ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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始めに。ハリポタ成り代わり転生です。
三人組は性転換しています。割とダーズリー一家に対して厳しい
オリキャラバンバンでます。


ハティ・ポッターと赤きティンクトゥラ
にゃんこが来りて風が吹く


〈1991年―夏〉

 

 

 

『親愛なる魔女イオラ・ポッターへ宛てて

 

 最悪な夏をどうお過ごしだろうか? 俺は今眠い目をこすりながら君への手紙を書いている。この夏の音信不通ぶりは申し訳ないほどだった。

 でも他のペンフレンドにも手紙を書いてなかったんだよ。返事をしなきゃいけない手紙が山のように積んであるけど、君への手紙は誰よりも一番に書くって決めてた。電話の方が楽なんだろうが、俺は今ギリシャにいるし、君がダーズリー家に叱られるような真似は避けたい。

 最近の様子はどうだい? 俺は昨日からパーティ三昧だったよ。昼からエーゲ海でクルーズしながら船上パーティ、別荘に戻ってからも大人たちがシャンパンを開けてどんちゃん騒ぎさ。こんな話、君にしたら「金持ちの自慢って、楽しそうね」と言うんだろうな。君の強烈な皮肉が恋しいよ。

 

 実のところ、ギリシャではパーティばかりしてるわけじゃないんだ。確かに毎年、夏の一か月は母さんと海で過ごしてるし、友達のパーティにも参加しろってうるさく言われるからパーティに行ってる。あの人は、いつも俺のことを「陰気な英国紳士らしいところが父親に似てきた。あなたはもっといろんな人と会うべきよ。だから、パーティに行きなさい」って言うんだけど、多分俺にアメリカでの人脈を広げてほしいんだ。

 

 アメリカに俺を呼び戻したいって母さんの言葉を信じてるわけじゃないけど、少しくらい親孝行をしてやらなきゃと思って大人しく従ってる。だけど、母さんにははっきりこう言ってやったんだよ。俺は父さんの言いつけ通りにイートンには行かないけど、古き良き英国の魔法使いになるための学校には進学してもいいと思ってる。もちろん、アメリカの方が民主的だっていう母さんの言い分はわかるし、NYにはきっと陰気な俺の人生を華やかにしてくれるゴシップガールたちがたくさんいるんだろうね。だけど、女王陛下はいないだろ? 俺は生まれた時から女王陛下の臣下だから、アメリカには行けないよ。

 

 こう言ってやったんだ。それにあっちには頻繁にふる雨もおいしい紅茶もないからね。

 そういうわけで俺はこのまま英国に残ることにした。今年は早めに英国に帰って入学準備をするつもりさ。進学したら父さんや執事の監視もないし今まで以上にすぐに返事を送れると思う。風変わりな郵便配達員が君の家に行くけど、驚かないでくれよ。それではこれからも俺のよい友達、よい魔女でいてくれ。良い夏休みを。

 

 

 君の親愛なる友にして魔法使いヒュー・フィールディングより』

 

 

 

 

 

 

 

「いい夏休みは過ごせそうにないわね」

 ぽつりと呟いた途端「ハリエット! ハリエットはどこにいるの」とペチュニア・ダーズリーが台所から大声をあげるのが聞こえた。

「勉強してるのよ、伯母さん」

 ベッドに転がっていたハティ・ポッターは慌てて掛け布団の下に手紙を隠して、大声で階下に返事をした。

 しばらくたっても伯母からの返事がないと思うと、階段を上がる足音が聞こえてきた。ノックもせずに部屋の扉を開くなり、ペチュニアはベッドの上に横たわっているハティを見て、眉をひそめた。

 

 

「今からダニーちゃんのお友達が来るの。うちに居座らないでちょうだい」

 ハティは大きなため息をついてベッドから降りると、立ち上がり小首を傾げた。口元にはこの家で身につけた嘲笑が自然と浮かんだ。

 

 

「ダリアに友達なんて残ってたんだ?」

 ペチュニアの顔がみるみるうちに赤く染まる。怒りで震えるペチュニアを素通りし、ハティは家を出た。

 午後と言えど夏なので空には明るい太陽がのぼっている。ハティは顔にかかったジェットブラックの髪を鬱陶しそうにかき上げて、太陽の眩しさに目を細めた。そしてすぐに近隣の図書館に避難することを決めて、プリペット通りを出た。

 

 

 ――ヒュー、いい夏休みは過ごせそうにないわ。あの家でわたしは永遠に邪魔者なんだもの。

 

 

