そこは、ちょっとした体育館なら丸ごと収まりそうなほど広かった。天井も高く、
軍の施設を見慣れている俺でも、この規模には違和感を覚えた。少なくとも、ただの倉庫や通路として造られた空間とは思えない。
しかも、その面影は至るところで壊されていた。
床には大きな亀裂が走り、敷き詰められていた床材はあちこちで砕けている。壁面にも無数の傷と亀裂が刻まれ、設置されていた機材はほとんどが原形を留めていなかった。
まるで、何かがこの場所を縦横に暴れ回った後のような惨状だ。
照明用ドローンがゆっくりと室内を移動し、光の届く範囲が少しずつ広がっていく。そのたびに、破壊された設備が闇の中から浮かび上がった。
広間の奥には、さらに別の一角がある。
そこに積まれていたものを見つけたリュオンの足が止まった。
「……なんだ、これ」
彼の声から、先ほどまでの緊張とは明らかに違う色が滲んでいる。
リュオンが残骸の間を抜け、積み上げられた部品へ近づいていく。しゃがみ込んで一つを拾い上げ、表面を指先でなぞった。
「これ、全部
「修理に使えそうか?」
「ああ。むしろ、揃い過ぎてて気持ちがわるいね」
リュオンは答えながら、手にした部品を裏返した。目を細めて接合部を確かめる。続いて別の部品を拾い上げ、二つを並べて見比べていく。
「これ、ただの補修部品じゃないぞ」
「何が違う?」
「材質も加工精度も、僕らが普段使ってる量産品とは別物だ。こっちは軍の前線部隊に回ってくるような代物じゃない」
リュオンが残骸の間から、一抱えほどもある円筒形のユニットを抱え上げた。
「見ろよ、この
「……そうなのか?」
「これは装甲裏に噛ませる衝撃吸収フレームだね。たぶん試作型だ。普通ならもっと単純な構造にする。わざわざこんな複雑な構造にして荷重を逃がすなんて、コストを考えれば量産品じゃまずやらない」
彼はおもちゃ箱を目の前にした子供のように、次から次へと部品を物色していく。
「こっちは関節周辺の補助動力系か。待てよ、これならギガントの腰部にも……いや、接続規格が違うか。だったらこっちを噛ませれば――」
俺にとっては良く分からない廃材の山にしか見えないが、彼にとっては宝の山なのだろう。
使えそうな物や興味を引く物だけを、リュオンは手際よく分別していく。もしも彼が軍人の家系に生まれていなかったとしたら、こういった機械いじりをする仕事を選んでいたのだろうか。
――無意味な想像だ。勝手な憶測による決めつけは、彼が最も嫌うところである。
その手際を眺めているうちに、ひとつ気になった。
「随分と詳しいじゃないか。そういえば、前に俺の機体にも“悪戯”してくれたことがあったっけな」
「昔、ちょっとね……ってか、あの時のことは悪かったと思ってるよ。蒸し返さないでくれよ」
リュオンは苦笑しながらそう答えると、それ以上の説明は避けるように部品の山へ向き直った。錆びついた機械片を拾い上げ、深々と溜息をつく。
「ああ、もったいない。せっかくの高級パーツが錆びだらけじゃないか! いつからここに放置されてたんだか」
「およそ一年前と推測します」
即座に返ってきたリルの答えに、リュオンが顔を上げる。
「分かるの?」
「型番を照合しました。この中にある規格品のうち、開発時期を特定できるものとして最も新しい部品が、およそ一年前に開発されたものです」
「じゃあ、この施設が潰れたのもその頃か」
「可能性は高いと考えます。もっとも、規格外の試作品については製造時期を特定できる情報が不足しています。実際の時期には多少の前後があるでしょう」
なるほどね、と納得したように頷くリュオン。
彼の機械に関する知識と技術については、すっかりはぐらかされてしまった。聞かれたくないことのようなので、俺もこれ以上の追及は控えることにした。
「まあ、今はそんなことどうでもいい。使えるなら使う。せっかく目の前にあるんだからね」
「軍規的には、勝手な改造は怒られるんじゃないか?」
「怒られるだろうね。でも、四機ともこの有様だ。使わなきゃ、次に何かあった時に困るのは僕らだよ。それに、ここにあるのは“捨てられたゴミ”だよ? 少なくとも持ち主に咎められることはないんじゃないかな」
