Bloody Bless   作:館長さん

48 / 48
第2章:決死の逃亡編
第7話:伸びていく長っ鼻①


 廊下を歩くたび、右脚から微かな違和感が伝わってくる。

 

 動作そのものに問題はない。医療用診断では、神経接続も駆動系も正常。戦闘行動に支障なし。

 

 兵士にとって、手足を失うことは珍しいことではない。壊れた部品を交換する、それだけの話だ。兵士ならなおさらである。

 

 だが、長年使い続けた身体と、交換したばかりの義肢では、やはり勝手が違う。

 

 指は握れるし、足も動く。それでも、自分の身体が自分のものではないような感覚だけは残っていた。

 

 疑似神経が完全に馴染むまで、あと2日。医者にはそう言われている。

 

 大人しくベッドで寝ていれば、問題なく復帰できるだろう。その忠告を守れる性格なら、そもそも問題児の墓場(こんなところ)に左遷されたりはしていない。

 

 俺は医務室を抜け出し、食堂へ向かっていた。本当なら、こんな場所を歩いている場合ではない。

 

 義肢換装からまだ五日。身体は回復途中で、シービースト小隊の他の連中も似たような状態だ。

 

 それでも、じっとしていられなかった。あの黒い機体について、何も知らないまま次の戦場へ出ることの方が、俺には耐えられなかったからだ。

 

 あの黒い異形には、いつしか"羊飼い"という名が付いていた。理由は単純だ。あいつは決まって皇獣(おうじゅう)の群れと共に現れる。まるで獣どもを引き連れ、戦場へ導いているように見えることから、誰ともなくそう呼び始めた。

 

 実際にあいつが皇獣(おうじゅう)を操っているのか、それとも別の理由があるのかは誰にも分からない。ただ、一年あまり続いた戦場の記憶が、その名を基地中へ根付かせてしまった。

 

 問題は、そこじゃない。あいつは俺を覚えている。

 

 初めて戦った時、俺は偶然にも奴の武器を破壊した。結果だけを見れば、引き分けに持ち込んだと言えるのかもしれない。

 

 だが、実際は俺の負けだった。次に遭遇した時、あいつが同じように見逃してくれる保証などどこにもない。

 

 むしろ、あれ以降“羊飼い”は俺を優先して狙うようになった。先日の戦いでは、百を超えるMA(マシーナリィアーマー)の中から、ピンポイントで俺を狙って突っ込んで来やがった。

 

 よほど美味そうに見えたのだろう。迷惑な話だが。

 

 だからこそ、俺は知らなければならない。

 

 あいつが何なのか。どう戦えばいいのか。何故、ヘアツゥの兵士たちと共に行動を取るのか。

 

 考えれば考えるほど、分からない。

 

 廊下を歩く途中、何人もの兵士とすれ違う。どいつもこいつも表情からは生気が失われ、不安と恐怖に心が塗りつぶされてしまっているかのようだ。これではまるで、生きる屍である。

 

 先日の戦闘で、俺たちは負けた。それも、完膚なきまでの惨敗だ。

 

 ヘアツゥ司教国軍の大規模侵攻において、北方第6前線基地は防衛に成功したわけではない。ただ、生き残っただけである。

 

 誰もがあいつを恐れている。正体が分からないというだけで、人はここまで怯えるものなのか。

 

 俺は食堂の扉の前で、一度立ち止まって思案する。

 

 たとえ死に体であろうと、栄えあるスワスチムの兵士たちだ。“羊飼い”との交戦経験のある者も、一人や二人ではないはずだ。

 

 求める情報がこの場にあることを願いつつ、俺は静かに軽い扉を開く。手首から返ってくるシグナルが、妙に神経を逆なでした気がした。

 

 

 

 昼時を過ぎた食堂のざわめきが耳に流れ込んでくる。とはいえ、その空気は以前とはまるで違っていた。

 

 敗戦の五日後だというのに、談笑する声はほとんど聞こえない。食器の触れ合う音だけが、やけに大きく響いていた。

 

