ハリエット・ポッターの不思議な冒険 作:新参なめ子
ヴァーノンは腰を抜かしていたものの、果敢にもマクゴナガルを睥睨し「あんたのことなんぞ招いとらん! おひきとり願おう!」と怒号した。癇癪を起しやすく、暴力的な男ではあるが身なりが整い、いかにも″まとも”そうなマクゴナガルに対し無礼な物言いをするのは珍しいな。とハティは思った。
マクゴナガルはヴァーノンの怒号に怯む様子は一切なく、それどころか氷のように冷ややかな眼差しでヴァーノンを見た。
「ヴァーノン・ダーズリー、貴方がハリエットに対しまともに養父としての役割を果たしていないことは既にこちらは把握しています。貴方はハリエットが魔女であることを教えていなかったそうですね。それどころか、アルバス・ダンブルドアがこの子をこの家に預ける時に託した手紙を渡していないそうですね。手紙はどこです?」
「手紙? そんなもの捨ててやったわ」
ヴァーノンはせせら笑い、一蹴した。
「十年前、この子を引き取る時にわしらは決めたんだ。魔法なんてものはまっぴらごめんだ。この家で育てるからには、この子の中からそんなけったいな力はなくしてやるとな。そして、ろくでなしの親から受け継いだひん曲がった根性も叩きなおしてやるつもりで育てた。おかげでハリエットはまともに育ったじゃないか? え? この子はホグワーツなんてものにはやらん。さあ、わかったならさっさと帰ってもらおうか」
「ダーズリー……!」
マクゴナガルは地を這うような声で唸った。
恐々と言った様子でリビングの入口にやってきたペチュニアがその長い首を伸ばして顔を覗かせた。その顔は青白い顔をしながらも、ヴァーノンがマクゴナガルを威嚇したことで勝機があるとみたのか、まだ平静に見えた。
「この子に真実を伝え、実娘と分け隔てなく育てることがダンブルドアの依頼だった筈です。あなたがたの義務でしょう!」
「何が義務だ。その小娘を育てる為にいくらかかったと思ってる! 養育費の一ペンスも渡さずに、わしらはいかれた赤ん坊を押し付けられたんだぞ! それもいわくつきのな! ここまで五体満足で育ててもらっただけでも、感謝してもらいたいもんだな」
ここでそれまで静観していたハティは、心の中に燻っていた怒りがぐつぐつと煮えたぎるのを感じた。頭の先から指の先まで体が熱くなり、目の前が真っ赤になった。
「引き取りたくないなら、引き取らなきゃよかったじゃない。子どもを虐待するような″まとも”じゃない家で生活するくらいなら、孤児院に行った方がマシよ」
「だったら今すぐに孤児院に行け!」
「その前にあんたたち夫婦が隠していることを、全部吐いてもらうから。そのダンブルドアの手紙も含めてね!」
ハティは踵を返すと勢いよく玄関の扉を閉めた。そして憤然とリビングの入口へ向かい、くるりと振り返って「ミセス・マクゴナガル、どうぞおはいりください。お話を聞かせてもらいますか」と激しい口調に反し、丁寧な言葉遣いで促した。
「そのイカレた女をわしの家に入れるな! わしは許可しとらんぞ!」
「いかれてるのはどっちよ、この豚野郎!!」
眦を吊り上げてハティが怒号した途端、リビングとキッチン中の窓ガラスが激しい音をたてて内側からはじけたように砕け散った。屋内に硝子の破片が舞い散り、ペチュニアとソファーに座りながら恐々と成り行きを見守っていたダリアが悲鳴をあげ、頭を抱えてへたりこんだ。
伯父の言葉で言えば、どう考えてもマトモではない状況であったが、激情に駆られているハティは一切構わずリビングの椅子をひき、マクゴナガルにすすめた。
「ありがとう、ハリエット。それとわたくしのことはミセスではなく、プロフェッサーと呼ぶように」
「はい、
この家の中で唯一マクゴナガルだけは冷静であった。
彼女はことさら優雅に腰掛けると、流れるような所作で杖をふるいテーブル回りのみ硝子を払った。
そしてハティはバリバリと硝子を踏みつけながら、キッチンに入った。その間にダリアとペチュニアがヴァーノンに駆け寄り「あなた、どうしましょう」「パパ、何が起きてるの! 怖いよ! あいつをどうにかしてよ!」と闖入者とハティの排斥を懇願し始めたので、ハティは邪魔をされてなるものか。と振り向き、鋭い眼光でダーズリー一家を睨みつけた。
「伯父さん、伯母さん。お客さんの前では礼儀正しくすることが大切じゃなかったっけ? 紅茶とお茶菓子をお出しした方がいいんじゃない?」
