異世界迷宮に行く筈が~銀河英雄伝説~(中編化) 作:高島智明
銀河帝国の内乱はローエングラム元帥の勝利に終わった。
そしてラインハルト・フォン・ローエングラムは背後の味方であり、最後に残った政敵となる帝国宰相も倒し、遂にローエングラム独裁体制を築き上げた。
片や、自由惑星同盟では…
ラインハルトが工作員を同盟に潜入させるよりも、同盟側の密使が接触する方が先手を取った為か、同盟側での内乱は勃発しなかった。
尤(もっと)も、軍内部の不平派が集会している処をMP中隊が検挙する、という騒ぎはあったが。
帝国領侵攻の失敗も無く、クーデターも起こらず、捕虜交換に因る帰還兵たちの票があったからかどうか、未だ政権の座にあるサンフォード最高評議会議長を元首とする政権に揺さぶりが掛けられた。
それはフェザーン自治領に駐在する弁務官からの報告として齎(もたら)された。
「ヤン・ウェンリーが政権を奪取する野心を持っている?は…バカバカしい」
その日の最高評議会。
ホアン・ルイは吐き捨てた。
「バカバカしいとは何だね。これは重大な情報では無いのかな」
真剣そうな議長に対して、更にホアンは反論する。
「確かに、アスターテそしてイゼルローンで英雄と成った。
「奇蹟の魔術師」とも呼ばれた。
だがね…」
ホアンは続ける。
「帝国領侵攻の殿(しんがり)を務めたとか、同盟の内乱を鎮圧したとかで、更に英雄に成った訳でも無い。
何より帝国領侵攻の失敗も無い。内乱の同士討ちも無い。
我が軍の多くは健在だよ。ヤン艦隊が事実上の主戦力の殆どなんて惨状じゃ無い。
この状況で、ヤンがクーデターでも起こすというのかね」
「そうだが…」
議長は歯切れ悪そうに続ける。
「だがしかし…ヤンが選挙に打って出たら…今だって彼の声望は高いのだ」
ホアンは冷笑し、それから真剣な態度と表情に成る。
「そもそも、出所がフェザーンからというのが怪しいとは思わんのかね。
あの強欲どもは、帝国領に侵攻させようとした時の様に、我々を何とかして戦乱に巻き込もうとしている。
実際、情報部は情報を取っていないのかね。
帝国軍は、ガイエスブルク要塞辺りで、妙な動きをしているらしいじゃないか」
同盟だって、帝国の情報は取ろうと、それなりの活動はしている。
しかもホアンたちは、とある助言があって、鋭意情報を集めていたのだ。
「まさか…帝国軍が攻めて来るというのかね」
「そんな時に、ヤン提督を裁判ごっこで呼び出す。好いタイミングじゃ無いか」
結局、ヤンを査問会に呼び出すことは保留と成った………。
……。
…イゼルローン要塞の前面にイゼルローンに匹敵する要塞がワープアウトして来た。
ガイエスブルク要塞を移動要塞に改造して、帝国軍が侵攻して来たのである。
イゼルローン要塞指令室のスクリーンに、帝国軍将官の姿の壮漢が映し出されている。
「叛乱軍、いや、同盟軍の諸君。小官はガイエスブルク派遣部隊総司令官ケンプ大将です。
戦火を交えるにあたり、卿らに1言挨拶をしたいと思ったのです。
出来れば降伏して頂きたいが、そうもいかんでしょう。
卿らの武運を祈ります」
これに対しヤン・ウェンリーも名乗った。
「出来れば、そのまま帰って頂けませんか。そうすれば、お互い無用な犠牲は出さずに済みます」
これを謝絶するケンプ。
すると…
イゼルローンからガイエスブルクに対して、奇妙な通信が放たれた。
「健康と美容の為に、食後に1杯の紅茶」
と、いう正常とも思えない通信を受信した次の瞬間…
「ガイエスハーケン、応答しません!」
「何!!」
イゼルローンへ向かって最初の1撃を放とうした要塞主砲が撃てない?
「港湾も封鎖されています。艦隊が出せません!
使用可能なのは、緊急脱出用シャトルのポートのみです」
「そのシャトルで帰還なさい。追撃はしません」
今だ通信の繋がったままのイゼルローンから、ヤンが何事も無かった様な言葉を伝えた。
「これは卿の仕業か。ヤン提督」
「まあ、そうです。
先だってガイエスブルクを訪問させてもらった時に、ちょっとした置き土産を置いて来ました」
無念に絶句するケンプ。
更にヤンは…
「エネルギー波、急速接近!」
イゼルローン要塞の主砲「雷神の槌」がガイエスブルクに放たれた。
それは要塞を直撃せず、端をかすめただけだったが…
「通常航行用エンジンの1つが破壊されました。これでは、推力のバランスが取れません」
要塞に要塞をぶつける、という最後の手段さえ封じられた。
そこへ、更にヤンからの通信が入る。
「ローエングラム最高司令官は、これを貴官たちの失態として責める様な愚かな主君で無いでしょう。
帰還なさい」
ここまでだった………。
……。
…帝国軍最高司令官にして帝国宰相ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は、帝国軍副司令官ジークフリード・キルヒアイス上級大将と直近、宰相首席秘書官となったヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢に諫められたこともあって、帰還したケンプと派遣部隊副司令官ミュラーを罰しはしなかった。
だがしかし、3人切りに成った場では感情の端を吐露した。
この場に義眼の参謀が居なかった辺りに、信愛度の差が現れているだろう。
所詮(しょせん)自らの半身でもある「我が友」と、使い勝手は好いが嫌われ者の参謀とでは、最後には何方(どちら)を取るかは明白だったのだ。
新たに聡明な助言者を得た現状ならば尚更。
そんな気を許す2人の前でならば、ラインハルトは疑念を漏らした。
如何に「奇蹟の魔術師」であっても、ヤンがガイエスブルクを訪れたのは、移動要塞を応用した作戦が提案される遥か以前の筈だ。
何故、あんな小細工が出来た?
ラインハルト程の知性があるからこその疑問だった。
だがしかし『原作』知識を持った転位者などとは、この天才をもってしても想像の遥か頭上を飛び去っていた。
*
同様の疑問に捕らわれている者は、銀河の他の場所にも居た。
フェザーン自治領主は、息子でもある補佐官には、自分の思考を整理する意図もあって其の端を漏らしていた。
「何故?ヤン・ウェンリーは未来を予知出来た」
「偶然では」
「そう思いたいが、それは危険かも知れん。そうで無くとも予想外のことが起き続けているのだ」
帝国はローエングラム改革に因って強化されつつある。
同盟の傷も浅い。
このままでは、帝国と同盟を共倒れさせる、という自治領主の背後の黒幕が800年の怨念を引き摺った計略は困難に成るかも知れない。
「それでは、例の策謀を進めますか」
「ああ、やれ」
だがしかし、陰謀というものは隠されているからこそ脅威なのだ。
これから暗躍する陰謀家たちの「知識」を持った存在などということは、知らないが幸福だったかも知れない。