リュオンとクローディアが仮設拠点へ向かうのを横目に、こちらは一週間前の戦場へ進路を取る。
南東に十分ほど進んだ場所、そこが目的地だ。
『一週間前のヘアツゥ軍大攻勢の際、私たちが受け持っていたエリアですね。今回の別行動の意図は何でしょうか』
「ちょっと探し物をな。まだ残ってるといいんだが……」
機体を減速させ、周囲を見渡す。
メインカメラを左右へ振り、荒れ果てた大地を順に確認していく。砲撃で抉られた地面。踏み荒らされた土。そこかしこに残る戦闘の痕跡。
一週間も経てば、さすがに何もかもが以前とは違って見える。
思案しつつ、荒れ果てた大地を見渡す。その視界の隅に、黒いものが映った。
「ああ、あった」
機体を止め、地面に転がる黒い欠片を拾い上げる。
土に半ば埋もれていたそれは、トリオンの手のひらに収まるほどの装甲片だった。表面には無数の傷が走り、縁は鋭く欠けている。その黒い色には、見覚えがあった。
『装甲の破片ですね』
「簡易分析を頼む。やっぱりこれ、“羊飼い”のものだよな?」
『ほぼ間違いなく、そうでしょう。了解、分析を開始します』
スワスチム軍では乱戦で味方を識別しやすくするため、
黒い装甲板が、こんな戦場の後方に落ちているはずがないのだ。かなりの高確率で、“羊飼い”のものと見るべきである。
そう。俺がここへ戻ってきた理由は、一週間前に“羊飼い”の機体に一撃を入れた際、斬り飛ばした装甲の欠片を手に入れるためであった。
奴の存在は、あまりにも不可解すぎる。見慣れないシルエット。人間臭い挙動。異常な戦闘能力。そして、まるで
そんな奴に、俺はどうやら気に入られてしまっているらしい。冗談じゃない。が、だからといって、泣き寝入りするつもりも毛頭ない。
だからこそ、こうして再び前線に出る機会が設けられたことは、僥倖であった。何か奴の正体か弱点でも見つかれば御の字。そうでなくとも、何らかの足掛かりでも見つかれば、というのが今回の寄り道の目的である。
リル機が渡された装甲片を掲げる。分析が進むことにより、こちらのモニターに分析結果が共有され、無数の文字列が流れていった。
構成物質、製造規格、装甲材の型式、製造元、表面損傷の状態。さらに、付着物の成分分析まで、実に項目は様々だ。
数字と記号ばかりで、俺には何が何だか分からない。リルが何を調べ、どの項目を照合しているのかさえ把握できなかった。
ただ、その中に見覚えのあるマークが目に留まる。
狼を象ったような企業章。ヴォルフ鉄鋼の刻印だ。俺たちが普段から使っている装甲材の、製造元を示すものである。
さらに内部構造のスキャン画像には、細かな六角形が連なっていた。ヴォルフ社が装甲材に採用しているハニカム構造だ。衝撃を受けた際の負荷を分散させ、機体のメインフレームに伝わるダメージを軽減する、同社製品の特徴の一つである。
ようやく流れていた文字列が止まる。俺は素直に、リルの出した結果を聞くことにした。
『分析完了。材質はヴォルフ社製。スワスチム共和国軍で一般的に使用されている装甲材と一致します』
「ヴォルフ社製ね、まあ妥当なところか」
同社の装甲は、国内シェアナンバーワンの人気商品だ。機体そのものはスワスチム重工のトリオンの方が売れているのだが、耐久力方面での安心感は、ヴォルフ社の製品に軍配が上がる。
かくいう俺が愛用しているリアクティブタワーシールドも、実はヴォルフ社が生産しているギガント用のオプション装備だ。メンテナンスに手間はかかるが、こいつの頑丈さには何度救われたことか。
『より詳しい情報をお求めでしたら、基地のラボに持ち込むことを推奨します』
そうだなと答え、息を吐く。ひとまず、今この場で分かるのはこのくらいだろう。
奴の機体に使用されていた装甲は、特殊な金属でも、未知の技術でもない。俺たちスワスチム共和国軍が普段から使っているものと同じである。
なら、こんな仮説は成立しないだろうか。
“羊飼い”はスワスチム軍の
理由は明白、ヘアツゥ司教国に、
食堂で聞いた“
だが、それだけでは説明のつかないこともある。
あの機体には、自己修復の能力があった。装甲を割られれば、内部から繊維状の何かが蠢き、蒸気を上げながら損壊した部分を繋ぎ合わせていったのを、俺はこの目で見ている。
問題は、どんな原理で再生能力を
そして、もう一つ。俺が斬りつけた時に欠け、弾け飛んだ装甲の欠片は、なぜ今もこうして欠けたままなのか。
再生する機体から切り離されたものなら、これも再生していておかしくないはずだ。しかし黒い装甲片は、欠けたまま変化を見せる気配はない。
考えても、俺には答えが出せそうにない。詳しい分析なら、基地のラボに任せるのが得策だ。素人があれこれ考えたところで、何かが分かるわけでもあるまい。
大事な手がかりになるかもしれない。俺は装甲片をしっかりとマニピュレータで握り直した。そのままなんの気なく裏返し、言葉を失ってしまう。
内側に残る、黒ずんだ染み。それは、圧倒的違和感であった。
『血液だと思われます』
「人間のか?」
『付着からおよそ一週間が経過しているため、断定はできません。ただし、
嫌な感覚が、背筋を這い上がった。
装甲の表側なら、まだ分かる。
だが、これは内側だ。誰がどう戦おうと、装甲の裏側に血痕が残る状況というのが、俺には全く想像できない。
一見すると些細なことに見えるだろう。しかしそれは、まぎれもなくあり得ない現象なのだ。
『近隣で確認されている
リルの声は、いつもと変わらない。けれど、その報告を聞いた俺は、しばらく装甲片から目を離せなかった。
情報は確かに増えた。俺が探し求めた情報だ。けど、その結果として、さらに“羊飼い”と呼ばれる怪人の輪郭が、ぼやけてしまったような気がした。
ひとつひとつの情報は、決して間違っているようには思えない。なのに、それらを繋ぎ合わせようとすると、どうにも辻褄が合わない。
どこかに、余計なものが混じっているのか。それとも、俺がまだ知らない何かを見落としているのか。
「……伸びていく長っ鼻か。嘘つきは、誰なんだろうな……」
喉から絞り出した問いに応えたのは、遠くから響いてくるかすかな地響きだけだった。