ハリエット・ポッターの不思議な冒険 作:新参なめ子
グリフィンドール寮の談話室に入ると、ハティは隅にある長椅子で、クッションに身を埋めてオットマンに足を投げ出しているロニーを発見した。いつも一か所は寝癖がついてもつれているロニーの赤毛はぐっしょりと濡れており、彼女の傍らにはラベンダーがいた。困り顔で杖から熱風を出し、ロニーの髪を忙しそうに乾かしている。
恐る恐る彼女へと近寄ったハティは、そばにいるパールヴァティに問いかけるような視線を投げた。ロニーの機嫌が非常に悪かったからである。
下唇を噛んで剣呑な表情をしているロニーは、談話室の高い天井を仰ぎ、時々思い出したかのように「あいつ、マジでムカつく!」と呟いていた。
「ロニー、その頭、何があったの?」
「スリザリンのパンジー・パーキンソンとやり合ったのよ」
パールヴァティが肩を竦めた。
「パールヴァティ!」
ロニーは慌てたようにパールヴァティを睨みつけたが、代わりにロニーの髪を手癖で整えているラベンダーが、呆れたように口を開いた。
「それも派手にね。魔法薬学の教室を出た後、今度は中央ホールでパンジーがロニーを挑発したの」
「ちょっと、言わないでったら!」
「いいでしょ? きっと今頃、スリザリン中でパンジーとロニーが派手にキャットファイトしたって噂になってるよ」
「君も関係のない話ではないよ、ハティ」
「パーシー!」
あたふたとラベンダーの口を塞ごうとしていたロニーは、突然の第三者の登場に、嫌そうに顔を顰めた。
少し離れた椅子に腰掛け、羽ペンで羊皮紙に何かを書き綴っていたパーシーは、溜息をついて羊皮紙に向かって杖を振った。宙で四つに綺麗に折り畳まれた羊皮紙は、上質な封筒にひとりでに収まり、パーシーの鞄の中へしゅっと入っていく。
ハティがパーシーの魔法の見事さに舌を巻いていると、パーシーは自分を睨みつける妹の視線など一顧だにせず、ゆっくりと腰を上げてこちらに回ってきた。
「余計なこと言わないで、パーシー。あたしの問題なんだから!」
「余計なこととはなんだい、ロニー。僕はお前の兄として、学校生活に不慣れな妹を助けてやるよう父さんと母さんに言いつけられているんだ。それに、僕がお前の家族だという立場を無視したとしても、グリフィンドールの監督生でね。他寮との諍いを見過ごすわけにはいかないんだよ。中央ホールのど真ん中であんなに大声で怒鳴り合って、噴水に突っ込んで取っ組み合いの喧嘩をしたんだって? 恥ずかしくないのか? 一体どれだけの生徒が君たちを見ていたと思う?」
「………」
自覚があるのか、ロニーは途端に恥じ入るように顔を真っ赤にして、パーシーを睥睨した。パーシーはそんな妹の鋭い視線を真っ向から受け、憮然としてロニーを見下ろしている。
まるで二人の視線が空中でぶつかり合い、火花でも散っているかのような緊迫感に、ハティは困惑した。
中央ホールの噴水に突っ込んで取っ組み合いの喧嘩? 何のことだか、話が見えない。
地下へと繋がる中央ホールには白い大理石の大階段があり、中央には魔女や魔法使いの像が建てられた壮麗な噴水がある。ハティはよく中央ホールに面した図書館に行くので、そこにある噴水がどれだけ立派なものか理解していた。確かに、子ども二人が飛び込んでも余裕がある大きさである。
ラベンダーはロニーの隣にいたので、パーシーの視線を受けて気まずそうに杖から熱風を出すのを止めた。腕を下ろし、居心地が悪そうに座り直す。
「まったく……ハティ、君もだ」
「はい?」
パーシーは厳しい顔つきでこちらを見た。
まさかパーシーの矛先が自分に向けられるとは思わなかったハティは、思わず眉を顰めてパーシーを見た。
「そもそも、先にスリザリンの一年生と喧嘩したのは君なんだって?」
「それってパンジー・パーキンソンのこと? 確かに、あの子が突っかかってきたから、それなりの対応はしたけど……」
「ロニーの喧嘩はその延長戦だ。ロニーは中央ホールでスリザリンの女子生徒と大声で罵り合った末に、噴水で取っ組み合いの喧嘩にまで発展している。友情に篤いのは素晴らしいことだが、あの時、発見したのがスプラウト教授でなかったら、グリフィンドールは減点されていたよ」
まるで一連の騒動を目撃していたかのようなパーシーの発言に、ハティは目を丸くしてロニーを振り返った。
「ロニー、パンジーとそんなことになってたの!?」
ロニーはばつが悪そうに体を起こして、「言うなって言ったのに」とパーシーを恨みがましい目で見た。
「パパとママにあたしのことを頼まれてるからって、あたしのやること一つ一つに口を出すのはやめてよ! 大体、パーシーはパーキンソンがどんなに性格が悪くて、ムカつく奴か知らないでしょ。まるで、喧嘩したあたしたちが悪いみたいに説教するのはやめてよね!」
「スリザリンの連中が嫌な奴なのは僕だって知ってるさ。だが、その全部の挑発に反応していたらキリがないだろ?」
「はいはい、パーフェクト・パーシーの説教はもう十分。あたし、午後は予定があるの。それまでに準備しなきゃ。行こ、ハティ」
「え? うん……」
ロニーはふんっと鼻を鳴らしてパーシーから顔を背けると、ハティの腕を取って足早に談話室を後にした。
強引に腕を取られながら振り返ると、パーシーが悄然と肩を落としているのが見えた気がした。
ロニーはずんずんとグリフィンドール女子寮の石造りの階段を上っていき、自室の前に来ると勢いよくドアを開けて、ハティを中に招き入れた。
