ハリエット・ポッターの不思議な冒険 作:新参なめ子
ハニーバジャークラブの催しは、黒い湖とヴィクトリアン様式の庭園に面した北塔の温室で行われた。
グリフィンドール塔を出たハティたち三人は、猫のように優雅な足取りで、色とりどりの薔薇が咲き乱れる迷路のような庭園を通り抜け、普段、薬草学の授業が行われる温室の建ち並ぶ奥の敷地へと足を運んだ。
普段は危険な魔法植物が管理されている温室への立ち入りを、一年生はスプラウト教授から禁止されている。しかし、ハティたちが招かれたのは、実用や研究のための温室ではなく、オランジュリーと呼ばれる種類の観賞用温室だった。
円柱やペディメントを多用した造りで、南側は全面ガラス張りになっており、陽光を取り込んでいる。一部には煉瓦も使用されていた。翡翠色の円形屋根を持つ、華やかなルネサンス様式の建物であった。
「ここは八号の温室で、各寮やクラブが申請すれば行事に使えるらしいの。普段はハニーバジャークラブが優先的に使っているけど、クリスマスの時期にはオーケストラクラブがここで演奏会を開くの。それは華やかだって、クレメントが言っていたわ」
クレメントはフィルの長兄である。彼女には四人も兄がいるため、同級生の誰よりもホグワーツでの学校生活に詳しいと言えた。
ハティは華やかな温室を仰ぎ見て、気後れしながらも訝しげに尋ねた。
「だけど、こんな温室の中でのんきに演奏会なんてできるの? スプラウト教授が、危険な植物が多いから遊びで入るなって言ってたじゃない」
「いやね、ハティったら。八号の温室には観賞用の魔法植物か、マグルの植物しか植えていないわよ」
「そういう用途の温室じゃないってこと。多分、社交活動用の温室なのよ。他の温室と違って、見た目もあまり実用的じゃないでしょ」
プリシラの鋭い指摘に、ハティは他の温室を見渡した。
確かに、一号から七号までの巨大な温室は、明らかに魔法植物を栽培・管理するためのもので、その造りも壮麗でありながら簡素なガラス張りの温室といった趣だった。しかし、目の前にある温室は、外からでもオレンジ色や黄色の果実がたわわに実っているのが見えるうえ、温室群の中でもひときわ優雅な建築物であった。
「そんな立派な温室が、学生同士の交流に使えちゃうんだ……」
「裕福なハニーバジャークラブの会員やOG・OBがホグワーツに寄付しているのよ。それで、こんな場所で優先的に華やかな催しを開けるってわけ」
皮肉げに肩をすくめるプリシラに、フィルは続けた。
「あら、あなたはくだらないと思っていそうだけど、私たちにとってはマーリンの助けよ、プリス。演奏会にお芝居に、仮装パーティー。これから楽しいことがいっぱいだわ。それに、どちらにしても、私のお父さまとあなたのお父さまは、富裕なる者の義務として寄付をしなければならないんですもの。だったら、その特権を十分に活用すべきでなくて?」
「私も寄付すべき?」
飄々とハティが尋ねると、「あなたは子どもじゃないの!」とフィルとプリシラが異口同音に答え、笑い飛ばした。
一
オランジュリーの中は、頭上を仰ぐほど天井が高く、季節外れのオレンジやレモンがたわわに実り、柑橘類の爽やかな香りを漂わせていた。南側からはガラス越しに温かな陽光が差し込み、頭上には藤の花が咲き乱れている。藤棚につるされた籠はひとりでに優雅に揺れていた。
籠からピンク色の艶やかな粒が雨のように地面へこぼれ落ち、弾けるようにピンク色の花を咲かせた。
「フィル、プリス! あの花はなんなの? 魔法?」
「〈パファポッド《花咲か豆》〉よ――パーティーを彩るちょっとした装飾だわ。ようこそ、ミス・ポッター、ミス・ポップルウェル、ミス・プセット」