言いたい放題であった。
必要になりそうな物を選別し終えたリュオンは、てきぱきと資材や工具を運び出していく。自分のギガントだけではない。四機すべてをどう直すか、既に頭の中で組み立てているらしい。
「そうだ、准尉たちにも手伝ってもらっていいかな」
「俺は本格的な機械いじりは専門外だぞ。システムに依存した基本的なメンテくらいしかできないが」
リュオンが何をさせるつもりなのか分からず、俺は少し身構える。しかし、俺の不安を察知したのか、彼は小さく鼻で笑うと、慌てて前言を撤回した。
「そっちじゃないって。燃料や弾薬を探してきてほしいんだ。これだけパーツが残ってるんだ。なら、たぶん保存状態のいいものも残ってるだろ」
言われてみれば、その通りだった。
ここが一年前まで使われていたのだとすれば、機体の整備に必要な消耗品や物資まで、すべて持ち出されたとは考えにくい。まして、この広さだ。まだ無傷に近い保管区画がどこかに残っていても不思議ではない。
『一年も前の燃料を使用するのですか? 保管状態を確認し、問題のないものに限定する必要があります。弾薬についても同様です』
「その辺はこっちで上手くやるよ。見つけたら、状態の良さそうなものを優先して持ってきてくれればいい」
リュオンはそう言って、再び部品の山へ向き直った。簡易バッテリが生きていることを確認し、工具の動作を調べ始める背中は、まさに職人のそれであった。
「それに、せっかく見つけた施設だ。燃料や弾薬だけじゃなく、使えそうな物が残ってるかもしれない。暇なら、ちょっと探検してきてくれよ」
冗談めかした言い方だったが、考えてみれば悪くない話だった。
俺たちは救助が来るまで、この地下施設から動けない。なら、手に入れられる物資は少しでも確保しておいた方がいい。
「分かった。リル、行くぞ」
「了解しました」
リュオンに四機の修理を任せ、俺とリルは広間の奥へ向かうことにした。
ついでに、この施設の構造も調べておこう。地上へ戻るための階段でも、エレベータでもいい。見つかったら儲けものだ。
足元に気を付けながら進むことで、床の亀裂に目が留まった。
「リル。あれ、何だ?」
照明を向けると、ひび割れた床材の隙間に黒ずんだ染みが残っているのが見えた。
根拠のない胸騒ぎがする。
「分析します……これは血液の痕跡のようですね。近似データを検索中」
リルは染みへ近付き、しゃがみ込むと、そのまま動きを止めた。視覚センサーが対象を走査し、内部のデータベースとの照合を進めているのだろう。
その結果は、すぐに出たようだった。
「照合完了。人間由来の血液と推定されます。正確な特定は困難ですが、劣化状態から考えて、およそ一年から二年前のものです」
「人間の……いや、これも一年前か」
ふと、先ほどのリュオンとの会話を思い出す。
ここに残されていた
この場所に残されていた規格品の中で、最も新しいものでも、開発されたのはおよそ一年前だという。つまり、少なくともここ一年ほどは、この施設に新しく持ち込まれた部品がないということになる。設計や開発、生産が続いていたのなら、もっと新しい規格品が残っていてもおかしくない。
ならば――この施設は、一年前を境に活動を停止したのではないか。
まだ断定はできない。それでも、血液の痕跡と部品の開発時期が、妙に重なっている。
それに、血痕として残っている血液量にも引っかかる。床材の隙間に残るほどの血液が流れたということは、転んで擦りむいた程度の話ではないだろう。
事故だったのか。何かの事件だったのか。それとも、ここで何らかの人体実験でも行われていたのか。
今の俺には判断する材料がない。ただ、この場所で誰かが流血するような出来事が起きた。それだけは間違いなかった。
先ほどまでとは違う不穏さが、施設の空気に混じったような気がした。
「他には?」
問いかけると、リルは周囲へ視線を巡らせた。
「別の血液反応を検出しました。向こうには別の痕跡があります」
「別の?」
「はい。こちらは