砂漠の王が"現代兵器"を手に入れるまで   作:Nattsu_ひよこ豆

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本編より過去の話(現行の6年前)なので、捏造で原作キャラの階級を下げたりしています。


1.汝、自身を知ることなかれ

 

 

 すれ違った海兵が目を見張る。第一印象は華奢な少女。狼の目(アンバー)と夜の海のような黒髪が美しい。次いで目に入るのは、彼女が海軍将校である事を表す正義のコート。

 薄い肩には不釣り合いなコートをたなびかせ、彼女は海軍本部の廊下を粛々と歩いていた。

 

「あ……! な、なぁ! お前、ジルダだろ!」

 

 彼女が醸し出す厳格な雰囲気に圧されながらも、とある海兵が話しかけた。

 

「はい。そうです」

「やっぱり! 一年ぶりだよな? 髪切ったんだな。誰か分かんなかったぜ」

「お久しぶりです」

 

 海兵は彼女────ジルダの同期であった。海軍の養成学校からの付き合いで、上官の扱きや実力主義故の蹴落とし合いを共に乗り越えた、同士とも言える存在である。

 彼の言う通り、ジルダはここ一年程休職していた。理由は絆の深い彼でも知らず、急病かなにかかと心配したものだ。突然の思いがけない再会は喜ばしく、だからこそ、彼はジルダの変化にもいち早く気づいたのだった。

 

「元気そうで良かった! な、今度飯でも……あれ、なんか怒ってる?」

 

 こいつ、こんな無愛想だったっけ。海兵はそんな違和感を覚えていた。そもそも、話しかけられたら足を止めて聞き入るような、そういう奴だった気がする────。

 

「いいえ。怒っていません」

 

 ジルダは無表情だった。怒りはおろか、愛想笑いすら浮かべない。彼女は決して歩くスピードを緩めず、海兵の質問には端的に答えるばかりだった。

 同期の知っているジルダとは、厳格とは程遠い人物である。いつも微笑み物腰柔らかく、しかしその剣筋は鋭い、思いやりのある海兵。それが彼にとってのジルダだった。

 

「それにしては顔怖いぜ? もしかして俺のこと忘れてるとか?」

「いえ、記憶しています。ドゥルモ曹長」

「……いや、おかしいってお前……どうしたんだよ!」

 

 ドゥルモがジルダの手を掴んで引き留める。振り向いた彼女の瞳を見て、ドゥルモはようやく目が合った事に気がついた。その目には非難が無い。困惑も無い。ただ虚に、眼窩に嵌っているだけの眼球がそこにあった。

 

「一年間何してたんだよ! いや、何があった!? お前、そんな奴じゃなかっただろ……」

 

 ドゥルモには他人行儀にされる覚えも、冷たくあしらわれる覚えもない。その憤りは当たり前で、一年前までは一緒に昼食をとったり仕事の愚痴を言い合ったりする間柄だったのだ。彼女の友人であると自負していた彼にとって、今のジルダの態度は不可解極まりない。

 その憤りを知ってか知らずか、彼女は無感情に告げた。

 

「お答えできません」

「……は?」

 

 呆気に取られたドゥルモは、思わずジルダの手を離す。それは彼がジルダのことを、かつての友人ではないと無意識に突き放した瞬間だった。

 解放されたジルダは、もう用が済んだのだと判断(・・)し、ドゥルモを放って廊下を進んだ。曲がり角でコートがひらめいたのを最後に、彼女の背中が見えなくなる。

 ドゥルモはしばらくそこに立ち尽くし、友人を一人失った予感にただ苛まれていた。

 

 

 

 

 

 ────海軍本部中将モモンガの執務室。

 

 モモンガは、情けなさに暴れ出しそうなのをじっと堪えていた。そんな彼の目の前には、指示を待っているジルダがいる。

 モモンガは一年前まで彼女の上司だった。故にジルダの人となりは十分理解していたし、弱冠十五歳にしてマリンフォードへと配属された彼女に目をかけてもいた。剣技を教える師匠でもあり、一時、ジルダの呼び名が"モモンガの弟子"であったほどに、その師弟関係は深いものだった筈だ。

 ジルダはかつての師を前にしても何も語らない。何も表さない。それがかえって雄弁に、何か(・・)があった事を示している。

 

「……この一年で、何があった……」

「お答えできません」

 

 予感はあった。突如出された休職届。理由は告げられず、いつのまにか忽然と姿を消した部下。一年間何も音沙汰がなく、復帰の知らせを聞いた時は安堵に震えたものだ。

 だが、今ここにあるのは別人のようになった部下と────一つの奇妙な辞令。

 

「なんだ、この辞令は……! この子は、一体何に……!」

 

