Bloody Bless   作:館長さん

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第2話:鏡よ鏡①

 三日間の謹慎。それは軍隊という名の巨大な組織が、俺――イル・カーンという異物を噛み砕くために用意した、冷却期間のようだった。

 

 熱気も砂塵も遮断された、窓のないコンクリートの独房。俺はベッドの端に腰を下ろし、小さなLEDの明かりを頼りに、内部フレームを露わにした左腕のメンテナンスに没頭していた。

 

 特殊シリコン製の偽装皮膚を肩まで捲り上げると、チタン合金のフレームと人工筋肉の繊維が、鈍い光沢を放っている。専用のオイルを染み込ませた布で接合部を拭うと、硬質な音が狭い独房の静けさに混じった。

 

 俺の体の一部でありながら、俺の意思とは無関係に金属とセラミックス、そして有機パーツから作られた精密機構。この作り物の体は、生身の体で生きていくことができないスワスチム人にとって、無くてはならない器であった。

 

 末端神経崩壊症(ノーオァ)。旧人類を滅ぼした奇病のせいで、俺たちスワスチム共和国人は、いまだ生身で生きていくことが許されない。その代償であり、対抗策こそが、この機構義肢というわけだ 。

 

 だが、機械の体を得てなお、俺たちはこの北の果てに縛り付けられていた。

 

 ここよりさらに北に広がる峻険な山岳地帯を根城とするヘアツゥ司教国は、建国以来ずっとスワスチム共和国と戦争状態にある。俺たちが機化人(サイボーグ)となることで奇病を乗り越えた新人類とするなら、連中は奇病の免疫物質を多く含んでいると言われている皇獣の血を毎日飲み続けることで生き長らえる新人類だ。

 

 互いのことを、やれ吸血鬼だ、やれ機械人形だ、と蔑み合って六百二十年。このくだらない戦いは、エドムント少将が言うように、どちらかが滅ぶまで続くのだろうか。

 

 問題ない、俺は軍人だ。襲ってくる敵は、叩き潰す。それは必ずしも、戦えない者を救うこととは矛盾するわけではない。

 

『准尉。心拍数が低下しています。深い睡眠、あるいは極度の退屈を示唆する数値です』

 

 網膜の端に、銀髪の少女の顔を映し出したフェイスウィンドウが、電子音と共にポップアップする。同じシービースト小隊員である、アンドロイドのリルだ。

 

 汎用個人間通話ソフト“Sotto《ソット》”を介し、彼女の声が静かに脳内で再生される。機化人《サイボーグ》の義肢に標準装備されている、個人対個人用の通信システムだ。基地のネットワークを介して、彼女は俺のバイタルを監視しているらしい。

 

(退屈か……まあ、そうだな。戦場の砂塵よりは、ここの埃の方がいくらかマシな味だけどな)

 

 声帯を使わずに、思考で返事を返す。彼女の電子頭脳には、俺の声でメッセージが再生されているはずである。

 

 今回の俺の処遇は、お偉方の書いた帳尻合わせの産物であった。俺がやらかした規律の逸脱と、それによって生じた端金のプラス。エドムント少将は、その両方を天秤にかけ、俺という異端児を叩き壊すにはまだ早い、と判断したらしい。

 

 組織を維持するための判断としては、合理的で、正しいと思う。だが、その計算式の中に“人間”が入り込む余地がないことに、わずかな乾きを覚えるだけだ。

 

 一方、俺と共に飛び出したリュオン少尉は、お咎めなし。小隊の稼働率を維持するためという名目のもと、彼の暴走はあらかじめ予定されていた援護行動だった、というストーリーへと書き換えられたのだそうだ。

 

 真実を曲げてまで維持される組織の整合性。それがどれほど危ういものか、俺は知っている。効率という名のオブラートで包み隠された失敗は、本人の自覚を奪い、生存に必要な危機感を麻痺させていく。俺はこれまでの戦場で、そうやって組織に“守られてしまった”子羊が現実に直面した瞬間に、なす術もなく食いちぎられるのを嫌というほど見てきた。まったくもって、やるせない。

