コクピットへ身体を滑り込ませ、ハーネスを固定する。装甲越しに聞こえていた整備班の声は密閉と同時に遠ざかり、狭い操縦席は機械だけが息づく静寂に包まれた。
主電源を入れると、沈黙していた計器群が一斉に目を覚ます。暗かったコクピットへ淡い光が広がり、各種システムが順番に自己診断を開始した。続いて義肢との短距離通信が始まり、義手と義足に埋め込まれた識別IDが機体側と照合される。
『個体識別:283-Hs-289。イル・カーン准尉。システム・セーフティ、オール解除。ようこそ、ライダー』
電子音と共に待機状態だった操縦系統へ通電が始まり、左右の操縦桿へ軽く手を添える。指先でトリガーやスイッチの感触を確かめながら、視線だけで計器の異常表示を流し読みする。問題なし。
スロットルレバーをわずかに押し込むと、背後で機械式エンジンが低く唸りを上げた。振動がシート越しに身体へ伝わり、油圧計の針がゆっくりと規定値へ近付いていく。
ようやく相棒も目を覚ましたらしい。
操縦桿へ手を添えつつ、俺はハンガーで手短に行われたブリーフィングを思い返した。
予想はしていたが、俺たち四人は退院と同時に、そのまま輸送艦へ放り込まれることになった。ハンガーで作戦説明を受ける頃には、皆それぞれ新しい義肢の癖も一通り掴み終えている。
そんな中で告げられた今回の任務は、尻ぬぐいとでも言うべきものであった。
巫女レンは、大攻勢の日を最後に一度も姿を現していないらしい。だからといって、もう安全だと考えるほど司令部も楽観的ではなかった。
一度でも聖歌を許せば、前線は再び壊滅する。そんな賭けに出られるはずもない。
その結果、人間部隊は国境から遠ざけられ、前線は精神干渉を受けない十二機のアンドロイドだけで辛うじて維持されていた。
もっとも、その例外が俺たちだ。巫女レンの聖歌を打ち破り、生還した実績がある以上、現時点で前線へ投入できる人間部隊はシービースト小隊しか存在しないのである。
ただ、肝心のアンドロイド部隊は、三個小隊による交代制で防衛線そのものは維持できているものの、この数日で投入された
戦力としては決して強敵ではない。全長三、四メートルほどの中型
厄介なのは、その動きだった。
走ったかと思えば急に立ち止まり、その場で毛づくろいを始める。敵へ飛び掛かった直後、急に興味を失って別の方向へ歩き出したかと思えば、今度は遊ぶように機体へまとわりつく。行動に一貫性がないからこそ、定石通りに戦うアンドロイドでは対応できず、翻弄されてしまうのだ。
被害こそ軽微だが、このままでは防衛線はいずれ綻ぶだろう。あの悪夢の化身が返ってくる前に、早急にいたずら子猫どもを追い払ってこい、というわけである。
行動に一貫性がないからこそ、定石通りに戦うアンドロイドでは対応できず、翻弄されてしまうのだ。
被害こそ軽微だが、このままでは防衛線はいずれ綻ぶだろう。あの悪夢の化身が返ってくる前に、早急にいたずら子猫どもを追い払ってこい、というわけである。
『全機、発進シークエンスを開始します。ハンガー前方、カタパルトを開放。各機、発進準備を完了してください』
機械音声が響くと同時に、眼前の隔壁が重々しい駆動音と共に左右へ開いていく。
差し込んできた白い陽光がコクピットを照らし、その向こうには、見慣れた赤い土の荒野がどこまでも広がっていた。
戦いは終わっていない。
エンジンの唸りが一段高くなり、機体が静かに前へと転がり始めた。
輸送艦後部の大型ハッチがゆっくりと開き、乾いた荒野の風がコクピットを揺らす。
視界いっぱいに広がるのは、一週間前と変わらぬ赤茶けた大地。ただ、その表情だけは違っている。巨大な砲撃と
『シービースト小隊、発進』
輸送艦の誘導灯が青へ切り替わる。俺たちは順次発艦すると、砂煙を巻き上げながら北上していった。