おっとりとした声とともに現れたのは、クリーム色のガウンをまとった上級生だった。
髪は輝くハニーブロンドで、後頭部でリボンの形に結い上げている。頭には白いとんがり帽子を斜めにかぶり、つばには大輪の白い薔薇が飾られていた。首元と耳元には光沢のある上質な真珠のネックレス。透け感のあるクリーム色のガウンは、ふんわりと地面に向かって幾重にも広がり、ところどころに縫い付けられた色石が陽光を反射して煌めいていた。
深窓の令嬢といったいでたちの上級生を、ハティは知っているはずがなかった。しかし、アイルランド訛りの発音と優しげな笑顔には、強烈な既視感があった。
「あなたは……」
「ホグワーツ急行でもお会いしたわね、ミス・ポッター。なんて礼儀正しい新入生かしらって、あのとき感心していたのよ。私はマリーン・ダーハム。ハニーバジャークラブにして友愛団の会長よ」
白いレースで覆われた手を差し出され、ハティは反射的に握り返した。
「はじめまして、ハティ・ポッターです」
困惑しながら挨拶をするハティに対し、フィルとプリシラはすでにマリーンと知己であるらしく、慣れた様子で笑顔のまま抱擁を交わし、口々に「お久しぶりね」と挨拶した。
「マリーンの家のダーハム家は、アイルランドの名家なのよ。私の母もアイルランド出身だわ。だから、子どもの頃からすごく仲良しよ」
フィルはにっこりと笑った。
「フィル、ポップルウェル夫人はお元気でいらっしゃる? あなたがスリザリンに組み分けされなくて、お母さまはすごく残念がっているのではなくて?」
「ええ、でも吼えメールは来なかったわ。まず、長兄のクレメントがグリフィンドールに入って、母の伝統を破ったでしょう。ルロイはハッフルパフだったし、レニーはレイブンクロー。唯一のスリザリン生だったエドでさえ、卒業したら、多少は学閥が関わってくるかもしれないけど、出身寮で人間関係のすべてが決まるわけじゃないって言っているんだもの。母はさほど驚かなかったみたいだわ。むしろ、子どもたちがそれぞれ別の寮に入ったのは、個性に応じた子育てをした結果だって開き直っていたみたいよ」
「夫人らしいわね」
マリーンはくすくすと上品に笑い、次にプリシラを見た。
「プリス、あなたが反逆者になることに、私とオスカーは二ガリオン賭けていたのよ。予想どおりの結果だったわ」
「予想どおりすぎて、おばあさまは怒りで卒倒したって、お母さまが言っていたわ。吼えメールの一つでも来るかと思ったけど、これ以上ビリディアンの恥をさらしたくなかったみたい。私がある意味、ビリディアンの歴史に汚名を刻んだわけだし」
プリシラは薄っすらと冷笑し、ローブをはねのけて腕を組んだ。ローブの下は男物の軽装だったが、切りそろえた髪も相まって、貴族の子弟のように馴染んでいた。
「何が汚名ですか。こんなに誇らしいことはないわよ。あなたが自由を選び取った結果ではないの?」
「それもそうね……でも、完全勝利とはいかなかったの。だって、おばあさまの過激な純血思想を受け継いだユニスがスリザリンに入ったんですもの。これから先の七年間は、きっとユニスを使ったおばあさまとの代理戦争になると思うわ」
「退屈嫌いのあなたにとっては、ある意味、楽しいゲームの始まりではないかしら?」
マリーンは小首を傾げ、口の端で悪戯っぽく笑いながら、さらりと受け流した。
おっとりしているが、意外と同情的ではないのだな。ハティが探るようにマリーンを見ていると、その青い目がくるりとこちらを向いた。
「ハティ、あなたはポッター家の伝統と血を存分に受け継いだわね。あなたはやはり、ポッター家の血の定めに生まれた娘だわ」
「私の父の家系のことをご存じなんですか?」
