砂漠の王が"現代兵器"を手に入れるまで   作:Nattsu_ひよこ豆

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4.林檎と鰐の口

 

 

 「…………"今、墓から出てきました"みてェな面してんな」

 

 朝、ゲストルームから降りてきたジルダの顔色は真っ青を通り越して土気色をしていた。目撃したクロコダイルが思わず、そこらのレディに言えば張り倒されそうな事を言うくらいには。

 一方のジルダは貧血による眩暈と頭痛で、クロコダイルの言葉をまともに聞けていない。足元もおぼつかず、今にも倒れそうな有様だった。階段の半ばでふらつく彼女をクロコダイルが介助しに行く。腕を差し出せば、ジルダは冷や汗をかきながらしがみ付いた。最早溺れているような様相である。

 

「おい、どうした」

「……つ……」

「あ?」

「貧血です……」

「はっ、体調管理は基本だと海軍は────」

 

 そこでクロコダイルが思い至ったのは、昨晩のこと。ジルダがダイニングバーに居た為、食事は済ませていると思い込んでいたことをクロコダイルは思い出した。強引に連れてきたうえ、正直なところ尋問している気分でもあったので、ここで食事を振る舞う発想すらなかった。もしかすると自分もその一助かもしれない────根が真面目な彼は口を慎んだ。

 現実を見ているかも怪しい眼を右往左往させながら、なんとか立っているだけのジルダ。一食抜いただけでこうなるとは思えず、貧血の原因は何か探っていたクロコダイルは、腕にしがみ付く彼女の左腕が妙に弱々しいことに気が付いた。

 

「……怪我か?」

「左肩……数日前、治療済み、です」

 

 ジルダの視界には白と黒が瞬き、上下が分からなくなる程に平衡感覚を失っていた。思考もまとまらず片言でしか喋ることが出来ない。何とか声だけは聞き取れるよう目を閉じ集中する。

 何かしら食べさせて寝かせておけば、取り敢えず死ぬことはないだろう。クロコダイルはジルダを引き摺りながら、冷蔵庫にある食材を脳にリストアップしていく。

 

「何でも良いから口に入れろ。食えるな?」

「……意地でも……」

「よし」

 

 ジルダはいつの間にか、自分が椅子に座っていることに気がついた。目を開くと途端に世界が回るため、大人しく目を瞑って背もたれに体を預ける。耳を澄ませば静かな足音が聞こえる。澱みのない空気の中で、クロコダイルの歩んだ軌跡だけが際立つように残っている気がした。

 体温、気配────否、葉巻の匂いであるとジルダは合点する。不自然な程に何も無い空気の中で、クロコダイルの纏う煙の匂いだけが動線を描いている。食事の残り香、人の体臭は皆無。葉巻の香りですら家具に染み付いていない。血の匂いも、当然。

 この屋敷はあまり使われていない。そして人も居ない……自分以外には。ジルダは乱されることのない理性の部分で、クロコダイルの生活を推測していた。

 

「手を出せ」

 

 ジルダの前方からクロコダイルの声がした。彼女は目を開き、素直に両手を広げて前に伸ばす。異常な視界の中で、手に何か赤いものが乗せられた事だけを捉えた。

 ジルダがそれを握りしめてから、クロコダイルは手を離す。彼女はしばらくそれをペタペタと触って、呟いた。

 

「……リ、リンゴ……?」

「そうだが……お前本当に死ぬんじゃねェか?」

 

 クロコダイルがそう言うと、ジルダはそれを躊躇なく口に入れた。虚な目をしながらリンゴを食む少女は、なんとも悲惨な雰囲気を醸し出していた。

 視界が定かでないくせに、躊躇なく口に入れるその無防備さがクロコダイルにとっては不思議でならない。青ざめた顔でリンゴを食べるジルダは、まさしく等身大のお人形のようだった。血の気の無い整った顔というものは、こうもインテリアじみた物になるのだなとクロコダイルは感心する。

 リンゴを半分ほど食べて少しずつ頭が回ってきたジルダは、今の状況を客観視して首を傾げた。昨晩と同じく何もかもが腑に落ちない。何故自分は、クロコダイルの目の前でリンゴを丸齧りしているのだろう。そして何故腰を据えて食事風景を眺められているのだろうと。