 配膳口へ向かって歩き始めると、何人もの兵士と目が合う。すぐに逸らす者もいれば、露骨に顔をしかめる者もいる。中には、こちらを見たまま何も言わない連中もいた。

 

 無理もない。

 

 俺たちは持ち場を飛び出し、敵の大将を叩くしかないと無線で叫んだ。前線の連中は、その無茶に命を預けて道を開いてくれた。

 

 皆が命懸けで繋いでくれた道を、俺たちはジンの目の前まで駆け抜け――そして、負けたのだ。

 

 期待させるだけ期待させて、結果は全滅寸前。冷たい目を向けられて当然であろう。俺だって、あの場でジンに手も足も出なかった自分を、まだ許せていないのだから。

 

 配膳口へ近付くと、白いエプロン姿の小柄な少女が、慣れた手つきでトレーを並べていた。

 

 今日は非番なのだろう。軍服ではなく、すっかり見慣れたメイド服に身を包んだリルが、兵士たちの配膳を手伝っている。

 

 俺の姿を見つけるなり、その銀色の瞳がじろりと細くなった。嫌な予感しかしない。

 

「カーン准尉、無断で医務室を抜け出してきましたね?」

 

「散歩だ。腹くらい減るだろう?」

 

 小さく溜息をついたリルは、手にしていたトレーを配膳台へ置くと、腰に手を当てて俺を見上げた。アンドロイドって、溜息ついたりするんだな、とどうでもいい所で感心してしまう。

 

「病人は病人らしく寝ていてください。お医者様からも、あと二日は安静にと言われたはずです」

 

 予想通りのお小言だった。

 

 眉の端を吊り上げながら、それでもリルは配給用の深皿に温かいシチューをよそい、黒パンを二つ添えて俺へ差し出す。

 

「悪いな」

 

「その言葉を返す相手が違います。医務室へ戻ったら、軍医さんにもちゃんと謝ってください」

 

 気が向いたらな、とだけ返事してトレーを受け取る。湯気の立つシチューからは、豆と乾燥野菜、それにわずかな肉の匂いがした。

 

 味気ない配給食だが、義肢の整備だけでは身体は保たない。人工筋肉も、人工臓器も、生きた脳も、結局は栄養を食って動いているのだ。

 

適当な空席へ腰を下ろし、黒パンをシチューへ浸す。

 

 温かいだけでもありがたい。味は相変わらず質素だったが、五日ぶりに医務室の外で食べる飯だ。点滴や味のしないレーションに比べれば、天上の甘露のごとし、である。

 

 配膳を一段落させたリルが、小走りに駆け寄って来る。彼女はそのまま、静かに俺の向かいへ腰を下ろした。

 

「それで、基地はどうなってる」

 

 リルは俺の顔を見つめ、小さく頷いた。

 

「前線は現在も膠着状態です。ヘアツゥ軍に大きな動きはありません。ですが、現在前線を維持しているのは、アンドロイド兵の部隊だけです」

 

 含みのある言い方に、ついスプーンを持つ手が止まる。

 

機化人(サイボーグ)部隊は?」

 

「負傷者の治療と再編成を優先しています。皆さん、まだ聖歌の影響から完全には立ち直れていませんから」

 

 自軍の惨状を思い胸を痛める人間のように、リルはわずかに視線を落とした。

 

 無理もない。あれは勇気や根性でどうにかなる類の攻撃ではなかった。

 

 心の奥底を無理やり抉り返され、現実と幻の区別すら曖昧になる。戦場であんなものを受ければ、身体より先に心が壊れてしまう。

 

 俺たちシービースト小隊が辛うじて対応できたのも、リルのサポートがあってこそだ。“錨”を持っていてなお、悪夢に囚われそうになった俺自身が、その恐ろしさを誰よりも実感していた。

 

「現在は二十四時間体制で、アンドロイド部隊が交代制で前線を維持しています」

 

「敵も攻めてこない、と」

 