「パーシーの言うことなら、気にする必要ないよ。あいつ、兄妹の中で一番頭でっかちなの。おまけにちょっと無神経。監督生に選ばれるのも、性格的に納得って感じ」
「でも、私のせいでかなり派手な喧嘩をしたんでしょ? ごめんね。風邪をひいてないといいけど」
「ハティのせいじゃないよ。あいつ、中央ホールでこれ見よがしにあたしの家族のことを馬鹿にしてさ。それで、カチンときちゃって懲らしめてやろうと思ったの。そうしたら、意外とあっちも引かなくてさ。あいつがあたしを噴水の中に落としたから、引っ張ってやったの。ざまあみろって感じ」
ロニーはけらけらと笑って、学校指定のローブを脱いだ。
「スプラウト教授が通りかかって喧嘩を止めてくれたんだけど、その時にローブは乾かしてくれたの。さすがに髪はべちょべちょだったけど、減点されないだけマシかな」
そう言って、クローゼットを開いた。中に掛けられたロニーのワードローブはあまり多くないが、丁寧に手入れをしているのか、洋服用のブラシが掛けられている。ロニーはぽいぽいと下の服も脱ぎ捨てると、クローゼットの中から簡素な白い綿のワンピースを取り出して頭から被った。
白いワンピースの背中に広がった赤毛はまだ湿っぽかったので、ハティはローブのポケットから杖を取り出して言った。
「椅子に座って。わたしが髪の毛を乾かしてあげる」
「ほんと? 助かる!」
ロニーは嬉しそうに笑って、椅子に腰掛けた。
ロニーのドミトリーにはハティたちのドミトリー同様、人数分のドレッサーがあるが、ロニーのものは一番物が少なかった。置かれているのはブラシのみで、他のルームメイトのドレッサーには可愛らしい髪飾りや香水瓶、スキンケア用品が並んでいる。ハティは杖をロニーの赤毛に向けると、「aestus(アエステゥース)」と唱えた。
杖先からドライヤーの温風のような温かな風が溢れ、ロニーの髪を揺らす。ロニーは感嘆の溜息をつき、ブラッシングを受ける猫のように目を細めた。
「あたし、まだこの魔法使えないんだよね。でも、ラベンダーが上手でさ……ラベンダーは巻き髪を作る魔法も得意なの」
「確かに、ラベンダーの髪の毛はいつも綺麗に巻いてあるもんね」
ラベンダー・ブラウンはグリフィンドールの女子生徒の中でも美意識が高い魔女の一人なので、いつも丁寧にブロンドの髪を巻いて、カチューシャやリボンをつけている。
ホグワーツでは電化製品が使用できないので、一体どうしてあの巻き髪を維持しているのだろうと疑問だったが、ラベンダーの魔法がなせる業だったのだ。ハティはこの時、ラベンダー・ブラウンが意外と得意な分野では魔法の習得が早い魔女なのだと知った。
ロニーの支度が終わると、ハティはドミトリーに戻り、共用の棚からシュガープラム菓子店の焼き菓子の詰め合わせを引っ張り出してきた。夜になると、窓際のソファで紅茶を片手にプリシラとハティが本を読んだり、フィリパが雑誌を読んだりするのが習慣だった。ドミトリーの棚には、ルームメイトたちが実家から持ち寄った花柄のティーセットや、毎日のように梟が運んでくるお菓子が溢れている。
準備を済ませると、談話室でロニーと共にチェスをして時間を潰し、約束の時間の十五分前に寮を出た。
スネイプとのやり取りをロニーに話すと、ロニーは目を丸くして「あのスネイプが? あり得ない。ビルでさえあいつは嫌な奴だって言ってるよ」と気味悪がっていた。ロニーの中で長兄のビルの主張は一種の評価指標になっているようで、ハティがスネイプに抱いた「意外と面倒見の良い教授」という印象は間違っているようだった。
「ねえ、ロニー。ハーミスは大丈夫かな?」
「わかんない。だけど、昼にネヴィルが『ハーミスが部屋から出てこない。僕が失敗して迷惑をかけたせいだ』って談話室で泣いてるのは見かけたよ。ネヴィルもそんなに気にしなくていいのに」
「でも、あの減点は完全にグリフィンドールへの当てこすりだったわ」
もやもやとした気持ちを抱えたまま、ハティはクィディッチの校庭を横切って、禁じられた森の入口近くに建つハグリッドの小屋へと向かった。
ハグリッドの小屋は木でできた可愛らしいログハウスだった。玄関には石弓と防寒用の長靴、それに狩人が使うような道具が無造作に置かれていた。ハティがノックをすると、中から激しく扉を掻く音と、低い獣の唸るような鳴き声が聞こえてきた。
犬を飼っているのかしら? とハティが小首を傾げていると、「下がれ、ファング」と厳しく命令する声が聞こえ、扉が薄っすらと開いた。隙間から顔を覗かせたのは、もじゃもじゃの髭で覆われたハグリッドの顔だった。ハティたちの姿を認めると、ハグリッドは「よく来たな」と笑った。
飼い犬のボアハウンドがハティたちに突進しようとするのを抑えるのに苦労しながら、ハグリッドは二人を小屋へと招き入れた。
中へ入ると、ハグリッドが大きな体でこのこじんまりとした小屋に窮屈そうに暮らしているのがわかった。部屋は一部屋だけで、天井には保存食らしきソーセージや生ハムの塊、雉鳥、真鍮の鍋がぶら下がっている。壁には月の光を紡いで絹糸にしたかのような白く輝く束や、動物の角のようなものが掛けられていた。暖炉では銅のヤカンがぶくぶくと泡を浮かべて湯立っている。部屋の奥には巨大なベッドがあり、手作りらしきパッチワークキルトのカバーが掛けられていた。