 サリー州リトルウィジング プリペット通り四番地にあるダーズリー家。そこがハティの家である。会社経営を行う裕福な中産階級のヴァーノン・ダーズリーとゴシップ好きの妻ペチュニア・ダーズリーは母方の伯母夫婦で、両親のいないハティの養父母である。赤ん坊の頃に両親を自動車事故で一度に亡くしたハティはすぐにダーズリー一家に引き取られたものの、一家にとってハティの養父母となることは不測の事態であったらしく、納得できないままに彼らはハティを家に住まわせることになった。

 

 ハティは粗暴で頑固なヴァーノンと折り合いが悪く、ペチュニアもハティの実母と関係が険悪だったようで、その後も双方の間で家族としての情が生まれることなくむしろ溝が深まる一方であった。その反動かのように夫妻は実子のダリアを溺愛し、ハティに対しては住み込みの召使のような扱いをして育てた。

 

 ハティの一日は毎朝、五時の朝食づくりからはじまる。大食漢であるヴァーノンとダイアンの為に油をたっぷり使い大量のベーコンとスクランブルエッグ、ポーチドエッグを調理する。トーストは綺麗なきつね色になるまで焼き上げて、苺ジャムとマーマレードジャム、バターを食卓に並べる。飲み物は新鮮な牛乳と、100%オレンジジュース。サラダに使うレタスとトマトはしっかり水気をきっておくこと。ペチュニアの命令には「はい」のみ。質問は許されない。ヴァーノンの命令にしても、二つ返事で従わなければならない。反抗すれば食事抜きで階段下の物置部屋に幽閉の刑である。

 

 ほとんど虐待といってもいいダーズリー夫妻の仕打ちに、ハティは早々に彼らと家族になることを諦めた。代わりに将来の自分の為にダーズリー家を出奔した後、社会で生き抜くための努力をしようと心に決めた。そしていつかは権威のある職を得てダーズリー家を見返してやろうと誓った。そのための努力を、ハティは幼い頃から続けてきた。

 

 実の両親からろくな教育も受けずに、甘やかされるがままに肥え太った従姉妹を横目にハティはひたすら教科書や参考書と向き合ってきた。学校ではダリアの嫌がらせで同年代の女の子はハティに近づかなかったし、人付き合いを一切排した生活は勉強をはかどらせるものだと皮肉にもハティは学んだ。自由時間に誰も話す相手がいないので、ハティは教科書を開いて疑問点があればそれを抜き出して教師のもとへもっていった。

 

 

 

 結果として、ハティは教師の間で随分受けのよい生徒となった。勉強熱心で飲み込みの早い生徒に教えることを、彼らは非常に喜んだ。ティータイムの時間を逃してでも、ハティに勉強を教えることを惜しまなかった。お陰でハティは水を吸い込むスポンジのようにぐんぐんと知識を身につけ、学年一の優等生と呼ばれるまでになった。

 

 そうなると、教師たちはハティに友達らしい友達がいないことを気にした。もっと同年代の子どもたちと遊びなさい、ハティに苦言を呈したがハティが困り顔で口をつぐんでいると、そのうちハティの生育環境まで気にするようになった。ハティが華奢な体に不釣り合いな、質の悪い服を身につけているのに対し、ダリアが花柄の可愛らしいワンピースを身につけているのを見て二人の待遇の違いに違和感を覚えたのだ。おまけに物置部屋に閉じ込められた時には、不自然に数日間も学校を休むので彼らの中では何らかの議論が持たれた。

 

 休み明けに学校に登校したその日、ダーズリー家に家族センターの職員が訪問しハティも保健室へと通された。保健室の先生は「あなたが義理のおかあさんとおとうさんから酷い扱いを受けていないか、心配なの。体を見せてくれるかしら?」と慎重に言った。

 

 ハティは「今体を見られると、間違いなく大変なことになる」と思った。ヴァーノンの「生意気な奴は杖で叩いて躾けてやるといい」という口癖を真似して、昨日の夜にダリアがハティを杖で打ったのだ。数日前には”ハティ狩り”という名目で、粗暴者を引きつれたダリアに殴られている。

 

 案の定、保健室の先生はハティの骨が浮いたやせぎすの体と、その体に刻まれた無数の青あざに悲鳴をあげた。

 ハティは体重なら毎年健康診断で測っているのに、何を驚くことがあるのだろう。と憮然としていた。しかし、保健室の先生は「なんて酷いことを!」と目に涙をためてハティをベッドに寝かせると、すぐに他の教師を呼びに行った。

 

