ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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禁じられた部屋の秘密

 

 

 

  マクゴナガル教授から解放されたハティは重い足を引きずりながら地下室へと降りた。

 魔法薬学の教室へと向かうと、丁度上級生たちが教室から出てくるところだった。それぞれローブの裏地の色は異なり、上級生ともなると四寮合同になるのか。とハティは密かに緊張しながら、教室へと駆け込んだ。

 中では残りの上級生たちが帰り支度をしていた。

 

「走るな、ポッター」

 杖を手に器具を片付けていたスネイプはハティを見るなり、眉宇を顰めた。

「急いでいたもので。教授、罰則の薬が完成したので提出にきました」

「ああ」

 鞄の中から慎重に陶器の薬杯を取り出し、スネイプに渡す。スネイプは一旦、杖をローブの中にしまうと蓋を開いて自身の肌に載せ、観察するようにじっくりと眺めた。

 そしてややあって、評価が済んだのか鼻を鳴らしてハティを見下ろした。

 

「及第点の域はでない、平凡な出来だな」

「手順通りにちゃんと作りました」

「そうだろうな。手順に従順に作ったからこそ、可もなく不可もない。レシピ通りに調合するだけなら、だれでもできるのだよ。世の中の間抜けどもは、そんなことすらできないがな」

 スネイプの皮肉に、帰り支度をしていた上級生はぎくりと肩を震わせて、居心地が悪そうにこちらを振り返った。

「……創意工夫をした方がよかったんでしょうか」

「知識もないうちから、やみくもに薬を作るのはやめろ。事故の元だ。お前が薬草学や魔法生物学、魔法薬学の三つの分野に対してかなり精通するようになれば話は別だろうがな」

 スネイプは底の見えない暗い瞳で、探る様にハティを見つめた。

 ハティは困惑して、スネイプの目を見返した。底知れない闇を覗き込んでいるので、内心を見透かされている気がする。しかし、しばらくすると沈黙を破る様にスネイプがぽつりと呟いた。

 

 

「火傷は治ったようだな」

 まるでいたわる様な響きのある声だった。

 錯覚かとも思って慌てて聞き返そうとするとスネイプはさっさとハティに背中を向けてしまった。

「グリフィンドールに一点」

「え?」

 仰天して声をあげたハティに、スネイプは億劫そうに振り返るとぶっきらぼうに告げた。

「お前の調合したポーションに対する評価ではない。これは点を与えるほど優れた出来ではないのでな……勘違しないように。先週スリザリンの生徒を助けたことに対する加点だ。あれは、あまり素直ではない。礼の一つも言えなかったことだろう。だが、感謝しているはずだ」

 ハティは一瞬、スネイプが誰の事を指しているのかわからなかった。しかし、土曜日のことを思い出してハティはスネイプがダフネ・グリーングラスのことを話しているのだと気付いた。

 

「あの、彼女はお元気で?」

「問題ない」

 スネイプはそっけなく答えて、話は終わりだとばかりにハティに背を向けると研究室へと消えていった。

 本当にダフネ・グリーングラスはただの食あたりだったのだろうか、そんなことでグリフィンドールに加点をするなんて、もしかしてスネイプ教授はあの美少女に禁断の恋をしているのでは? とハティがあらぬ疑いを持って思案していると「スネイプがグリフィンドールに加点だって!?」と背後で驚愕したような声が聞こえた。

 

 ハティは振り返った。グリフィンドールの上級生は「ファック! 勉強のし過ぎで俺はついに頭がおかしくなったのか!? これがN.E.W.Tの洗礼ってやつか!? 起きろ! ジョン・アバネシー!」と素っ頓狂な声をあげて自分の頬を力強く打った。

 

 その数時間後、スネイプがグリフィンドールに加点をしたという噂が瞬く間に広がったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 ハティがもたらした噂はそれだけにとどまらなかった。

 その日の夕食時、ハティは疲れ切った顔で大広間で席についていた。スリザリンの一年生たちはハティに「いつホグワーツを出て行くの? ポッター」「最後の晩餐だな!」と嘲笑を浮かべて野次を飛ばしていたが、最早それに皮肉で答える元気もない。いそいそとハティがサーモンのムニエルを大皿からとりわけ始めると、わらわらとグリフィンドールの一年生たちはハティの周囲に集まってきた。

