ハリエット・ポッターの不思議な冒険 作:新参なめ子
ハニーバジャークラブの催しは黒い湖とヴィクトリアン様式の庭園に面した北塔の温室で行われた。
グリフィンドール塔を出たハティたち三人は、猫のように優雅な足取りで色とりどりの薔薇が咲き乱れる迷路のような庭園を通り、普段薬草学の授業が行われる温室が建ち並ぶ奥の敷地へ足を運んだ。
普段は危険な魔法植物が管理されている温室で、一年生は安易に立ち入ることをスプラウト教授に禁止されているがハティたちが招かれたのは実用的かつ研究のための温室ではなく、オランジュリーと呼ばれる類いの観賞用の温室である。円柱やペディメントを多用した作りで南側は全面ガラス張りで光を取り込んでおり、一部煉瓦も使用されている。円形の屋根は翡翠色で華やかなルネサンス様式の建物であった。
「ここは八号の温室で、各寮やクラブが申請すれば行事に使えるらしいの。普段はハニーバジャークラブが優先的に使っているけど、クリスマスの時期にはオーケストラクラブがここで演奏会を開いてそれは華やかだってクレメントが言っていたわ」
クレメントはフィルの長兄である。彼女は四人も兄がいるので、同級生の誰よりもホグワーツでの学校生活に詳しいと言えた。
ハティは華やかな温室を仰ぎ、気後れをしながらも訝る様に言った。
「だけど、こんな温室の中で暢気に演奏会なんて出来るの? スプラウト教授が危険な植物が多いから遊びで入るなって言ってたじゃない」
「いやね、ハティったら。八号の温室には観賞用の魔法植物かマグルの植物しか植えてないわよ」
「そういう用途の温室じゃないってこと。多分、社交活動用の温室なのよ。他の温室と違って見た目もあまり実用的じゃないでしょ」
プリシラの鋭い指摘にハティは他の温室を見渡した。
確かに一から七までの巨大な温室は明らかに魔法植物を栽培・管理するためのもので、その見た目も壮麗でありながら簡素な硝子の温室ときている。しかし、目の前にある七号の温室は外からでもオレンジ色や黄色い果実がたわわに生い茂っているのが見えるし、温室の中でも一際優雅な建築物であった。
「そんな立派な温室が、学生間の交流で使えちゃうんだ……」
「裕福なハニーバジャークラブのクラブ会員やOG・OBがホグワーツに寄付してるのよ。それでこんな場所で、優先的に華やかな催しができるってわけ」
肩を竦めて言う皮肉げにプリシラに、フィルは続けた。
「あら、貴方はくだらないと思っていそうだけど私たちにとってはマーリンの助けよプリス。演奏会にお芝居に、仮装パーティ。これから楽しいことがいっぱいだわ。それにどちらにしても、私のお父さまと貴方のお父さまは富裕なるものの義務として寄付をしなければならないんですもの。だったら、その特権を十分に活用すべきでなくて?」
「私も寄付すべき?」
飄々とハティが訊ねると「貴方は子どもじゃないの!」とフィルとプリシラが異口同音に答え、笑い飛ばした。
一
オランジュリーの中は天井が頭上を仰ぐほどの高く、季節外のオレンジやレモンがたわわに生い茂り柑橘類の爽やかな香りを漂わせていた。南側からは硝子を通して温かな陽光が差し込み、頭上には藤の花が咲き乱れ、藤棚につるされた籠は一人でに優雅に揺れている。その籠からピンク色の艶々とした粒は雨のように地面に零れ落ち、弾ける様にピンク色の花を地面に咲かせた。
「フィル、プリス! あの花はなんなの? 魔法?」
「
おっとりとした声とともに現れたのは、クリーム色のガウンを纏った上級生であった。
