砂漠の王が"現代兵器"を手に入れるまで   作:Nattsu_ひよこ豆

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クロコダイルがあんまり出てきません。


2.Talk to Me

 

 

 ジルダはサカズキの執務室の扉をノックした。今日はサカズキを通して、"聖地"マリージョアでの失態に対する処分を通達される日である。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 あの後、ギオンに介抱されたジルダは程なくして目を覚ました。その時点ではまだ会議は終わっておらず、ジルダはギオンを会議室へ戻そうとしたが、結局二人はその後をパンゲア城の庭園で過ごした。

 

「しかし、ご迷惑になります」

「いいんだよ。あんな会議、碌に進みもしないんだから! それよりお前さんの方が気になるよ。災難だったねぇ……」

「いえ……お気遣いありがとうございます」

「しっかし"天夜叉"の奴……! あんな野郎ッ七武海じゃあなければ、おつるさんがすぐとっちめるってのにさぁ!」

 

 ジルダは自分よりも憤るギオンを眺めるばかりだったが、その態度に気遣いがあることに気づいていた。今の彼女は共感性を欠かしているが、声色や言葉で好意的かどうかは判断できる。

 ギオンは艶やかな黒髪を揺らしながら、反応の薄いジルダ相手に様々な話を熱弁してみせた。世間話から仕事の愚痴、休暇にオススメの島、使っている化粧品……殆どがジルダと縁遠いものだったが、彼女は相槌を打ちつつ、穏やかに話を聞いていた。

 慰めても"いえ……"としか返せないジルダには、気を逸らすようにまるきり別の話をする方がマシと言える。ギオンはそういった心遣いに長けている海兵だった。

 

「あらっ、うちばっかり喋っちまって。済まないね。ちょっとでも気晴らしになりゃイイんだけど」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「……しっかりしなよ。そりゃお前さん、何にも無しじゃ済まないだろうけどさ。クビとかナントカ言われちまったら、うちとおつるさんがセンゴクに馬鹿野郎って言ってやるから! "ジルダがクビならドフラミンゴもクビじゃなきゃオカシイだろ!"ってね」

「そう……なんですか?」

「そうに決まってるだろ!」

 

 ジルダの顔は相変わらず能面のようだったが、ギオンには少し雰囲気が弛んだように感じられた。 

 パンゲア城の庭園は華美かつ健やかで、ジルダが座ってただ芝を眺めている様は、この世界では希少な"平和"そのものだった。本来ならこういった風景が似合う少女なのだ────ギオンはジルダの幼い顔立ちを見て痛ましく思う。

 潮の匂いがしない風を浴びながら、彼女らは長閑な時間を過ごしていた。

 

 時間が経ち、ジルダは海軍本部へと帰投した。他の海兵から白い目と密語を背中に浴びながら。

 一度だけ、ジルダは遠くからクロコダイルの姿を見留めた。他とは一つも二つも頭抜けたその体は遠巻きでもよく見えた。

 

「(……お礼を申し上げていない……)」

 

 自らの非礼に気付いたは良いものの、時すでに遅し。クロコダイルはボンドラに乗って降下するところだった。このまま赤い港(レッドポート)から拠点であるアラバスタへ直接帰るのだろう。ジルダはアラバスタへの護送の任は受け持っておらず、そもそも退室を命じられた時点で任務を外されていた。そのため、彼と会話する機会はもう無い。

 いつか機会があれば────と思えど、ジルダにそのチャンスがあるかは分からない。この後どんな処分が下るか予想がつかないからだ。

 気紛れだろうが助けてくれたこと、震えている自分に気付かれたこと、しっかりしろと言われたこと。それらがジルダの思考にしこりを産んでいた。どうして、という疑問が尽きずにいる。それはジルダにとって新鮮な体験だった。どうにも、忘れられないような。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ────そして今に至る。ジルダが戸をノックをして返事を待っていると、中からはサカズキのものではない、凛とした老女の声が聞こえた。

 

「来たね。元気そうで何よりだよ」

 

 重厚な扉の先にいたのは、中将つるであった。デスクにサカズキは居らず、彼女はレストスペースであるソファーで煎茶を飲んでいる。

 

「つる中将。申し訳ありません、予定時刻を────」

「合ってるよ。取り敢えずこっちにおいで。お菓子もあるから」

 

 言われるがまま、敬礼をやめたジルダはつるの真向かいに座る。確かにつるはジルダを待ち構えていた。その証拠に空の湯呑みが一つある。おかきがどっさり入った木のボウルもあった。