 それは、ジルダを海軍大将"赤犬"直属の部下とする通知書だった。

 ジルダは一介の中尉である。それも復帰したての。通常ではあり得ない配属であることは明白だ。

 顔を歪ませ憤るモモンガを見ても、ジルダは表情を変えない。ただ立ち尽くし、次の言を待っている。

 海軍本部中尉といえど、まだ十七の少女。その少女が明らかに何かに巻き込まれている事を察しながら、それをみすみす見逃すのは、モモンガにとって容易いことではなかった。

 だがしかし、彼女の配属が変わるのは決定事項。中将として告げねばならない言葉だった。

 

「……ウルバル・ジルダ中尉。復帰したてで済まないが、本日より君は……大将"赤犬"直属の部下となる」

「身に余る光栄です」

 

 喜びも、驚きも、気負いも覚悟もない顔で、ジルダは応える。モモンガの胸には諦念が染み出していた。もう、手遅れであると。

 モモンガの知るジルダはこのような少女ではなかった。控えめなきらいはあったが、素直で実直な海兵だった。それこそ、"赤犬"の部下となると聞けば慌てふためいていたであろう。

 年若いながら、謙虚さも礼儀正しさも持ち合わせていた。目で技術を盗み、時には教えを乞い、弛むことなく実力を伸ばしていった、自慢の部下。辛い時でも微笑む胆力を持っていたはずの少女。朗らかに笑い、柔らかな雰囲気を纏いながらも、芯の強い清廉な海兵はどこにもいない。

 苦しさが混じる言葉と共に、モモンガの師匠としての情が溢れ出す。かけたい言葉が幾つもあった。まだ教えたい事もある。しかしこれでは────言葉一つどころか、手を差し出す事も叶わない────。

 

「……これからも、君の働きに期待している」

 

 絞り出した、精一杯の激励。モモンガが今のジルダに告げられる言葉はこれしかなかった。

 

「ありがとうございます。……結果的に短い間となってしまいましたが、モモンガ中将の下で働けた事、誇りに思っています」

 

 返ってきたのは形式的な挨拶。しかしジルダが頭を下げ、それから顔を上げた時。数瞬の間、かつての彼女がそこにいた気がした。

 

『この度、お、恐れながら、海軍本部配じょくっ……配属になりましたッ、ウルバル・ジルダと申します!』

『いえ、皆さん良くしてくれます。ちゃんと実力で測ってくださるんです』

『私の、ですか? ……私の正義は────』

 

 退室するジルダを見送り、モモンガは固く目を瞑った。届かなかった、己の薄弱な正義にやるせなさを噛み締めながら。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 砲丸が水面に叩きつけられる。ドッと上がった水柱をものともせず、軍艦は海賊船へと集中砲火する。対する敵は北の海(ノースブルー)のマフィアの下っ端海賊であった。下っ端らしく、少々小振りの帆船である事が災いして砲丸が当たりづらい。難攻しているこの状況を打破するには……と誰もが考えあぐねていた時。

 

「あ、中尉! ダメです、危険です!」

 

 海兵の静止も聞かず、ジルダは軍艦から飛び降りた。船べりに着地し、悠々と海賊船に乗り込む。敵船の甲板に凛と立つ様は死神のようだった。

 ジルダは短い黒髪を水滴で濡らしながら、業物『牲』を抜刀する。全長四尺二寸にもなる大太刀を易々と振るう様は、若くして海軍将校まで昇り詰めた手腕を表していた。

 軍艦からの集中砲火は止まない。対処にすったもんだしていた海賊たちは、突如乗り込んできた少女に下卑た笑みを浮かべた。

 

「……お、オイオイオイ……オレたちも舐められたモンだなぁ!! ガキ一人殺せねぇ訳ねぇだろうが……!」

「しかも女だぜ!」

「────……」

 

 ジルダは何を言うこともなく構える。厳粛な直刃が海賊を睨んだ。

 じりじりとジルダを取り囲む海賊達に、まずは右薙ぎ一閃。大太刀の間合いに対応できなかったマヌケが倒れ、その拍子にピストルが宙を舞った。それと敵をまとめて上段からまた一振り。無惨にも、今度は片耳と片腕が舞った。

 

「ぎゃあぁああッ、腕ッ、腕ッ、腕がッ!」

 

 悲痛な叫び声と、銃砲身がスッパリと両断されたピストル。鉄と肉を綻びなく切り落とす切れ味に、無法者たちは固唾を飲み込んだ。

 ジルダはただ、海賊たちを見据えていた。敵意も興奮もなく、次斬るべきはどれかを判断していた。

 砲撃による水柱が未だ上がる中、海賊たちの恐れはただ一人の少女にのみ向けられている。その時点で、勝負は決していた。

 

 

 

 

 「砲撃中止! 中止です! ジルダ中尉が乗り込んでしまいました……!!」

「な、なにィ!?」

 

 海兵の報告に耳聡く反応したのは、海軍本部中佐のTボーンだった。

 生来の真っ直ぐな正義感から、彼は市民の血が一滴たりとも流れる事を良しとしない。それは海兵相手であっても同じだ。

 

「何故単独行動を……!!」

 