 ハティがむっつりと天井を眺めていると、しばらくしてスーツ姿の見知らぬ中年の女性が現れた。彼女は自身を家庭センターの職員だと名乗り「あなたは虐待を受けている可能性があるので、保護します」とハティを小さな車に乗せて病院から連れ出した。道すがら、隣に座った別の女性職員が優しい笑顔を浮かべて「伯母さん夫婦と暮らしてるんですってね。家ではどんな風に生活しているの」と尋ねた。

 

 それが職員の聴取であり、後にカルテにも記載されることは予想できたがハティはあえて口を開いた。今までのダーズリー家での鬱憤を晴らすようにどんな扱いを受けてきたか、一切合切をぶちまけた。ダーズリー家への罪悪感や、今まで育ててもらった恩は全くなかったが、しおらしい顔で「人ひとり養うのもお金がかかるし、あの人たちを告発するのは、心苦しいんです……」と最後に締めくくると、ケイリーと名乗った職員が同情を滲ませてハティの手を握った。

 

 

「あなたが彼らに罪悪感を抱く必要はないの。あの人たちにも、あなたを引き取ったことでお金が支給されていますから」

 

 

 その言葉にハティは真顔になった。

 「お前を養うのにいくらかかってると思ってるんだ!」と口癖のように怒鳴ってくる伯父を思い出した。ハティは、金もらってんじゃねーか。それなのにわたしを召使扱いしてたのかよ! と内心で悪態をついて、そしてこう思った。あいつら、真性のクズである。

 

 

 それからは一時保護施設に移送され、ハティに負担をかけない程度にヒアリングが行われた。「ダーズリー夫妻はどうされてますか? 世間体を気にする人たちなので、わたしが問題を起こしたと報復されそうで怖い!」と泣き真似をするとケイリーは表情を曇らせて「今、ダーズリー夫妻にはヒアリングをしているけど、あなたがあの家に戻ることはないと思うわ」と力強く請け負ってくれた。

 

 ハティとしてみれば我が世の春であった。ダーズリー一家に虐げられる日々から解放されるならば、孤児院の方がマシである。交通事故で他界した両親はハティに一切の遺産を残していないし、あったとしてもダーズリー一家に食いつぶされているだろう。それならば、孤児院で多少の規律を守りつつ生活し、奨学金を貰って進学する方がずっと未来が明るい。

 

(もっと早く福祉局に相談したらよかったのよね。あんな奴ら、さっさと通報すべきだった)

 

 

「あーあ、時間を無駄にした」

 声に出して言い、ハティはベッドに横になった。ケイリーに案内された部屋である。しばらくしてダーズリー夫妻との手続きも終了し、孤児院が決定さればこの部屋から出ていくことになる。それでも、階段下の物置部屋に比べたら天国だった。

 勉強机と椅子とベッドがある。何より部屋は明るくて、中にいても階段の上でダリアが足を踏み鳴らして嫌がらせをしてくることもない。それでも少しだけ、新しい環境はハティを感傷的にさせた。最悪な伯父と伯母であったが、これで本当にハティは血の繋がった人を失い、天涯孤独の身となる。これからは自分で道を切り開いていくしかないのだ。

 

 なんとなく落ち着かなくて、それから数日間はそわそわとしながら過ごした。そんなある日、血相をかえてケイリーが部屋へと飛び込んできた。

 

 

「あなたの後見人と名乗る方と弁護士さんがいらしてるの」

「はい?」

 ケイリーはドアを開けたままの格好で、驚いているのか早口で言った。ハティは目をぱちくりした。後見人の存在なんて、生まれてこのかた聞いたことがない。いるはずもない。

 

「後見人なんていません。今までいたこともなかった」

「それがいらっしゃるのよ。あなたのゴッドマザー(代母)と名乗っていて、ポッター夫妻がいないのだから自分には後見人を務める義務がある――と。一度、お会いした方がいいわね」

「わかりました」

 ハティは不承不承といった様子で立ち上がり、ケイリーに続いて部屋を出た。廊下から階段を降りて一階にある応接室に到着するとケイリーは礼儀正しくドアをノックした。すると「どうぞ」と若々しい女性の声が聞こえてきて、ケイリーはドアを開けた。

 応接室の中には低い硝子のテーブルとそれを挟むように黒い革張りのソファーがある。そこに並んで腰かけているのは、五十代ほどの女性と四十代くらいの男性の二人であった。女性はドアが開くなり、ハティを見て「まあ」と声をあげた。

 

 

「リリーの姉妹と違って、あなたはリリーにそっくりなのね」

 ハティは押し黙ったまま女性を見返した。

 彼女がリリーとその名前を口にするとき、口調にはどこか親しみがこもっている。そしてペチュニアへのよそよそしさから、ダーズリー夫妻と関係があるとは思えなかったが、まるで状況をひっくり返すかのように現れた二人に対してハティは良い印象がなかった。