雑然としているようで、家の中は整頓されており、生活感があった。
「素敵なお家ね、ハグリッド」
「そうか? 狭いがまあ、くつろいでくれや」
「ありがとう」
ハグリッドがファングの首輪を放すと、ファングは真っ先にロニーに飛び掛かった。ハティは反射的にロニーから距離を取った。
ロニーは恐怖に顔を引き攣らせて「うわあああ」と悲鳴を上げていたが、ファングは「くぅん」と愛らしい鳴き声を上げ、親しみを込めてロニーの頬や耳をべろべろと舐め始めた。ハティもロニーも、ファングが決して凶暴な犬ではないとわかったので、ロニーは「くすぐったいよ」と笑い声を上げていた。
「これ、お土産なの。シュガープラム菓子店の焼き菓子の詰め合わせ」
「お前さんは子どもなんだから、そんなに気を使う必要はねえぞ、ハティ」
ハグリッドは、ハティが差し出した焼き菓子の詰め合わせを前に、血相を変えてそう言った。
頑として受け取る気配がなかったが、ハティは親切なハグリッドに礼を尽くしたかったので、一歩も引かなかった。
「でもね、誕生日プレゼントに素敵な梟ももらったし、少しくらいはお礼をしたいの。受け取ってよ」
ハグリッドは思い悩むように呻いていたが、「そんなに言うなら、今回は受け取るが、次はいらねえ。わかったな?」と念を押して受け取ると、にっこり笑った。
「マクゴナガル教授とお茶をするときに茶菓子にさせてもらう。教授はシュガープラムの焼き菓子が好物だから、喜ぶぞ。な?」
「うん。教授はシュガープラムのフィナンシェが好きだしね」
ハティも頷くと、いまだにファングに圧し掛かられているロニーを振り返った。
「紹介が遅くなったけど、この子はロニーです。私のお友達なの」
ハグリッドはロニーの赤毛とそばかすを順番に見ると、「ウィーズリー家の子か? そうだろ。俺はお前さんの双子の兄貴を森から追っ払うのに、人生の半分を費やしてるぞ」と豪快に笑った。
ロニーは「フレッドとジョージったら」と気まずそうに苦笑いをした。
ハグリッドは大きなティーポットの蓋を開けると、ヤカンから熱いお湯を注ぎ、慣れた様子で手製のロックケーキを皿に取り分けた。
ロックケーキをフォークで切り分けようとしたハティは、かなり苦労しなければならなかった。何せ、名前の通りケーキは石のように硬かったので、行儀は悪かったが紅茶でふやかすしかなかった。
「うまいか?」
「おいしいよ!」
ハティは間髪入れずに答えて、ロニーに視線で合図をした。ロニーは熱い紅茶にむせながら「う、うん。おいしい」と何度も頷き、初めての授業やスリザリン生、スネイプの愚痴を意気揚々と語った。ハグリッドは「スネイプの奴は生徒嫌いで有名だからな。些細な減点は気にするんじゃねえ」と、減点を受けたハティを励ました。
「そういえば、二人はどうやって知り合ったの? 今までマグルの家で生活してたのに、ハグリッドと接点なんてできそうにないけど」
紅茶にたっぷりとミルクと砂糖を入れ、ふやかしたロックケーキを咀嚼しながら、ロニーが不思議そうに口火を切った。
ハティはハグリッドと顔を見合わせた。実のところ、ハティはハグリッドのことをよく知らない。彼が学生時代の両親を知っていて、とても親切にしてくれるので好感を持っていたが、ハグリッドとこんなに長く会話をしたのも初めてなのだ。
「俺は、ハティの親のことを知っていてなあ。リリーとジェイムズって言ったんだが、二人ともそれはええ奴だった。その二人の子どもだ、俺にとっちゃ姪っ子みたいなもんだよ。俺も親がいねえもんだから、ホグワーツに入学したらよくしてやりたいと思ってたんだが、マクゴナガル教授がハティんとこに入学説明に行った後、それはひどい養父母だったって怒って帰ってこられてなあ」
ロニーは栗色の睫毛を瞬かせ、大きなブルーの目をさらに大きくして、ハティとハグリッドを交互に見た。
「あのマクゴナガル教授が?」
「ああ見えて、厳しいだけじゃなくて優しい人なの」
ハティは言葉少なにそう答えた。
ロニーを含めたホグワーツの同級生の前で、ダーズリー家の話はしたくなかった。今までハティがどんな扱いをされてきたか。それを口にすることは、ハティ自身、いっそう自分が惨めになるようで、話したくはなかった。
ところが、ハグリッドは憤慨した様子でティーカップをソーサーに叩きつけた。
「あんなひでえマグルは、マクゴナガル教授も見たことがねえって仰ってたわ。そこらへんの度を越した純血主義者と変わらねえ。連中は魔法族自体を嫌悪しとるし、実の姪に対する愛情が一かけらでもあったら、物置部屋でペットみたいに生活させねえはずだってな」
ロニーは少し身震いをして、躊躇いながらも恐る恐る尋ねてきた。
「本当に、そんな生活を?」
「うん、まあね。そういうマグルが世の中にはいるってこと。わたしのお母さんがマグル出身者だったのが、ある意味、悪い方に働いてしまったの。養父母は魔法を嫌悪してたし、そもそもわたしの両親との関係も良くなさそうだったしね……ろくでもない人間だって、小さい頃から言ってた」
「リリーとジェイムズほど良い奴はいねえ! あの二人がろくでもない人間だとしたら、それを言った人間の目が腐っちょる! マクゴナガル教授に話を聞いてから、俺は考えたんだ。俺にお前さんの伯父さん伯母さんを罰してやることはできねえが、十一歳の誕生日は今までの分まで盛大に祝ってやろうってな。あの日、ダイアゴン横丁に行ったときにマクゴナガル教授と色々準備してたんだが、グリンゴッツへのお使いを頼まれてなあ――」