 身を乗り出し、ジルダの安否を確認しようとしたその目で、Tボーンは絶句するような光景を見た。

 敵の人数は四十人余り。その全員が例外なく倒れ伏し、痛みに喘いでいる。ちらほら、足や腕が散乱しているように見受けられた。

 船室の扉が開き、惨憺たる甲板にジルダが姿を現す。淀みない足取りだが、その手で何かを引きずっていた。

 

「あ……! あれ、今回の標的の……!」

 

 誰かが声を上げる。ジルダが引き摺り回していたのは敵船の船長だった。奥に引っ込んでいたのを叩っ斬って連れ出してきたのだ。

 頭から血を引っ被ったのか、ジルダは返り血まみれだった。正義のコートも赤黒く変色している。白かったシャツも染めたように真っ赤である。何よりも、血を被って黒がより深まった髪が目を惹いた。

 

「あれが……"赤犬のお人形"」

 

 "赤犬のお人形"────ジルダが海軍大将赤犬の直属の部下となった後、数ヶ月で海兵達の間で瞬く間に流行った彼女を揶揄するあだ名。その由来は、彼女の苛烈な仕事ぶりにあった。

 任務は例外なく完璧に遂行し、無茶とも言える命令でも必ず守る。不平不満、愚痴などは一切漏らさない上に、褒められようが讃えられようが一貫して無表情。必要最低限しか喋らない。馴れ合いも付き合いも無い。人間味のない女海兵。"お人形"とは、一中尉から大将直属の部下へと成り上がった彼女への嫉妬そのものであるが、その実的を得ていた。

 自身を他の海兵が注視している事に気づいたのか、夕暮れを閉じ込めたガラス玉の瞳が彼らを捉える。何かが欠落したその瞳に、Tボーンは彼女を人間だと思う事ができなかった。彼女の瞳に敵味方の区別はない。それどころか、人や物の区別すらない。空も、海兵も、千切れた腕も全て同じ、虚な目で見据えている。ある意味純粋で真っ直ぐな瞳に、Tボーンは感服すると同時に恐れを浮かべた。

 

「鎮圧しました。捕縛を」

 

 軍艦に帰投したジルダは端的にそう告げた。海兵達は少々呆けた後、手錠や縄を持って海賊達を捕らえに向かう。

 

「うっ……手錠がかけられない……腕が飛んでる」

「こっちは両足がない。誰か担架を!」

 

 処理にてんやわんやとし始める海兵達を見守りながら、Tボーンはジルダに話しかける。

 

「ジルダ中尉」

「はい」

「見事な鎮圧だった。しかし! 現場の指揮権は私にある。勝手な行動は謹んでもらいたい」

 

 血塗れの少女がこちらに向き直るというだけでもかなり腰がひけるというのに、ジルダの愚直な眼にTボーンは気圧されていた。一貫した無表情、親子ほどの年齢差、先程までの苛烈な戦いぶり。忠告というものを、ジルダが学ぶ人物かどうか、Tボーンには測りきれなかった。

 

「申し訳ありません」

 

 しかし、予想に反して素直に謝罪し頭を下げるのだ。娘ほどの年齢の部下に殊勝にされては、Tボーンも居た堪れなくなってしまった。

 

「……自分の身を大切にしなさい。海兵である君に言うべき言葉ではないかもしれないが……君はまだ若い」

 

 ────この少女に、こんな言葉などは気休めにもならない。Tボーンには分かっていた。交わした言葉は少ないが、目を見れば分かる。生気の無い、作り物のような瞳。全てを見据える透明。透明な瞳は全てを受け入れ、全てを留める事が無いのだろうと。

 現に、ジルダの顔に感情は表れない。瞳が揺らぐこともない。

 

「……留意します」

 

 その言葉を聞いてTボーンは無意識に、端々が千切れた己の正義のコートを掴んだ。彼は包帯がない時、コートを"間に合わせ"として割いて負傷者の止血をすることが多々ある。そのボロボロのコートこそ、自己を犠牲にして成る高潔で美しいTボーンの正義の象徴だった。

 

「(あぁ────これでは……間に合わせにもならない……)」

 

 ジルダから滴る血は全て返り血だ。彼女には擦り傷ひとつない。しかし、Tボーンには彼女が傷ついている様に見えてならなかった。そして、それが自分には癒せない物であるとも気づいた。

 長く海兵をしていれば、己の正義で掬えなかったものを幾つも目の当たりにすることになる。だが、目の前にいる年若い海兵一人に手が届かないというのは、Tボーンにとって初めての経験だった。

 

「ちゅ、中尉っ、こちら替えの服です! 申し訳ありません、置いてあるものがこれしかなく……」

 

 一等兵がジルダに揃いの制服を差し出す。一等兵はこの惨状を作り出した彼女にあからさまに怯えていたが、当の本人は気にしなかった。

 

「ありがとうございます。そこらに置いておいてください。血を拭ってから着替えます」

「あぁっ……気が利かずすみません! 部屋にタオルもありますので、ぜひ使ってください」

「では……中佐。ご忠告ありがとうございました。失礼します」

 