「古い家ですものね。あなたのおじいさまは、ジェイムズ・ポッターが生まれてから社交界を嫌って、長い間田舎暮らしをしていたようだけど、英雄の定めからはやはり逃れられないようね。とはいえ、私たち友愛団はあなたの家系とは縁深い間柄なの。あなたがここに来たのは、運命的だわ――こちらにいらして」
そう言ってマリーンは、南に面したガラス窓へとハティたちを誘った。
ピンク色や薄紫色の芍薬にも似た大輪の花を散らしながら歩くさまは楚々としており、マリーン・ダーハムはこの温室の女主人であるかのように、この上なく優雅だった。
マリーンはガラス窓の前でぴたりと足を止め、窓越しに見える美しい庭園を指さした。ハティたちが来るときに通りがかった、ヴィクトリアン様式の庭園である。
「綺麗なお庭でしょう? この庭を造園したのはシメオン・ポッター、あなたの先祖です。優れた造園家で、魔法薬学者だったの。彼もハッフルパフで、この友愛団の一員だったのよ」
「友愛団の一員?」
「ええ。ポッター家はしばしば、優れた魔法薬学者や造園家、英雄的人物を輩出している。あなたは何になるのでしょうね?」
マリーンが優雅に振り向いた。彼女の透き通った湖水のような青い目は、まるで見透かすようにハティを見つめていた。
招待された新入生は、フィルが言っていたとおり、寮を限定していないようだった。中にはホグワーツ急行で出会ったテリー・ブートと数名のレイブンクロー生、それからハッフルパフ生も数名おり、ハティの知る人物ではスーザン・ボーンズがいた。とはいえ、さすがにスリザリン生は少ないようで、ハティの学年から招待されたのはたった二人だけらしかった。
バタービールやギリーウォーター、アイスさくらんぼのシロップソーダ、ガーディルードのハーブティー、パンプキンジュースなど、さまざまな飲み物が透き通ったグラスに注がれ、テーブルの上で水滴を浮かべていた。
給仕しているのは、非常に小柄な生き物だった。
身長は一メートルにも満たない。毛髪はなく、頭はつるりとしていた。その両側には蝙蝠の羽のような耳が垂れ、目も水晶玉のように丸くて大きかった。
「あれは何の魔法生物なの?」
ハティは驚いて、思わずフィルの袖を引いた。
「ああ、ハウスエルフよ。我が家にもいるわ。由緒ある魔法族の家に仕える妖精よ! 驚くことはないわ。彼らは私たち魔法族に忠実なんだもの。エルフ、アイスさくらんぼのシロップソーダをちょうだい」
フィルは慣れた様子でハウスエルフに命じた。
フィルは、ハウスエルフのいない家では生活できないと豪語するほどのお嬢さまだった。彼らに命令することに、何の恐れも躊躇もない様子である。主人としての振る舞いが板についており、彼女は当然のようにハウスエルフが浮遊させた真っ赤なシロップソーダを受け取ると、華やかに笑った。
「ハティ、プリス。この時間を楽しまなくては損よ! さっきマリーンに、マクミラン家の御曹司を招待しているって聞いたの。レイブンクローからはアクラムにヒューに、テリー・ブートでしょう? 会わなければならない男の子はたくさんいてよ。私、時間を無駄にできないわ! 早く行きましょうよ!」
そう言うと、薔薇の刺繍が施された透き通るローブを翻し、フィルは足元の花を散らしながら小走りに招待客の中へと飛び込んでいった。社交的なフィルは、さっそく物怖じせずに他寮の上級生に笑顔で声をかけていた。彼女の美貌と魅力は、たちまちハニーバジャークラブの面々の歓迎を受けた。
振り向いて「こっちに来て、二人を紹介したいのよ」と声を上げるフィルに、プリシラはこれみよがしにため息をついた。ハティは慌ててハウスエルフに「何でもいいから飲み物をちょうだい」と声をかけた。
「〈思い込みプラムのフローズンカクテル〉でございます、お嬢様」
「ありがとう!」