「グリンゴッツにお使い? それで、ホテルのレストランに来られなかったんだ?」
「それって、あたしとハティがダイアゴン横丁で出会った日? ちょうど、グリンゴッツに強盗が入った日だよね! ハグリッドは現場にいた?」
ロニーの言葉に、ハグリッドは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
「な、なんでそんなことをお前さんが知っとるんだ?」
明らかに動揺した様子のハグリッドに、ロニーは訝しげな顔をしながら、にっこり笑った。
「あの日、あたしもダイアゴン横丁にいたんだよね。それに、グリンゴッツに強盗が入ることはそうそうないから、日刊予言者新聞に出てたよ」
「そ、そうか。まあ、みんなびっくりだろうな。そういえば、お前さんの二番目の兄さんのチャーリーは今どうしてる? あいつの在学中は魔法生物の話でよく盛り上がってなあ。いまだに俺のお気に入りの生徒の一人だ」
そう言って、ロニーに尋ねた。
「チャーリー?」
突然の話題の転換に、ロニーは拍子抜けした声で聞き返した。ハティも違和感を覚えて思わずハグリッドを見たが、ハグリッドはハティとロニーにロックケーキを勧め、「チャーリーとは、あいつの在学中に魔法生物の話でよく盛り上がってなあ。いまだに俺のお気に入りの生徒の一人だ」と早口で言った。
すでにロックケーキを一切れ食べ終え、歯が折れんばかりの凶器めいたスイーツだと知っているロニーは、慌てたように「あたし、お腹いっぱい! チャーリーなら元気だよ!」と断りを入れた。
「チャーリーならルーマニアの保護区でドラゴンキーパーをしてるよ。毎日、怪我や火傷だらけで大変だけど、すごく楽しいって手紙に書いてあった」
「ルーマニアの保護区っちゅうと、純血種のルーマニア・ロングホーンの生息地だな。あいつは魔法生物の中でもドラゴンが好きだったからなあ。よくドラゴンの保護活動をしたいって言ってたよ。俺もドラゴンを飼うのが夢なもんだから、羨ましい限りだな。うん」
夢見るように呟いたハグリッドに、ロニーは血相を変えて頭を振った。
「ドラゴンを飼うのが夢!? 駄目だよ、そんなの犯罪だよ」
「そうなの?」
「そうだよ! ドラゴンってポーションとか杖の材料になるから、昔はたくさん密猟されてたんだよ。だけど今じゃ、ほとんどのドラゴンが絶滅危惧種だし、保護区でマグルに見られないように保護されてるんだよ! 一般の魔法使いがドラゴンを育てるのは禁止されてるし、もし暴れたら、大人の魔法使いが十人はいないと気絶させられないってチャーリーが言ってた!」
「絶滅危惧種だったんだ……じゃあ、飼えないね、ハグリッド」
ハグリッドは気まずそうにハティから目を逸らし、「うん……まあ、わかっとるんだがなあ」と釈然としない様子で呟いていた。
ドラゴンはポーションや杖の材料になるくらいなので、よほど魔力を秘めた魔法生物なのだろう。マグルの社会ではドラゴンは架空の生き物だとされているので、魔法使いたちがいかにマグル社会からドラゴンを隔絶しているのか、ロニーからの僅かな情報だけでも、その苦労が窺える。
結局、外が暗くなるまで三人のお茶会は続き、ハグリッド自身の話やウィーズリー家の男子たちの話で盛り上がった。
夕食ぎりぎりまで話し込んでいたハティとロニーは、慌てて大広間へと駆け込んだ。一年生の授業は月曜日から金曜日までで、土日は休みであるため、同級生たちは疲労と達成感が入り交じった顔で、一週間の授業がどうだったかを話している。初めての休暇を迎えるとあって、興奮した様子の同級生たちもいた。
そんな中で、偶然ハティとロニーの向かいに座っていたネヴィル・ロングボトムは、気落ちした様子でソーセージをフォークで突いては溜息をついていた。
「ネヴィルったらどうしたの? 食べないの?」
「食欲なくて……」
ネヴィルは小さく呟いて、悄然と俯いた。
「僕のせいでハーミスがスネイプに減点されたって聞いたの。それで、ハーミスはかなり落ち込んでて、ずっとドミトリーのベッドから出てこないんだ。一緒に夕食に行こうって声をかけてみたけど、答えてくれなくて……き、嫌われちゃったのかなあ……」
ハティとロニーは顔を見合わせた。
確かにネヴィルの失敗が原因でハーミスはスネイプに減点されたが、ネヴィル自身に非があるわけではない。本来であれば、ハーミスの減点は不当であるし、スネイプがグリフィンドールを異様に目の敵にしていることは、ハグリッドでさえ知るところであった。しかし、ハーミスの嘆きはそれだけが原因とは思えなかった。魔法薬学の授業後のシェーマスやケビンの言動を鑑みると、彼はどうやら同級生たちとうまくいっていないようだった。
「嫌われてはいないと思う」
ハティは慎重に言葉を選んで答えた。
「ただ、すごく準備をして授業に出ていたようだったから、多少はショックだったんじゃない? だけど、スネイプの減点って不当なものだと思うから、ネヴィルのせいでもハーミスのせいでもないよ。少し寝たら元気になるわよ」
「そうだよ。大体、あいつがスネイプの授業で空気を読まずに悪目立ちをするから悪いんだよ」
ロニーが尖り気味の顎をつんと上げて、傲然と言い放った。
ハティは慌てて、ロニーがこれ以上失言しないようにテーブルの下で彼女の足を踏んだ。