 

「大丈夫だったの、ハティ」

「マクゴナガル教授は何て? 罰則でも言ってきた? 退学じゃないわよね?」

 とプリシラとフィル。

 ロニーは活気のないハティを見て、最悪の事態を想像したのか真っ白な顔で「やっぱり退学なの!?」と叫んだ。 

 ハティはその全てに答えることが億劫で「違うわよ」と力なく答えた。

 

「退学も罰則もなし。わたしが怪我をしていないか、心配で連れ出しただけみたい」

 実際のところ、ハティの飛行に興奮したマクゴナガル教授がハティを一刻も早くクィディッチチームにスカウトするために囲ったというのが事実ではあるが、ハティはウッドから「君がシーカーになることは誰にも言うな、秘密にしろ! これは君に言い渡す初めての、きわめて重要な任務だ!」と恐ろしい顔で厳命されていたので貝のように口を閉ざしていた。

 本当は「シーカーなんてやりたくなーい!」「練習してる時間があったら寝たいのよ、わたし!」と泣き言を漏らしたかったのだが、ダーズリー家での生活に舞い戻るくらいならばハティはマクゴナガル教授とウッドに「ハイ、マム」と答えるイエスマンになるほかなかった。

 

 しかし、そんな涙ぐましいハティの努力は数分後にすぐに崩れ去った。

 

「今年のクィディッチカップはグリフィンドールの優勝で決まりだな!」

 突如として夕食の席に現れた双子は、ハティの両脇に体を押し込み、上機嫌でハティの肩を組んだ。

 何も知らないロニーが「え、なんなの……何の話?」と目を白黒させている。

 

「俺がビーターなのは、ウッドから聞いてるよな? 今日から俺たちは仲間だ――一年生がチーム入りなんて、君ってば色んなことが規格外だな」

「まってまって、それってどういうこと!」

 ジョージは周囲に悟られないよう声音をおさえていたが、ロニーやフィルやプリシラたちには聞こえていたようだった。ロニーは驚嘆して、大きな目を丸くしながら問うようにフレッドを見た。

 

「聞いて驚け、妹よ。我らがグリフィンドールチームに最年少の代表選手が誕生したのだ。実に百年ぶりのことだぜ。俺はウッドが小躍りしてるところなんて、久しぶりに見たよ。チャーリーが卒業して以来だな――ハティ、君相当優秀なシーカーみたいだ。何したんだ?」

「何って、それはもうハティはすごかったのよ! 三十メートルからダイブして、地面ギリギリで思い出し玉をキャッチしたの!」

 目をキラキラと輝かせて、フィルが身を乗り出した。プリシラが「五十メートルじゃないかしら?」とすまして口を挟んでいたが、彼女の頬は紅潮しており興奮を隠し通せていないようだった。

 一方でにロニーは驚きやら、感動で「最年少のシーカー……信じられないよ」とハティを前にして放心していた。

 

「初めての飛行訓練でウロンスキーフェイントをかましたのか! 格好いいぜ、ハティ! そりゃあ、ウッドが上機嫌で予定を組む訳だ」

 そういうジョージやフレッドもかなりの上機嫌である。

 ウッドがどれほど機嫌よく過ごしていたのかは、ハティは嫌と言うほど知っていた。何せあの後、寮に戻ってからハティが「スネイプか課せられた罰則がある」と言い出すまでつきっきりでクィディッチのルールを叩きこまれていたからである。お陰でハティはロニーたちと再会するのがこんなに遅くなってしまった。

 

「まさしくチャーリーの伝説を引き継ぐに値する名シーカーの誕生だな! 君には人並外れたセンスがある!」

「そのうち、ホリペットハーピーズからお声がかかるんじゃないか?」

「いや、むしろ今すぐにでもオファーが来るかもしれない」

 そんな調子で双子は放っておけばハティを褒めることをやめそうになかったので、ハティは真っ赤になりながら慌てて二人の口を塞いだ。

 ハティ自身も箒に乗ることがあんなに楽しいものだとは思わなかったので、クィディッチのチーム入りはともかくとして自分に箒乗りのセンスがあることは嬉しかった。いつか自分だけの箒を持ったら、この城を一望できる高さまで空中散歩ができるだろうか。と夢想した。