ハティがカクテルを受け取ると、プリシラもギリーウォーターをハウスエルフから受け取り、颯爽とハティの隣に並んだ。彼女はハティが手にした桃色のカクテルをちらりと見ると、「ハウスエルフにしては、なかなか良いチョイスね」と呟いた。
「何が?」
「それって別名、飛行船プラムとか啓蒙プラムって呼ばれていて、食べると思考が冴えるのよ。私もよく、小説の展開に悩んだときに食べるのよね。その人が持っている能力以上に冴えたアイディアを与えてくれるわけじゃないけどね」
「なにそれ、おいしいの?」
ハティは真剣な顔で尋ねた。
ハリエット・ポッター、十一歳。食い意地が張っているので、彼女が重要視するのは飲み物としての優秀さだった。
プリシラは今にも声を上げて笑い出したいのをこらえ、口元をぴくぴくとさせながら、「おいしいわよ、安心してちょうだい」と優しく請け合った。
フィルはさっそく社交界の中心に入っていったが、ハティとプリシラのことを大切に思っており、とりわけハティに夢中だった。彼女は誠実な人物で、自分自身を大切にしながらも、他者に対して高慢に振る舞うことはなかった。「汝、自身を愛し隣人を愛せよ」というのが、彼女の生き方になっているように思われた。
フィルが笑顔をひらめかせ、ひとたび言葉を発すると、彼女の友人は雪だるま式に増えていった。そして、どこへ行くにもハティとプリシラを連れていくので、二人は早くもハニーバジャークラブの上級生たちから一目置かれる存在となり、他の新入生から羨望と驚嘆の視線を集めた。
もちろん、そこにはハニーバジャークラブの会長であるマリーン・ダーハムの後ろ盾があったことは言うまでもない。
「マリーンって、どうしてあんなに私の家に詳しかったのかしら」
フィルには、さっそく崇拝者ができていた。新入生から上級生まで年齢を問わず、フィルを囲んで競うように彼女の美しい微笑みを引き出そうとする男子生徒たち。その様子を眺めながら、ハティはぼんやりと呟いた。
プリシラは、代わる代わる現れる新たな登場人物たちに疲れてしまったようで、大きなあくびをし、苺とクリームを挟んだマカロンを手に取った。
「多分、叔父さんの受け売りなんじゃないかしら?」
「ミス・ダーハムの叔父さんは、系図学者だからね。はい、ハティ」
プリシラの言葉を引き継ぐように言ったのは、テリー・ブートだった。彼は爽やかに笑い、「ここ、座っていいかな? 疲れちゃって」とハティたちの向かいにあるソファーを指さした。テリーの背後には、彼の友人らしきブロンドの少年と、ダークヘアの巻き毛の少年が所在なさげに佇んでいた。
「どうぞ――私たちも休憩しているところなの。それにしても、こんなところでテリーと出会うとは思わなかった。ホグワーツ急行以来じゃない?」
テリー・ブートはハティたちに礼を言うと、少年二人に「座ろうぜ」と声をかけ、ソファーに腰を下ろして微笑んだ。
「君、遊びに来るって言ってたのに、結局来なかったし」
「もう気づいていると思うけど、私って結構、空気の読める人間なのよ、テリー。あの後、ルビーは大丈夫だったかしら?」
「うん、泣き止んではいたけど、あの後の展開は、あまりルビーのためにはならなかっただろうな」
テリーは苦笑した。
ハティもハーミスから事の顛末を聞いていたので、ディーンたちが正義感に駆られて行動したことを知っていた。その後、ルビーはスリザリンに組み分けされたのだから、肩身の狭い思いをしたことだろう。
ハティの言葉は社交辞令で終わったわけだが、テリーは口で言うほど残念がっている様子はなかった。二人の関係はホグワーツ急行――
「二人とも、ルビーを知っているの?」
プリシラは少し驚いたように、ハティとテリーの顔を順番に見た。