髪は輝くハニーブロンドで後頭部でリボンの形に結い上げている。頭上には白いとんがり帽子を斜めに被り、つばには大輪の白い薔薇が飾られていた。首元と耳もとには光沢と艶のある上質の真珠のネックレス、透け感のあるクリーム色のガウンはふんわりと地面に向かって幾重にも広がっておりところどころ縫い付けられた色石が陽光を反射して煌めく。
深窓の令嬢といったいで立ちの上級生をハティは知らない筈であったが、アイルランド訛りの発音と、優し気な笑顔には強烈な既視感があった。
「あなたは……」
「ホグワーツ急行でもお会いしたわね、ミス・ポッター。なんて礼儀正しい新入生かしらって、あの時感心していたのよ。私はマリーン・ダーハム、ハニーバジャークラブにして友愛団の会長よ」
白いレースで覆われた手に握手を求められ、ハティは反射的に握りしめ「はじめまして、ハティ・ポッターです」と困惑しながら挨拶をした。
フィルとプリシラは既にマリーンと知己であるのか、慣れた様子で笑顔で抱擁を交わし口々に「お久しぶりね」と挨拶をした。
「マリーンの家のダーハム家はアイルランドの名家なのよ。私の母もアイルランド出身だわ。だから、子供の頃からすごく仲良しよ」
フィルはにっこりと笑った。
「フィル、ポップルウェル夫人はは元気でいらっしゃる? 貴方がスリザリンに組み分けをされなくて、お母さまはすごく残念がっているのではなくて?」
「ええ、でも吼えメールは来なかったわ。まず、最初の息子のクレメントがグリフィンドールに入って母の伝統を破ったでしょう。ルロイはハッフルパフだったし、レニーはレイヴンクロー、唯一のスリザリンのエドでさえも卒業したら多少、学閥は関わってくるかもしれないけど出身寮で人間関係の全てが決まるわけじゃないって言ってるんだもの。母はさほど驚きがなかったみたいだわ。むしろ、子どもたちがそれぞれ別の寮に入ったのは個別性に応じた子育てをした結果だって開き直ってたみたいよ」
「夫人らしいわね」
マリーンはくすくすと上品に笑って、次にプリシラを見た。
「プリス、あなたが反逆者になることを私とオスカーは二ガリオン賭けていたのよ。予想通りの結果だったわ」
「予想通りの結果すぎて、おばあ様は怒りで卒倒したってお母さまが言っていたわ。吼えメールの一つでも来るかと思ったけど、これ以上ビリディアンの恥を晒したくなかったみたい。私がある意味ビリディアンの歴史に汚名を刻んだわけだし」
プリシラは薄っすらと冷笑し、ローブをはねのけて腕を組んだ。ローブの下は、男物の軽装だが彼女の切りそろえた髪もあいまって貴族の子弟のように馴染んでいる。
「何が汚名ですか。こんなに誇らしいことはないわよ。貴方が自由を選び取った結果ではないの?」
「それもそうね……でも完全勝利とはいかなったの。だって、おばあ様の過激な純血思想を受け継いだユニスがスリザリンに入ったんですもの。これから先の七年間はきっとユニスを使ったおばあ様との代理戦争になると思うわ」
「退屈嫌いの貴方にとっては、ある意味楽しいゲームの始まりではないかしら?」
マリーンは小首を傾げて、口の端で悪戯っぽく笑いながらさらりと流した。
おっとりしているが、意外と同情的ではないのだな。とハティが探る様にマリーンを見ていると、その青い目がくるりとこちらを見た。
「ハティ、貴方はポッター家の伝統と血を存分に受け継いだわね。貴方はやはりポッター家の血の定めに生まれた娘だわ」
「わたしの父の家系のことをご存知なんですか」