 

「じゃあ、来週の練習を楽しみにしてるよ。俺たち、そろそろ行かなくちゃ。リー・ジョーダンが、秘密の抜け道を見つけたんだよ」

 こっそりとジョージが悪戯っぽい笑みを浮かべて囁く。

「秘密の抜け道?」

 ハティが怪訝に眉宇を顰めると、フレッドは周囲に抜け目なく視線を走らせて「ホグズミード村への抜け道さ。〈利口なグレゴリー〉の銅像の裏にあるのを、先週見つけたんだ――多分、リーはそれのことを言ってるじゃないかと思うんだけど。じゃあまたな!」

「ああ、うん」

 フレッドとジョージは夕食も食べずに颯爽と大広間を出て行った。

 ハティは〈利口なグレゴリー〉の銅像なんかあったかしら? と小首を傾げた。ホグワーツには無数の銅像や肖像画があるので、未だにハティはどの美術品なのか見当もつかない。しかし、城道への抜け道があるとなると俄然ホグワーツの探検にやる気が湧いてきた。

 

「フレッドとジョージっていつも楽しそうなことをしてるわよね。ロニー、わたしたちもホグワーツの中を探索しましょうよ」

「城の探索? 確かに楽しそうではあるけど、前みたいにフィルチに見つかって怒られるのは嫌だよ。あの後、双子にその話したら”俺たちなんかしょっちゅうフィルチに捕まってる”ってけらけら笑ってたの。多分、あたしがフィルチにあんなに目をつけられてたのはフレッドとジョージのせいだと思う。パーシーは、死んでもフィルチに罰則食らうようなことはしないし」

 とロニーは三番目の兄の顔を思い出したようで苦笑いをした。

 すると、ハティの背後に現れた人物の登場にロニーの顔は一転して険しくなった。

 

「あーら、ポッター。それが最後の晩餐? マグルのところに帰る汽車には、何時に乗るのかしら」

 いつものように取り巻きを従えて現れたパンジー・パーキンソンに、ロニーは「黙りなさいよ、パーキンソン」といきり立った。

「あんたなんかに話しかけてないのよ、ウィーズリー」

 パンジーがロニーを睥睨する。

 これを受けて口を挟んだのは、思わぬ人物だった。

「レディの礼儀として、私たちに挨拶くらいすべきではなくて? パンジー・パーキンソン」

「フィリパ、あんたがこいつらと同類だとは思わなかったのよ。グリフィンドールに入っただけではなくて、血を裏切る者のウィーズリーと同じところまで煤の魔女が落ちぶれるとは思わないじゃない? レディなら」

 パンジーは嘲笑をひらめかせて答えた。冷ややかさではパンジーも負けていない。今度はプリシラが眉を上げる番であった。

 

「私のことを忘れていない? 失礼しちゃうわ。それとも、貴方のお父さまと私たちのお父さまが親密だから、臆してわざと声をかけられなかったのではない?」

「なんですって? たかだか出版社の娘に、私が気を使うわけないじゃない。プリシラ、あんたはビリディアンの血を裏切ったの。最早、ビリディアン夫人はあんたのことなんか孫だと思ってないってユニスは言っていたわよ。あんたには、もう何の価値もないの」

「馬鹿ね、パンジー。私はまだビリディアンの相続人の名前から外れていないのよ。決めるのはおじいさまなのだから、よそから嫁いできた女の発言に一体何の価値があるっていうの。それに私はユニスなんかよりもよほどおじいさまのお気に入りの孫なんですからね――あんたが愚かにも私を侮辱したと知ったら、おじいさまはどうなさるかしら。気分の激しい方だから、まずは貴方のお父さまを呼びつけて事を正すに違いないわ」