「わしらに命令するな!」
「いつも二人がわたしにやらせてることでしょ。使用人みたいに」
なんというか、迸る熱いパトスっていうの? 真の英雄は目で殺すと言うが、目が熱いな? 変だな。なんか変な光線が出てそう。と思ったら暖炉が爆発し、夏だと言うのに火が燃え上がっていた。ダーズリー一家は戦慄し、飛び上がった。そうしてようやく今のハティに反抗することは危険なことだと気付いたのか、滂沱のような涙を流したダリアが立ち上がりよろよろとキッチンへ入ってきた。
「パパとママと違っていい子ね、ダリア。あとでご褒美をあげなくちゃ」
にっこり微笑みかけると、なぜかダリアは「ひっ」と悲鳴をあげた。そして慌てて紅茶の準備を始めた。
ハティは棚から来客用のクッキーを取り出し皿に盛りつけると、泣きじゃくりながら準備をするダリアを後目に皿をもって席についた。
「お待たせしました。わたし、これ以上嘘を聞きたくありませんから教授の口から真実を教えていただけないでしょうか」
マクゴナガルへ慇懃に依頼したのち、ハティは無表情で未だに床にへたり込んでいるダーズリー家を冷ややかに見た。視界の隅でハティの変わりようにマクゴナガルが口を開けて唖然としているのがみえた。
「何してるんですか、伯母さん、伯父さん。貴方たちも座るんです」
「わ、わしは座らんぞ! こんな頭のおかしい輩に喋ることなんぞない」
「わたしは座れと言いましたが?」
激しい音をたててリビングの扉が閉じた。ペチュニアは怯えた顔で飛び上がり「座りましょ、ヴァーノン。ねっ」と必死にヴァーノンを引っ張り席に着いた。
その頃には、ダリアがガチャガチャとカップとティーポットがぶつかり合う音を立てながら紅茶を運んできた。ダリアはぶるぶると震える腕で、五人分の紅茶を配った。ハティはダリアが最後に両親に紅茶を配り終えたところで、眉宇を顰めた。
「何をしているの、ダリア」
「えっ?」
「この二人はお話を聞かないのよ。だから、紅茶なんていらないの。水道水で十分」
「ハリエット、養父母に対してそれは無礼ですよ」
マクゴナガルが諫めるように口を挟んだが、今更目の前の教授に軽蔑されようが構わなかった。その時のハティは怒髪天を衝いていたので、後に尾を引く教授の好感度などくそくらえ。目の前の部外者がこの家の何を知っているのだ、という思いであった。
ハティは優雅にティーカップを持ち上げ、一口飲むとゆっくりとカップを置いて「教授はご存じないかもしれませんが」と平坦な口調で滔々と淀みなく語り始めた。
「この春までわたしの私室は階段下の物置部屋だったんです。そこには、約十年間住んでいました。わたしが魔法を使うと、決まってこの夫婦は鍵をしめて何日も閉じ込めて食事の時間には水だけ放るんです。まるで、檻の中の動物に餌をやるみたいに。今ならなぜそんな扱いを受けていたのか、わかります。私が魔女だからなんですね」
「ハリエット、貴方は魔女裁判の時代のことを言っているのかもしれませんが、魔法族は忌むべき存在ではないのですよ。魔法を使うというだけで、同じ人間です」
「この人たちはそう思っていないようです。わたしはこの家で長年、従姉妹のおさがりのぼろきれだけを与えられて使用人のような扱いを受けてきましたし、彼らは自分の娘がわたしを殴ってポイントが加算されるような暴力的なゲームをしていても”お金がかからず、頭の冴えたいいゲームだね”で済ますような人たちなんです。この人たちはわたしを人間だと思ってないんですよ。それでもわたしに礼儀を尽くせと言いますか? 教授、どうしてわたしはそんな家族に育てられなければならなかったんでしょうか。わたしは知らないうちに、何か罪を犯したんですか?」
マクゴナガルはその言葉に雷に打たれたように項垂れて、拳を強く握った。
「あなたの、あなたのせいではありません。罪があるとしたら、それはこの家に貴方を預けたわたくしたちと、ダーズリー家です。生まれながらに貴方が罪を背負っている筈がない、それどころか貴方は偉大なことを成し遂げ丁重に育てられるに値する魔女です。我々の世界にいたならば」
我々の世界にいたならば? ハティが当惑の眼差しをマクゴナガルに向ける中、彼女はゆっくりと顔を上げて軽蔑しきった目でダーズリー一家を一瞥した。その眼差しは氷のように凍てついており、ヴァーノンは顔を強張らせ、ペチュニアは小さく悲鳴をあげた。その隣でダリアだけはわけもわからない様子で両親に視線を彷徨わせているのだった。