ハティは、プリシラの口から彼女の名前が出るとは思わず、目を見張った。
「プリスこそ」
プリシラはしばらく黙ってから口を開いた。
「……あなたたちがルビー・ダンクワースのことを言っているなら、知っているわ。ルビーは、なんというか、私やフィルの幼馴染なのよ。あまり仲良くはなれなかったけれど」
「君の立場なら、そうだろうね、プリシラ・プセット」
テリーは静かだが、厳かな口調で言った。
含みのある物言いに、ハティが訝しげに二人を見ていると、プリシラは表情を曇らせ、落ち着かない様子で膝の上の手を揉み始めた。
「私はあなたのことも知っているわ、テリー・ブートでしょう? あなたはアメリカの社交界の方が縁が深いから、ブリテンの旧家の子どもたちの集まりには、あまり顔を出さなかったわね」
「うん、まあね。あっちの方が民主的で、開放感があるし。ブリテンの社交界はかなり保守的だから、僕には閉塞的に感じるよ。まあ、母国はブリテンなわけだから、いろんな情報は仕入れているけどね。君の微妙な立場はお察しするよ。とはいえ、今は大切な友達と一緒だし、暗い話はしたくないな。紹介させてくれる? アンソニー・ゴールドスタインとマイケル・コーナーだ」
ブロンドの少年がアンソニーで、黒髪の巻き毛の少年がマイケルのようだった。
アンソニーはにっこりと親しげな笑みを浮かべ、ハティとプリシラに手を差し出した。
「よろしく――エロウェン・ウォーターストンの孫と、あの有名なハリエット・ポッターと知り合えて光栄だ」
アンソニーの言葉に、プリシラはひどく嫌そうな顔をしながらも握手に応じた。
エロウェン・ウォーターストンといえば、ラベンダーが組み分け儀式のときに話していた恋愛小説作家である。ちらりとプリシラを見ると、彼女は奥歯を噛みしめながら、「エロウェンの孫よりも、オブスキュラス出版社の令嬢って呼ばれる方がましだわ」と低い声で言った。
「祖母とは仲が悪いのよ。あの人、かなりの激情家だし、自分の言うとおりにならないことが我慢ならない人なの。どうして、あんなに繊細な恋愛小説が書けるのか不思議よ」
「ビリディアンの夫人らしいね」
アンソニーは失言に気づいたらしく、しまった、という顔をした。すぐに挽回しようとぎこちなく笑って言い添えたが、これもプリシラの地雷だったようで、彼女は下唇を噛んで目を細めた。
「ええ、そうね。私が受け継いだのは、創作活動と本が好きというところくらいかしら」
ハティは言葉の意味を理解できないながらも、険悪な雰囲気を感じ取って目を白黒させた。テリーは居心地が悪そうに、乾いた笑い声を上げた。
「実にヴィンディクタス・ビリディアンの子孫らしいよ。彼も優れた作家だった。きっと君もそうなるね、プリシラ。みんな、知ってるかい? 僕たちには共通点がたくさんあるんだ。君はホグワーツ校長の子孫、僕はイルヴァーモーニーの創設者の子孫だろ。それからアンソニーはニュート・スキャマンダーの親戚だし、ハティは君自身が有名なことはもちろん、エイブラハム・ポッターの親戚でもある。マイケルは……マイケルは……」
「ただの魔法使い」
マイケル・コーナーは少し気分を害したようで、素っ気なくそう言った。
「何言ってるんだい? マイキー! 僕たちはコネで招待されたが、君はその顔で招待されている! ロジャーが言ってたよ。『今年、レイブンクローに入った一年生の中で俺の立場を脅かす奴は、ヒュー、アクラム、マイケルの三人だ』ってね。君は純粋に実力でこのクラブに招かれたんだ。もっと誇れよ!」
「それって誇れることなのか? マリーンが面食いってだけじゃ……」
「そうそう、顔も才能の一つだよ、マイキー。ロジャーはレイブンクローにしては才能がないけど、あの顔で魔女をたぶらかしてレポートを献上させ、毎年いい成績を収めているらしいよ! レイブンクローでは顔も才能だよ、マイキー」