 黙ってモサモサとジルダがリンゴを食べ尽くせば、もう一つリンゴがテーブルの上に置かれた。彼女がクロコダイルを見やれば、クロコダイルは未だにジルダを見つめていた。おずおずとリンゴを受け取り、口に運ぶ。

 

「(リンゴが好物……?)」

「(……このままリンゴばかり出し続けられても、黙って食いそうだな……)」

 

 

 

 

 

 

 

 ジルダの顔に幾らか血色が戻った頃、漸くクロコダイルはリンゴを出すのをやめた。結局ジルダが食べたリンゴは四つ。流石のクロコダイルも不憫に思い、五つ目は冷蔵庫にしまわれた。

 

「何とかヒトらしい面になったな」

「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」

「今日は肉でも食え。そんで寝ろ。血が足りねェなんて下らねェ理由で無様な姿を晒すな」

「リンゴばかり渡してきた人の台詞ではありません」

「ア? ここには調理の必要がねェ物しか無ェんだよ」

 

 クロコダイルは鉤爪を掲げる。

 

「……失礼しました」

「クハハ、思ってもねェことを言うな」

「……」

 

 彼の発言は正鵠を射ていた。ジルダは生来礼儀正しい性分だったが、今や彼女のお礼や謝罪は"機能"と言って差し支えない。心の底から謝ろうにも、その心が無いのだから当然だ。ジルダの持ち得ていた礼儀正しさは、ただその場をやり過ごすための、潤滑に任務を果たすための道具と成り果てていた。

 しかし、それが彼女に残された最後の"人間味"である事には変わりはない。

 

「寝床と朝食、ありがとうございました」

「飼い主には詳らかに報告しておけ。このサー・クロコダイルに一宿一飯の恩があると」

 

 クロコダイルはそう言って笑う。その顔を見て、ジルダは納得した。

 

「赤犬からの"信頼"が欲しいのですか?」

「……"信用"ってモンは、いくらあっても足りねェからな」

 

 "聖地"マリージョアでのこと、昨晩と今。妙に友好的なクロコダイルの態度に、ジルダは理由を見出した。海軍はとっくに彼に十分な信頼を置いているはずだが……とは思えど、欲というものは際限が無いものだとジルダは理解している。

 海賊が求めるのは単純な金銀財宝だけではない。往々にして権力や地位にも飽くなき欲を見せる。クロコダイルもそれに違わぬのだろう。しかし、ジルダには彼が権力欲に取り憑かれているとは思えなかった。彼女にはクロコダイルが媚を売ることを嫌い、孤高であるように映っていたし、事実クロコダイルはそう振る舞っていたからだ。

 

「だが、あの堅物にはハナから期待してねェさ。言っただろう。おれが期待してるのはお前だ」

 

 金色の目がジルダを射抜く。目を逸らすより先に、彼女の口から、する筈が無かった質問が滑り落ちた。

 

「……何故、"しっかり立て"と仰ったのですか」

 

 "聖地"マリージョアで、クロコダイルはジルダの耳にそう囁いた。震える自分を揶揄うこともなく、嘲ることもなく、ただ"みっともないところを見せるな"と、そう言った。

 ────だから権力欲という言葉は彼に似合わないのか、とジルダは腹落ちした。クロコダイルは権力よりも、誇り、プライド、名声……不確かだが崇高なものを重んじているのではないか。ジルダは冷静な頭で彼を分析する。

 それを知ってか知らずか、クロコダイルは微笑んで答えた。

 

「ハッ、それも言った筈だ。おれはあのフラミンゴ野郎が心底嫌いで……スマートじゃねェのも嫌いなだけだ。……他意はない」

 

 他意はない────その言葉は、"打算ではなかった"と言うようなものではないのか。末尾の一言に思考を無為に巡らせ、それでいてジルダは口をつぐんだ。────納得も、合点も、腹落ちも理解も感じ得なかったが、ただただ彼女の胸中には"クロコダイルの一端に触れた"という実感が溢れていた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 「お邪魔しました。失礼します」

