引に射撃で逸らし、腹立たしさを乗せて通信用スイッチを叩いた。ルールさえ守っていれば死んでも構わないというのか。苛立ちと共に、俺は食い気味に言い返す。

 

「ラインの維持に固執して全滅しては意味がない! 敵を分断し、集団として戦力を維持しなくては――」

 

 だが、俺の言葉はCCC(戦術管制室)の割り込み通信によって、即座に踏み潰されてしまう。

 

CCC(戦術管制室)より、”ドルフィン”へ。貴様の動向で戦線が乱れている。勝手な行動は許可しない。兵士の本分を忘れるな』

 

 耳障りな叱責が戦場の喧騒と混ざり合う。どうやらこの石頭どもは勝つことよりも命令に従うことの方が重要らしい。

 

 それが軍人の在るべき姿だということは重々承知だ。しかし、このまま黙って物量に圧し潰されるのは御免である。

 

 どう言葉を繋ぐべきか迷っていると、そこへ通信回線にリュオンの声が割り込んできた。

 

『おい、お前ら全員、耳が腐ってんのか! それとも頭か! 今の提案は何か間違っていたか⁉ このままじゃ増援が来る頃には、戦況を立て直せない程の被害が出るのは目に見えているだろ! そんな簡単な計算もできねえのか、頭でっかち共め!』

 

 あまりに無遠慮で、直情的な言葉だった。静まり返る通信網。鋼と牙が衝突する音、そして銃撃音が、戦場に虚しく響く。

 

 …………。

 

 こいつ、またやりやがった!

 

 苦笑混じりの溜息が漏れる。それは愛想を尽かした溜息ではなく、極限の戦場でこれほど真っ直ぐに自身の感情をぶつけられる、その熱量に対する感心も含まれていた。

 

「……あのな、“ハンマーヘッド”。さすがにそれは感情論が過ぎるだろ。物は言いようってものがあるんじゃないのか」

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