 急須からお茶を注がれる。湯気の立ったそれは、気安く差し出された。

 

「どうぞ。熱いから気をつけて」

「いただきます」

 

 彼女は煎茶を一口含んで、熱さと苦味と仄かな甘みを飲み込みながら、つるの言葉を待った。サカズキが居ないのなら、彼女が代理で処分を通達するだろうと踏んでいたからだ。

 

「こうして話すのは初めてだね」

「はい。ウルバル・ジルダと申します。中将、遅ればせながら中佐への推薦、心から感謝申し上げます。今回の任務も、中将が取り計らってくださったと聞きました。ご期待に添えず、大変申し訳ありませんでした」

「おやまあ、随分堅っ苦しいね。頭をお上げ」

 

頭を下げるジルダに、つるは朗らかに笑う。ジルダは背筋を伸ばして真っ直ぐに彼女を見つめた。窓越しに差す初夏の光が、チカチカとジルダの瞳を照らした。

 

「ギオンから聞いたよ……。あの後、倒れたんだってね。怪我はなかったって聞いたけど、本当に大丈夫なのかい?」

「はい。サー・クロコダイルの救助のおかげで無傷です。中将がドンキホーテ・ドフラミンゴに対して静止を要請してくださったおかげでもあります。ありがとうございました」

「すぐに助けてやれなくてすまなかったね」

「? 今回の失態に中将は無関係です。謝罪の必要は無いはずです」

 

 つるは目を伏せて煎茶を口に含んだ。飲み下してからふぅ、と吐かれた溜め息はやるせなさの象徴だったが、ジルダにそれが伝わることはなかった。

 

「……それでも、さ」

「そうですか」

「(通りで……。モモンガ(あの子)が随分と必死だった訳だ)」

 

 顔を合わせることこそ初めてだったが、つるはジルダのことをモモンガから何度か伝え聞いていた。

 二年ほど前────ジルダが休職する前は、随分嬉しそうに語っていた覚えがある。「飲み込みが早い」と自慢げに話したと思えば、「次は何を教えるべきか」と悩ましげに相談してくることもあった。時には「年が離れ過ぎていて何を話したらいいか分からない」などと真面目に言うものだから、ついつい笑ってしまったこともある。

 ジルダが休職してから、モモンガは「休職の理由も彼女の行方も分からない」────落ち込んだ顔で、そう溢した。それきり、ジルダのことは口の端にも上がらなかった。

 そして、悲痛な顔で彼女の様子を見てほしいと嘆願されたのが最近。

 

「(サカズキも危険な事をする。こんな子に『しっかり反撃しろ』なんて言えば、どうなるか分かってただろうに)」

 

 モモンガからの嘆願。そして七武海護衛任務を薦めた身として、つるはジルダをかなり気に留めていた。お節介を焼くのは老人の特権だが、どうにもそれが通用する相手ではないと考えを改める。つるは気を取り直して、本題に進んだ。

 

「とりあえず、お前さんの処分のことだがね……」

「はい」

「うーん、どうにもね。有耶無耶になりそうだよ」

「……うやむや」

「有耶無耶」

 

 よっこいせと、つるはおかきを摘んだ。そして器ごとジルダに差し出す。彼女も真似をするように一つ摘んで噛み砕いた。普段飲んでいる「抑制薬」を思わせる硬さに、存外大きな音が彼女の口内に響いた。

 

「美味しいだろ。センゴクの所からかっぱらってきたおかき」

「……よろしいのですか?」

「いいんだよ。アイツ業務用をしこたま買い込んでるから気付きやしない」

 

 薦められるがままおかきを口に入れたジルダだったが、彼女は誤魔化されない。真っ直ぐにつるを見つめて、次の言葉を待つ。「有耶無耶」なんて処分ではどうしたらいいか分からないからだ。ジルダには指標が必要だった。彼女は命令に従順なあまり、命令という指標がないと途端に木偶の坊になってしまう。

 

「中将、詳しい説明をお願いしてもよろしいでしょうか」

「うん。まぁ────説明が必要だと、私も思う。思うんだが……まぁ〜なんとも情けないというか大人気がないというか……」

 

 口籠ったあと、呆れたようにつるは言った。

 

「……喧嘩してんだよ。アイツら」

「アイツら、とは」

「センゴクとサカズキさ。どうにもセンゴクはお前さんに謹慎処分を下そうとしたらしいが、それにサカズキがそんな必要はないと猛反対! 昨日から大喧嘩してるよ。辛うじて手は出てないけれどね」