「困ったことがあればまた来い。その時は歓迎しよう。……楽しみにしてるぜ、お嬢さん」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 別れ際のクロコダイルの意地の悪い笑みを躱し、ジルダはレインベースの中心街へと戻った。昨日のダイニングバーを起点に、引き続き目撃情報を収集していく。

 正午を過ぎた頃、ジルダは人気のない路地で電伝虫を取り出した。勿論、"赤犬"直通の電伝虫だ。

 

「ジルダです。今、報告してもよろしいでしょうか?」

『ジルダか。ちいと待て。────……報告を』

「はい。2日前、サンディ島に到着。昨日、アラバスタ王国レインベースにて当該人物の目撃情報が入手できました。現在も引き続きレインベースにて捜索中です。……そして、もう一つ報告すべき事が────」

 

 ジルダはサカズキに、クロコダイルとのことを粗方話した。一宿一飯の恩……ではなく、こちらの行動が把握されているという点を中心に。

 

「おそらく、彼自身に害が無ければ必要以上に関わってこないと思われます。私に接触したのも、情報収集と警戒のためかと」

 

 電伝虫は暫く、難しい顔をしてからため息をついた。ジルダからは見えはしないがこめかみでも押さえているのだろう。

 

『……引っ掻き回されにゃあええが。不用意な接触は避けるように。済まんな、身内の尻拭いやらをさせて……』

「いいえ。任務ですから。それより、ナバロンからアラバスタまで何日程かかりますか?」

『三日はかかる』

「では出港の指示をお願いします。それまでには────」

 

 ふと、ジルダは後ろを振り返った。複数の人の足音がしている。反響のせいで正確な位置は特定できないが、随分慌ただしい音だ。

 

「────すみません、かけ直します」

 

 受話器を置き周囲を警戒する。足音に加え、怒号も微かに聞こえてきた。先程まで静かだった路地裏が、にわかに騒がしくなっていく。

 

「………! ……い、オイ!」

「ち、ちが……ぎゃあ〜〜〜っ!」

 

 掠れた悲鳴が地を這う。バタバタと、二、三人がもみ合いながら路地裏を奥へ進んでいく。一人が悲鳴を上げて逃げていくからだ。

 ジルダは物陰に隠れ、荒くれ者達が通り過ぎるのを待つ。宿で報告すべきだったかと反省しかけた時、ジルダはその中に見覚えのある顔を見つけた。

 

「……ザカリー?」

「え……なんで俺の名前?」

 

 悲鳴を上げて逃げる男こそ、ジルダの探していたウォルポール・ザカリーその人だった。顔に痣やら傷やらがあるせいで分かりづらいが、サカズキが送った写真の人物と相違ない。

 身を乗り出したジルダに、当然追っ手は突っかかる。

 

「おい、そこの嬢ちゃん! 知り合いか?」

「父です」

「父? そりゃあロクでもねェ父親をもったもんだな! 可哀想に」

「オレたち、ソイツに結構な額貸してんだわ! 分かったらソイツを渡しな。それとも嬢ちゃんが払うか!?」

 

 ジルダは、困惑しながら震えるザカリーの前に出る。大方の事情は察したが、こちらとしても事実確認をしたい。いくら借金をしているのかなどジルダが知った事ではないが、その影響で横領疑惑の真相が有耶無耶になっても困るのだ。

 

「もう少しだけ、猶予をくださいませんか? お金は用意しますから……」

「そいつぁ無理な話だ。猶予を与えてこれだからよ」

 

 ザカリーは震えるばかりで何も言わない。路地裏を塞ぐガタイのいい金貸しが二人。奥へ逃げても行き止まり。ジルダは観念し、刀を抜いた。突然強行な姿勢に出た少女に、金貸しは怯む事なく言葉を投げかける。

 

「は……? いやいや嬢ちゃん、意味不明な! どー考えても金を返さんソイツが悪りィじゃん? オレら、そんな物騒なもん向けられる理由が無ェんだわ!」

「お仕事なのにすみません。でも、任務の邪魔でしかないので」

 