「いたっ!」
恨みがましい視線を投げてくるロニーに頭を振って、「あんたこそ空気の読めない発言はしないように」と諫めようとした矢先、物言いたげな顔をしたディーンが「悪いな」と言いながらロニーの隣に腰掛けた。
「ディーン」
「ハーミスの話だろ? 俺も夕食に行こうぜって誘ってみたけど、来なかった。俺なんか、入学前からの知り合いでルームメイトなのにこれなんだぜ? 気にする必要ないよ、ネヴィル」
ディーンが肩を竦める。
口ぶりは軽やかだったが、ディーンの表情もまた優れなかった。ディーンも気にしているのだろう、とハティは推測した。なんといっても、ディーンはハーミス同様マグル出身の魔法使いであり、生粋の魔法族の子どもとマグル出身の魔法族との間に横たわる深い溝を、ハーミスの一件で敏感に感じ取っていた。ロニーは気づいていないだろうが、それはハティも理解していた。
ロニーはハーミスへの苛立ちから、ネヴィルは鈍感さから、ハーミスに向けられる冷たい視線に気づいていないのだ。それでも、ネヴィルのその敏感さが、ある意味ではハーミスにとって気楽かもしれない。ハティはそう思った。
「じゃあ、僕なんか余計ハーミスは答えてくれないね。僕は仲良くないし、迷惑をかけてばっかりだから……この前も変身術の課題を手伝ってもらったのに、僕はなんにもハーミスに返せてないの」
「そういう気持ちが大事なんじゃないかしら? 声をかけてくれる人がいるだけでも、ハーミスは嬉しいと思うわ。ネヴィルが嫌じゃないなら、夕食を取り分けて持っていってあげたら? 気持ちが落ち込んでいても、お腹はすくでしょうし」
「う、うん――僕、そうしてみる」
ネヴィルは何度も頷きながら、黄金の皿を片手に席を立って、ソーセージやグリルチキン、野菜を取り分け始めた。
ロニーはハティの隣でフライドポテトやローストビーフを少しずつ皿に載せながら、「なんでみんな、あいつのことをそんなに心配するの」と唸った。
「やな奴だよ。お高くとまってるし、いつも知ったかぶって知識をひけらかしてるし。ただのガリ勉じゃん。あたし、ああいうタイプの人間嫌い。きっと数年後、パーシーみたいになってると思う」
「ハーミスがナードっぽいのは、俺も少し思ってたけど……多分、あいつは必死なんだと思う。マグル出身だから魔法界のことも、魔法の呪文もなんにも知らないし、少しでも遅れを取り戻さないと授業についていけない。って、ホグワーツ急行の中で言ってた。だから、毎日勉強ばっかしてるんだと思うよ。俺も同じ立場だから、わかるよ」
思いやりのこもった口調で、ディーンはそう言った。
ロニーはそんなディーンの言葉に釈然としない様子で口を尖らせ、憤然と反論した。
「だから、それが鼻につくんじゃない。あたしたちだって、魔法の呪文なんて一つも知らないよ。だって、杖を持ったのは、あいつと同じ年齢になってからだもん。魔法族の子どもだからって、はじめから上手に魔法が使えるわけじゃないって、見てたらわかるでしょ? それなのに『君たちは魔法族の生まれなのに、こんなことも知らないのか』って偉そうにしてるから、ムカつくんじゃない」
「そうハーミスが言ってたの?」
ハティは目を丸くした。
「そういう感じだって、シェーマスたちは言ってたよ」
決然と言い放つロニーに、ハティとディーンは困惑顔になった。
話はこれで終わりだ、とロニーが厳めしい顔でローストビーフを食べ始めたので、三人はそれ以上ハーミスの話をすることはなかった。三人が揃って談話室へと戻ると、ディーンは男子寮に続く階段の前でふと足を止めて呟いた。
「俺はシェーマスと仲が良いけどさ、時々ハーミスの気持ちがわかるときがあるんだ」
「そうね、わたしも少し」
ハティも小さく頷く。
ディーンの言葉にはいろんな意味が込められているのだろう、とハティは思いながら、女子寮へと続く階段を重い足取りで上った。
1
ホグワーツに入学して初めての週末は、各教科の課題に追われることとなった。
変身術からは大量の課題が出ていたし、薬草学からはアグラオフィテスの植生に関するレポートの課題が出ていた――呪文学は初めての一週間だから課題は求めない、とフリットウィック教授が明言していたので、生徒たちの好感度はうなぎ上りであった――ので、ロニーは「クィディッチ競技場に遊びに行くどころじゃないよ!」と、ラベンダーたちとともにマクゴナガル教授の課題を前に、青ざめた顔をしていた。
ハティはすでに変身術の課題を完成させていたが、スネイプから課された罰則の一つ――火傷治療薬の調合が手つかずであったため、休日で授業がないのをいいことに魔法薬学の教室に向かい、巨釜の前でレシピを片手に一人うんうんと唸っていた。
「えーっと、バーベインの茎の絞り汁を大匙二、ハナハッカエキスを五滴、それからスナーガラフの豆から汁を絞り出して、凍結させたアッシュワインダーの卵を黄身と白身に分ける。オリーブオイルと精製水で最後に練ると……」
ハティは材料を前に苦笑いをした。
あの小さな軟膏を調合するのに、かなりの材料と労力が必要とされている。それも、ハナハッカエキス一つにしても、もともとはハナハッカという植物から回復に長けたエキスのみを抽出したものなので、すでにでき上がった材料で臨んでいるのに、ハティは小さな軟膏一つを調合するのが意外と容易ではないことに気づいた。