 

 手をひらひらと振り、お手上げな様子のつる。もしジルダに一年前のような情緒があったならば、困惑と申し訳なさでいっぱいになっていただろう。自分の預かり知らぬところで、海軍のトップと最高戦力が自分について喧嘩しているなど信じる方が難しいという話である。

 

「大将が私を庇っておられるのですか」

「当たり前だろう。あの子の指示をお前さんが守った結果だからね」

 

 ジルダはサカズキが自身の失態を許すはずがないと考えていた。結局、すり傷一つ刻めなかったこと(・・・・・・・・・・・・・)を咎められるのだと。喧嘩なぞ想定外も想定外である。

 ぼんやりテーブルを眺めるジルダに、つるは何か口に入れるよう勧める。彼女の背にかかる正義のコートはやけに重そうに見えた。

 

「遠慮は要らないから。どんどん食べな。それとも苦手だったかい?」

「いいえ。食べられます」

「そうかい」

 

 おかきを摘み、煎茶を口に含むジルダ。慇懃無礼一歩手前の態度とは裏腹に、緊張感が欠如している彼女の面持ちがアンバランスで、つるは不思議なものを見ている気分になった。

 

「(不思議といえばセンゴクもだ。マリージョアでの、あの動揺……。もしかしたら、私の手には負えないかもしれない)」

 

何かがジルダを取り巻いていることはわかる。それに多くはないが周囲の人間も戸惑っている。彼女とセンゴク、サカズキの沈黙に何かが隠されている……しかし、その秘密の輪郭すら掴めない。

 つるが見たジルダは、真っ白そのものだった。彼女が好む清らかな白ではなく、家具のない部屋のような、違和感のある白。そこに至ってしまった少女を哀れに思いながら、つるは書類を一枚を差し出した。サカズキからの指令書だ。

 

「多分、これから仕事が増えるくらいで済むよ。お前さんはね。おや、こう言うと謹慎の方が軽い罰に聞こえる。そっちの方が良かったかい?」

「私は決定事項に全面的に従います」

「懲戒免職でも?」

「はい」

 

 強がりなんかではなく本当に彼女は文句を言わないのだろう。つるは顔を合わせたばかりだが、彼女を少しでも知っていれば容易に想像がつく。

 

「お前さんはそうでも、サカズキは違うだろう。ご覧、もう次の仕事が決まってある。……随分遠い。"ローグタウン"かい」

 

 つるは指令書をジルダに突き出す。反射で受け取ってしまった彼女は、軽く内容に目を通した。

 

「ふふふ……私にとっちゃ、どっちも可愛い"いい子"だが……真面目さを買われてるんだね、お前さん。"監査"だって」

 

 問題を起こした者が、海軍支部の監査などちゃんちゃらおかしい話だ。"通常であれば"だが。

 

「……私では不適格です。仮にも謹慎処分を受ける筈だった私では────」

「まぁまぁ。これは気遣いだよ。ほとぼりが冷めるまでお前さんを本部から離しておきたいのさ」

 

 確かに、ここ最近のジルダはより一層孤立していた。七武海に斬りかかったという"噂"はとうに広まっている。

 

「監査なんて形ばかり。この"ローグタウン"に限ってはね。あの子がちゃんとやっているのは検挙数を見れば分かりきったことだし……"野犬"は誰にも御せないものさ」

 

 僅かに呆れを含んでいるが、誇らしそうに笑うつる。その悪戯っ子のような笑顔の理由をジルダが理解するのは、ローグタウンに到着した後のことだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ローグタウン。ここは始まりと終わりの町。"海賊王"ゴールド・ロジャーが生まれ、死んだ町である。

 彼の処刑を以て大海賊時代は始まりを告げた。十五年前のあの日から、混迷は未だこの海を覆っている。

 ジルダは人混みの中で、最早名所と化した"死刑台"を見ていた。何も感慨に浸っているわけではない────"海賊の聖地"に海賊が集まるのが道理であるだけだ。

 後ろにいる一般兵に、彼女は一方的に話しかける。

 

「右前方、頬に傷がある男。賞金首です。捕らえます」

「え……は、はい!」

 

 人の波を掻い潜り、ジルダは素早く賞金首との距離を詰める。正義のコートを羽織っていない彼女は、ただの少女にしか見えないだろう。

 この人混みで大太刀は振るえない。男がピストルを持っているのを見留めたジルダは、わざと背中にぶつかった。

 

