とはいえ、このまま待ち続ければ、見つかるのも時間の問題だろう。だからこそ、少将の命令が引っかかった。
もちろん、理屈は分かる。俺たちが勝手に移動すれば、救助隊は現在地を探し回らなければならない。地盤が不安定な以上、無闇に動くことで救助そのものを難しくする可能性もある。
だが、それならなぜ、少将が自ら通信に割り込んできた?
俺たちは、基地司令が直接気に掛けるほど特別な部隊ではない。そんな俺たちを、この場所に留めるために、わざわざ自ら命令を下した。
本当に、理由は救助隊の都合だけなのか。
湧きあがった疑念が、俺の思考を回し始める。少将の言葉を、もう一度頭の中で反芻してみた。
情報が足りていないのだ、答えなど出るはずもない。
ただ、転んでもただでは起きないのが、この俺だ。
シュタイナー・エドムント。あの男は完璧だ。完璧すぎて、自分の理想像に酔っている節がある。
冷徹な命令を下した後に、わざわざ理想の司令官を演じるための余計な尾ひれを付け足さなかっただろうか?
「これは……いけるかもしれんな。リル、答えろ。少将閣下は、俺たちに何と命じた?」
『“救助は間に合わせる。君たちは、そこで待っていればいい”。少将はそのようにおっしゃいました』
「ああ、そうだ。だが、大事なのはその後の台詞だ。閣下は通信を切る間際に、何か
一瞬、回線が静まり返る。
ログを遡る電子の瞬き。リルはすぐに、記録された言葉を正確に拾い上げた。
これが、俺の見つけた屁理屈の鍵だ。
『“じきに救助隊が到着するだろう。君たちのような貴重な人材を失うのは、私としてもしのびない。生き延びたまえ。以上だ”ですね』
『……あっ』
通信機から漏れたリュオンの息が、驚きに途切れた。どうやら、俺の意図を理解したらしい。
一方、俺の方も奇妙な高揚感を覚えていた。掌を濡らしていた嫌な汗が、一瞬で引いていくような感覚。
抜け道があるとしたら、きっとここだけだ。
『そうかよ……! そういうことか、准尉! 閣下は動くなとは言ったが、ここで死ねとは一言も言ってねえ! むしろ、生きろって“命令してる”じゃねえか! あんた、相変わらず屁理屈こねさせたら天下一品だな!』
「一言余計だ。リル。閣下の二つの命令……“現状維持”と“生存”に、優先順位は設定されているか?」
『否定します。双方の論理的重みは等価です。ですが、現状、この二つを同時に成立させる
リルの答えを聞き、クローディアがわずかに眉を動かした。それでも彼女は、口を挟むことはない。
俺はその反応を横目に見ながら、次の言葉を選んだ。
「閣下の命令を思い出せ。閣下は、“なぜ動いてはいけないのか”という理由を、一度でも口にしたか?」
『ログを再走査』
短い沈黙の後、リルは再び口を開いた。
『否定します。閣下は理由を明示せず、ただ復唱と結果のみを要求しました』
「なら、話は簡単だ」
俺は、少しだけ息を吐いた。
ここから先は、軍人として正しいかどうかなんて話じゃない。リルの中にある命令の解釈を、どこまでこちらの都合に合わせられるか。その勝負だ。
「理由が不在である以上、命令の本質は“救助隊が来た瞬間に、俺たちがこの座標にいること”。その一点に集約される」
リルが黙り込む。
通信モニターの向こうで、電子処理の進行を示す表示が小さく明滅していた。
『……なるほど』
その一言に、俺はわずかに口元を緩めた。
まだだ。
ここで納得させるだけでは足りない。
必要なのは、リル自身の口から次の答えを引き出すことだった。
『推論をまとめます。救助隊接触の瞬間、一切の誤差なく初期座標に帰還しているならば、それは動いていないことと同義。過程における座標の変動を、命令違反と断定する論理的根拠が消失します。そうおっしゃりたいのですね、准尉』
『はは、そいつはいいな! 傑作だ!』
リュオンが、弾かれたように身を乗り出した。獲物を見つけた悪ガキのような顔で笑う。
『それってつまり、“だるまさんがころんだ”だろ?