「旧い家ですものね。貴方のおじいさまは、ジェイムズ・ポッターが生まれてから社交界を嫌って長い間田舎暮らしをしていたようだけど、英雄の定めからはやはり逃れられないようね。とはいえ、わたしたち友愛団は貴方の家系とは縁深い間柄なの。貴方がここに来たのは、運命的だわ――こちらにいらして」
そう言ってマリーンは南に面した硝子へとハティたちを誘った。
ピンク色と薄紫色の芍薬にも似た大輪の花を散らしながら歩くさまは楚々として、マリーン・ダーハムはこの温室の女主人であるかのようにこの上なく優雅であった。
マリーンは硝子の前でぴたりと足を止めると、硝子越しに見える美しい庭園を指さした。ハティたちが来るときに通りがかったヴィクトリアン様式の庭園である。
「綺麗なお庭でしょう? この庭を造園したのはシメオン・ポッター、貴方の先祖です。優れた造園家で、魔法薬学者だったの。彼もハッフルパフで、この友愛団の一員だったのよ」
「友愛団の一員?」
「ええ。ポッター家はしばしば優れた魔法薬学者や造園家、英雄的人物を輩出している。貴方は何になるのでしょうね?」
マリーンが優雅に振り向く。彼女の透き通った湖水のような青い目は、まるで見透かすようにハティを見ていた。
招待された新入生はフィルが言っていた通り、寮を限定していないようだ。中にはホグワーツ急行で出会ったテリー・ブートと数名のレイヴンクロー生、それからハッフルパフからも数名の男女がおりハティの知る人物だとスーザン・ボーンズがいた。とはいえ、流石にスリザリンの学生は少ないようでハティの学年から招待されたのはたったの二人のようだった。
バタービールやギリーウォーター、アイスさくらんぼのシロップソーダ、ガーディルードのハーブティ、パンプキンジュースと様々な飲料水が透き通ったグラスに注がれ、テーブルの上で汗をかいている。給仕しているのは非常に小柄な生き物であった。
身長は一メートルにも満たない。毛髪はなく頭はつるりとしており、その横に耳が蝙蝠の羽のように垂れており、目も水晶玉のように丸くて大きかった。
「あれは何の魔法生物なの?」
ハティは驚いて思わずフィルの袖をひいた。
「ああ、ハウスエルフよ。我が家にもいるわ。由緒ある魔法族の家に仕える妖精よ! 驚くことはないわ、彼らは私たち魔法族に忠実なんだもの。エルフ、アイスさくらんぼのシロップソーダをちょうだい」
フィルは慣れた様子でハウスエルフに命じた。
フィルはハウスエルフのいない家では生活ができない。と豪語するほどのお嬢さまであり、彼らに命令することに何の恐れも躊躇もない様子であった。主人としての振る舞いが板についており、彼女は当然のようにハウスエルフが浮遊させた真っ赤なシロップソーダを受け取ると華やかに笑った。
「ハティ、プリス。この時間を楽しまなくては損よ! さっきマリーンにマクミラン家の御曹司を招待してるって聞いたの。レイヴンクローからはアクラムにヒューに、テリー・ブートでしょう? 会わなければならない男の子はたくさんいてよ。私、時間を無駄にできないわ! 早く行きましょうよ!」
そういうと、薔薇の刺繍が施された透き通るローブを翻してフィルは足元の花を散らしながら小走りに招待客の中へと飛び込んでいった。社交的なフィルは早速、物怖じせずに他寮の上級生に笑顔で声をかけており彼女の美貌と魅力はすぐにハニーバジャークラブの住人たちの歓迎を受けた。
振り向いて「こっちに来て、二人を紹介したいのよ」と声をあげるフィルに、プリシラはこれみよがしに溜息をついて、ハティは慌ててハウスエルフに「何でもいいから飲み物をちょうだい」と声をかけた。