 

 

「私はエメリーン・バンス。あなたの後見人です。そしてこちらは私が雇った弁護士のミスター・コートニーです」

 ハティの胡乱な眼差しに答えて女性は言った。薄茶色の癖のない髪をシニヨンにし、知的な青い瞳をしている。彼女の顔には全く見覚えがなかったし、ミスター・コートニーにいたってもハティにとっては初対面の人物であった。

 

「後見人としての役目を果たすのが遅くなってごめんなさいね。リリーの姉夫婦に引き取られたと聞いたものだから、全てを承知の上で貴方を大事にしてくださっていると思ったのよ。ですから、今回の一件は放っておくわけにはいかないとこうして弁護士を雇い、一緒にきたの」

「それは、わたしを引き取るということですか?」

「いいえ」

 彼女は明快な、歯切れのよい口ぶりで答えた。ハティは失望の念を隠さなかった。実を言うとハティは、この女性が迎えに来てくれたのではないかと淡いながらも期待をしていた。だが今は、それでは何のためにハティの前に現れたのか。という疑念を、自分の期待を裏切った彼女に苛立ちすら覚えていた。

 

「では何のためにいらしたのでしょうか。わたしはこのまま福祉のお世話になる方が、わたしの人生の中で最良の人生になると思います。ですから、あなたがいくら弁護士を連れてこられようとも無駄です。お話することもないでしょう」

 ハティが冷たく言うと、エメリーンは一瞬顔を強張らせたが、すぐに微笑みを浮かべた。

 

「無駄にはならないと思いますよ。あなたはこれからもダーズリー一家と暮らすことになりますから。ミセス・ダーズリーは少なくとも、あなたとの生活を続けることを望んでいます」

「どうして」

 ハティは悲鳴にも似た声をあげた。「あの人たちはわたしのことが嫌いで、今までこんな扱いをしてきたんですよ。それに、わたしは虐待が認められて孤児院にいけるんじゃなかったの」

 裏切られたような思いでケイリーを見やると、彼女はハティの視線から逃れるように顔を背けて言った。

 

「駄目だったのよ。なぜか、孤児院行きは認められなくて……経過観察になったの」

「じゃあ、わたしはこれからも家畜みたいな扱いをされながら、生きていかなきゃいけないの?」

「そうならないために、私が来たのよ」

 エメリーンは目をまっすぐにハティに向けると、感情をこめて言った。

 

 

「もう今までのような扱いはさせない。ミセス・ダーズリーにもそう約束してもらいましたから」

「誓約書を書いていただきました。それから、今後のミス・ハリエット・ポッターの生活や将来を保証する旨もここに」

 コートニー氏は皮の鞄から封筒を取り出して書類をテーブルの上に滑らせた。ハティはケイリーの視線に促されて彼らの正面のソファーに腰掛け、恐る恐る書類を手に取った。書類にはハティの今後の生活を保障するものとして長々と文章が綴られていた。

 ハリエット・ポッターの衣食住を保証すること――それも細かく金額まで定められている。進路選択には口を挟まずに、然るべき時には保護者としての責務を果たし保証人となること。

 

 

 ハティはそれらの文章を読んで首をふり、重く口を開いた。

 

 

「多分、ダーズリー夫妻はわたしが進学することになっても進学費用を出さないと思います。奨学金のサインももらえないと思います」

「進学費用はポッター夫妻の遺産から捻出されます」

「両親が財産を残していたんですか」

「ええ。これまでは別の後見人が財産を預かっていました。あなたが責任能力を持つまではそうすべきだろうという考えで」

 エメリーンの至極当然といった言葉に、ふいに鋭い怒りがわいた。少なくともエメリーン以外の後見人だという人物は本人でありハティにさえ遺産の存在をひた隠しにするほどダーズリー一家を信用していなかったのだ。信用に値する一家でないと理解していて、その人物はハティはダーズリー一家で生活することを承知していた。いわれのない憤懣をぶつけようとしているとわかっていても、ハティは激しい口調で言わずにはいられなかった。

 

「では、その人はわたしがこのような目に遭っているとわかっていてずっと放置していたんですね。それでわたしが孤児院に行くかもしれない事態になって慌ててあなたを寄越したんだわ。まるで、わたしがずっとあの家にいることを望んでいるみたい。そうまでされる何をわたしがしたというの? 物心つく前から物置部屋に閉じ込められて、家畜みたいに何日も水しか与えられない日もあったわ。従姉妹は何度もわたしを殴ったし、痛みで動けないわたしを伯父と伯母は奴隷のように働かせた。そんな仕打ちが、福祉が入るに値しないと言うんですか?」