 プリシラは読書家なだけあって、この中の誰よりも舌鋒鋭くパンジーを攻撃した。

 パンジーは彼女の打てば響くような言葉の数々に、やや気圧されているようだった。彼女の取り巻きたちも、風向きの変化を感じてか表情が曇っていく。

 フィルは援護するように、低く脅すような声で言った。

「これ以上、私たちにくだらないお喋りをするようならばマリーン・ダーハムも黙ってなくてよ。私がこの前ハニーバジャークラブに加入したことを知らないわけないでしょう? マリーンはホグワーツで随分とお友達が多いのよ、勿論スリザリンの上級生にもね。あんたたちを少し懲らしめてもらうことくらい、どうってことないわ」

「あ、あたしはただポッターがいつ帰るか確認しにきただけよ。フィリパとプリシラには話しかけてないわ。あんたたち、勝手に勘違いして騒ぐんだから困るわ!」

「いいこと教えてあげようか? ハティは汽車に乗って帰らないし、退学もしない。ハティは何でもできるんだよ。そんな子を、マクゴナガル教授が退学させるわけないじゃない」

 ロニーは勝ち誇ったように笑った。

 パンジーはみるみるうちに真っ赤になり、眦を吊り上げると「コネを使ったんでしょ! 生き残った女の子だから!」と叫んだ。

 

「コネも実力のうちだって、貴方言ってなかったかしら?」

 落ち着いた口調でプリシラが言った。

「親の権力も、財力も、全部自分が生まれ持った実力だって貴方いつも豪語してるじゃない。情けないわよ、状況によって意見を翻すのって」

「そうそう、パンジー。あんたには私、他にも言いたいことがあったの。ルビーを使用人扱いするのはやめなさい」

 フィルが鋭く光る目でパンジーを睨みつけ、次いで彼女の背後でパンジーの鞄を抱えていたルビー・ダンクワースを見た。ルビーは自分のことが会話にのぼったことで、青白い顔で肩を震わせた。

 パンジーは冷笑を隠しもせず、小首を傾げて答えた。

「ルビーを使用人扱いするのはやめろですって? 私は生まれと立場に相応しい役割を与えてやってんのよ」

「あんたに何の権利があって? 私はアレクサンドルおじさまからルビーのことを頼まれてるの。おじさまはきっとスリザリンでルビーがそんな扱いを受けることはお望みじゃないわ。きっとスリザリンで素晴らしい教育を受けて一流の魔女になることを期待されてるのよ」

「権利ならあるわよ! あたしはジャスパーにルビーをどう扱ってもいいって言われてるの。フィリパ、あんたはグリフィンドールであたしはスリザリンの女子生徒を束ねているのよ。ルビーを扱う権利がないのは、あんたよ。グリフィンドールで血を裏切る者たちと戯れているあんたに、一体何ができるっていうのよ」

「出来るわよ、ルビーを守るくらい」

 フィルには決然と言い放ったが、それは難しい気がした。

 スリザリンに入寮したからには、スリザリンの寮生がルビーにとっての友人であり家族と言っていいほど一緒に過ごす時間が多い。グリフィンドールでハティたちがコミュニティを築いたように、スリザリンにはスリザリンのコミュニティが既に出来上がっている筈である。それを無視して、ルビーを守ることなどできない。

 パンジーは少し黙ってから、唇に失笑を浮かべた。

「そう、やっぱりあたしたち全面対決するしかないようね。大人しくしていれば、あんたたちの家に免じて痛い目にあわずにすんだのに。そんなに言うなら、ルビーの主導権は実力で決めましょ――魔女の決闘よ。ポッターは聞いたことがないんじゃないかしら? 杖だけで戦うのよ。誰がマスターで、誰が介添人になる?」

「勿論、私がマスターよ。介添人は……」

 フィルはプリシラを期待するように見たものの、プリシラは無言で頭を振った。

 決闘の内容がフィルのプライドを守るためのものだればプリシラも介添人になってくれたかもしれない。しかし、内容がルビーの主導権を巡るものとあってプリシラは関与しないことを決めたようだ。フィルは失望したように目を伏せて、そして縋る様にハティを見た。

 ハティは少し考えて、頷いた。

 