 Tボーンに断りを入れ、ジルダは一足先に着替えに向かった。彼女からポタポタと垂れる返り血が、海賊達の負傷具合を告げる。

 

「痛ェ……痛ェよ……助けて……」

「許さねェ……! あの女、俺、俺のっ、俺の腕をッ……返せぇぇ……!!」

 

 ジルダが奥へ引っ込むと同時に、海賊達の悲鳴が軍艦へとなだれ込む。一瞬で阿鼻叫喚となった甲板では、海兵達による止血が行われていた。どれだけ非道な者どもであれど、法による裁きを受けなければならない。なるべく命を落とさぬようにと彼らは尽力するのだ。

 Tボーンはいつものように己の正義のコートを裂き、海賊達に巻いていく。

 

「中佐、包帯は足りていますから……!」

「分かっている。だが、やらせてくれ」

「何故……?」

「…………」

 

 一つ結ぶたびに、また一つコートが欠ける。どれだけ費やせば、あの少女に己の正義が届くだろうか。一体誰があの少女を救えるというのだろうか────Tボーンは虚しさに溢れながら、自分の無力を認めざるを得なかった。

 実に憎らしい晴天の下、映える赤と白に目を焼かれるような日のことだった。

 

 

 

 

 

 ジルダが三度、ドアをノックする。

 

「入れ」

 

 程なくして重厚な扉の向こうから、ドスの効いた声が聞こえた。大抵の海兵が怖気付くところを、ジルダは臆せず入室する。

 

「ジルダです。ただいま戻りました」

 

 真正面のデスクで書類を眺めていた海軍大将"赤犬"ことサカズキは、放り投げるようにして書類から顔を上げて彼女を迎えた。ジルダがサカズキの部下になって数ヶ月だが、執務室と軍艦を往復した回数は数えきれない。勝手知ったるかのようにジルダはデスク前に佇む。

 窓の外はうららかであるというのに、ここだけ雷雨が降り止まないような雰囲気であった。

 彼女がいくつか報告したのち、ようやくサカズキが口を開く。

 

「────Tボーンから苦情が来とる。"単独行動が過ぎる"と言いよった」

 

 ジルダが"お人形"だと揶揄される理由はここにあった。彼女が名実ともに優秀な海兵である事に間違いはないが、いかんせんコミュニケーションや協調に難がある海兵でもある。否、難がある海兵になってしまった(・・・・・・・)というのが正しいだろう。それもその筈で、今の彼女の行動原理は"上官からの命令"の一点のみである。それを十二分に満たす事以外は行わない。故に一人で熟せると判断した任務ならば一人で行ってしまう。他の海兵を不要と切り捨てるが如き態度は、数ヶ月で十分に反感を買っていた。

 しかし、サカズキの声色は平時と変わらず、咎める気などさらさらないのは明白だった。

 

「はい。改善できるよう善処します」

 

 頭を下げるジルダに、サカズキは形ばかりの叱責も慰めも贈らない。改善の目などはないと分かっている……というよりも、サカズキが彼女にそう在れと望んでいるからだ。単独で任務を果たせる圧倒的な実力者、他の海兵に冷や水を被せるような、そんな海兵になってほしいと。優秀で、何より従順なジルダに、彼はその資質を見出していた。

 

「近々、昇進の話も出とる。励むように」

「はい。ありがとうございます」

「次の任務は追って連絡する────と、忘れるところじゃった」

 

 サカズキは小袋を取り出し、デスクに置いた。ジャラ……と軽く細かい音が響く。

 

「今月の"抑制薬"じゃ。ジルダ────体の方は」

 

 その質問は、サカズキとジルダの間に流れる空気にとって非常に不釣り合いなものだった。サカズキはまるで父親のように、珍しくも瞳に哀れみの色を浮かべている。ジルダはそれに何を思うこともなく、テンプレートな答えを返した。

 

「至って健康です。問題ありません」

 

 気遣い無用、と返答しておきながら、ジルダは微笑みもせず小袋の中を確認する。中には夥しい数の白い錠剤が入っていた。

 

「確認しました。お手間をかけて申し訳ありません」

「一ヶ月に一遍じゃ。気にする必要はない」

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

 ジルダが踵を返して退室しようとした時、彼女の目の前で扉が開いた。現れたのは、アイマスクを着用する長身の男────海軍大将"青雉"である。

 突如現れたクザンに、ジルダは敬礼をし、傍へと下がった。目を伏せ道を開ける様はまるで召使いのようだ。

 

「ノックをせんか」

「あらら、人いたのね。ごめんね……あれ、この子、"一年前"の────」

「────クザン、道を塞ぐな。ジルダも早う行け」

 

 サカズキの咎めをいなし、クザンはジルダの顔をジロジロと眺めていた。長身の男が腰を折り十七の少女の顔を眺める様子は確実に事案の様相だが、当の本人こそが海軍大将であり、相手も中尉である。ジルダは動揺こそしないが、決してクザンと目は合わせない。