 エメリーンは心外そうな顔をした。

 

「身体的暴力がなかったことから、少なくとも命の危機には瀕していない。だから孤児院に入れる必要はないと判断がくだったのよ。私たちが弁護士を使って福祉局に働きかけたのではないわ。私ももちろん、あなたが受けた仕打ちは許されざることだと思っています。私はてっきりあなたが幸せに暮らしているものと思っていたものだから……」

「わたしが幸せそうに見えますか? あなたに言うことじゃありませんが、周りの大人はみんなわたしから目をそむけて、正面から見ようとしませんでした。だから、わたしは必死に良い子のフリをして助けを待つしかなかったの。頭のおかしい子のレッテルをダーズリー一家に貼られていたから。わたしはずっとまともだったのに、結局のところ大人は成績とか素行とかうわべの部分でしか判断しなかった」

 

 

 エメリーンは困惑したようにまばたきをした。

 

 

「あなたは……子どもらしくないわね」

 それはあの家で子どもらしくいられた時間などほとんどなかったからだ。

 ハティは大きく溜息をついた。エメリーンは時々、同情的な言葉を投げかけてくるが結局のところハティがダーズリー家に戻るのが最良だと思っているようだった。口ではダーズリー家の行いは許されざることだ、とは言うが自分の意見を譲らずハティが孤児院に行くべきではないと考えている。そしてハティが子どもらしくない子どもであることに驚いている。その様子はどこか他人事のようだ。

 

 これでは埒が明かない、とハティは思った。

 

 

 

「福祉局の判断に従います。誓約書の内容がちゃんと果たされると信じて」

 

 

 

 エメリーン、それからコートニー氏、ケイリーと共にダーズリー家に戻ったのはそれから数日後であった。

 

 ダーズリー家に戻るとリビングには苦虫を潰したような顔をしたヴァーノンと、青白い顔で震えるペチュニア、そして何が何だかよくわからないという顔をしたダリアがケーキを貪っていて、突然の見知らぬ大人の来訪にぽかんと口を開けて呆然としていた。

 

 

 ヴァーノンはハティの顔を見るなり顔を真っ赤にしながら「この恥さらしが! よく戻ってこられたな! よくもわしの顔と会社に泥を塗りよって!」と怒号をした。

 

 怒号を浴びせられるなりケイリーは眦を吊り上げ、エメリーンは眉を上げて「今、なんていった?」と唸るような声をあげた。気色ばんだ大人たちの中で唯一、冷静だったのはコートニー氏であり、彼は曇りのない眼鏡をくいっと中指で押し上げると一歩前に出た。

 

 

「ダーズリー家での再びの養育を希望されたのは、ミセス・ダーズリーです。その件に関しては家族間でよく話し合って頂いた上で、返事をしてほしいと私は申し上げましたが」

「わしはその大ウソつきの小娘がこの家で暮らすことを了承しとらん! さっさと孤児院に行けばいいものを、ペチュニアの善意にいつまでも縋ってまるで寄生虫のようではないか!」

「では、ミセス・ダーズリーは貴方にお話ししておられないと言うことですね?」

「話なら聞いたが、納得しとらん!」

「このように仰ってますが」

 冷静な尋問の上で、ヴァーノンから言質をとったコートニー氏はペチュニアを流し見た。ペチュニアは相変わらず口をきゅっと引き結び、青白い顔で小刻みに震えていた。よく見ると右手には紅い封筒を持っていて、彼女はそれを固く握りしめていた。

 

 ハティは鼻を鳴らした。伯母は小心者である。他人の陰口や噂話が大好きな癖に、実際に面と向かって人に何かを言うことを恐れる。そのくせ、自分より立場の弱い人間にはいくらでも攻撃的になれるのだ。だから社会的地位の高い人物や、ジェントルマン的職業の人間に対してはいつも黙り込む。

 

 そんな伯母のことをハティは軽蔑していたし、見下していた。だから、今日は伯母が意を決したように顔をあげたことにハティは驚いた。

 

「ヴァーノン、この子はここに置かなければならないわ」

「ペチュニア? 正気か? こいつのせいで、わしらは近所の笑いものになっとるんだぞ」

「それでもです。これ以上、何も言わないで。おねがい」

 いつにない決然とした口調にヴァーノンは当惑して口ごもった。

 ペチュニアがこれほど断固として言い切るのは珍しいことで、意外にもペチュニアの意見を無下にしないヴァーノンは「あー」やら「うー」やらしばらく唸りながら「でもなあ、ペチュニア……」と言いつつも、彼女の思いつめたような青い瞳を前にして口を閉ざした。