 

 

 謹慎が明け、俺が向かったのは第13整備ドックだった。重い気密扉が開いた瞬間、鼻腔を突いたのは焼けたグリスと溶接火花による、あの焦げ付くような臭いだ。感覚デバイスが、ようやく日常に戻ったのだと教えてくれる。

 

 だが、ドック内の空気は、三日前とは明らかに違っていた。通路を歩く俺に、作業中の整備兵たちが一瞬だけ手を止め、値踏みするような、あるいは化け物でも見るような視線を投げかけてくる。

 

 デザートマウス小隊の三人を地獄の底から引きずり戻した、死に損ないの新人。その噂は三日間の沈黙の中で、この鉄の揺り籠に十分すぎるほど根を張ったらしい。

 

「おい、あれだろ? “羊飼い”の杖をへし折ったって奴……」

 

「ただの量産機で、どういう操縦をすればスライムの海を突破できるんだ?」

 

 聴覚デバイスが、周囲のひそひそ話を拾い上げるが、無視して奥へと進む。どうやら噂の主は、英雄からはみ出し者に格下げされていたようだった。

 

 ただ、全ての視線が否定的というわけでもなく、自分たちの常識を壊した異物を観察する、薄気味悪いほどの熱を帯びた好奇心でもあった。興味半分、畏怖半分といったところか。いつもの事だ、こういう異端児扱いには慣れている。

 

 離れた区画では、デザートマウス小隊の生き残りが、治療用の偽装皮膚を巻いた体で、自機の残骸の前に座り込んでいた。彼らは俺に気づくと、一瞬だけ縋るような目を向けてくるが、ドックの端に立つ金髪の青年の存在を認めると、逃げるように視線を床へ落としてしまう。

 

 どうやら例の“狂犬”――ハミルトン・リュオン少尉は、他の隊にも好印象を与えてはいないらしい。彼がそこにいるだけで、周囲の空気が凍りついている。彼が他隊の隊員たちにもひどく疎まれていることは、一目瞭然だった。単に俺という異端を煙たがるだけならまだしも、周囲の人間まで怯えさせ、居心地を悪くさせるとは。まったく、面倒な男だ。

 

 ドックの壁際には、皇獣(おうじゅう)の粘液で腐食した装甲板が無造作に積み上げられ、その横では四肢を失ったトリオンが天井から吊り下げられていた。まるで解体場だ。スワスチム共和国の栄光を支える機動重機も、ここではただの壊れた消耗品に過ぎないらしい。

 

「准尉、足音が重いですね。義足の出力バランスに狂いが生じているのでしたら、調整致しましょうか?」

 

 背後から現れたのは、リルだった。足音もなく近寄るその挙動は、相変わらず不気味だ。俺たち機化人にはどうしても付きまとう、歩行時の固有の重量感や駆動の気配。それが彼女には微塵も感じられない。

 

 最適化されすぎた姿勢制御。慣性さえ感じさせないその動きは、何度見ても慣れない異物感を覚える。だが、今はその平坦な合成音声の方が、周囲の刺々しい視線よりは幾分かましに感じる。

 

 俺の心中になど興味ないとばかりに、彼女は手元の端末を操作しながら、こちらの横に並んで歩き始めた。短く切りそろえられたふわふわな銀髪に、俺の腰ほどまでの身長しかない小柄な義肢。これでもう少し愛想が良ければ、愛嬌も感じられるのだろうが、情報分析のみを仕事とする戦闘アンドロイドにとって、そのような物は余分以上の何物でもないのだろう。

 

「気のせいだ。ただの気分の問題だよ。それで、俺の“棺桶”の様子はどうだ?」

 

「棺桶ではなくM98-SR/P“トリオン”です。修復は予定通り完了。ただし、パーツの在庫不足により、一部に規格外の代替品を使用しています。それと、先客がいます」

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