「〈思い込みプラムのフローズンカクテル〉でございます、お嬢様」
「ありがとう!」
ハティがカクテルを受け取ると、プリシラもギリ―ウォーターをハウスエルフから受け取り、颯爽とハティの隣に並んだ。彼女はハティが手にした桃色のカクテルをちらりと見ると「ハウスエルフにしてはなかなか良いチョイスね」と呟いた。
「なにが?」
「それって別名、飛行船プラムとか啓蒙プラムって呼ばれていて、食べると思考が冴えるのよ。私もよく小説の展開に悩んだ時に食べるのよね。その人が持ってる能力以上に冴えたアイディアは与えてくれないけどね」
「なにそれ、おいしいの?」
ハティは真剣な顔で訊ねた。
ハリエット・ポッター、十一歳。食い意地が張っているので、彼女が重要視するのは飲み物としての優秀さであった。
プリシラは今にも声をあげて笑い出したいのを我慢して、口元をぴくぴくとさせながら「おいしいわよ、安心してちょうだい」と優しく請け負った。
フィルはさっそく社交界の中心に入っていったが、ハティとプリシラを愛しており、ことにハティに熱狂していた。彼女は誠意ある人物で、自身を大事にしながらも他者に対して高慢に振舞うことなく、「汝、自身を愛し隣人を愛せよ」というのが彼女の生き方になっているように思われた。フィルが笑顔をひらめかせ、ひとたび言葉を発すると彼女の友人は雪だるま式に増えていき、そのどこにでもハティとプリシラを連れていくのでハティたちは早くもハニーバジャークラブの上級生に一目置かれる重要人物として、他の新入生の羨望と驚嘆の視線を集めた。
勿論、そこにはハニーバジャークラブの会長であるマリーン・ダーハムの後ろ盾があったことは言うまでもない。
「マリーンってどうしてあんなにわたしの家に詳しかったのかしら」
フィルにはさっそく崇拝者が出来た。新入生から上級生と年齢を問わず、フィルを囲んで競うように彼女の美しい微笑みを花開かせようと熱愛する男子生徒たちを眺めながら、ハティはぼんやりと呟いた。
プリシラは代わる代わる現れる新たな登場人物たちに疲れてしまったようで、大きな欠伸をして苺とクリームが挟まったマカロンを手にとった。
「多分、叔父さんの受け売りなんじゃないかしら?」
「ミス・ダーハムの叔父さんは、系図学者だからね。ハイ、ハティ」
プリシラの言葉を引き継ぐようにして言ったのは、テリー・ブートであった。彼は爽やかに笑って「ここ、座っていいかな? 疲れちゃって」とハティたちの向かいのソファーを見た。テリーの背後には彼の友人らしきブロンドとダークヘアの巻き髪の少年が所在なさげに佇んでいた。
「どうぞ――わたしたちも休憩してるところなの。それにしても、こんなところで、テリーと出会うとは思わなかった。ホグワーツ急行以来じゃない?」
テリー・ブートはハティたちに御礼を言うと、少年二人に「座ろうぜ」と声をかけてソファーに腰を下ろすと微笑んだ。
「君、遊びに来るって言ってたのに結局来なかったし」
「もう気付いてると思うけど、わたしって結構空気の読める人間なのよ。テリー。あの後、ルビーは大丈夫だったかしら?」
「うん、泣き止んではいたけどあの後の展開はあまりルビーの為にはならなかっただろうな」
テリーは苦笑した。
ハティもハーミスから事の顛末を聞いていたので、ディーンたちの正義感に駆られた行いを知っている。その後、ルビーはスリザリンに組み分けされたのだから肩身が狭かったことだろう。