「イッテェな、どこ見てんだ!」

「……すみません」

 

 ジルダはスッた(・・・)ピストルを振り返った男の腹に突きつける。肝臓のあたりに覚えのある冷たい鉄を感じた男は、顔を青くして動きを止めた。

 

「海兵です。"鉄砲玉のトレヴァー"、賞金一千万ベリー……。連行します。動けば撃ちますよ」

 

 突きつけられた銃は静かに、確実にプレッシャーを与え続ける。ジルダの無表情もそれに拍車をかけていた。

 しかし、その勧告を素直に聞くような奴は賞金首にはならない。暫く怯えて震えていたトレヴァーが、上げていた両手を下ろして激昂し始める。

 

「その……その名を呼ぶんじゃねェェーーッ、ガキが! この俺をッ、俺を"鉄砲玉"って呼ぶ────」

 

 乾いた音が広場に響く。トレヴァーは腹を抑え、石畳に倒れ伏した。

 こんな甘っちょろそうな海兵は撃てない、ましてや人混みの中では────トレヴァーはそう踏んでいた己を恨んだ。動きを封じるために、ジルダは次いで両脚に一発ずつ撃ち込む。

 

「カハッ……グゥッ……!」

 

 民衆は迅速に場を離れていく。この町ではある程度、発砲沙汰も起こるのだろう。

 

「トレヴァー!!」

「テメェよくも!」

 

 離れて輪を形成していた民衆の中から、ガラの悪そうな男達が飛び出してくる。その顔に覚えはなかったが、トレヴァーの仲間だろうと判断したジルダは剣の柄に手をかけた。

 ここまで離れてくれれば大太刀も振るえるだろう────だが『牲』が抜刀されることはなかった。

 剣を振り上げた彼らを、意志を持った"煙"が絡めとる。

 

「────ちったァ大人しくできねェのか、お前は!」

「スモーカー大佐。ご助力感謝します」

「黙れ! おい、手錠持ってこい!!」

 

 海軍本部大佐"白猟のスモーカー"。このローグタウンで、次々と海賊を検挙する優秀な海兵である。その反面、上官からの命令無視も目立つため"野犬"とも揶揄されている男だ。モクモクの実を食べた悪魔の実の能力者である彼は、その実の性質から拿捕を得意としている。

 ジルダは数日前から"定期監査"という名目でローグタウンに訪れていた。スモーカーが問題児であるのは上層部も知るところで、度々本部の海兵が監査に来ることになっている。ジルダも間違いなくスモーカーとどっこいどっこいの問題児なのだが、どうも指令を出したサカズキはそうは思っていないようだ。

 トレヴァーに手錠がかかる。この後、派出所へ運ばれ止血処置を受けるだろう。

 それを見届け、同じように基地へ戻ろうとしたジルダをスモーカーが問い詰める。

 

「テメェ……どういう了見だ! 港で海賊船が爆発したと思ったらお前、八百屋で刃傷沙汰があったと思ったらお前、酒場で女が暴れ始めたと通報があったと思ったらお前! 全ッ部お前だ! 住民に顔も覚えられてねェのに暴れるから通報件数が爆増だバカ!!」

「そのようですね。大佐、押収した銃です。弾倉には三発入ってます」

「……!!! いい度胸だなァ……!!」

 

 人相が悪く、その人相に違わぬ厳しさを持っているスモーカーは周りの海兵に畏怖の念を持たれていた。それが十七の少女に怒鳴っているものだから、側から見ていて肝が縮む思いである。当の本人は無表情でケロッとしているが。

 発砲音を恐れた民衆のように、スモーカーを恐れた海兵は輪を形成して彼らを見守っていたが、そこにまた少女が飛び込んでいく。

 海軍本部伍長、たしぎだ。

 

「ス、スモーカーさんっ、海賊は……!」

「遅いぞたしぎ!! 何してた!」

「ごめんなさいっ、眼鏡を落としてしまって……」

 

 若い女子に囲まれるスモーカーが羨ましいやら恐ろしいやらで未だ輪を崩さない海兵を押し退け、ジルダは派出所への帰路に着く。たしぎを叱り始めたスモーカーを見て、もう用がないと判断したからだった。

 

「あ!? おいッ、テメェ……チッ、行っちまいやがった」

「ジルダ中佐……今回も彼女が?」

「あァ。急に発砲したと思ったら賞金首にバカスカ撃ってやがった」

「……すごいですよね。同い年なのに、私なんて全然……!」

 