 

 

「引き取ります。誓約書にも、サインをしましたから」

 ヴァーノンが断末魔のようなうめき声をあげた。

 ハティも心のどこかでヴァーノンがペチュニアも考えを覆してくれると期待していたので、彼女の最終決定に溜息をついた。

 

 

 

 

 後見人と弁護士が登場したからといってダーズリー家での生活が劇的に変化することはなかった。

 

 変わったことと言えば、ハティの私室が二階の一番小さな部屋になったこと――これはかつてダリアが物置部屋に使っていた部屋だったので、ハティが使用するにあたってダリアは大層駄々をこねた。ダーズリー夫妻は娘の機嫌を取るために玩具を五つ買う事を約束した――そして召使としての仕事がなくなったことだ。

 

 

 相変わらず、ヴァーノンはハティに小言を欠かさなかったし、ハティを召使にする意識は抜けていなかったが「コートニーさんの連絡先知ってるのよね」とハティが呟くと、慌ててダリアに「郵便物をとりにいってくれないか? ダリア」と猫なで声で頼んでいた。ハティはそれでもヒューからの手紙をダーズリー一家に見られたくなかったので、自主的に郵便物はとりにいっていた。

 

 

 ペチュニアにいたってはハティをいないものとして扱った。

 

 ハティの顔を見ると唇を引き結んで物言いたげな顔をしたが、ハティに対して「質問は許さない」と厳命した時と同じように今度は彼女自身が言葉を発することを自らに禁じたようだ。その為、彼女が何を考えてハティをダーズリー家に留めることを決めたのかハティには分からなかった。

 

 ペチュニアの真意を知りたいとは思ったが、伯母と口を利くことは嫌だったし、口を開けば嫌味が際限なく出てきそうでお互いに沈黙を守っているうちに殆ど会話はなくなっていた。ダーズリー一家で最もまともな会話をしているのは、皮肉にもヴァーノンだけだった。

 

 ダリアと言えばダーズリー家の虐待の噂で友人を一気になくしたが、元々友情で築いた関係でもなかったので周囲から人がいなくなったことを気にした様子はなかった。今まで周囲を暴力でねじ伏せてきた分、今回の一件で同級生の少女たちはダリアを遠巻きにし、陰口を叩くようになった。そしてダリアとは逆にハティに対して急接近を試みた。

 

 コートニー氏の誓約書のおかげでハティは安価とはいえ、比較的まともな衣類を身につけるようになっていたし、新品のブラシで丁寧にくしけずったジェットブラックの髪は猫の毛のようにふわふわしていてハティを人形のように愛らしく見せていた。「前から仲良くしたいと思っていたの」と言われれば、悪い気分はしない。

 

 

 しかし、その頃にはセカンダリーの進学に差し掛かっていたし、結局のところ友人をつくる間もなく最後の夏休みに突入していた。

 

 

 

 ハティは意識を参考書に戻して、難解な数式を再び解き始めた。セカンダリースクールのレベルなので、すらすらと解けそうにない。眉宇を顰めて「これを解くのは二回目のはずなのに……」と呻いていると、突然参考書を覆い隠すように影がさした。

 

 怪訝に思い顔を上げると、初老の女性が机を挟んでこちらを覗き込んでいた。彼女はかなり年季の入ったスーツを身に纏い、白髪交じりの黒髪をきっちりとシニヨンにしていた。厳かでありながら品のある佇まいで、どこかのマダムだろうか。と頭の片隅で考えていると、彼女の視線が数式ではなくハティを観察していることに気付いた。

 

 

 ハティはあからさまに訝し気な顔で、女性を見た。彼女はハティの不躾な視線を受けながら不快に思った様子はなく、むしろ眼鏡の奥の瞳はどこか親し気にハティを見返していた。

 

 

「あの……」

「ミス・ポッターですか?」

 てっきりBBCのキャスターのようなクイーンズイングリッシュが聞こえてくるかと思ったが、彼女の発音はスコットランド訛りであった。「ミス・ハリエット・ポッター?」

 

「ええ、そうですが」

 ハティは辺りを気にしつつ、小声で答えた。

 それから参考書をさっと閉じて、少しだけ椅子をひいた。なぜ見ず知らずの人が自分のことを知っているのだろう。という一抹の不安が胸を過り、じわじわと警戒心が広がっていく。いつでも逃げられるように少しだけ腰を浮かした。

 

 

 