「わたしがやってもいいわ、よくわからないけど」

 フィルは喜色満面で、ハティの腕をさっととって「私負けないわよ!」と言い返した。

「あら、こっちはミリセントよ。介添人がポッターなのは、役不足じゃないかしら?」

 パンジーは小首を傾げて、ミリセント・ブルストロードの腕をとった。ミリセントは女版ゴイルのように大柄で、腕も太い一年生で杖で戦うよりも肉弾戦で戦う方が強いように思えた。

「場所はトロフィー室——あそこ、ずっと鍵開いているのよね。時間は、深夜の零時でいいわね」

「よくってよ」

 フィルは意気揚々と答えてアンバーの瞳に強い闘志を燃やしていた。一方の取り巻きたちはまるで言葉を交わすかのごとく、視線を絡ませ高慢な態度で笑い声を零している。

 ハティは違和感を覚えた。トロフィー室は大階段をいくつも上る必要があって、グリフィンドール寮にほど近い。おまけにトロフィー室の上の階には総長室があって、そんなところで決闘をしようものならば物音で事が露呈しかねない。おまけにスリザリン寮から大分遠いトロフィー室をパンジーが指定したのも彼女の性格を鑑みると違和感があった。

 

 

 わたしが、パンジー・パーキンソンならスリザリン寮に近い場所を指定する。その方が行き帰りも楽だもの――そう考え、ハティはふと気づいた。そもそも、パンジー・パーキンソンはこの決闘に参加するつもりなどないのではないか?

 

 

 ハティは制止の声をあげた。

 

「ちょっと待って」

「どうしたの、ハティ」

 フィルが訝しむようにハティを見やる。

「場所がトロフィー室だとフェアじゃないわ。私たちの寮の方が近いし、場所を変える必要があるんじゃない?」

「ポッター、よく考えてごらんなさいよ。これは決闘という荒事に慣れていないフィルや、あんたへのせめてものハンデよ」

 パンジーは肩を竦めて、唇を歪ませた。腕を組んだ彼女の人差し指が、苛立ったようにリズムを刻み始めるのを見てハティは悟った。

 嘘だ。

 

 

「あんたがそんなに慈悲深い性格だと思わなかった。だけど、ハンデは結構よ。場所を変えましょう」

「ハティ、本気!? せっかくこっちにアドバンテージがあるんだよ。手放していいの?」

 信じられないとロニーは驚愕の声をあげていたが、ハティは「正気よ」と大きく頷いた。

「パンジー、あんたは知らないかもしれないけどわたしもフィルも成績優秀で優等生なの。ハンデなんかもらうまでもないし、フェアに行きましょう。時間はそのままでいいわね、場所は間をとって四階の渡り廊下なんてどうかしら?」

「なんでわざわざその場所なのよ」

 パンジーは探る様にハティを睨みつけた。

 

 

「余計なものがなくて、大きな物音がしないからよ。トロフィー室だと硝子のキャビネットがいっぱいあって、少しでも間違ったら硝子を割る可能性があるじゃない。それになにより、あんたの気持ちが変わらないようにわたしは考慮してあげてるのよ。遠いと、決闘に行きたくなくなるかもしれないしね」

「あんた、あたしが逃げるって言いたいの?」

「違った? だってパンジー・パーキンソンはフィリパ・ポップルウェルほど美しくなくて、馬鹿、魔法の腕もからっきし。勝てる要素なんて一つもないものね。だから、あんたがフィルに勝つためには姑息な手を使うしかないのよ。そもそも、最初から決闘に参加しないとかね」

 パンジーは激昂して、地団太を踏んだ。

「あたしが、フィリパ・ポップルウェルに劣るところが、あるはずないじゃない! そいつはホグワーツに入学するまで、あたしの取り巻きだったのよ。それがグリフィンドールに入ったからって、偉そうにしちゃって。フィリパ、あんたなんかにあたしが負けるわけがないわ」

「じゃあ、証明してごらんなさいよ。パンジー・パーキンソン。今日の深夜の零時、四階の渡り廊下。来なかったらあんたは戦う前に尻尾巻いて逃げた負け犬根性のごみ溜め女って言いふらしてやるわ。これだけの取り巻きが証人なんですもの、わたしだったら恥ずかしくて逃げるなんてできないわ~」

