『クローディア機によるマルチターゲットのロックオンを確認。各機、後方からの攻撃に警戒してください。弾着まで三秒』
「了解だ」
背後から放たれた十二発のマイクロミサイルが、俺たちの頭上を次々と飛び越えていく。前方へ散開した弾頭が、それぞれの標的へ向かって軌道を変えた。
何体かがようやくこちらを振り向いたが、遅い。
赤茶けた大地が連続して爆ぜた。爆炎と土煙が視界を遮る。しかし俺たちは、リル機から共有される生体反応を頼りに、構わず煙の中へと飛び込んでいった。
しかし俺たちは、リル機から共有される生体反応を頼りに、構わず煙の中へと飛び込んでいった。
視界の利かない中、正面の反応がこちらへ接近する。俺はトリオンの速度を落とさず、その位置へ盾を向けた。
煙を突き破って飛び出してくるケット・シー。巨体が盾へ激突し、激しい衝撃が機体を揺らした。
「っ……!」
機体を後退させながらサブマシンガンを前脚へ撃ち込み、ケット・シーの巨体を崩す。倒れた個体がなお立ち上がろうとしたところへ、リュオン機が胴の中心にストライクパイルを叩き込んだ。
横を抜けようとした別の個体を、クローディアの狙撃が撃ち抜く。一週間のブランクなど、何のその。連携に衰えは見られない。
そのはずだった。
『“ドルフィン”、三時の方向より敵接近。警戒を』
リルからの警告を受け、右方を警戒する。土煙が風に流され、視界が回復し始めたことで、こちらに突っ込んでくる敵の動きは丸見えだ。
だというのに、こちらへ向かっていたはずの個体は、唐突に足を止めてしまった。互いの間合いに入る寸前に、何を思ったかくるりと向きを変える。そのまま距離を取っていく
攻撃しようとしていたのではないのか? なぜ突然やめた?
そんな疑問を余所に、体は勝手に動いていた。
銃弾の雨が
傷ついた個体へ追いついたリュオン機が、ストライクパイルを胴の中心へ叩き込む。高速で打ち込まれた杭が体内で衝撃を弾けさせ、
空の薬莢を排出するリュオン機の様子を横目に、俺は次の標的へ機体を向ける。
その隙を狙っていたかのように、視界の外からケット・シーが飛び込み、背後からの一撃がトリオンを大きくよろめかせた。上半身に突然の荷重がかかり、トリオンの関節が軋んだ。姿勢制御が乱れ、警告音がコックピット内に響く。
「背後か! くそっ、離しやがれ!」
機体を捻って振り落とそうとする。だが、ケット・シーは遊んでいるつもりなのか、こちらの動きにも構わず背中へしがみついていた。
その頭部を、クローディアのスナイパーライフルが撃ち抜く。巨体が力を失い、地面へ落ちていった。
『“ドルフィン”、今のはちょっと油断したんじゃ……おわあっ⁉』
今度は俺をからかおうとしたリュオン機が横倒しになった。背部バーニアを噴かして機体を滑らせ、背中にまとわりついたケット・シーを振り落とす。
『“ノーチラス”、何やってるんだ! ちゃんと
『申し訳ありません。行動パターンが既存のデータから大きく外れており、次の動きを予測できません』
リルの報告を受け、ふと考える。無論、攻撃の手は止めないままだ。
リルの予測に従った結果、俺もリュオンも背後を取られてしまった。損傷は軽微だったが、単なる油断で片付けるわけにはいかない。リュオンの指摘も、俺をからかおうとした矢先に自分も奇襲を貰ったことに対する照れ隠しこそあれ、的外れではなかった。
これまでなら、リルの分析に従って動けばいい。敵の位置を把握し、次の動きを予測し、その隙を突く。それがシービースト小隊の戦い方だった。
なのに、今回はその予測が通じない。なぜか。
答えは、目の前で好き勝手に動き回るケット・シーの姿にあった。
一通り考えをまとめると、俺は仲間たちへ声を飛ばした。