「わたくしはミネルヴァ・マクゴナガル。あなたを訪ねて来ました」

「わたしを?」

「ええ。エメリーンの話通り、外見がご両親によく似ているわね。そして、中身も。貴方のお母さまも勤勉な人でした。本当によく似ています……特に綺麗なグリーンの瞳がリリーそっくりだわ」

 マクゴナガルは目尻を緩めて小さく微笑んだ。

 

 親し気なその言葉と見知った人物の名前にハティは幾分か無意識に警戒をといて、立ち上がった。

 

 

「……もしかして、わたしのもう一人の後見人なのですか?」

 思いのほか、大きな声が出たと気付いた時には周囲の視線を集めていた。

 我に返り、口元を手で覆うとマクゴナガルは辺りにさっと視線をやり、小さく囁いた。

 

 

 

「外に出ましょうか」

 

 

 

 図書館を出た二人はプリペット通りに向かい、歩き始めた。最初に口火を切ったのはマクゴナガルであった。

 

「残念と言うべきか、わたくしはあなたの後見人ではありません。それとは別件の用事であなたを訪ねてきたのです」

「別件の用事と言うのは?」

「用事を済ませるにあたって、あなたにいくつか確かめなければならないことがあります。ミス・ポッター、ご両親のことはどこまで聞いていますか?」

「どこまでって……」

 ハティは困惑してマクゴナガルを見た。

 なぜ、今になって両親の話が出てくるのか理解ができなかった。そんなハティにマクゴナガルはもう一度、はっきりと、かみ砕くように尋ねた。

 

「ダーズリー夫妻からは、どこまで聞いていますか? あなたのご両親が亡くなり、伯母のダーズリー夫妻に預けられた経緯についてどこまで?」

 すらすらと彼女の口から紡がれる内容に、ハティは面食らった。

 

 エメリーンの存在を知っているだけでなく、両親が鬼籍に入っていて伯母のダーズリー夫妻に引き取られたことまで知っているとは。どうしてそんなことを把握しているのか。ハティは警戒するようにマクゴナガルを横目に、慎重に答えた。

 

 

「伯母夫婦から聞いているのは、二人がわたしを残して交通事故で亡くなったという話です。酷い事故で死体も残らなかったと。それから、両親は無職だったので建てる墓もなかったと聞きました」

 ペチュニアはハティにそれだけ告げ、追加の質問は頑として許さなかった。

 ゴシップ好きで、お喋りだがハティの両親の話になると伯母は途端に無口になった。常々、そのことをハティは不審に思っていたが母方の親族で存命なのは伯母のみであり、父方の親族に至っては話にでたことすらないので真相を確かめる術もない。

 

 

 ふと隣を歩くマクゴナガルの足が止まったことに気付き、振り返ると、彼女は「なんですって?」と呟き唖然としていた。

 

 

「ミセス・マクゴナガル?」

「貴方をダーズリー家に預けた時、わたくしの友人は貴方の伯母に手紙を託しました。貴方はその手紙を読みましたか? ミセス・ダーズリーから何も受け取っていないということですか?」

「その……わたしが受け取るものがあったのですか?」

 マクゴナガルはわなわなと唇を震わせ「エメリーンの言う通りだわ……思ったよりもずっと酷い状況ね」とハティに聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

 

 

「では貴方が魔女であることは?」

「魔女?」

 

 

 ハティは眉をひそめた。

 

 マクゴナガルの生真面目な顔を見て、彼女が自分を冒涜的な言葉で侮辱しているとは思わなかったが、あまりにも非現実的な言葉だったのでハティは思わず胡乱な目でマクゴナガルを見た。

 

 

「そうです。貴方のご両親は魔女と魔法使い――魔法族であり、貴方も生まれながらにして魔女ではありませんか」

 ハティは黙り込み、しばらくの間天を仰いだ。

 

 

「わたしは確かに緑色の目をしているので、小さい頃から魔女だと揶揄われてきました。仲の良い友達とは、未だに魔法使いごっこも

 していて、彼はわたしのことを魔女イオラって呼びます。セカンドネームがイオランテなので。だけど、真剣にそういったお話をするにはわたしはもう子どもじゃないんです」

 

「つまり、どういうことですか?」

 

「つまり、魔法とかファンタジーなお話を信じるほどわたしは空想好きではないということです。本当に魔法がこの世に実在するなら、わたしがこの十年間、物置部屋に閉じ込められて飢えに苦しんだり、暴力を受けている時にフェアリーゴットマザーが助けてくれたはずです。だけど、誰も助けてくれなかったし、周りの大人も知らないふりをしていました。だから、わたしはありえないことを期待するほど馬鹿じゃありません」

 