 同じく十七歳、そして剣士であるたしぎにとって、ジルダは羨望の的だった。ローグタウンに来てからは騒ぎばかり起こしているが、出遅れる自分よりはずっとマシだ────たしぎはそう考えている。そもそも、暴挙の数々も海賊を捕らえるためなのだからと。

 

「あそこまで協調性がねェと、良い海兵とは言えねェよ……」

「それは────」

 

 ───スモーカーさんが言えたことなのだろうか───そんな疑問を飲み込んで、たしぎもまた帰路に着く。

 

「(でも確かに、ジルダ中佐は命令に従ってはいるけど……。協調性が無いというより、なんだか私達がその頭の中に無い様な……)」

 

 抜くことのなかった業物『時雨』を抱えたたしぎの足取りは、どこか重いものだった。

 

 

 

 

 

 

 ローグタウンの夕暮れは騒がしい。海軍派出所の中も変わらず騒がしいが、たしぎにはジルダの周りだけが何故か静謐に見えた。

 その静謐を破るのが惜しく、たしぎは尻込みしたが勇気を振り絞って声を出す。

 

「あ、あのっ、中佐!」

「はい」

「突然ごめんなさい。あ、あああのっ、是非お話をしたいなと思いまして……あっ、勿論時間がおありでしたら……!」

「……何故ですか?」

 

 それはジルダにとってただ要件を尋ねたに過ぎなかったが、緊張しきっていたたしぎには威圧的に感じられた。だが、一度勇気を振り絞ったなら絞り切るしかないのだ。

 

「何故っ……け、見識を深めたいと言いますか……その、中佐と私は同じ年齢だとお聞きしました。ですから、お互い楽しくお話ができるのではないかと……思いまして……」

 

 拒否も許諾も表さないジルダに、たしぎはどんどん声が小さくなりながらも、言い切ってみせた。ジルダは逡巡した後、派出所にあるレストスペースを指差す。

 

「そういうことでしたら、あの場所が適切ではないかと思います」

「……い、良いのですか?」

「はい。業務は終了しましたから」

 

 剣を携えソファーに腰掛ける少女達。お茶も無く、茶会とも言えない有様だったが、男所帯の派出所において、そこは花園となった。

 たしぎがアガりながらも質問し、ジルダが冷静に答える、というやりとりが何度か続いた。まずは『牲』のこと、次に剣の師のこと、本部ではどんな風に過ごしているのか────。やりとりを重ねるうちに、たしぎは気が付いた。表情のない顔に囚われがちだが、ジルダはただそこに居るだけでは無いのだと。

 声色からも喜怒哀楽は判断できないが、ちゃんと言葉を紐解いてみれば質問に過不足なく答えてくれる。話を聞いてくれている証拠だ。ちゃんと目を見て、こちらに真っ直ぐ姿勢を向けて話を聞いてくれている。

 ただそれだけが、たしぎにとっては嬉しかった。たったそれだけが────"若い女海兵"というだけで、満たされない時もある。たしぎも、かつてのジルダもそんな苦しい体験があった。

 

「────やっぱり、その時もダメダメで……! 眼鏡も割れちゃいました。これ、二十本目なんですよ。多すぎますよね! って、すみません。こんな話を……」

「いいえ。お話をしてもらえるというのは、大変貴重なことです。私にとっては……ですが。どれも聞き溢してはならないお話でした。伍長」

 

 "聞き溢してはならないお話"────ジルダなりの褒め言葉だろうと、たしぎは解釈した。

 受け止めてくれる人がいる。それも、同じ年で中佐まで昇り詰めた人が。それだけでたしぎには救いだった。ドジばかりで叱られてばかりの自分でも、努力を重ねればこんな風になれるのではないかという希望を持てること。確信でも、予感でもない。無力感の中に星のように光る"希望"がたしぎには嬉しくてたまらなかった。

 眼鏡を上げ、滲んだ涙を指で掬い取る。レストスペースを夕闇が包んでいたからか、ジルダは何も言わなかった。

 

「もう、日が暮れちゃいますね。付き合ってくださってありがとうございました。引き留めてすいません」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 お互いに頭を下げレストスペースを離れる。十数分の話だったが、たしぎから緊張は消え、ジルダから静謐は取り払われていた。

 