 やがて、クザンは気が済んだようで、ヒラヒラと手を振りながらジルダに"もういいよ"と声をかけた。

 

「邪魔してすまんかったね」

「いえ……失礼いたします」

 

 クザンの礼を聞きながら、ジルダは静かに退出する。

 次にするべきことを頭の中で整理しながら、ジルダは道中、小袋を開いて錠剤を取り出した。

 窓の外は変わらずうららかで、雷雨の影形もない。彼女の瞳にはどちらも同じ空として映るのみだが。

 ニュース・クーがどこかへ飛んでいく。それを見ながらジルダは豪快に錠剤を噛み砕き、飲み下す。

 ────誰も、彼女自身すら知る由がないが、その手は小袋をこれ以上なく固く握りしめていた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 「七武海のおもてなし、ですか」

 

ジルダは珍しく、サカズキの指示を復唱した。サカズキは不満を表しながらも首肯する。

 

「そうじゃ。名目上は"政府要人の護衛"じゃが、中にはあれこれと我儘を言う奴もおる」

 

 王下七武海────政府に収穫を何割か納めることで、正式に略奪行為を認められた七人の凶悪な海賊たち。七武海が設立されて以来、この海は"海軍本部"、"四皇"、"七武海"の三つの勢力で均衡を保っている。世界政府直下の重要な組織であることと、彼らの抑止力として実力ある海軍将校達が護送などを務めることが慣例となっている。

 今回、ジルダに任された任務は"聖地"マリージョアにて行われる、海軍元帥センゴクと七武海を交えた"定例会議"の警護だった。

 

「それでおもてなし……私の護衛相手はどなたですか?」

「"海賊女帝"の予定じゃったが、説得には失敗したと報告があった」

 

 定例会議には参加せずとも、七武海の地位は揺らがない。その為、召集には応じない者もいる。"海賊女帝"ボア・ハンコックもその一人だ。男子禁制の国"アマゾン・リリー"の長であり、極度の男嫌いの為、もし召集に応じていればジルダが護衛する手筈になっていた。

 

「分かりました。では現場で指示を仰ぎます」

「……本当ならこんなんをさせとる暇はないんじゃがな……」

 

 "徹底的な正義"を掲げるサカズキは海賊を例外なく『悪』と断じるのだが、その過激な姿勢とは裏腹に七武海制度に対しては容認していた。悪は悪でも所謂必要悪と断じている為だ。しかし、それはそれ、これはこれ。

 未来ある海兵────特に肝入りの部下であるジルダには、護衛任務よりも実のある経験を積んでほしいというのが本音であった。政府公認といえど海賊は海賊でしかない。悪漢の護衛なんぞに割く時間は無いというのがサカズキの主張だった。

 それでもジルダがこの任務につくのには理由がある。

 

「しかし、此度は"おつるさん"の計らいと聞いています」

「ああ……何事も早めに経験するのが大事じゃと。お前の顔も見たいそうじゃ」

「光栄なことです。私もお礼を申し上げたいと思っていました」

 

 "大参謀"つる。御年七十近いながらも中将として、長く海軍の実力者で在り続ける女傑である。

 ジルダは少し前、中尉から中佐への三階級昇格を果たしていた。その際、サカズキからの推薦もそうだが、つるからも推薦を貰っていたと耳にしていたのだ。いくら武功を挙げているとはいえ、一年間休職の末に最近復帰した海兵が三階級も昇格できたのは、人望厚いおつるからの後押しがあったからこそである。

 

「今までたァ毛色が違うが、励むように。それと────……」

 

 一風変わったサカズキの激励にジルダは少々思案して、それからいつもの通り冷静に拝命した。

 

「承知しました。このコートに恥じぬよう、精一杯努めます」

 

 そうして、ジルダはマリンフォードから"聖地"マリージョアへと足を運ぶ事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 灰色の海。時折鳴る、波立つ音が正義の門の向こうの"タライ海流"を思わせる。情緒の一つもないマリンフォードの石造りの軍港には、海軍将校達が集まっていた。正義のコートがはためく壮観な光景の中、ジルダはその一人でありながらジッと海を見つめている。波は、遠く遠くから軍艦がやってくることを告げていた。

 七武海を乗せた軍艦は一度マリンフォードに寄港し、護送を担当した海兵と海軍将校達が引き継ぎを終えたのち、そのまま赤い土の大陸(レッドライン)の麓にある赤い港(レッドポート)へと向かう。先程まで準備にバタついていたが、今では束の間の穏やかな待機時間となっていた。

 

『護衛艦4隻、正義の門を通過。あと10分程で着港します』

 