 ハティはふつうでないと思われるほど、嘲笑を浮かべ見事にパンジーを挑発した。

 パンジーはかなり苛立った様子で「今日の夜中、覚悟してなさいよ! あんたを一生分呪ってやるわ!」と息巻いて去っていった。

 

 

「パンジー、怒り狂ってたわね」

 プリシラは口の端でにやっと笑った。

「しかも、あのアンタの挑発で大分頭にきてる様子だったよ」

 ロニーは流石にパンジーが哀れになったのか、気の毒そうに言った。

 ハティはダーズリー家で煽りスキルが尋常でないほど磨かれてきたので、パンジーを挑発することなど造作もなかった。黒い巻き毛を払って「あいつ、煽り耐性ないわね」と涼やかに笑うとハティは立ち上がった。

 

 

「さてと、フィルチとマクゴナガル教授に匿名で通報してこようかな」

「つ、通報?」

 三人は目を白黒させてハティを見た。

 ハティは純粋な三人と額を突き合わせて、周囲に聞こえないように小さな声で囁いた。

「嫌だわ、三人とも。わたしがシンデレラタイムにわざわざ目をがん開きにして、決闘なんてするわけないじゃない。勿論、行かないわよ。戦わずして勝つ、そのためにパンジーをあれだけ怒らせたのよ。最小限の労力で、クレバーに勝利。それが一番冴えた方法だと思わない?」

 

 

 翌日、スリザリンは一年生の女子生徒の三人が度胸試しで寮を抜け出し禁止された四階の廊下に足を踏み入れたとして、約三〇〇点も点を失った。パンジー・パーキンソン、ミリセント・ブルストロード、メアグレッド・エイブリーはマクゴナガル教授から罰則を食らい、パンジー・パーキンソンにいたっては負傷して医務室で療養中とのことであった。

 

 

 金曜日の授業を終え、どこからともなくこの噂を聞きつけたロニーは小躍りをして喜んでいた。

「パンジーの奴、やっぱりハティの罠にひっかかって四階に行ったんだ! それにしても、どうして決闘もしてないのに怪我なんてしたんだろう」

 ロニーは談話室の片隅でオットマンに足を投げ出し、小首を傾げていた。

「確かにあそこは危ないから入るなって、ダンブルドアが言ってたけどさあ……」 

 その時、涼しい顔をしたフィルが沈んだ面持ちをしたルビー・ダンクワースを連れてグリフィンドールの談話室へと入ってきた。

 栗の様に艶やかな褐色の髪は初めて出会った時のように渦を巻いて背中に流されている。同色の大きな瞳は潤んでおり、ふっくらとした桃色の唇は朝露に濡れた薔薇のように瑞々しい。優し気かつ頼りなさそうな面立ちは、端整かつ可憐で同性への庇護欲をも誘うかのようだ。

 ロニーは間近でルビー・ダンクワースを目撃して、瞠目していた。彼女の唇が「ワーオ」と小さく感嘆の声を上げるのが見えた。

 

「フィル、ルビーを連れてきたの」

「ハティ! ええ――ロニーにも紹介するわね、私の幼馴染のルビー・ダンクワースよ」

「はじめまして、ルビーです」

 ルビーは鈴が鳴るようなか弱い声で挨拶をした。

「よ、よろしく。あたしは、ロニー・ウィーズリー」

 類稀なる美少女を前にして、ロニーは緊張した様子で手にかいた汗をローブで乱暴に拭った。そして慌てて手を差し出すと、ぶんぶんと勢いよくシェイクした。

 フィルはまるで小さな子猫を見守るかのような慈愛の眼差しをルビーに注いでいたが、ふと「プリスは?」とプリシラを探すように周囲を見渡した。

 

 