テリーに続いて、アンソニーも熱弁した。
説得にしては、かなり強引ではないだろうか。ハティが顔を引きつらせていると、「そうだそうだ!」とテリーが声を上げ、何度も頷いた。
「それって、かなり卑怯な男じゃないか?」
マイケルはそう呟き、釈然としない様子だったが、親友二人の勢いに気圧され、強引に納得させられていた。
「まあ、とにかく有名どころが集められているようだね」
「マリーンは、それなりに人を見る目があるもの」
「それなりに」という言葉に含みがあるような気がしたが、プリシラは直接的な物言いを避け、ギリーウォーターを舐めた。
ハティも思い込みプラムのカクテルを飲みながら、「そういえば、エイブラハム・ポッターって誰なの?」とテリーを見た。
「ああ、そっか……ここはブリテンだから、知っている人は少ないのかな。MACUSA……アメリカ合衆国魔法議会の暗黒期に活躍した、初代闇祓い《オーラー》の十二人の一人だよ。彼らの時代のオーラーは、みんな激しい戦闘で命を落として、天寿を全うできたのは二人だけだって言われている。だから、その十二人はアメリカでは英雄と呼ばれていて、彼らの子孫は今でも特別なんだよ。確か、マリーンの叔父さんが書いた君に関する本に、正確な系図が載っていたよ。エイブラハムは一六〇〇年代に、ポッター家からアメリカに入植した魔法使いの一人だって。君の親戚だね」
「一六〇〇年代はアメリカが植民地だった時代で、ヨーロッパから北米にたくさんの人が移民したもんね。そのうちの一人だったのね」
ハティの直接の先祖ではないものの、ポッター家が英雄的人物を輩出しているとマリーンが言っていたのは、彼のことなのだ。
ハティはアメリカに自分の知らない親戚がいるのだと思うと、感慨深い気分になった。この世に一人きりではないような気がした。だけど、彼らがハティを迎えに来なかったということは、彼らもハティのことを知らないか、親戚だと思っていないに違いない。
ハティが表情を曇らせて黙り込んだのを見て、「そういえば」とアンソニーが口を開いた。
「グリンゴッツの強盗の話、知ってるかい? 叔父さんがグリンゴッツに勤めているんだけど、結構面白いことになっていたみたいだよ」
「面白いことって?」
プリシラのアッシュブルーの目が、好奇心をくすぐる話題にきらりと光った。
「それが、強盗に入られた金庫の中だけど、金庫破りがあったときには、すでに空だったんだって」
「それってどういうこと? あのグリンゴッツに押し入って、それってとんだ無駄足じゃないの」
そう言って、プリシラは恐ろしそうに肩を震わせた。
「そうとも言えないよ。グリンゴッツは被害がなかったことで、調査をしなかったんだ。これで不備が見つかろうものなら、僕たち魔法族にグリンゴッツの経営権を再び奪われかねないからね。連中は常に抜け目なく、僕たち魔法族の情勢を見ている」
アンソニーは目を細め、乾いた唇を舐めた。
ハティはマカロンをかじりながら、「空の金庫に強盗ねえ……」と思案した。何か引っかかるものがあった。
最近、グリンゴッツの話題をどこかで聞いたような――と思考を巡らせ、ハティは気づいた。
グリンゴッツへの強盗があったその日、ハティもロニーもダイアゴン横丁にいたのだ。そして、ハティ以外にも、あの日、突然グリンゴッツに足を運んだ者がいる――ハグリッドだ。彼は「グリンゴッツへのお使いを頼まれた」と言っていた。
ハティでさえ、ゴブリンのファミリージュエリーを預けていることに危機感を覚えるというのに、他人に銀行への使いを簡単に頼む人物がいることに違和感を覚えた。
誰に? 何のために?