「はい。現在のところは」

 

 現在のところ、か。つまり安心できる、という意味ではないらしい。

 

 俺は黒パンを一口かじり、視線だけで報告の続きを促した。

 

「ヘアツゥ軍にも大きな動きはありません。大神官ジン、ならびに巫女レンも、あの戦闘以降は前線で確認されていません。首都方面へ帰還したものと推測されています」

 

「へえ。連中、あれだけ暴れた後は音沙汰なしってわけか。道理でアンドロイドだけで前線を維持できるわけだ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】(作者:神野あさぎ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ダークな世界で論理的異能バトル──仲間の為になら“悪”にも成る。▼半妖として生まれた瞬間、彼の運命は“処刑”で始まった。▼鎖国明けの国─玖(きゅう)─。 そこでは、異能《シン》を持つ者は神に選ばれた存在として崇められ、あるいは恐れられていた。▼青髪の青年・辛(かのと)は、金属を生成する能力者。 半妖ゆえに「化け物」と蔑まれ、人々から愛されることなく、孤独に生…


総合評価:18/評価:-.--/連載:110話/更新日時:2026年08月09日(日) 14:21 小説情報

宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ(作者:アイアイホイホイおさるさん)(オリジナルSF/冒険・バトル)

 〜あらすじ〜▼ 人類が宇宙に進出し、星々の間を行き交う宇宙時代。▼ オンボロ宇宙船ラクーン号に乗り、宇宙を漂うジャンクを回収して日銭を稼ぐ男が居た。▼ 男の名はジョン・サトウ。相棒のセクサロイド・セリアと共に、宇宙を気ままに旅する中年男性。▼ これは、そんな宇宙小市民の日常、そしてそれと隣接する非日常を綴った記録である。▼ ※この作品はchatGPTで執筆…


総合評価:21/評価:-.--/完結:76話/更新日時:2026年06月01日(月) 17:03 小説情報

企業AI「AI転生って転生なのだろうか?」(作者:酔生槿花)(オリジナルSF/冒険・バトル)

▼クトニオスは争い合う鉄の時代に入った。▼始まりは一つの大発見にして解決策、因子と呼ばれる新物質によるエネルギーの無限化であった。▼企業と政府は因子技術の独占と略奪を行ったが時が経ち努力も空しく人々の手に渡る結果となった。▼そして今もその因縁と因子技術、そして新たに発見された古代技術を追い求め争いは加速する▼主人公は企業の情報伝達用AIとして転生してしまう。…


総合評価:34/評価:-.--/連載:21話/更新日時:2026年08月08日(土) 01:48 小説情報

【完結済み、最終話まで更新予定】SFゲームの世界に転移したけど物資も燃料もありません!艦隊司令の異世界宇宙開拓紀(作者:黴男)(オリジナルSF/戦記)

数百万のプレイヤー人口を誇るオンラインゲーム『SSC(Star System Conquest)』。▼数千数万の艦が存在するこのゲームでは、プレイヤーが所有する構造物「ホールドスター」が活動の主軸となっていた。▼『Shin』という名前で活動をしていた黒川新輝(くろかわ しんき)は自らが保有する巨大ホールドスター、『Noa-Tun』の防衛戦の最中に寝落ちしてし…


総合評価:55/評価:4.67/連載:201話/更新日時:2026年08月09日(日) 15:00 小説情報

真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル歴史/冒険・バトル)

アメリカ建国250年おめでとうございます記念小説です。▼欧州の吸血鬼貴族ヴァレンシュタイン家に転生したルカは、始祖の血を濃く継ぐ「真祖の中の真祖」だった。▼霧化、影操作、自己再生、記憶読取、そして前世の記録から現代の物品や情報を引き寄せる力。▼無法なまでのチートを持って生まれたルカだったが、両親の価値観は最悪だった。人間牧場、血統管理、血の風呂。現代日本人の…


総合評価:1148/評価:6.33/連載:38話/更新日時:2026年08月06日(木) 15:36 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>