『それは屁理屈だ!』
間髪入れずにクローディアが噛みついた。
『リュオン少尉、お前まで何を! 過程を無視して結果だけ合わせるなんて、軍人として、絶対に許されない! 閣下の命令は“その地点を動くな”だ! 少しでも離れれば、それは明確な背信行為だ!』
クローディアが、珍しく声を荒らげる。
だが、俺には分かっていた。
それがクローディア自身の答えではない。
軍人なら命令に従うべきだ。命令を勝手に解釈してはならない。命令に反する行動は許されない。
彼女が口にしているのは、どれも正しい。
正しいからこそ、俺はそこを利用する。
「おや。命令に忠実な我らが中尉様は、エドムント司令閣下が直々に下した“生き延びたまえ”という命令に違反するつもりなのか?」
『――っ!』
クローディアが息を呑んだ。
「さっき自分で言っただろ。軍人は命令に従わなきゃならない。だったら、“その地点を動くな”だけを守って、“生き延びたまえ”を無視するなんてのは、命令違反じゃないのか?」
我ながら、かなり意地の悪い言い方だとは思う。
だが、皇獣はもうすぐそこまで迫っている。
こんなところで、どちらの命令を優先するべきかなどという議論をしている暇はない。
『……』
クローディアから返事がない。
通信モニターに映る彼女の表情が、わずかに揺れた。
反論できないのだろう。
なにしろ、ついさっきまで自分が掲げていた理屈を、そのまま返されてしまったのだから。
『では、具体的な行動案を提示します。クローディア中尉の機体をニュートラルに切り替え、カーン准尉と私の二機で牽引します。リュオン少尉は自走して先行し、周辺を警戒してください』
言い込められてうなだれるクローディアとは対照的に、その判断には一切の迷いがなかった。
「それでいけるか?」
『問題ありません。ギガントはトリオンより重量がありますが、二機であれば牽引可能です』
リルの返答を聞き、俺はクローディアの機体へ視線を向けた。
「中尉。聞いた通りだ。機体の牽引モードへの切り替えは、こっちでやる」
『勝手なことを……! 私は、そんな命令を受けていないぞ!』
クローディアが声を荒らげた。が、いちいち構っていられるほど猶予があるわけでもない。
「俺たちが勝手にやるんだよ。命令に背いたのは俺たちであって、隊長は最後まで反対した。よかったな、処罰されるとしたら悪者は言い出しっぺの俺一人ってわけだ」
『貴様……!』
通信モニターの向こうで、クローディアが睨みつけてくる。けれど、それ以上の言葉は続かなかった。
自分から命令を下すことはできない。まして、満足に動かせない機体を使って、俺たちを止めることもできない。
彼女には悪いが、今回はその弱点を利用させてもらおう。
「リル、急ぎで頼む」
『了解』
リルがトリオンをクローディア機へ近づける。
機体後部の牽引用接続部にケーブルを繋ぎ、外部操作用のパネルを開いた。
『牽引モードへ移行します』
リルが操作すると、ギガントの脚部駆動系が切り離された。これで、クローディアが操縦席から何かをする必要もない。ただ、俺たちに引かれていればいい。
『接続、完了しました』
「リュオン、先行を頼む」
『了解。周辺を見てくる』
リュオンのギガントが先に動き出す。
俺とリルも機体を前へ向け、張り詰めたケーブルを確認した。
『皇獣まで、百五十秒を切りました』
「分かってる。行くぞ」
俺たちはクローディアのギガントを牽引しながら、崩落した地下道を抜けるために動き始めた。どうやら俺たちは、まだ死神に追いつかれてはいないらしい 。