ハティの言葉は社交辞令で終わったわけだが、テリーは口で言うほど残念がっている様子はなかった。二人の関係はホグワーツ急行
「二人とも、ルビーを知っているの」
プリシラは少し驚いたようにハティとテリーの顔を順番に見た。
ハティはプリシラの口から彼女の名前が出るとは思わず目を瞠った。
「プリスこそ」
プリシラはしばらく黙ってから口を開いた。
「……あなた達がルビー・ダンクワースのことを言っているなら、知っているわ。ルビーはなんというか、私やフィルの幼馴染なのよ。あまり仲良くはなれなかったけれど」
「君の立場ならそうだろうね、プリシラ・プセット」
テリーは静かだが、厳かな口調で言った。
含みのある物言いにハティが訝る様に二人を見ていると、プリシラは表情を曇らせて落ち着きがない様子で膝の上で手を揉み始めた。
「私は貴方の事も知っているわ、テリー・ブートでしょう? 貴方はアメリカの社交界の方が縁が深いから、ブリテンの旧家の子どもたちの集まりにはあまり顔を出さなかったわね」
「うん、まあね。あっちの方が民主的で、開放感があるし。ブリテンの社交界は、かなり保守的だから僕には閉塞的に感じるよ。まあ、母国はブリテンなわけだから色んな情報は仕入れてるけどね。君の微妙な立場はお察しするよ。とはいえ、今は大切な友達と一緒だし暗い話はしたくないな。紹介させてくれる? アンソニー・ゴールドスタインとマイケル・コーナーだ」
ブロンドの少年がアンソニーで、黒髪の巻き毛の少年がマイケルのようだ。
アンソニーはにっこりと親し気な笑みをたたえて、ハティとプリシラに手を差し出した。
「よろしく――エロウェン・ウォーターストンの孫と、あの有名なハリエット・ポッターと知り合えて光栄だ」
アンソニーの言葉に、プリシラはかなり嫌そうな顔をしながら握手に応じた。
エロウェン・ウォーターストンといえばラベンダーが組み分け儀式のときに話していた恋愛小説作家である。ちらりとプリシラを見ると、彼女は奥歯を噛みしめながら「エロウェンの孫よりも、オブスキュラス出版社の令嬢って呼ばれる方がマシだわ」と低い声で言った。
「祖母とは仲が悪いのよ。あの人、かなりの激情家だし、自分の言う通りにならないことが我慢ならない人なの。どうして、あんなに繊細な恋愛小説が書けるのか不思議よ」
「ビリディアンの夫人らしいね」
アンソニーが失言をしたことに気付いた様子で、しまった。という顔をした。すぐに挽回する為にぎこちなく笑って言い添えたが、これもプリシラの地雷だったようで彼女は下唇を噛んで目を眇めた。
「ええ、そうね。私が受け継いだのは、創作活動と本が好きというところくらいかしら」
ハティが言葉の意味を理解できないながらも、険悪な雰囲気をかんじとって目を白黒しているとテリーが居心地が悪そうに乾いた笑い声をあげた。
「実にヴィンディクタス・ビリディアンの子孫らしいよ、彼も優れた作家だった。きっと君もそうなるね、プリシラ。みんな、知ってるかい? 僕たちはたくさん共通点があるんだ。君はホグワーツ校長の子孫、僕はイルヴァモーニーの創設者の子孫だろ、それからアンソニーはニュート・スキャマンダーの親戚だし、ハティは君自身が有名なことは勿論エイブラハム・ポッターの親戚だし、マイケルは……マイケルは……」
「ただの魔法使い」
マイケル・コーナーは少し気分を害したようで、素っ気なくそう言った。
「何言ってるんだい? マイキー! 僕たちはコネで招待されたが、君はその顔で招待されてる! ロジャーが言ってたよ、”今年、レイヴンクローに入った一年の中で俺の立場を脅かす奴はヒュー、アクラム、マイケルの三人だ”ってね。君は純粋に、実力でこのクラブに招かれたんだ。もっと誇れよ!」
