『それで、散歩は楽しめたかい?』
目的を果たした俺たちは、そのまま仮設拠点まで引き返してきていた。ギガントに乗ったまま出迎えてくれたリュオンが、さっそく絡んでくる。
雑用を押し付けられてご機嫌斜め、といったところか。通信に乗る声が、少しばかり普段より低い。
リルが背部のコンテナラックから装甲片を取り出し、彼の方へ差し出す。余剰スペースの多い彼女の機体に、拾い物を預けてあったのだ。
『これを回収してきました』
『黒い装甲板? まさか、“羊飼い”のか?』
「ああ。簡易分析も済ませてある」
リュオンがメインカメラを装甲片へ向ける。さっきまで不満を漏らしていたとは思えないほど、声が弾んでいた。
『こんなものを探しにねえ。随分とあいつにお熱じゃないのさ』
「やめてくれ。追い回されてるのはこっちなんだ、迷惑千万だよ」
リュオンが鼻で笑うのを聞きながら、リルは装甲片を背部のコンテナラックへ戻すのだった。
『さて、こちらの引き継ぎも済んだことだし、そろそろ戻るとするか』
リュオンの提案を受け、俺たちはそれぞれ帰還の準備に取りかかった。物資を整理したら、あとは近くに停泊している輸送艦へ戻るだけだ。
俺たちは機体を動かし、輸送艦の待つ方角へ進路を取った。
が、世の中思い通りに進まないものだ。移動を始めて間もなく、唐突にリルの警告が通信回線を走る。
『周辺地下に空洞を検知しました。地盤の支持力が急速に低下しています』
返事をする間もなく、足元から地響きが伝わってきた。今度は遠くの戦場から届いたものではない。すぐそばの地面が、機体の脚部を揺さぶっている。
『おいおい、冗談だろ……』
リュオンの声から、先ほどまでの軽口が消えた。クローディアも機体を止め、周囲の地形を見回している。
「リル、崩落地点の座標を確認できるか?」
『確認より退避を優先します。全機、この場から離れてください』
リルの指示に合わせ、俺は機体の脚を踏み出した。リュオンとクローディアも、それぞれ機体を動かす。
だが、地面の方が早い。亀裂は目で追う間もなく広がった。
乾いた大地が幾筋もの断面を晒し、足元から崩れ落ちていく。踏み出したばかりの脚が土砂とともに沈み、俺たちの機体は抗う暇もなく、崩壊した地盤の底へ引きずり込まれていった。
『落下は回避できません。全機、姿勢制御を起動してください。着地に備え、衝撃へ警戒を』
リルの指示が通信回線を駆け抜ける。
「マジかよ、冗談じゃないぞ!」
操縦桿を引き、機体を立て直そうとする。視界の端では、リル機がすでに落下姿勢を整えつつあった。一方、ギガントの二機は重量と搭載武装に引かれ、姿勢の修正が遅れている。
『くそっ、間に合わねえ!』
リュオンの悪態が聞こえた。土砂と岩塊が視界を覆い、機体が宙へ投げ出される。
足元から伝わっていたはずの大地の感触が消えた。座席へ押しつけられていた身体が、ほんの一拍だけ重さを失う。操縦桿を握る手にさえ、機体を支えるものがなくなったような錯覚があった。
だが、浮遊感に身を任せる暇はない。
背部の姿勢制御を働かせ、脚部を畳む。視界の端から岩塊が迫り、操縦桿を切った。回避しきれなかった岩が肩部装甲をかすめ、機体が大きく回転する。
天地が反転し、地面が迫る。激しい衝撃が機体を襲った。
装甲が潰れ、内部の機構が悲鳴を上げる。俺は操縦席の中で身体を押さえつけられ、視界が白く弾けるのを見た。
機体が土砂の上を滑り、何度か跳ねた末に停止する。
しばらく、静寂がその場を支配した。
俺は荒い息を抑えながら、操縦系の表示へ目を走らせた。主機は動いている。姿勢制御も生きている。警告表示はいくつか点灯していたが、機体を動かせないほどではない。
通信系を確認し、周囲の音を拾う。土砂が崩れる音の向こうから、かすかな機械音が聞こえた。
「リュオン、クローディア、無事か?」