 ジルダは刀を構え、相手は拳とピストルを構えた。

 乾いた音が、一発。同時にジルダは駆け出し、拳を構えた男も真正面から彼女に殴りかかった。弾はジルダの横をすり抜け────後ろにいたザカリーに直撃する。

 

「まず一発!」

「ザカリー! 何故退避行動を────ぐっ」

 

 咄嗟に振り向いたジルダの腹に、拳が直撃する。彼女は地面に叩きつけられながら、ザカリーも海兵だからと指示を怠った自分を叱咤した。

 

「(とりあえず、死にさえしなければ……)」

 

 金貸し達と距離をとりながら、ザカリーの容態を確認する。撃たれたのは足首で、致命傷ではない。一先ずは安心だが、油断はできない。

 

「ゲホッ、退避! 止血しなさい」

「は、はい……!」

 

 左肩の銃創、貧血、加えて先程の腹への打撃。ジルダは鈍痛を全身に感じながら、再び刀を構える。失敗はできない。時間が経てば経つほど、満足に体は動かなくなるだろう。

 深呼吸を一つ。______七武海連中に比べれば、なんて事ない。

 もう一度、ジルダは足を踏み出した。一つ、二つ、銃声が鳴る。弾を避け、拳を避け、そしてその足は空を掴んだ。

 

「浮いたァ!?」

「出来たっ、"月歩"!」

 

 ジルダは拳を振るう男の頭上を越え、銃を撃つ男へと狙いを定める。呆気に取られる男達の顔が、やけによく見えた。

 首めがけて刀の峰を振るう。男が失神すると同時に、ジルダは着地した。そのまま前方へ駆ける。未だ、振り向けていない男にまた一閃。拳を振りかぶった姿勢のまま、男は倒れた。

 

「そちらもお仕事なのに……申し訳ありません」

 

 なるべく穏便に済ませたいと、ジルダは峰打ちでカタをつけたが、その反面ダメージは平時よりも大きかった。特に足が震えている。

 人知を超えた体術"六式"の一つ、"月歩"をジルダは土壇場で成功させた。かつての師、モモンガから習った記憶はあれど、成功させる前に彼女は"休職期間"に入ってしまったのだ。想像以上の負荷に耐えながら、ジルダはザカリーの容体を確認する。

 

「ウォルポール・ザカリー軍曹。無事ですか? 出血は……」

「はっ、はひ、なんとか! あ、あの……貴方は?」

「私はウルバル・ジルダ。階級は中佐です。大将"赤犬"の命により、貴方を探していました」

 

 ジルダがそう言った途端、ザカリーはサッと顔を青ざめさせた。それと共に弱気そうな態度が一転、震えながらも強気に叫び始める。

 

「……な、なんだよッ!! もうバレたのかよ畜生!! なんだよ赤犬って……俺みたいな雑魚軍曹見逃せよ! てめェもだガキの癖に一丁前に刀の使いやがって、そもそも女がなぁ────」

 

 ザカリーにも鋭い峰打ちが振るわれる。ジルダに与えられた命令は保護ではない。あくまでも拘束なのだ。

 ザカリーの足首の血は辛うじて止まっていた。医者を呼ぶ算段を立てながら、ジルダは彼を担ぐ。少しふらつきながらも、彼女は漸く宿へと向かい始めた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 「至急軍艦を。こちらでも治療はしますが、何があるか分かりませんので」

『ようやった。急ぐよう伝えるが、半日程しか変わらんじゃろう。合流地点はエルマルじゃ。そこまで護送を頼む』

「承知しました」

 

 宿の一室で、ジルダはサカズキに追加の報告をしていた。貧血がぶり返しているのを感じながら、彼女はサカズキの指示を余さず聞いていく。ベッドはザカリーに占められているが、どうにかこの後休養を取らねばならない。

 

『……ジルダ、体調は?』

「少々負傷はありますが、任務に支障はきたしません」

 