「あれ? 眼鏡どこだろう?」

「……頭の上にありますよ」

「あ! あぁっ、本当だ! すみません……!」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 そうしてジルダがローグタウンで過ごすこと、七日目。今日をもって"定期監査"は終了となる。とは言え、つるの言う通り"監査"とは名ばかりで、ジルダは実働部隊として働き詰めだった。

 今日の任は巡視船に乗り込み、ローグタウンを目指す海賊を検挙すること。天気は快晴、微風、波は穏やか────航海にうってつけだからこそ、無法者共も増えるというもの。

 いつものように葉巻を吸いながら、スモーカーは暇そうに雲の数を数えていた。最近は骨のない奴ばかりで、持て余しているばかりなのだ。

 その緩んだ空気も、海兵の報告で一気に引き締まる。

 

「15時の方向に海賊船が!」

「追え。戦闘準備!」

「はっ!」

 

 ジョリーロジャーを掲げた帆船は、自身に近づく船影に気づくのが遅れたようだ。気づいた頃には、巡視船団に囲まれ逃げ場がなくなっていた。

 スモーカーが声をかける前に、海賊達は慌ただしく砲弾を大砲に詰め始める。銃を構えるのも目視できた。

 敵方の人数は五十人以上。名もないため敵構成、船長も不明。だが、それに怯む海兵ではない。

 

「向こうも準備万端の様だ……」

 

 フー……とスモーカーが煙を吐く。それが開戦の狼煙となった。

 

「行け! 野郎共ォ!!」

「────全員縛り上げろ!!」

 

 船が衝突する。接した部分を伝って、お互いがお互いの船に乗り込みあった。ジルダは先陣を切って海賊船に乗り込み、たしぎもそれに続く。スモーカーは場所に縛られない自然系(ロギア)の能力者であるため、強力な遊撃隊として海賊の拿捕を始めた。

 

「銃が効かねェ! バケモンだッ!」

「能力者を見るのは初めてか? 雑魚共……!」

 

 スモーカーが次々と海賊を捕らえる一方、ジルダとたしぎは一人一人切り倒しては海賊船の奥の方へと侵入しようとしていた。

 

「女だ! 傷つけるな、捕まえてそんで────ぎゃああっ!」

「────失礼な人……!」

「…………」

 

 たしぎの前にくずおれる男。彼女が息荒く男の背を見つめていると、その上に誰かの片腕がボトンと落ちてきた。ジルダが刎ね飛ばしたのだ。

 

「きゃあっ、腕!?」

「立ち止まっていると斬られますよ」

「あ……ごめんなさい」

 

 誰の目にも明らかに、海軍が海賊を圧倒していた。最弱の海と謳われる東の海(イーストブルー)で、純粋に力で海軍を押し止められる方が少ない。

 海賊達の罵声が少なくなり始めた頃、船内に侵入していたたしぎが、ピタリと立ち止まった。

 

「子ども……?」

 

 開け放たれた船室の前に、幼い男の子が立ちはだかっていたのだ。まるで自身が扉だとでも言うように、大きく腕を広げている。

 

「……行かせないッ。入んないで、お姉ちゃん!」

「どうしてこんな所に……! 僕、どうしたの?」

「お母さんとお父さんを殺さないで!」

「え────」

 

 子どもの言う通り、船室の奥には意地汚く震えた一組の男女がいた。父親と思われる男は銃を構えている。────銃口は、子どもに向いていた。

 

「ああ、そうだ。いいよエリク! そのまましっかりお立ち!」

「殺せねェよなぁ! ただ海賊の子に生まれただけの罪の無ェガキは……そうだろ!? "正義の味方"さんよぉ!」

「……卑劣な……!」

 

 その騒ぎに、手の空いた海兵達が駆けつける。ジルダとスモーカーも同様に。

 

「誰か一人でも何かしたら撃つ! エリク、お前もだ!」

「ひィっ……」

 

 父親の威圧的な言葉に、エリクは怯えて涙を流し始めた。体を震わし、しゃくり上げているが広げた腕を下ろしはしない。

 

「殺さないで……! ひっく、お母さんと、お父さんを……殺さないで……」

 

 十にも満たない男の子を犠牲にして男と女を捕縛するなど、誰もの信条が許さなかった。その上その子自身に"殺さないで"と泣きながら嘆願されては手も鈍る。現にたしぎは戦意喪失していた。剣を構えもせず、青ざめながらエリクを見つめている。彼の両親は、上手くいったとほくそ笑んでいた。

 動きそうにない場の中で、ジルダがスモーカーに囁いた。

 

「(大佐、子どもをお願いします)」

「は? おい、待て────」

 