「それって誇れることなのか? マリーンが面食いってだけじゃ……」
「そうそう、顔も才能の一つだよ。マイキー。ロジャーはレイヴンクローにしては才能がないけど、あの顔で魔女を誑かしてレポートを献上させて、毎年良い成績をおさめてるらしいよ! レイブンクローでは顔も才能だよ、マイキー」
とテリーに続いてアンソニーが熱弁した。
説得にしてはかなり強引ではないだろうか。とハティが顔を引き攣らせていると「そうだそうだ!」とテリーが声をあげて何度も頷いた。
「それって、かなり卑怯な男じゃないか?」
と呟きマイケルは釈然としない様子だったが、親友二人の勢いに気圧されて強引に納得させられていた。
「まあ、とにかく有名どころが集められているようだね」
「マリーンはそれなりに人を見る目があるもの」
”それなりに”という言葉に含みがあるような気がしたが、プリシラは直接的な物言いはせずにギリ―ウォーターを舐めた。
ハティも思い込みプラムのカクテルを飲みながら「そういえば、エイブラハム・ポッターって誰なの」とテリーを見た。
「ああ、そっか……ここはブリテンだから知ってる人は少ないのかなあ。MACUZA……アメリカ合衆国魔法議会の暗黒期に活躍した初代
「一六〇〇年台はアメリカが植民地だった時代で、欧州から北米にたくさんの人が移民したもんね。そのうちの一人だったのね」
ハティの直接的な先祖ではないものの、ポッター家が英雄的人物を輩出しているとマリーンが言っていたのは彼のことなのだ。ハティはアメリカに自分の知らない親戚がいるのだと思うと、感慨深い気分になった。この世に一人きりではないような気がした。だけど、彼らがハティを迎えに来なかったということは、彼らもハティのことを知らないか、親戚と思っていないに違いない。
ハティが表情を曇らせて黙り込んだのを見て「そういえば」とアンソニーが口を開いた。
「グリンゴッツの強盗の話、知ってるかい? 叔父さんがグリンゴッツに勤めてるんだけど結構面白いことになってたみたいだよ」
「面白いことって?」
プリシラのアッシュブルーの目が好奇心をくすぐる話題にきらりと光った。
「それが強盗に入った金庫の中だけど、金庫破りされた時には既に空だったんだって」
「それってどういうこと? あのグリンゴッツに押し入ってそれって、とんだ無駄足じゃないの」
そう言ってプリシラは恐ろしそうに肩を震わせた。
「そうとも言えないよ。グリンゴッツは被害がなかったことで、調査をしなかったんだ。これで不備が出ようものなら、僕たち魔法族にグリンゴッツの経営権を再び奪われかねないからね。連中は常に抜け目なく僕たち魔法族の情勢を見てる」
アンソニーは目を細めて、乾いた唇を舐めた。
ハティはマカロンを齧りながら「空の金庫に強盗ねえ……」と思案した。なにか引っかかるものがあった。最近、グリンゴッツの話題をどこかで聞いたような――と思考を巡らせ、ハティは気付いた。
グリンゴッツの強盗があったその日、ハティもロニーもダイアゴン横丁にいたのだ。そしてハティ意外にもあの日突然、グリンゴッツに足を運んだ者がいる――ハグリッドだ。彼は”グリンゴッツへのお使いを頼まれた”と言っていた。ハティでさえゴブリンのファミリージュエリーを預けていることに危機感を覚えるというのに、容易く他者に銀行への使いを頼む人物がいることに違和感を覚えた。
誰に? 何のために?