「プリスなら文芸部に行ったわ。創作活動に専念するって」

「そう……」

 フィルは残念そうに目を伏せた。

 ルビーもそれを聞いて悄然と肩を落とす。

「プリスは私が来るといつもそうなの……静かに本を読んでいるか、執筆をしているかのどちらか。私はここに来ない方がよかったのかもしれないわね」

「そんなことないわよ、ルビー。プリスは気難しい子なの、私だって仲良くなるまでに時間がかかったんですもの。あの子の友達がそんなに多くないことも、貴方はわかっているでしょう? あまり思いつめる必要なんかないわ。ね、私のドミトリーでお話しましょう。お母さまが美味しい焼き菓子をたくさん送ってくれたのよ」

「フィルのお母さまって、本当に素敵ね。励ましてくれて、ありがとう。フィル。プリスのことは別として、今スリザリンが大変なことになっているから私、少し気持ちが弱ってしまって……」

「スリザリンが大変なことになってるって、今日の失点と関係ある?」

 ロニーの鋭い指摘に、ルビーはぎくりと肩を揺らした。そして怯えたように周囲を見渡し、談話室でくつろぐグリフィンドール生たちがそれほどルビーたちに注目していないことに安堵したように、彼女は溜息をついた。そして、ハティたち三人を談話室の隅に集めてとつとつと語り始めた。

 

「昨日、フィルがパンジーと決闘の約束をしていたでしょう? あの夜、パンジーは約束を守ってちゃんと四階の渡り廊下に行ったの。そうしたらね、運が悪く見回りのフィルチとピーヴスに遭遇してしまって……三人は本当にどこにも逃げ場がなくて、四階の右の廊下に入ったの。必死で逃げて、突き当りの部屋の中に入ったんですって――そうしたら、ケルベロスがいたって」

「ケルベロス!?」

 ロニーが素っ頓狂な声をあげた。

 ルビーは慌ててロニーの口を塞いで、慎重に周囲を見渡した。すぐそばではハーミスが一心不乱に羊皮紙に何かを書きなぐっていたがこちらのことを歯牙にもかけない様子にルビーは安堵の溜息をついた。それでも不安げな様子でロニーに「声をおさえて!」と懇願した。

 

「ケルベロスってあのギリシア神話の?」

 ハティはフィルを見た。彼女は困惑を滲ませながらも、頷いた。

「神話じゃなくても、魔法生物として実在するのよ。ギリシア原産の魔法生物だから、本当だったらホグワーツにいるはずがないわ。誰かがあの部屋にケルベロスを入れたのよ」

「そんなの、教授かダンブルドアしかいないんじゃない?」 

 ロニーの素朴な発言は、意外なことに的を得ていた。

 三人は黙り込んで、暫くの間それぞれ思案していた。入学式の日、ダンブルドアは確かに「惨い死に方をしたくなければ立ち入らないように」と生徒に警告していたが、まさかギリシア神話に出てくるような怪物をその部屋で飼育しているとは生徒も思うまい。知っていたら、誰も立ち入らなかっただろう――パンジーなどは特に。

 

 ハティは大きな瞳に涙を浮かべているルビーに硬い声音で続きを促した。

「それで……結局、パンジーたちはどうしたの」

「どうにもできなかったの!」

 ルビーは顔を覆って、わっと泣き出してしまった。それでも語ることはやめず、彼女は嗚咽を漏らしながら続けた。

 

 

「二人ともパンジーを置いて逃げてしまって、逃げ遅れたパンジーはケルベロスの下にあった地下への扉に潜り込もうとしたの。だけど、失敗して――頭から腰にかけてケルベロスに引っかかれたわ。酷い傷なの……跡が残るかもしれないって。それですんでのところでマクゴナガル教授が助けに入ったんだけど、教授は激怒されたわ。夜中に、度胸試しでこんなところに入るなんてとんでもないって。おかげでスリザリンの点は零を通り越してマイナスで、このことに、ミス・ロウルがなんて軽率なことをしたんだって激怒されてるの」

「ミス・ロウルってだれ」

 いまいち空気をつかめないロニーが訊ねた。

 

「スリザリンの六年生の監督生よ。アラディア・ロウルーー実質的なスリザリンのボスなの。アラディアはパンジーのことを、絶対に許さないわ。今回の件も、もとはと言えば私が原因なんだもの。私も、何をされるか……」