 直接見ていればジルダが満身創痍なことは一目瞭然だったが、電伝虫越しでは声色と表情しか伝わらない。

 時折サカズキがジルダにする質問を最後に、通信は終了した。

 受話器を置き、ジルダは一人掛けのソファーに背を預ける。どうも、微睡みというよりかは目が霞んで開きそうにない。

 ザカリーの拘束と部屋の施錠を確認し、ジルダは目を閉じた。侘しいソファーの感触と、昨日のマットレスの感触を比べながら。

 

 

 

 

 

 

 ────ジルダが目を覚ましたのは、その数時間後。砂丘の向こうに夕陽が沈む、その瞬間だった。ドアがけたたましく鳴らされたのだ。

 ガンガンという激しいノックに、ジルダは『牲』を手に取る。おそらく、ザカリーの追っ手だろう。

 

「(……オーナーが売ったな……)」

 

 重怠い体を無理に動かしながら、冷静にジルダは荷物をまとめていった。宿代を適当に置き、貴重品の確認をする。

 その間もドアは蹴破られそうなほどに激しく叩かれていた。

 

「おーい、居るよな? ザカリーくぅん。居るよなぁ!? 貸した百万ベリー、さっさと耳揃えて返せよぉ〜〜〜、なぁ〜〜〜!!」

 

 百万ベリーをここに置いていけば追われずに済むだろうか、と思えどジルダの財布にそんな大金はない。

 ジルダは荷物をまとめ終わり、最後にザカリーを抱えた。そして窓から飛び降りる。

 飛び降りた直後、ジルダは何人か武装している人物を視界に捉えた。

 

「(ここまで人数を割いてるとは……)」

 

 宿の二階部分から二人、飛び降りた不審者を彼らが見逃すはずもない。

 

「おいっ、居たぞ!」

 

 悲鳴と怒号が溢れ始める。人目につかないところを目指しながら、ジルダは必死に走った。騒ぎになるのはもう仕方がない。とにかく、ザカリーが死なないように────。

 しかし、彼女の足も限界に近い。無理をした足で、成人男性(戦力にならない)を抱えてどこまで走れるだろうか。エルマルまで走れる訳もない。

 どこか、安全な場所を見つけねばならない。どこでもいい、二人分寝られるスペースさえあれば。ジルダは追っ手をまき、しゃがみ込んで考える。

 ふと、脳裏に過ぎる────否、選択肢としてはずっと脳にあった。見て見ぬふりをしていただけで。

 

『困ったことがあればまた来い。その時は歓迎しよう。……楽しみにしてるぜ、お嬢さん』

 

 場所は覚えている。それはもう、鮮明に。ゲストルームまでの道のりまで。

 ジルダはクロコダイルの言葉を思い返しながら、サカズキのことも考えていた。不用意な接触を避けるようにと半日前に言われたばかりだ。

 

「あれじゃねェか?」

「おい、そこの────あ、逃げやがった!」

 

 熟考しようにも、考える時間はない。アラバスタに着いてから健康だった時間がない体には、この試練は酷だ。足も頭も鈍くなっていく。走りながら、諦めたようにジルダはつぶやいた。

 

「……仕方、ないか……」

 

 

 

 

 

 

 高級住宅街に踏み入ると、嘘のように追っ手はいなくなった。面倒ごとを避けるため、立ち入らないよう指示がされているのだろう。

 それならその辺りの道端でやり過ごそうか、とジルダは一瞬考えたが、そんな事をすれば凍死待ったなしである。

 十数時間ぶりの豪奢な呼び鈴を前に、ジルダは一つ息をつく。それが安堵故か諦念故かは、彼女にすらわからない。

 呼び鈴を鳴らして少しした頃。男は待ちかねたように姿を現した。あの豊かなエバーグリーンのコートは無く、品のいいスーツベストがよく見える。葉巻の煙は渦を巻き、夜の空気の中でぼんやり光っているように見えた。

 

「クッ、クハハハハッ。クハハハハ! よく来たな! 歓迎しよう、お嬢さん!」

「……光栄です、サー・クロコダイル……」

 

 面白くて仕方がないという笑みに、ジルダは吐き出すようにお礼を述べる。

 アラバスタに着いて四日目。ジルダは、紛れもない彼女の意志で、クロコダイルの邸宅に足を踏み入れた。

 

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