だが疑問に思ったその時、思わぬ人物が招待客の中を横切ってハティの思考は途切れた。
貴族が着るような、青い金糸のジャケットと白いスラックスに、フリルタイ、首元に大粒のエメラルドのブローチをつけた少年がハティに気付いていない様子でマリーンと話している。ハティの目は、たちまち彼一人に吸い寄せられた。
ヴェネツィアンブロンドは無造作にセットされており、耳もとにはエメラルドがはめ込まれたゴールドのフープピアスが光っている。普段は質の良い簡素な装いをしているが、ハティにはそれが誰かわかった。
歩き方、ストレスを感じた時に指のささくれを触る癖、首の傾げ方。ハティがこれほど知り尽くしているものを、同じように仕草にあらわす人間がいるわけがない。
ハティは反射的に立ち上がり、小走りに駆けだした。少年は、マリーンと離れてもう一人のブロンドの少年と一緒に飲み物を受け取る為かハウスエルフのもとに向かっていく。
追いついたハティは後ろから声を上げた。
「ヒュー・フィールディング、この薄情者!」
「ひっ!」
ヒューは飛び上がって、慌てた様子で振り向いた。隣の少年も振り向き、南国の海のような青い目を丸くしている。一方のハティの目当てのヒューは、泡を食った様子だった。
「な、なんで!」
「なんでってこっちの台詞よ、どうしてここにいるの。ここにいる暇があるなら、わたしの手紙の一通でも書けたでしょう?」
「しっ! 静かにしろ」
「はあ?」
ヒューは焦った様子で左右を見まわした。ハティと話しているところを見られるのは、まずいとでも言うかのように。
彼がアクラムとともにオレンジの木の影に隠れたので、ハティも後に続いた。招待客たちはハティが温室の隅に身を潜めたことなど気付いていない様子だった。
「なんでこうなるかなあ。なんでお前が招待されてるんだよ」
「友達の付き添いで来たのよ。フィリパ・ポップルウェル」
「煤の魔女の付き添いかあ……彼女パーティガールだからなあ」
アクラムが黄金色の髪を指に巻き付けながら、面白がるように口を挟んだ。
一方のヒューは不機嫌であることを隠しもせずに軽くハティを睥睨した。
「お前さ、こういうの向いてないと思うからあの素朴な赤毛の友達と一緒に芝生の上でピクニックでもしてろよ」
「わたしに向いてないってどういう意味よ!」
うなるようにヒューは言った。
「あの女……マリーン・ダーハムってアイルランドの純血一族で、腹黒い女だぜ? おっとりした顔と言葉で、争いは嫌いです。仲良くしましょう。って公言してるけど、今頃頭の中じゃどいつが自分の役に立つか計算してる。ちなみにお前も計算のうちの一人な」
「それってどういうこと」
怪訝に眉宇を顰めるハティに、アクラムはふうっと溜息をついて肩を竦めると口を開いた。
「エリンの旧家の魔法族はああ見えて気位が高いのさ。マルフォイ家をはじめとする純血家系の殆どはノルマンディコンクエスト以降にブリテンに入植したノルマン人の家系だけど、エリンの魔法族たちは自分たちこそケルトの流れを汲む神聖な魔法族だって信じてる。マルフォイ家はせいぜい王の下僕に過ぎなかったが、エリンの魔法族は王をも傀儡とするドルイドの子孫で格が違うって言うのがあいつらの本音」
「ド、ドルイド? 下僕?」
「お前さ、こんなところでちやほやされる前に歴史のお勉強した方がいいよ」
訳知り顔ですらすらと説明するアクラムと、しどろもどろな自分に白い目を向けるヒューを見るにつけ、ハティは次第に不愉快になってきた。
別に自分はヒューやアクラムが語るような思惑を知っていてのこのことここに来たわけではない。ただパーティをおおいに楽しみ、有力な人間関係を築くためにやってきたのだ。なのに、まるで浮かれた馬鹿みたいな扱いをされるのは、ひどく屈辱であった。
「わたし、まだ入学して一週間しか経ってないのよ。しかも、十一歳なの。そんな深いこと考えながら、授業なんて受けてないわよ。むしろ、二人の方がマイノリティよ!」
ハティの叫びに、アクラムは肩を竦めて、ヒューは嘆息した。笑み一つ浮かんでいないその美しい顔には、無視できない失望の色が浮かんでいた。ハティは自分の口から無意識に出た言葉を自覚し、たちまち恥ずかしくなった。何を言っているのか、自分は。まるで癇癪を起こした子どもである。