 ルビーは尋常ではない様子で恐怖に怯え、ぼろぼろと涙を流した。次第にひきつけを起こしたようにひゅーひゅーと苦し気に喉を鳴らし始めたので、フィルはルビーを抱えて慌てて医務室へと連れて行った。

 

 

「ルビーもさ、パンジーのパシリから解放されたんだから喜べばいいのにね」

「そんな単純な話じゃないんでしょうね、スリザリンの学閥って。それにしても、どうしてそんな凶悪な魔法生物をあの部屋で飼ってるのかしら」

「ギリシア神話ではどんな役割なの?」

「ロニーは冥府の神ハーデスって知ってる? 三人のクロノスの息子の中で、一番お金持ちなんだけど、どうしてお金持ちなんだと思う?」

「えーっと、えーっと、お金にがめつい?」

 ロニーはへらりと笑った。わからなかったらしい。

 ハティは小さく溜息をついて答えた。

「ハーデスが統べる地下には宝石とかの鉱物資源が沢山あるの。そして、彼にとって定期的に入ってくるお宝は人間の魂——亡者なんだよね。ケルベロスは冥界から逃げ出そうとする亡者を阻み、貪り食う番犬なの」

「じゃあ、ケルベロスもそのお宝を守るためにあの部屋にいるのかなあ。ねえねえ、ちょっと気にならない? ハティもホグワーツ城を探検したいって言ってたじゃない」

「まあ、それは少し気になるけど……」

 その時、羊皮紙を書きなぐるガリガリという耳障りな音がやんだ。二人が思わずハーミスを見ると、彼は寝ぐせだらけの栗毛を揺らして勢いよくくるりと振り向き厳しい目つきでこちらを見た。

 

 

「まさか、気になるってだけで本当に行く気じゃないだろうね。スリザリンがマクゴナガル教授に三〇〇点も減点を食らったってルビーが話していたのを、忘れたのかい? ハティ、君って一体何度教授の言いつけを破ったら気が済むんだ」

「またあんたなの!? 毎回、あたしたちのやることなすことに口を出すのはやめてよね! いい加減、鬱陶しいのよ!」

 ロニーは怒り心頭して、叫んだ。

 一方のハティはかなり冷静であり、冷笑さえ浮かべていた。

「まさか、わたしが本気でパンジーみたいに度胸試しで四階に行くと思ってるの?」

 心外だわ。とハティが肩を竦めると、ハーミスは軽蔑しきった目でハティをじっと見た。

 

「僕、君たちの大広間でのやり取りを聞いてた。君が昨晩、規則を破らなかったことには安心したけどパンジー・パーキンソンを危険に晒してけしかけたのは君じゃないか。そういうやり方は関心しないな。すごく――スリザリン的だ。このことがもしマクゴナガル教授に知られたら、きっと君だって不道徳な行いで減点を食らいかねないよ」

「不道徳? わたしはちゃんとフィルチとマクゴナガル教授に匿名で知らせたのよ。”四階で一年生が度胸試しをしようとしてる”って。お陰で助かったんじゃない」

「君のせいで焦ってパンジーがあの部屋に入ったとも言うね」

 ハティはハーミスと束の間、睨み合っていた。

 ハーミスの言い分は正論だった。あの晩、ハティはわざわざフィルチとマクゴナガル教授に匿名で知らせる必要などなかった。そうすれば、いつまでもハティとフィルが来ないことに怒ったパンジーはさっさとスリザリン寮へ帰ったことだろう。少し懲らしめてやろう、というハティの出来心がパンジーの悲惨な事故を招いたのである。

 

 

 罪悪感がないわけではない。そうまで残酷な目に遭わせる必要もなかった。しかし、自分の中の良心の呵責と向き合うには、ハティはあまりにも卑怯すぎた。

 

「ハーミス・グレンジャーの道徳心には感服するわ」

「それはどうも。君はそのうち、自分の行いに対するツケを払うことになるだろうから覚悟しておくことだね」

 ハーミスの不吉な言葉は、暫く後に現実になって訪れることをこの時のハティは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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