 海兵の中からジルダが飛び出す。

 

「────退きなさい!!」

 

 壁が震える様な大声で彼女は一喝した。動揺のあまり、エリクの前で視野狭窄に陥っていたたしぎは腰を抜かしてへたり込む。

 その大声に反応し、男が銃を撃った。しかし、スモーカーの方が数瞬速い。煙はエリクとたしぎを飲み込み引き下がらせる。

 スモーカーの体は煙だ。銃弾を溶かすマグマでも、弾くゴムでもない。下手に手を出せば、エリクを保護したとしても弾は煙を通り抜け、彼に傷を負わせていただろう。

 だが、ジルダは間に合った。エリク達の背後に体を滑り込ませたのだ。銃弾が彼女の肩に命中するが、動きを止めることはない。

 

「な、なんで、当たって────」

 

 子どもが自身の背に隠れる様、低姿勢になっていたジルダはそのまま抜刀を始めた。立ち上がりと共に、男と女は斬り伏せられる。目にも止まらぬ抜刀、切り上げ、納刀────居合い抜きである。

 逆袈裟斬りにされた二人は声も上げず気絶した。後方から海兵の歓声が上がる。ジルダには聞こえていた。その中に子どもの泣き声があることも。 

 小さな足音が、ジルダを越えて両親へと向かう。

 

「うわぁあああん……! おかぁさん、おとぉさん゛! ごめんなさい、ごめんなさい゛! だから死なないで……!」

 

 母の胸に縋りつき、顔を血で真っ赤にしたエリクはジルダを睨んだ。彼女はそれを見つめるばかりで、何を言うこともない。

 

「クソ、クソォっ……なんでだよッ、殺さないでって、言ったじゃんか!! 酷い、ひっく、酷いよ!!」

 

 軽い拳を必死に握り締め、ボコボコとジルダを殴るエリク。彼女は身じろぎもせず、それを甘んじて受け入れていた。

 やがて、エリクは暴れながらも一般兵に保護され、連れて行かれた。両親にもまだ息はある。運が良ければ親子三人、また日々を暮らせるだろう。それがエリクにとっての幸せかは分からないが────。

 たしぎは、連れていかれるエリクを見るジルダの表情を見ていた。いつもと変わらぬ無表情だが、返り血のせいだろうか、どこか険しい様に見えた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 後処理が進む巡視船で、たしぎはジルダを呼び止めた。未だに血の気は引いているが、その顔は意志に溢れている。

 

「中佐、どうして……! 子どもの前で、親を斬るなんて……!」

 

 たしぎの叫びは、激昂でも非難でもない。どこまでも情けない自分への呆れだった。こんなことを言う資格が無いのは、自分が一番わかっている。けれど────。彼女と私は同じ十七歳である……そんな意識がたしぎに口を開かせていた。

 

「何か、何かあったはずです! あの男の子の心に傷をつけない方法が、中佐を憎ませない方法が────」

 

 ────その方法を見出すために、自分が強くなければいけなかった。二人では無理でも、三人でなら取れる行動はいくらでもある。戦力になれなかった自分に、何も言うことはできない────それが分かっているからこそ、たしぎは涙を流しながら続けた。

 

「どうしても、親を斬らなければならなかったんですか……!」

 

 子どもを助けるために、子どもに絶望を味わわせねばならない。ならその行いは、せめて、正義に則っていてほしい。それは懇願だった。"貴方程強くなれても、そうせざるを得ないのだろうか"という、必死の問いだった。たしぎはジルダに祈っていたのだ。

 だが、その胸の内をジルダは拾えない。

 

「何故、任務よりも子どもの心情を優先しなければならないのですか?」

「……そんな────。ですが、中佐!」

 

 つい、たしぎはジルダの肩を掴んでしまった。その瞬間ジルダは体をこわばらせる。たしぎは返り血で、彼女が撃たれていることに気がついていなかったのだ。痛みにも、ジルダの表情は対して動きやしない。

 

「撃たれて……! ごめんなさいっ、今すぐ治療を!」

 

 たしぎの申し出をジルダは固辞する。

 

「結構です。たしぎ伍長、貴方にはやるべきことがあるはずですが」

 

 それまで真っ直ぐたしぎを見つめていたジルダの瞳が、チラリと海賊船の方を見た。その視線の先には泣き叫ぶエリクがいる。海兵達は子どもをあやすのに慣れていないようで、構ってはより一層彼を泣かせていた。

 

「あ……」

「私では不適格です」

 