だが、疑問に思ったそのとき、思わぬ人物が招待客の間を横切り、ハティの思考は途切れた。
貴族が着るような青い金糸のジャケットと白いスラックスにフリルタイ、首元には大粒のエメラルドのブローチをつけた少年が、ハティに気づいていない様子でマリーンと話している。ハティの目は、たちまち彼一人に吸い寄せられた。
ヴェネツィアンブロンドの髪は無造作に整えられ、耳元ではエメラルドをはめ込んだゴールドのフープピアスが光っていた。普段は質の良い簡素な装いをしているが、ハティにはそれが誰なのかわかった。
歩き方、ストレスを感じたときに指のささくれを触る癖、首の傾げ方。ハティがこれほど知り尽くしているものを、同じように仕草に表す人間がいるわけがない。
ハティは反射的に立ち上がり、小走りに駆け出した。少年はマリーンと別れ、もう一人のブロンドの少年と一緒に飲み物を受け取るためか、ハウスエルフのもとへ向かっていく。
追いついたハティは、後ろから声を上げた。
「ヒュー・フィールディング、この薄情者!」
「ひっ!」
ヒューは飛び上がり、慌てた様子で振り向いた。隣の少年も振り向き、南国の海のような青い目を丸くしている。一方、ハティが目当てにしていたヒューは、泡を食った様子だった。
「な、なんで!」
「なんでって、こっちの台詞よ。どうしてここにいるの? ここにいる暇があるなら、私の手紙の一通でも書けたでしょう?」
「しっ! 静かにしろ」
「はあ?」
ヒューは焦った様子で左右を見回した。ハティと話しているところを見られるのは、まずいとでも言うかのようだった。
彼がアクラムとともにオレンジの木の陰に隠れたので、ハティも後に続いた。招待客たちは、ハティが温室の隅に身を潜めたことなど気づいていない様子だった。
「なんでこうなるかなあ。なんでお前が招待されているんだよ」
「友達の付き添いで来たのよ。フィリパ・ポップルウェル」
「煤の魔女の付き添いかあ……彼女、パーティーガールだからなあ」
アクラムが黄金色の髪を指に巻きつけながら、面白がるように口を挟んだ。
一方、ヒューは不機嫌であることを隠しもせず、ハティを軽く睥睨した。
「お前さ、こういうの向いてないと思うから、あの素朴な赤毛の友達と一緒に芝生の上でピクニックでもしてろよ」
「私に向いてないって、どういう意味よ!」
うなるようにヒューは言った。
「あの女……マリーン・ダーハムって、アイルランドの純血一族で、腹黒い女だぜ? おっとりした顔と言葉で『争いは嫌いです。仲良くしましょう』って公言しているけど、今頃、頭の中じゃどいつが自分の役に立つか計算している。ちなみに、お前も計算のうちの一人な」
「それってどういうこと?」
怪訝そうに眉をひそめるハティに、アクラムはふうっとため息をついて肩をすくめ、口を開いた。
「エリンの旧家の魔法族は、ああ見えて気位が高いのさ。マルフォイ家をはじめとする純血家系のほとんどは、ノルマン・コンクエスト以降にブリテンに入植したノルマン人の家系だけど、エリンの魔法族たちは、自分たちこそケルトの流れを汲む神聖な魔法族だって信じている。マルフォイ家はせいぜい王の下僕にすぎなかったが、エリンの魔法族は王をも傀儡とするドルイドの子孫で格が違う――それがあいつらの本音さ」
「ド、ドルイド? 下僕?」
「お前さ、こんなところでちやほやされる前に、歴史のお勉強をした方がいいよ」
訳知り顔ですらすらと説明するアクラムと、しどろもどろな自分に白い目を向けるヒューを見るにつけ、ハティは次第に不愉快になってきた。
別に、自分はヒューやアクラムが語るような思惑を知っていて、のこのことここに来たわけではない。ただパーティーを大いに楽しみ、有力な人間関係を築くためにやってきたのだ。それなのに、まるで浮かれた馬鹿のように扱われるのは、ひどく屈辱的だった。
「私、まだ入学して一週間しか経っていないのよ。しかも、十一歳なの。そんな深いことを考えながら授業なんて受けていないわよ。むしろ、二人の方が少数派よ!」
ハティの叫びに、アクラムは肩をすくめ、ヒューは嘆息した。笑み一つ浮かんでいないその美しい顔には、無視できない失望の色が浮かんでいた。
ハティは、自分の口から無意識に出た言葉を自覚し、たちまち恥ずかしくなった。何を言っているのか、自分は。まるで癇癪を起こした子どもである。
