アラートの音は、いつだって寝起きの悪い頭を叩き割るような不快さを持っている。基地全域に鳴り響く緊急展開のサイレン。俺はまだ馴染んでいない新しいトリオンのシートに身を沈め、各部のコンソールを叩き起こしていた。
視界の端で、
【緊急出動要請:シービースト小隊】
敵勢力:ヘアツゥ司教国・神官誘導群(
状況:第2ゲート外郭、採掘エリアに接近中。
任務:防衛ラインの維持、及び敵指揮官個体の排除。
伝承では
先日の数で押してくるスライムとは似て非なる、統率が取れた軍団。全長〇・五メートルほどの小型で、個々の戦闘能力はそれほどでもないにもかかわらず、その脅威度はスライムよりはるかに高い。
恐るべきはその凄まじい食欲と雑食性で、生物から無機物まで何でもかじり、消化してしまうらしい。他国の事情なので真偽は不明だが、獣人たちが住む南方のヲアルヅ王国では、ミルメコレオが出現した集落は、放棄して移住しなければいけないほどの災害なのだとか。
無論、基地や
『准尉、データは確認したな? 詳しい説明は移動中に行う、出撃だ』
無線の向こうから、クローディアが淡々と連絡を入れてくる。いつもうろたえている印象が強かったが、どうもそういうわけでもないらしい。何が“スイッチ”のようなものでもあるのだろうか。
その背後では、
『防衛ライン、第4セクターに侵入を確認。担当ユニット、速やかに展開してください』
その声は、前に聞いた非情な館内放送と同じく感情を削ぎ落としたものだったが、今はただの正確な地図のように聞こえた。俺は“了解”のアイコンを視線入力で弾き、無言でスロットルレバーを押し込む。
指先の感圧センサーが捉えるフィードバックには、妙な引っ掛かりが混じっていた。実戦の出力域に入った途端、隠しきれない淀みとなって機体全体に伝播していく。
だが、俺はそれを機体の異常として報告することなく、外部モニターを起動した。荒野の熱気が、トリオンの排気ファンを通じてコクピットに流れ込む。この不快な熱気こそが、俺の戦場の合図だった。
緊急スクランブルから数分。ようやく指定ポイントに集結したシービースト小隊の四機だったが、その隊列はお世辞にも整っているとは言えなかった。最後尾、脚部を引きずるようにして現れた俺の機体に対し、クローディア中尉の苛立ちを隠そうともしない叱責が飛んでくる。
『“ドルフィン”、何をやっていた、集合が遅すぎる! それに、そのふらついた動きはなんだ。ちゃんと整備は済ませているのか?』
「失礼。どうも休み明けで、寝ぼけているようだ。慎重に行かせてもらう」
彼女のモニターには、歩行バランスの数値が予測曲線から外れている俺の機体データが、はっきりと映し出されているはずだ。隣でふんぞり返っている近接戦仕様のギガントのコクピット内で、リュオンはさぞご満悦な表情を浮かべていることだろう。俺が適当にはぐらかすと、それまで大人しくしていた彼のギガントが、鼻で笑うような排気音を鳴らした。
『おやあ? さしもの英雄様も、檻の中では昼寝くらいしかすることがなかったと見える。“ドルフィン”、後ろで指をくわえて僕の活躍を眺めていろよ。エースの活躍、派手に見せてやるからさあ!』
俺が叱られたことで、リュオンは自分の優位を確信したらしい。彼の
『リュ……“ハンマーヘッド”! まだ他の小隊が到着して――戻っ、ああもうっ!』
ニードルガンで次々と昆虫標本を仕上げていくリュオンには、既にクローディアの言葉は届いていないようだった。地面に縫い付けられて動けなくなったミルメコレオたちを、ストライクパイルが順番に撃ち抜いていく度に、火花と空の薬莢が宙を舞う。
『まどろっこしいんだよ! 僕が全部片付ければ任務完了だ!』
調子に乗り始めた彼は、少しずつ持ち場から逸脱し始めていた。より大物を狙って、場所を変える算段らしい。
『うう、どうして止まらない!
既に泣き声のようになっているクローディアの叫びに対し、公用回線からいつもの声が届く。
『こちら、
それはクローディアへの指示ではなく、組織としての現状報告と、次なる最適解の提示だった。相変わらず、手際がいい。オペレータの無駄のない声が、淡々と穴を埋めるための算段を整えていく。
勝手に飛び出したリュオンが悪いのは明白だ。
その徹底して事務的な手続きの響きを、俺はただの背景音として聞き流すことにした。
ディスプレイのマップに視線を移す。レーダー上では、リュオンの反応がさらに自小隊の防衛エリアを大きく外れ、孤立していく。どうやら
周りに気付かれないよう、
(リル。聞こえているな。女王蟻の特定を急げ。恐らくこっちのは囮で、リュオンをおびき出そうとしている集団の中に、神官が操る女王蟻が混じっているはずだ。お前のトリオンは、情報収集に特化した装備だったな。特定できたらこっちに情報を回せ)
『了解しました。特定を開始します。准尉、機体ステータスが――』
(分かっている。だが、歩けないわけじゃない)
忙しく点滅する脚部の警告灯を視界の隅に追いやり、スロットルを静かに、だが限界まで引き絞る。
言いたいことを伝え終えた俺は、再び通常回線で哀れな小隊長殿に一言だけ告げた。
「悪いな、“オウカ”。少し野暮用を思い出した」
踵の車輪を下ろし、高機動モードへ移行する。そのまま俺のトリオンは、ふらつきながら明後日の方向へと走り出した。クローディアの喚きがさらに支離滅裂になっているが、こちらもあえて聴覚からカットする。お小言は、とっくに腹いっぱいである。