 アナウンスが鳴り響く。軍艦の影が見え、海兵たちが整列し始める。バタバタと移動する彼らに混じり、ジルダも持ち場についた。

 ジルダは七武海サー・クロコダイルの護衛艦に乗る事となった。今回の会議に出席するのは彼と、ゲッコー・モリア、ジンベエ、ドンキホーテ・ドフラミンゴのみである。

 ここまで護送を担当した海兵と入れ替わりになって、ジルダはクロコダイルを護送する船に乗り込んだ。当の本人は奥へ引っ込み姿を見せない。おそらく海楼石の手錠を嵌められているため、安静にしているのだろう。

 海軍将校で満たされた軍艦は壮観な眺めだった。ジルダは資料を思い返しながら海兵を見渡す。"鮫斬り"バスティーユ、"茶豚"トキカケ等、実力派と呼び声高い海兵も見られた。

 出航して十数分ほど経てば、前方には既に赤い土の壁が見えた。ヒリついた空気の中で見る赤い土の大陸(レッドライン)は、まるで地獄の最果てのようだった。

 軍艦が赤い港(レッドポート)に着港するまでは約三十分ほど。その後、シャボンのゴンドラ……ボンドラに乗り込み、数分かけて赤い土の大陸(レッドライン)を登る。そして階段を上がった先が"聖地"マリージョアである。

 気を抜いて波間を眺める暇もなく、軍艦は赤い港(レッドポート)へと着港する。停船した途端、上陸した海兵達は迅速に整列し通路を作り上げた。ジルダも漏れなくその一員だ。

 

『海軍本部から、マリージョアへ。七武海、ジンベエ様……ドンキホーテ・ドフラミンゴ様……ゲッコー・モリア様……サー・クロコダイル様が赤い港にご到着です────』

 

 ジルダはボンドラへの通用口の近くで待機していた。つまり、軍艦とは一番遠くの位置になる。しかし、それでも尚────。 

 静寂の中で、ジルダは確かに"カチ"という音を聞いた。己の手元からだ。発生源を把握しようとして彼女は視線を彷徨わせた。そして、疑問を浮かべながら目の前に掌を掲げる。

 ────手が震えている。その事象は理解できるが、原因を掴めない。微かな音の原因は理解できた。震えた手が帯刀している剣の柄に当たったのだろう。

 理解不能だが、彼女は直感で原因を突き止めていた。もっとも、直感というものを彼女が自覚することは無いが……導かれるように、軍艦の方角を見る。

 ────そこに居る。荒波を渡り、非道を尽くし、君臨する強者が。

 ジルダは頬に痺れを感じていた。圧倒的な実力の差、桁違いの経験の差が生み出す無力感が彼女を包む。頭の芯は今まで通り冷えている。為すべきことも分かっている。だというのに、体が追いつかない。まだシルエットしか捉えられないほど遠くに居て尚これならば、対峙した時のプレッシャーなぞ計り知れない。

 

『ああ……何事も早めに経験するのが大事じゃと』

 

 つるがジルダにこの任務をあてがった理由を、彼女はやっと理解した。もしこのレベルの強者と初対面で交戦などという事態になれば、ジルダは対処できなかっただろう。実力不足を痛感しながら、正義のコートを羽織り直し深呼吸をする。ここで失態を見せては大将"赤犬"の名折れ。部下として決して許される事ではないと、彼女は判断した。そう判断したのなら、体を従わせるまで。

 一行が通り過ぎる瞬間。ジルダは体を叱咤しながら、場違いに冷静な頭で七武海の面々を資料と実物とで比べていた。

 ジルダは観察する。留めるのが精一杯の体と冷静な頭で、目を逸らさずに。

 ────不意に。黄金色が、ジルダの目を占める。否、と視界を正常に保とうと彼女は目を見開く。金の眼だ。それはサー・クロコダイルの金の瞳だった。

 琥珀色の目と金の目がかち合ったのは、ほんの一瞬のこと。その一瞬の後、ジルダは震えが収まっていることに気がついた。決して耐性を獲得したわけではない。彼女の体は硬直状態に陥っていた。

 正気に立ち返れば、クロコダイルは決して目だけが印象的な人物ではない事に気がつく。オールバックに撫で付けられた髪型、威圧的なファーのついたコート、何よりも端正な顔を横断する一筋の傷。何故────と久方ぶりにジルダは疑問符を浮かべた。

 七武海の面々がボンドラへと乗り込むまで、ジルダは決して俯かず、目を逸らさず、胸を張ってそこに立っていた。立つだけ。そこに存在するというだけ。それすらも逃げたくなるほどに、自分と七武海の間には大きな壁があるということを、ジルダは理解した。

 そして、自我の薄れた脳みそでは、恐れや怯えを感じることがないが、体はその限りではないことも。

 七武海を乗せたボンドラが上昇していく。暫くして、ジルダがボンドラに乗り込む頃には震えも解けていた。

 ボンドラは赤い土の壁を舐めるようにして上昇し、やがて雲を越えて遥かなる"聖地"へとたどり着く。その道中は滅多にお目にかかれない絶景である筈だが、ジルダの関心の対象ではない。

 

「(ずっと金色が焼き付いている……)」

 