しかし、確かにそれは本音だった。
二人の青い目に真っ向から見つめられるのは、今となっては恥ずかしくて仕方がなかった。ハティは思わず後ずさり、目を伏せた。
「わ、私、子どもみたいなことを言った……とりあえず帰る……」
ハティは身を翻して駆け出した。それは敗走だった。
一目散に温室を飛び出したハティは、グリフィンドール塔へ戻った。普段であれば、ペチュニア譲りの潔癖さから外出着のままベッドに横になったりはしないのに、そのままベッドに飛び込み、分厚い天蓋を下ろした。
「何が啓蒙プラムよ。冴えた思考なんて何一つ出てこないじゃない……無知な子どものままじゃない」
ただひたすらに恥ずかしかった。悔しかった。何も知らない自分が。
二
「いいの? 追いかけなくて」
「あいつと仲が良いって、マリーン・ダーハムとか他の連中に知られたくない。利用されるのは御免だからな」
ヒューの声は流れるように軽やかだったが、その響きは見事なまでに冷ややかだった。
その声音が意味するところに気づいて、アクラムは薄っすらと笑った。
「ハリエット・ポッターに巻き込まれて利用されるのが嫌なんじゃない。彼女を攻撃するための道具になりたくないってことか。お前、勘違いされていると思うよ? 『貴族たちへの汚い根回しは僕がするので、君はダグボッグどもと関わらないでください』って、素直に言えばいいのに」
「そんな歯の浮くようなこと、俺が考えているわけないだろ」
「協力してやろうか? お前と俺は利害が一致しているわけだし」
優しい声でアクラムは言った。彼は、その気になれば、人の心を惑乱させるような蠱惑的な人間になれる。それは、闇の帝王を喪った安堵と失望の中で無邪気に育ったドラコ・マルフォイにも、自尊心が高く、人に屈することのできないヒュー・フィールディングにもできないことだった。
「俺はもう、ずっと前から覚悟を決めている。家を守るためなら、害毒になる奴らは排除する。その一環で、お前の大事なお友達を助けてやってもいいよ。ためらうものは何もないし、方法はいくらでもある。そうするだけの実力が、俺にはある。シャフィク家の人間は、栄誉が降ってくるのを寝て待っていては没落する一方だって、グリンデルバルドの時代に痛感させられたからね。悲壮な家訓のおかげで、邪魔者を排除する能力は、これでも身につけているつもりだ」
ヒューは長い間口を開かなかったが、ようやく小声で尋ねた。
「その邪魔者が、ルシウス・マルフォイと、アズカバンの中にいる住民でも?」
「アズカバンの囚人は少し予想外だったな……なるほど、それじゃあ今のままでは、どうにも身動きが取れないわけだ。そのために、マリーン・ダーハムを足掛かりにしたいんだな。つまり、長期的な作戦でいくわけだ」
「ここまで聞いて、お前が協力してくれるとは思えないけどな」
ヒューはコーンフラワーブルーの瞳に、不信の色を込めた。
「俺が今言っていることも、お前が言っていることも、きっと数年後には子どもの戯言になるさ。ハティが言っていたみたいに、俺たちは子どもで、少数派の考え方をしている。デスイーターの息子のマルフォイでさえ、お前に転がされる愚かな子どもだ。そのうち毒気を抜かれて、俺もお前も年相応の子どもとして、つまらない学生になる」
「そうかな? 知っているか、デスイーターの前身は、すでにホグワーツ在学中に存在していたんだ。その頃から、例のあの人は恐ろしい野望を秘めて、信奉者を募り、策を弄していた。お前は、このホグワーツで牙を抜かれるような人間とも思えない。俺にとっては、確保したい人材の一人だよ。だって、その歳ですでに純血家系の闇の部分を知っている。ハリエット・ポッターという光の英雄が必要なように、影の中で暗躍する人間もまた不可欠だと思わないか?」
「アクラム、お前はどっちの人間なんだよ」
「俺は両方やってみせる」
ヒューの問いに、アクラムは口を歪めて笑った。
「ガリオン金貨を握らせ、手下を操って事を進めようとする旧家の魔法族のやり方は嫌いでね。俺はあいつらとは違うやり方で生き残ってみせる」
決然と言い放つアクラムに、ヒューは少し考えていたが、ぽつりと呟いた。
「なあ、アクラム。お前の発言って、思春期特有の病気に思えるんだよな」
「ヒュー、お前って本当にむかつく」