しかし確かにそれは本音であった。
二人の青い目に真っ向から見つめられるのは、今となっては恥ずかしくて仕方がなかった。ハティは思わず後退り、目を伏せた。
「わ、わたし、子どもみたいなこと言った……とりあえず帰る……」
ハティは身をひるがえして駆けだした。それは敗走だった。
一目散に温室を飛び出したハティはグリフィンドール塔へ戻り、普段であればペチュニア譲りの潔癖さで外出着のままベッドに横になったりしないのにベッドに飛び込んでぶ厚い天蓋を下ろした。
「何が啓蒙プラムよ。冴えた思考なんて何一つ出てこないじゃない……無知な子どものままじゃない」
ただひたすらに恥ずかしかった。悔しかった、何も知らない自分が。
二
「いいの? 追いかけなくて」
「あいつと仲が良いって、マリーン・ダーハムとか他の連中に知られたくない。利用されるのは御免だからな」
ヒューの声は流れるようで、軽やかではあったが、見事に冷ややかだった。
その声音が指しているところに気付いて、アクラムは薄っすらと笑う。
「ハリエット・ポッターに巻き込まれて利用されるのが嫌なんじゃない、彼女を攻撃するための道具になりたくないってことか。お前、勘違いされてると思うよ? 貴族たちへの汚い根回しが僕がするので、君はダグボッグどもと関わらないでくださいって素直に言えばいいのに」
「そんな歯の浮くようなこと、俺が考えているわけないだろ」
「協力してやろうか? お前と俺は利害が一致しているわけだし」
やさしい声でアクラムは言った。彼はその気になれば、人の心を惑乱させるような蠱惑的な人間になれる。それは闇の帝王を喪った安堵と失望の中で無邪気に育ったドラコ・マルフォイにも、自尊心が高く人に屈することが出来ないヒュー・フィールディングにもできないことだった。
「俺はもうずっと前から覚悟を決めてる。家を守るためなら、害毒になる奴らは排除する。その一環で、お前の大事なお友達を助けてやってもいいよ。ためらうものは何もないし、方法はいくらでもある。そうするだけの実力が、俺にはある。シャフィク家の人間は、栄誉が降ってくるのを、寝て待っていては没落する一方だってグリンデルヴァルドの時代に痛感させられたからね。悲壮な家訓のおかげで、邪魔者を排除する能力はこれでも身に着けているつもりだ」
ヒューは長い間口を開かなかったが、ようやく小声で訊ねた。
「その邪魔者が、ルシウス・マルフォイとアズカバンの中にいる住民でも?」
「アズカバンの囚人は少し、予想外だったな……なるほど、それじゃあ今のままでは、どうにも身動きがとれないわけだ。その為に、マリーン・ダーハムを足掛かりにしたいんだな。つまり長期的な作戦でいくわけだ」
「ここまで聞いてお前が協力してくれるとは思えないけどな」
ヒューはコーンフラワーブルーの瞳に不信の色を込めた。
「俺が今言ってることも、お前が言ってることも、きっと数年後には子どもの戯言になるさ。ハティが言ってたみたいに俺たちは子どもで、マイノリティな考え方をしてる。デスイーターの息子のマルフォイでさえ、お前に転がされる愚かな子どもだ。そのうち、毒気を抜かれて俺もお前も年相応の子どもとしてつまらない学生になる」
「そうかな? 知ってるか、デスイーターの前身は既にホグワーツ在学中にいたんだ。その頃から例のあの人は恐ろしい野望を秘めて、信奉者を募り、策を弄していた。お前はこのホグワーツで牙を抜かれるような人間とも思えない、俺にとっては確保したい人材の一人だよ。だって、その歳で既に純血家系の闇の部分を知ってる。ハリエット・ポッターという光の英雄が必要なように、影の中で暗躍する人間もまた不可欠だと思わないか?」
「アクラム、お前はどっちの人間なんだよ」
「俺は両方やってみせる」
ヒューの問いに、アクラムは口を歪めて笑った。
「ガリオン金貨を握らせ、手下を操ってことを勧めようとする、旧家の魔法族のやり方はきらいでね。俺はあいつらとは違うやり方で生き残ってみせる」
決然と言い放つアクラムに、ヒューは少し考えていたが、ぽつりと呟いた。
「なあアクラム。お前の発言って、思春期特有の病気に思えるんだよな」
「ヒュー、お前って本当にむかつく」