 マクゴナガルは顔を強張らせた。そして、なにかとんでもないショックを受けたように呆然としていた。

 ハティが一体どうしたことかと足をとめて振り返ると、彼女は怒りと悲しみがない交ぜになった顔で宙を睨みつけていた。しばらくして、マクゴナガルは何かを振り払うように頭を振ると、鼻をすすった。

 

 

「……貴方がダーズリー一家でそういう扱いを受けていた話は、エメリーンから聞いています。わたくしも、あの家族は真っ当ではないと思いながらも、貴方をあの家に預けるのを許してしまった。この十年間、もっとしっかり監視しておくべきでした。あなたがオブスキュラスを生み出さなかったのは、運が良かったに過ぎない」

 

「オブス……なんですか?」

 

「魔法族の子どもが虐待などによって魔法力を抑圧された場合に生まれる、闇の力です。この場合、宿主はオブスキュリアルと呼ばれます。貴方がオブスキュリアルにならなかったのは、貴方と魔法を楽しむお友達の存在があったからでしょう。少なくとも、貴方の中の空想の芽は、貴方が思っているほど枯れてはいないはずですよ。ハリエット」

 

 彼女はそう言って革の鞄の中から一通の手紙を取り出した。

 簡素な封筒には見覚えがあった。街の文房具屋で購入した最も安価な封筒である。ハティが友人への手紙に愛用しているもので、そこには見覚えのある字で『敬愛する魔法使いに宛てて』と記されている。

 

 

「貴方が先日、我々にあてて送った手紙です。貴方は以前、ホグワーツ魔法魔術学校からの手紙を受け取りましたね? そして、変身をした。ここに学校に通う費用がない、そもそもホグワーツが何か知らない。手の込んだ完成度の高い悪戯だと書いてあって、わたくしたちはエメリーンの発言も合わせて、ある予測をたてました。貴方がホグワーツどころか、両親や魔法界のことも知らないのではないかと。アルバス・ダンブルドアは、貴方をホグワーツに連れていくには少しばかり苦労するだろうと言っていました。ですが、少しばかりではないだろうとわたくしは思います。この件に関しては、貴方だけでなく貴方の養父母とよくよく話をする必要がありますから」

 

 

 確かにそのような手紙を受け取った。差出人の名前はホグワーツ魔法魔術学校と記されており、ハティは自身を親愛をこめて”魔女イオラ”と呼ぶ友人ヒューが差し出した愛すべき悪戯なのだと思っていた。だから、揶揄半分に返信をした。まさか、別の人間に届いているとは思わずに。

 

 ヒューに宛てて出した手紙がどうしてマクゴナガルの手にあるのだろう。ハティはびっくりして、手紙を凝視した。英国の郵便配達員が住所を間違えるはずがないというのに。

 

 

 

「わたしは郵便局でその手紙を出しました。それがホグワーツというところに届いたということですか?」

 

「そうです。ホグワーツには非魔法族出身の子どもたちも通いますから、ホグワーツ宛ての手紙は自動的に転送されるように英国全土に魔法がかかっているのです」

 

「貴方は、じゃあ本当に……魔法学校から来た魔女だということですか?」

 ハティは信じられない思いでマクゴナガルを見た。

 

 目の前の厳格そうな女性が荒唐無稽な嘘をつくとは思えなかった。何より、子どもでありハティよりも忙しい大人がとるにたらないハリエット・ポッターの為に悪質な悪戯をしかけるとも考えづらかった。

 

 

「わたくしはホグワーツ魔法魔術学校の副学長ミネルヴァ・マクゴナガルです。先ほども申し上げましたね。貴方が生まれながらにして魔女なのです。貴方は魔法界で最も権威のある学校に、その総長アルバス・ダンブルドアから招かれました」

 

「アルバス・ダンブルドア?」

 マクゴナガルは鞄よりもう一通の手紙を取り出した。それはハティが先日受け取った羊皮紙で出来たぶ厚い封筒である。ハティは束の間逡巡し、それから手紙を受け取った。彼女の理性的な頭は今の状況を「非現実的だ」と否定していたが、ハティの心は好奇心で満ちあふれており、今の状況に心が躍っていた。

 

 

 手紙はかなり分厚くて重い。黄色みがかった羊皮紙の封筒に入っており、宛先はエメラルド色のインクで綴られている。切手は貼られていない。裏返すと紋章入りの紫色の蝋で封がされており、中心には大きくHと刻印されていた。その周囲を獅子、鷲、穴熊、蛇がぐるりと取り囲んでいる。

 

 荘厳な紋章に呆然としていると、マクゴナガルが「読んでごらんなさい」と促した。ハティは恐々と封印をといた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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