 ジルダは、離れない黄金に七武海を思って恐怖することも、またそれを美しいと思うこともない。ただ疑問に思うだけ。瞬く金色を眺めるだけ。それ故に────振り払う必要があるとも思わない。しかし、それに彼女は自覚的ではなかった。

 金色が雲を、正義のコートを、空を彩る。ジルダは、彼女だけの絶景をただ眺めていた。

 

 

 

 

 

 "聖地"マリージョア、パンゲア城内、会議室。

 厳格な雰囲気を纏うセンゴクとは裏腹に、思い思いにくつろぐ七武海の面々。その中で会議に臨む姿勢といえるのはジンベエのみだった。

 やがて、センゴクが口を開く。

 

「今日は四名……半分以上とは、衝撃的だな」

「キシシシ! "九蛇姫"はいねェのか? 恐ろしいほど華がねェ……!」

「ゾンビにでもするつもりか? 趣味の悪ィ奴……!」

「テメェにだけは言われたくねェよ、ドフラミンゴ!」

 

 俄に騒ぎ始めるモリアとドフラミンゴ。黙っているが止めもしないジンベエと、我関せずという風に葉巻を吸うクロコダイル。

 ジルダは部屋の隅で、てんでバラバラな彼らを見ていた。

 無法者達に顔を顰める者もいれば、呆れる者もいる。その中で、緊張も恐怖もなく敵意もない、感情が抜け落ちた顔で佇むジルダは、不運にも目立っていたのかもしれない。

 

「フッフッフッ、見ろよモリア。"海賊女帝"には敵わんだろうが、若ェ女もいる」

 

 そう言って、ピンクのファーを着た男、ドフラミンゴがジルダを指差した。

 つるが鋭く、ジルダの方を見据える。

 ジルダは何を言うこともなく、自分の名を呼んだドフラミンゴを見つめていた。その顔には緊張の一つも浮かばない。しかし、自分の意思に反して手が動こうものなら、驚くのが人間というものである。

 

「……!!」

「フッフッフッ! ガキじゃねェか……海軍は万年人手不足だなァ。それかストリッパーでも呼んだか?」

 

 いつの間にかジルダの体は制御を失っていた。赤い港(レッドポート)で感じたような、威圧感によるものではない。もっと直接的に、何らかの方法で自分の体は操られている────彼女は瞬時にそこまで判断を巡らせたが、状況の解決には足り得ない。

 対処できずにいるうちに、ジルダの手は正義のコートを払い落としていた。そのまま、その手はシャツの第一ボタンにかかる。

 

「……なっ、お前さん、何をして……!」

 

 ジンベエが思わず声を上げる。ジルダは自分の意思に反して、会議室で服を脱ぎ出すという行為に及んでいた。当然、ドフラミンゴのイトイトの実の能力によるものだが、糸が見えない今では狂人の所業にしか見えない。

 ジルダに注目が集まる。彼女の肌が晒されていく状況に、咄嗟に目を伏せる者もいた。

 

「フフフ! 嬢ちゃん、随分────」

 

 ドフラミンゴが言葉に詰まる。若い女がこんな屈辱に耐えられるはずがない。泣き喚くか叫ぶか、羞恥のあまり卒倒するか……彼はそうタカを括っていた。

 しかし、ジルダはドフラミンゴを見ていた。透明な瞳で、ジッと彼を見つめていた。表情は歪まず、顔が赤くなることもない。最後のボタンを外し胸元が露わになっているにも関わらず、彼女はドフラミンゴから目を離さなかった。

 

「成る程、胆力はあるようだ……」

 

 ジルダの手が自身の腰に添えられた時、一つの声が水を打ったように会議室に染み込んだ。

 

「おやめ……! ドフラミンゴ、調子に乗りすぎだよ」

「……仕方ねェなァ」

 

 ドフラミンゴは厳しいつるの言葉に従い、フツリと糸を切った。その瞬間、ジルダの体は崩れ落ちる。慌てたように、数少ない女性の海兵がジルダを取り囲んだ。

 

「大丈夫かい!?」

「……なんてひどい……!」

 

 彼女らの目に、ジルダは"辱めを壮絶な胆力で乗り切った若い海兵"として映っていた。だからか、慰めるあまり彼女達は気がつかなかった。

 ────ジルダの手が、剣の柄にかかっていることに。

 体の自由を取り戻したジルダは、すくっと立ち上がった。シャツのボタンも留めないまま、あまりにも堂々と。痴女同然の格好だが、ジルダは気にも留めない。留めることができない。

 彼女はドフラミンゴに向かって、一二歩踏み出し、駆け出した。そして目にも止まらぬ速さで抜刀する。

 ────会議室が騒めいたのは、ジルダとドフラミンゴが一太刀交えた後。彼女の剣を、ドフラミンゴが武装色で弾いた後だった。

 

「フッフッフッ! 意外に血の気が多いじゃねェか!」

「────大将"赤犬"より……"危害を加えられたら反撃するように"と仰せつかっています」

 