線まであとわずかというところで、岩陰に築かれた仮設拠点が見えて来る。土嚢と鋼板で囲まれただけの簡素な拠点では、四体のアンドロイドが黙々と補給作業を進めていた。
通信回線が自動で切り替わる。
『シービースト小隊を確認。お疲れ様です、前線任務を引き継ぎます』
「前置きはいい、最新の戦闘データを寄越せ。このまま最前線へ向かう」
返事を待つ間にも速度は落とさない。赤茶けた荒野がキャノピーの外を流れていく。
『最新の交戦データを引き継ぎます。データリンクの接続をお願いします』
「リル、後は頼む」
「了解。交戦記録および地形データを受領します」
リル機とのリンクが確立され、これまで一週間にわたって蓄積された交戦記録が次々と転送されていく。その間も俺たちは速度を落とさない。
『データ受信完了。現在交戦中の小隊に後退指示を出しました』
レーダー画面の隅で、前方の友軍反応がゆっくりと後方へ移動し始める。交戦中だった四機のアンドロイドが、こちらとの交代に応じて戦場を離れたらしい。
荒野の向こうへと目を向ける。一週間ぶりの前線だった。
新しい義肢は、もうすっかり身体に馴染んでいる。操縦桿を握る手にも、スイッチを切り替える指先にも、以前と変わらぬ感覚が戻っていた。
機体の挙動を捉えることにも、もはや意識を割く必要はない。これなら、戦える。
ただ、戦場へ戻ってきたという実感は、別のところにあった。
視界の先に広がるのは、一週間前と変わらぬ赤茶けた荒野だった。
巫女レンは、あの敗戦以来、一度も戦場に姿を見せていないらしい。だが、“羊飼い”は違う。俺たちが療養している間も、何度かこの辺りに現れていたとリルから聞いている。
最前線のアンドロイド部隊を相手にするでもなく、基地へ向かおうとしては、大口径固定砲台の砲撃を受けて撤退する。それを何度も繰り返しているという。
レンが姿を消している間も、“羊飼い”は動いている。もし本当にヘアツゥ軍の指揮下にあるのなら、あの二つがここまで別々の動きをする理由は何なのだろう。
答えの出ない疑問を頭の片隅に残したまま、俺は前方へ視線を戻した。荒野の起伏が次第に低くなり、その向こうに広がる戦場が視界へ入ってくる。
赤茶けた大地の上を、巨大な影がいくつも這い回っている。
全長三メートルを超える巨体が、十数体ほど群れている。しかし、こちらを迎え撃つ様子はない。
地面に腹を伏せて毛繕いをしている個体もいれば、二体でじゃれ合っているものもいる。聞いていた通り、敵の様子には緊張感の欠片も見受けられない。
通信回線から小さな吐息が漏れた。リュオンである。
どうやら、俺と同じものを確認したらしい。
『どうやら、あの美少女歌姫さんは今日はいないようだね。いやあ、残念残念』
「“ハンマーヘッド”、お前、またアレを聞きたいのか?」
『まさか! 大金積まれたって御免だね!』
モニターに映る彼は、軽薄な口ぶりとは裏腹に、肩をすくめて口をへの字に曲げ、心底嫌そうである。無理もない、俺だってあんな攻撃は二度と御免こうむりたい。
『……シービースト各機。私語は控えてください。作戦中です』
『了解。以後は“ほどほどに”沈黙しまーす』
リュオンの声には、いつも通り反省の色がまるでない。ようやくいつも通りのシービースト小隊が戻ってきた気がした。
だが、感慨に浸っている暇はない。
ケット・シーたちもこちらの接近には気付いている。ならば、先に仕掛けるまでだ。
直前までアンドロイド部隊が交戦していた場所だけに、敵が何か細工を施している可能性も低い。少なくとも、今さら足を止めて様子を見る理由はなかった。
熱源反応を確認し、照準を前方の群れへ向ける。
「シービースト各機、
クローディア機がライフルを構えると同時に、三機の