 そう告げた後、ジルダは一人船室へと入っていった。おそらく治療を受けるのだろう。

 たしぎは涙を拭い、エリクの下へと走った。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 巡視船がローグタウンへと帰港する道中、スモーカーは葉巻を吸いながら海を見つめていた。見回りもそうだが、思い出すのはジルダの無茶な行動だった。

 子どもにとっては、最善だった────その筈だ。だが、もっと、もっと何かできた筈。誰も、ジルダも傷つかない方法が。

 海兵になるということは、その身に"最善の手段とは何か"を問い続けるということである。スモーカーもそれに違わず、己の正義と力に問い続けていた。

 たしぎが船室から姿を現す。その眦は赤かった。

 

「子どもは」

「泣き疲れて寝ちゃいました。ローグタウンに着くまで起きないと思います」

「そうか……」

 

 スモーカーはたしぎに一瞥も送らなかったが、拳を握り締め悔しげな表情をしていることはありありと想像できた。達観せず、出来なかったことを悔やみ続ける。それがたしぎの美徳だ。

 

「何か言いたいなら、さっさと言え」

「……すみませんでした。私、何にも出来ませんでした……!」

 

 頭を下げるたしぎに、スモーカーは問いかける。

 

「ジルダを見てどう思った」

「え……み、見事な救出だったと思います。子どもを傷つける事なく、保護できましたから」

「おいおい、泣きながら"どうしても斬らなければいけませんでしたか"って叫んでたのは誰だ?」

「聞かれてたんですか……! 確かに、そうも思っています。もっとできることがあった筈と。で、ですがそれは私の実力不足のせいです。中佐には、申し訳ないことをしてしまいました……」

 

 たしぎは見る間に落ち込んでいく。皆、自分との隔たりがある人物を見れば落ち込みもする。それが自分と共通点のある奴となれば尚更だ。

 煙を吐きながら、スモーカーは語り始めた。

 

「おれァ、ジルダが十の頃を知っている」

「十歳? そんな小さな頃を……」

「何も知り合いじゃねェ。養成校で何度か見かけたことがあっただけだ」

「養成校……十歳の女の子が……」

 

 海兵達は皆、養成校で基礎を学んでから従軍の道を歩み始める。七年前、スモーカーはOBとして顔を出した際に、当時十歳のジルダを見かけていた。

 

「やけにチビだが強ェ奴がいると思ったら、入学して一年目だと聞いて驚いた。……当時はよく笑ってたぜ」

 

 痛みにも動じないジルダが笑っているところを、たしぎはうまく想像できなかった。笑えていた少女が、何を経験したら笑えなくなるのかも想像の余地がありすぎて掴めない。

 

「お前と仲良くなれそうな女だったよ……数年後、マリンフォードに十五の女海兵が来たって噂が回ってきた。名前を聞けば、やっぱり奴だ。優秀で優しいと評判だった……」

 

 スモーカーは長く煙を吐いた。少しの沈黙の後に、やり切れない声色で唸る。

 

「だがどうだ……! 何があったか知らんが、最早別人。たしぎ、アレはお前が目指す姿の一つかも知れねェが……言っとくぜ、ああはなるな……!」

 

 それはスモーカーなりの、たしぎの路の安全を祈る言葉だった。ジルダは何か、途中で大きな闇に飲み込まれてしまった────そんなことは容易に想像ができる。人一人を食い潰し、尚働かせる闇がある。スモーカーに出来るのは、それに近づかないことだけだった。

 

「……はい……」

 

 たしぎは返事をするしかなかった。彼女に憧れたのも、彼女のやり方を拒否したのも事実。しかしそれが全て、本当の彼女ではないのならば。

 たしぎにはただ、真っ直ぐ海を見据えることしかできなかった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 電伝虫が鳴る。ジルダは大将"赤犬"直通の電伝虫の受話器を取った。

 

「こちら、ジルダです」

『ジルダ。突然ですまんが、次の指令じゃ』

 

 ローグタウンへ向かう巡視船の中、密かにジルダは指令を聞く。

 

『────。早めに伝えとかにゃあ、通りすぎるじゃろう思うてな』

「お気遣い感謝します。承知しました」

『そこにゃあ七武海がいる……! 気ぃつけんさい』

「はい。では失礼いたします」

 

 受話器を起き、電伝虫をバッグに詰める。そしてジルダは" ALABASTA(アラバスタ)"と書かれた永久指針(エターナルポース)を手に取った。

 

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