 『今までたァ毛色が違うが、励むように。それと、何かありゃあしっかりやり返せ……!』

 ジルダの頭に響いていたのは、徹頭徹尾サカズキからの命令である。羞恥や屈辱などもってのほか。"命令の通り、危害を加えられたから反撃しなければならない"その一点だった。

 しかし、彼女が無事でいられたのは先制を取っていたから。この後は、実力不足のジルダには荷が勝つ世界である。

 

「"覇気"も使えねェ雑魚が……!」

 

 空気を撫でるように、ドフラミンゴが腕を振る。鋭く研ぎ澄まされた糸がジルダを襲う。彼女には見えないが、死の予感を感じるには十分である。

 ────命令は守れた。剣を弾かれ糸が眼前に迫る死の側で、彼女の脳裏に浮かんだのはそれだけ。

 糸がジルダの胸を裂く直前、彼女は突然体勢を著しく崩した────否、腰の辺りを引っ張られた。

 何か、肌にザラザラとしたものが触れている。

 

「砂……?」

 

 ジルダの腰を引っ張ったのは、黄金に輝く鉤爪だった。これまたいつの間にか、ジルダの胴体に引っ掛けられている。

 

「クク、クハハハハッ、血の気が多いのはどっちだ。鳥野郎!」

 

 ジルダを窮地から救った張本人、サー・クロコダイルは椅子に座って大仰に笑う。

 スナスナの実を食べた自然系(ロギア)の能力者である彼は、飛ばした義手をジルダごと己の手に取り戻した。必然的にジルダは彼に抱えられることになるが、当の本人は未だ呆気に取られている。

 

「フッフッフッ……そういうのがタイプか。鰐野郎」

「ぬかせ。お前が心底嫌いなだけだ」

 

 場は膠着状態に陥った。クロコダイルとドフラミンゴは睨み合いを始め、ジルダはもがく事なく大人しくクロコダイルに抱えられている。

 ふと、クロコダイルは戦利品(・・・)に目をやった。あれ程大立ち回りをした女が、一体どんな目で自分を見ているのかが気になったからだ。ドフラミンゴに向けたような冷徹な目か、今度こそみっともなく泣き腫らしているか、海賊に助けられるという屈辱に怒りを覚えているか……。

 そのどれでもない。ジルダは、クロコダイルの腕の中で震えていた。赤い港(レッドポート)の時と同じく、体が言うことを聞いていない。そんな哀れなジルダに気がついたのは、クロコダイルのみ。

 

「────気は済んだか。馬鹿ども」

 

 膠着した場を威圧感が包む。センゴクは怒りこそしないが、これ以上暴れるなら強硬手段に出ることをはっきりと示していた。

 ドフラミンゴはため息を吐き、奔放に足を投げ出して着席する。

 クロコダイルはジルダを手放す直前、未だ震える彼女に小声で囁いた。

 

「(いいか。もう少しの間、しっかり立ちやがれ。アイツにみっともねェとこ見せんじゃねェよ)」

 

 返事をする間も無く床に投げ出されたジルダは、言いつけ通り震えを堪えてゆっくりと立ち上がった。ようやっと剣を納刀する。シャツも髪も乱れたままだが、それはさしたる問題ではない。

 

「そこの海兵。名前と階級を」

「ウルバル・ジルダ。階級は中佐です」

 

 その言葉にセンゴクが目を見開く。だがすぐに平静を取り戻した。その様子の変化に気がついたのは、中将つるだけだった。

 

「追って処分を言い渡す。退室しなさい」

「承知しました」

 

 頭を下げ、ジルダは真っ直ぐ扉に向かった。見かねたつるが部下に指示を出す。

 

「ギオン、付いておあげ」

「えっ、は、はい!」

 

 ギオンはジルダの正義のコートを抱えて、彼女と共に退室する。

 パンゲア城の廊下は明るい。その光はジルダの肌を照らすばかりで、誰も慰めることは無い。

 

「ちょっと、アンタ! 何してんだい、全く! 斬りかかるだなんて……肝座ってるねェ!」

 

 尋常じゃないことがあったにも関わらず、尋常にきびきびと歩くジルダに、ギオンが励ますように話しかけた。ギオンは未だシャツを直す様子がない彼女に正義のコートをかける。しかしその気遣いにも、言葉にもジルダは反応しない。

 ジルダは暫く歩いた後、突き当たりの廊下でぴたりと止まった。

 

「……大丈夫かい? 酷い目にあったね。まだ若いのに……」

 

 数秒、ジルダが俯き─────そしていきなり、電池が切れたように倒れ伏した。静かなパンゲア城の廊下に、ドサッという音が響く。

 

「え、えぇ!? ちょっと! なんで急に……! しっかり!」

 

 倒れ伏す直前、その刹那。ジルダの耳の奥にはクロコダイルの"言いつけ"が残っていた。瞼の裏には、輝く金色も。

 久しぶりに夢を見たような、または夢の中のような感覚に囚われながら、ジルダは意識を手放した。

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