巨釜でお湯を沸かして、ハティが汗を拭いながらせっせとスナーガラフの豆に穴を開けていた。あまりにも硬くて、とてもナイフで割れるような代物ではないのだ。魔法界の植物って、どうしてこう奇妙なものが多いのかしら――とハティが顔を顰めていると、魔法薬学の教室の扉が開く音が聞こえた。
反射的に振り向いたハティは、そこに立っていた人物と目が合い、思わず固まった。
薄暗い魔法薬学の教室の中でも、煌めいて見えるプラチナブロンドの長い髪。白磁を思わせる白い肌に、青い炎を思わせる酷薄そうなアイスブルーの瞳。彫刻のような端整な顔は、無表情のせいかどこか近寄りがたく、冷淡に見える――ダフネ・グリーングラスだった。休日であるためか、彼女はマザーオブパールの釦をふんだんに使った白いドレスに繊細なレースのタイツを合わせ、その上には大粒の真珠をあしらった青紫色のローブを羽織っていた。プラチナブロンドの髪は真珠の髪飾りでシニヨンにしており、ローブと同じ色のとんがり帽子には白いレースのリボンがあしらわれていて、すごく瀟洒だった。
「あ……」
「…………」
ダフネは感情の読み取れない無感動な目で、ハティをじっと見た。
人形のような娘である。組分けの儀式前にヒューに対する暴言を吐いた場面を見ていなければ、ハティはダフネ・グリーングラスがただのクールで物静かな少女だと思っただろう。しかし、二人の関係性を知った今となっては、ハティはダフネに対して思うところがあった。家督を継ぐであろうヒューのことを、きっと彼女はよく思っていない。むしろ、ヒューの中に流れる半分の血を嫌悪している。
そう思うと、良い感情は湧いてこなかったが、ダフネ・グリーングラスが類い稀な美しい少女であることは認めざるを得なかった。
(悔しいけれど、フィルと同じで垢抜けていておしゃれ)
幼くして、自身を美しく装うことに慣れている様子だ。フィリパやプリシラもそうだが、良家の娘ならではなのかもしれない。
無言でダフネの観察をしていたハティは、彼女が蝋のように青白い顔をしていることに気づいた。こめかみから冷や汗が一筋流れ、唇は青紫色でわなないている。ハティを無感動に見つめていたのではなく、茫洋としていたのだ。
気づいたハティは慌てて席から立ち、入口に駆け寄った。
「グリーングラスだっけ? 顔色が悪いわ。椅子に座って」
「……あなたには、関係ないでしょ。私に構わないで頂戴」
ダフネは意識が朦朧としている様子だったが、毅然とハティの手を払った。彼女のもう一方の手は腹部を押さえており、腹部症状による体調不良であることは明らかだった。
「そんなこと言っても……」
「わたしに触らないでって言ってるじゃない! グリフィンドールのくせに!」
彼女の口調は激しくハティを拒絶していたが、ハティを押しのけようとする力は非常に弱々しく、ダフネにはその力がないことがすぐにわかった。その証明であるかのように、ダフネはその場にずるずると力なく崩れ落ち、座り込んだ。
「あんた、馬鹿じゃないの? 学校を卒業しても、スリザリンとかグリフィンドールとか区別して人付き合いするつもり? そんなんじゃ、まともに働けないわよ」
「純血の女が労働者になるわけないじゃない」
ダフネはこの上なく高慢な冷笑を浮かべたが、すぐに苦痛に顔を歪めてうずくまった。
ハティは、この高慢な女を助けるのはかなり癪だわ、とも思ったが、舌打ちをして華奢なダフネの体を抱え上げた。
「何するのよ!」
ダフネは驚いた様子でハティの腕の中でもがいた。ハティの髪を引っ張り、肩を殴るので、ハティは激昂して「そんなに嫌なら、一番高い場所から放り投げるわ」と言い放った。すると、ダフネは諦めたように大人しくなった。
こんな時こそスリザリンの寮監の出番ではないのか? とも思ったが、土曜日であるため、研究室にスネイプがいるはずもない。ハティは息切れをしながらダフネを抱えて地下廊を歩いた。地下に寮があるスリザリン生がいそうなものだが、土曜日であるためか人気がない。上級生たちは皆、週末にはホグズミード村で遊んでいる、とロニーから情報を得ていたので、出かけているのかもしれない。
十一歳の子どもが同い年の子どもを抱えて歩くのは容易ではなく、早くもハティの腕は音を上げてぶるぶると震え始めていた。最初は大きな口を叩いていたハティが「お、重い」と弱音を吐くと、ダフネは苦痛で呻き声を上げながら「落としたら承知しない……あんたの子孫の代まで呪ってやるわ。硝子細工のように、花のように私を扱うのよ」と憎まれ口を叩いた。
意外と元気じゃないの、とハティは思わず笑ったが、腕の筋力は限界だった。地上へと続く階段を仰ぎ、ダフネを抱えたまま上るのはマジできつい、と思い始めていたその時、背後から「君、大丈夫かい?」と慌てたようにこちらへ駆け寄る足音と声が聞こえた。
「え……」
「大丈夫? その子、体調不良なのかな?」
ハティが振り返る間もなく、声の主は二人の前に回り込んだ。
男子生徒だ。声は音楽的で、底知れない思いやりがこもっている。背はすらりと高く、眉目秀麗で、上品でありながら軟弱ではない美貌。レイヴンヘアの黒髪で、なんといっても心配そうにこちらを覗き込むグレイの瞳は、星のようにきらきらと輝いていた。
「えっと、そうなの。今から医務室に行くところで」
ハティがつっかえながら答えると、少年はにっこり微笑んで「君は女の子だし、医務室まで運ぶなんて大変だろ。僕が背負うよ」と請け負った。