まず、落下中に姿勢を崩していた二機へ呼びかける。
『……こっちは生きてる。機体は、かなりやられたけどな』
リュオンの声が返ってきた。
『私も無事。ただ、機体の脚部に問題がある』
クローディアの報告は簡潔だった。だが、普段なら寸分の乱れもなく整えられている声が、わずかに上ずっている。
彼女が抱えるトラウマを思えば、無理もない。俺は、それ以上の確認を急かさなかった。
「そうか。リルは?」
『こちらも問題ありません。機体の損傷は軽微です』
返答を聞き、ようやく胸の奥に残っていた力が抜けた。
「みんな無事でなにより。しかし、軍人でよかったな。軍用義肢じゃなかったら、ただじゃ済まなかった」
『軍人じゃなかったら、そもそもこんな場所にいないよね』
「……違いない」
リュオンの返しはもっともである。苦笑しながら、俺は再び機体の状態表示へ目を戻した。
操縦席の表示を確認し終えると、頭上へ視線を向ける。崩落した地盤の断面が、はるか上方に口を開けていた。
深さはおよそ十五メートル、といったところか。落ちてきたときには気にする余裕もなかったが、こうして底から見上げると、トリオンの脚で登れるような高さではなかった。重く、不器用なギガントでは、なおさらだ。
しかも、崩落した斜面は脆く、ところどころで土砂が崩れ続けている。無理に壁面へ取りつけば、二次崩落を招きかねない。
「こりゃ、自力じゃ戻れそうにないな」
『脚部が無事でも
リルの分析に、俺は小さく息を吐いた。
『上から引き揚げてもらうしかないね。さすがに僕のギガントでロッククライムは無茶過ぎるでしょ』
『クレーンなどの揚重設備が必要になります。救援要請を出すことを推奨します』
二人の言い分はもっともである。
「中尉、
『分かった。通信を入れよう』
クローディアが回線を開く。通信はすぐに基地の
『こちら“オウカ”。戦闘終了後、帰還中に地盤の崩落へ巻き込まれた。全員の生存を確認。ただし、当機は脚部損傷により自走困難。ほか三機も損傷を受けている。現在、崩落地点の底部に取り残されている』
報告は必要な情報を押さえていた。だが、最後の言葉を発したあと、クローディアは続けるべき内容を探すように黙り込んだ。俺は彼女に代わって、通信へ口を挟む。
「
返答を待つ間、頭上で土砂の崩れる音がした。落下した場所が、ただの穴ではないことを思い知らされる。足元は思いのほかなだらかで、周囲には地盤の崩落によって生じたとは思えない空間が、南北に広がっていた。
まるで、何かの通路を思わせる造りだ。この地下空洞が自然にできたにしては、この地面の平坦さが妙に引っかかる。
『こちら
「“ドルフィン”、了解。早めに頼むぜ」
通信を切り、一息つこうとしたところで、リルから警告が入った。
『大型の生体反応を確認。約四百メートル先から、こちらへ接近しています』
「
『はい。ただ、ここからでは種類までは特定できません』
『お前がさっき、地下に投げ捨てたやつらだろ……こんな状況で鉢合わせなんて、御免こうむりたかったな。連中きっと、お冠だぜ?』
なら、考えられる理由は一つだった。
リュオンのぼやきを聞きながら、俺は周囲を見回す。
落下した場所から奥へ続く空間は、妙に平坦だった。地盤が崩れたのも、地下の構造と無関係ではないのかもしれない。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。リルが捉えた生体反応は、着実にこちらへ向かって少しずつ距離を縮めている。
『風向きはこちらから見て手前へ向かっています。現時点では、こちらの存在を感知されていないようです』
「こっちが風下か。けど、この距離なら見つかるのも時間の問題だな」
俺は通信回線を開き、
このまま待機するのか、別の指示を出すのか。あとは