「予測に頼りすぎない方がいい。あいつら、結局は気まぐれな猫みたいなもんだ。変な動きは、裏を返せば隙だらけってことだ。しっかり見て対処しよう」
そうは言っても、相手は猫。気まぐれなケット・シーの動きは厄介だった。
しかも、行動の一つ一つがアクロバティックだ。
これに振り回されて無駄弾をばらまけば、アンドロイド部隊の二の舞である。
そんな中、リルの動きにはまだ危うさが残っていた。
敵の挙動を捉え、過去のデータから次の動きを予測する。そうして算出した行動を前提に照準を合わせるのだが、ケット・シーはその予測そのものを簡単に裏切ってくる。
攻撃へ移ると思えば突然立ち止まり、こちらへ向かっていたかと思えば何の脈絡もなく反転する。戦闘行動としては考えにくい動きを繰り返されれば、予測に基づいて戦うリルには対応しようがない。
これなら、アンドロイド部隊が一週間も翻弄されていたのも納得できる。性能が低いわけじゃない。むしろ、普通の敵を相手にするなら、彼らの方が遥かに正確に戦えるだろう。
だが、ケット・シーを相手にするなら、正確さそのものが足枷になる。どこへ動くか分からない相手を一点に絞って狙えば、外された瞬間に何も残らない。ならば、最初から多少のズレを織り込んで撃てばいい。
脚を狙ったつもりで腱に当たれば、それでいい。胴を狙って外れても、流れ弾の一発が動きを鈍らせるかもしれない。
当たったところから次の手を拾う。それが、こいつらを相手にする一番確実なやり方である。俺はサブマシンガンを構え、ケット・シーの進路ではなく、その周囲へ弾丸をばら撒いた。
数発が後脚を捉えた。着地がわずかに崩れる。その隙へ、リュオン機が踏み込んだ。
飛び掛かって来れば盾で受け、脚を狙って動きを鈍らせる。隙ができればリュオンが杭を叩き込み、脇を抜けようとした個体はクローディアの一射が仕留めた。
リルは仕方がないとして、しかし少しずつこちらの動きが噛み合い始めている実感からか、戦闘効率自体が上がっているようだ。
弾丸と杭と狙撃が重なり、ケット・シーの群れは少しずつ数を減らしていった。
こちらの損傷は、想定よりずっと軽微だ。対して、
このまま続ければ押し切れる。そんな手応えがあった。
だが、ケット・シーたちの動きが変わる。散発的だった突進が一斉にこちらへ向き、退路を塞ぐように広がっていったのだ。
「……足止めか?」
どうやら、向こうも状況を理解したらしい。勝てないと判断した神官たちは、
みすみす猫遣いたちを逃がしては、後でまた戦場を引っ掻き回されかねない。俺たちは追撃のため踏み込もうとしたところへ、しかし、リルからの通信が制止をかけた。
『各機、待ってください。地盤に異常を確認』
言われてみれば、足元から鈍い振動が伝わっていた。地の底で何かが軋むような音も聞こえる。
『皆さん、後退を』
今度の警告には迷いがない。
「了解!」
俺は踵の車輪を下ろし、ギアをリバースへ叩き込んだ。全速力で後退する。
リュオン機も背部バーニアを噴かし、こちらへ下がってくる。
その一方で、リル機は動かなかった。足元へセンサーを向けたまま、地盤の状態を観測している。
この揺れには、覚えがある。戦闘前にも、一度感じたものだ。
あの時は気にも留めなかったが、久しぶりの実戦で危険に対する感覚が鈍っていたらしい。
完全に油断だった。俺たちの進路を横切るように、大地へ亀裂が走る。
「……まずい!」
叫んだ時には、亀裂の向こう側が大きく沈み込んでいた。土砂が崩れ、俺たちとリル機の間に深い裂け目が口を開く。
リル機は無事だ。だが、俺たちの間には深さ十五メートル程の段差によって、完全に隔てられてしまっていた。