ハティはどぎまぎしながら、見知らぬ少年の好意に甘えることにした。少年が裏地の黄色いローブを身に着けており、ハッフルパフの上級生だとわかったことも、大きな安心材料の一つだった。
「いやよ! そんなの――目立って噂になるじゃない」
「ミス・ハリエット・ポッターに医務室に連れていかれたっていう噂の方が、きっと目立つと思うよ。それに比べて僕は平凡なハッフルパフ生だから安心して」
少年は微苦笑を浮かべ、嫌そうな顔をしているダフネを軽々と背負った。
中央ホールに出た頃にはダフネが吐き気を訴え始めたので、二人は慌てて大階段を駆け上がり、医務室へと向かった。息を切らして大理石の回廊を走っていると、鉢植えを抱えたスプラウト教授が「ディゴリー、何事なの」と仰天したように三人を見て、足を止めた。
「体調不良なんです」
ディゴリーと呼ばれた少年は急いで言った。
「お腹が痛いみたいで」
ハティが言葉を引き継ぐと、スプラウト教授はディゴリーに背負われて青白い顔をしているダフネを見て、「まあ、ダフネ・グリーングラスね」と血相を変えた。
「先に医務室にグリーングラスを送って。ポピーとスリザリンの寮監のスネイプ教授には、私が報告しておきますからね……グリーングラスは安心するように。それから、ディゴリーとポッターの親切心に、ハッフルパフとグリフィンドールに五点ずつ与えましょう」
そう早口で言い、鉢植えを抱えながら来た道を引き返していった。
医務室へ到着すると、校医のマダム・ポンフリーは、休日であるにもかかわらず、しっかりと白衣を着込んで待ち構えていた。ハティはホグワーツの医務室に来たのは初めてだったので、物珍しそうに見渡していると、「その子をベッドに寝かせて」とマダム・ポンフリーがきびきびと指示をし、杖を掲げてベッドをぐるりとカーテンで取り囲むと、ダフネの診察を始めた。
五分ほどして、マダム・ポンフリーは硬い顔をしてカーテンから出てきた。彼女は何かを思案するように押し黙っていたが、ハティとディゴリーの不安げな眼差しに気づくと、眦を和らげた。
「安心なさい。ただの食あたりですから。しばらくは安静が必要ですけれどね。さあ、二人とも、数少ない休日を無駄にするわけにはいかないでしょう。後はわたくしに任せて」
「ありがとうございます」
ハティは気のない返事をして、医務室を後にした。
本当に食あたりだったのかしら? と疑問はあったものの、目の前の少年にお礼を言わなければならなかったことを思い出した。
「あの、助けてくれてありがとう。えーっと……ミスター・ディゴリー?」
「セドリック、セドリック・ディゴリーだ」
「セドリックね。すごく助かりました。医務室に連れていくって、グリーングラスに宣言したのはいいんだけど、実は医務室の場所すらわからなかったの。呆れるよね?」
ハティがそう言って同意を求めると、セドリックはにこりともせずに真剣な顔で「呆れたりしないよ」と言った。
「君が親切な人であることの証拠じゃないか。ハッフルパフに組み分けされなかったのが、不思議だよ」
「そう? でも、わたしはそんなにハッフルパフ的じゃないの。グリフィンドールとスリザリンとレイヴンクローで迷った末に、結局グリフィンドールに組み分けされたんだもの。だから、これはグリフィンドール的行為なの」
ハティは口の端で勝ち気に笑った。
「それじゃあ、君は勇ましい女騎士だ。クールだったよ、グリーングラスを抱えてるとき」
煌めくグレイの瞳にじっと見つめられ、ハティはなぜだかどぎまぎした。何なんだろう。このグレイの目を見ていると、胸が忙しくて仕方ないのだ。
「ありがとう。あなたも頼もしかった」
「噂のハリエット・ポッターがこんなに優しい子で嬉しい。僕は子どもの頃から君のことを聞かされて育ったから、素敵な人だといいなと思ってたんだ」
「わたしのことを、聞かされて育ったの?」
「うん。魔法界の子どもならみんなそうだと思う。少なくとも、僕は君が尊敬に値する人物だと母さんに聞かされてきたよ」
「でも、わたしはみんなが思うような魔女じゃないと思う。虫や蛞蝓が苦手な普通の十一歳なんだけどなあ」
「虫とか蛞蝓が苦手なんだ?」
セドリックは軽やかに笑った。
二人は気がつくと、揃って歩き始めていた。魔法薬学の教室に着くまでに、彼は「じゃあ好きなものは?」と質問し、ハティは「薔薇、苺のタルト、それに真珠」と答えた。気がつくと二人は夢中になって話していた。
セドリック・ディゴリーは二学年上で、ウィーズリー家の双子たちの同級生だと知った。おまけにウィーズリー家の近所に住んでいるようで、幼馴染ではあったが、さほど仲が良いわけではなさそうだった。ジョークや悪戯をこよなく愛する二人と、硬派な印象のセドリックは相性がよくないだろうということは、ハティにもわかった。しかし、共通点はいくつかあるようで、セドリックもまた、ハッフルパフのクィディッチチームの代表選手候補であるらしかった。
教室に到着すると、調合に集中するつもりが、気がつくとセドリック・ディゴリーの灰色の目がハティの脳裏に浮かんでいた。それでも何とか四苦八苦しながら調合を終え、ハティはグリフィンドール寮へと戻った。
ドミトリーではフィルがクローゼットをひっくり返し、絨毯の上は色鮮やかなローブやドレスで溢れかえっていた。
「ねえ、ハティ。明日のお茶会なのだけど、どのローブがいいかしら?」
「わたしはホグワーツ急行の時に着ていた、あの黄色のドレスが好きだけど」
「そうね。私もあれは一番のお気に入りなの。だけど、マリーンと色が被らないか心配だわ。マリーンはハッフルパフであることに誇りを持っていて、黄色が好きなんだもの!」
「じゃあ、赤色で対抗する?」
本から顔を上げたプリシラが、面白がるように目を細めて言った。
「いいわね! でも、明日は白でいくわ。清楚な新入生を演出したいんですもの」
その翌朝、ハティたちのドミトリーには一つの包みが届けられた。それはティファニーブルーの箱に詰められた、豪華な赤い薔薇一ダースであった。
「どうして見覚えのない箱がこの部屋に?」
「城のハウスエルフが朝のうちにここに運び入れたんでしょう? どなたからの贈り物?」
フィルは無遠慮に箱のリボンに挟まっていたカードを手に取り、名前とその裏に書かれたメッセージを読み上げた。
「えーっと、誰よりもグリフィンドールらしいハリエット・ポッターへ宛てて……すごく奇遇なんだけど、美しい薔薇が手に入ったんだ。園芸部に入ってる僕の友達が特別な薔薇を育ててるって話は昨日したよね? 金星の光を浴びて育つ薔薇は『女神の薔薇』って呼ばれてるんだけど、それが昨日の夕方に宵の明星の光を浴びて開花したんだ。魔法薬の材料にぜひにと友人がたくさんくれたんだけど、君にもよかったらもらってほしい。親愛をこめて、セドリック・ディゴリー。セドリック・ディゴリーですって! まあハティ、あなたがセドリック・ディゴリーと知り合いとは知らなかったわ!」
「昨日、たまたま魔法薬学の教室の近くで知り合ったの」
ハティは慌てて説明をした。
「体調を崩した子を見かけて、その子を抱っこして医務室に行こうとしていたら、代わりに背負って連れて行ってくれたのよ。言わば戦友だったってわけ」
「まあ!」
フィルは好奇心に目を輝かせて身を乗り出した。
「戦友相手にセドリックが薔薇を一ダースも届けて寄越したっていうの? それも貴重で特別な薔薇を、出会ったばかりのあんたに?」
「親切な人なんじゃない? ハッフルパフだし。フィルは彼のこと知ってる?」
「知っていてよ。三番目の兄のルロイが去年ハッフルパフを卒業したのだけど、それは美少年で性格も良いって、ルロイは大層セドリックを可愛がってたの。それにディゴリー家はオッタリー・セント・キャッチポールの住民の中でも古い家柄なんですもの。ディゴリー家は魔法大臣も輩出しているのよ。セドリックはたまらなく美男だし、頭がいいからどうかってマリーンも言ってたの。だけどハティ、今回はあんたに譲ってよ。だって、すごくロマンスの匂いがするんですもの」
「そんなんじゃないってば」
ハティは笑い飛ばしながら、マクゴナガル教授から誕生日プレゼントでもらったワインレッドのワンピースを身に着けた。この時ばかりは、普段は涼しい顔で我関せずと本を読んでいるプリシラも、戦の準備に余念がなかった。
プリシラはハティのワンピースを褒めながらも、「私、すごく綺麗な黒いレースのタイツを持っているのよ。そのワンピースにはそれが合うと思うわ」とハティにさりげなく助言をし、フィルは「母から真珠とエメラルドのイヤリングを持たされているの。今日はあんたの方が似合うわよ」とイヤリングを貸してくれた。
上流階級独自の服装のマナーがあるのかもしれないが、初めてのハティは目を白黒するしかなかった。
「そんなに着飾らなきゃいけないの? ただのお茶会じゃないの。しかも、子どもしかいないじゃないの」
「普段のお茶会はね。でも、今回は新学期が始まってから初めてのクラブなの。入学式と一緒よ――クラブをあげて、それはそれは豪華なパーティーを催して、新たな会員を歓迎するの。彼らは笑顔の裏で、私たちが重要な人間なのか、そうでないのか、必死に計算しているはずよ。そんなくだらない思惑をねじ伏せて、主役の座を奪い取るのが今日の目標よ。そのために、美貌と話術は最大の武器よ、ハティ」
フィルは力強く宣言した。
幼い頃から華やかな社交界で活動する彼女の説得力は、マクゴナガル教授の授業と同じくらいだった。
そうしているうちに、フィルとプリシラは着替えを終えたようだ。フィルは宣言通り、白いドレスに薄紗のラベンダー色のローブをまとっていた。生地は簡素な絹地のようであったが、よく見ると光の加減によって薔薇の刺繍が浮かび上がり、虹色に光っている。
「妖精の羽を織り込んであるのよ」
フィルは満足げに笑っていた。耳元には雫型のアメジストのピアスが光っており、仕上げにフィルは髪を結い上げ、こっくりとしたミルク色の白百合を挿した。
一方のプリシラは、白い絹のブラウスにフリルタイ、タイには大粒のサファイアのブローチをつけ、白いスラックスに編み上げのブーツといういで立ちで、上には金糸の刺繍も見事な水色のローブを羽織っている。そして頭上にはつばのない丸い帽子を被り、ユニセックスな装いであった。
「二人とも素敵ね。フィルは深窓の清楚なお姫様って感じだし、プリスは男装の麗人って感じで、目立つこと間違いなしよ」
「あら、ハティだって素敵よ。今朝届いた女神の薔薇のように華やかで、燃えるように美しいわ。今日は私たちがクラブの熱狂を奪うこと間違いなしよ」
「面白い話が聞けるといいんだけど」
「プリスは本当に男の人に興味がないのね! まあ、いいわ。行きましょう!」
フィルは軽くアメジストのピアスを弾いた。