「真実を話します」
「言うな! 言ったら、ただでは済まさんぞ!」
ヴァーノンが唾を散らしながら怒号した。しかし、次の瞬間マクゴナガルは「ヴァーノン・ダーズリー!」と鬼のような形相で、聞いたこともないような怒声をあげて人差し指をヴァーノンとペチュニアに突き付けた。
「あなたが口を挟む権利など微塵もありませんよ。とうの昔に、あなたはハリエットの養育者としての権利を放棄しているのですからね!」
「わしがいつ権利を放棄した。こいつがこの年になるまで金をかけ、育ててやったのがわしら以外のどこにいる!」
恥ずかし気もなく豪語するヴァーノンに、マクゴナガルは嘲りを含んだ笑みを浮かべて低く冷たい声音で言い放った。
「この子の前で言うには口にするのも憚るようなことですが、あなたは姪を育てていたのではありません。自分たちが忌むべき生き物を使用人扱いをしながら飼育していたにすぎません。あなたたちは今までマグルの子どもが虐待を受けたら養育者が罰を受けるように、魔法族の子どもを虐げた非魔法族に刑罰が与えられると思わなかったのですか?」
「そんな魔法界の法律、聞いたことがないわ!」
ペチュニアはヒステリックに声を上げた後、自分が反射的にマクゴナガルに言い返したことを我にかえったように、口元を手でおさえてヴァーノンを見た。ヴァーノンも驚いたようにペチュニアを見ていたが、妻の言わんとしていることを悟って、盛大に鼻で笑った。
「その小娘がわしらに虐待を受けていたとする、お前の言う通りにな。じゃあ、今までわしらがお前たちから罰とやらを受けなかったのは何故だ? え? わしらを罰するための法律がお前たちにないからじゃないか。法律という文明的な制度を、お前たちのようにけったいな奴らが運用できているとは思えんがな」
「伯父さんって馬鹿なんじゃないの。法律ってのは、紀元前には既にあったのよ。ハンムラビ法典って知らないの? 伯父さんが言う通り、魔法使いや魔女が文明的に法律を運用できていないのなら、未だに目には目を。歯には歯ってことで同等の懲罰を食らうかもね。つまり、ダリアを魔法使いの使用人にしたり、何日も檻に閉じ込めて水だけを与えたり、ダリアを魔法で痛めつけて加点していくゲームがこれから十年間はじまるのよ」
ペチュニアは「ひっ」と掠れた悲鳴をあげて、慌ててダリアを守るように抱きしめた。
ハティはまるで自分が彼らにとってのバケモノになったような気分だった。何故かすごく不愉快で、腹立たしい。それと同時に、どうして自分はダリアのように誰にも守られなかったのか。と憎しみが胸に沸き起こってきた。
「わたしなら、そうする。あんたたち夫婦を直接痛めつけるより効果的でしょ」
「ダリアに手を出せば、お前を殺してやる!」
ヴァーノンが青白い顔でペチュニアとダリアを庇うように椅子を倒して席を立った。ハティは呆れ果てて笑った。「殺すほどのことをした自覚があったの? 伯父さん」
「もう結構」
その時、それまで口を噤んでいたマクゴナガルが静かに口を開いた。彼女は呆れ果てた軽蔑の目つきでダーズリー一家を冷ややかに見ていた。
「ヴァーノン・ダーズリー、貴方がハリエットを殺す必要はありません。そのような野蛮な法律はブリテンの魔法界にありませんから。同時に、貴方がハリエットを殺害すれば非魔法族として貴方たちの世界の刑罰が適応されるでしょう。お忘れですか? ハリエットは魔女であると同時に非魔法族としての戸籍も登録されているのです。つまり、貴方たちのこれまでのハリエットへの所業がつまびらかになった以上、これまで以上に貴方たちを監視する目が鋭くなる。わたくしたち魔法族は数が少ない分、昔に比べて魔法族の子どもたちを大事にしています。ハリエットに危険が及べば、わたくしたちはありとあらゆる手段で貴方たちにマグルの刑罰を適応し、報いを与えることでしょう」
「わ、わしらを脅しているのか!」
「脅し? これは厳然たる事実ですよ、ヴァーノン・ダーズリー。そして、ペチュニア・ダーズリー。貴方たちのように純血主義者や獣に劣らぬ人でなしは、信用に値しませんからこうして釘を刺しているのです。貴方たちの行いによっては、非魔法族としての地位を失うことはおろか、牢屋に入ることも覚悟することですね。わたくしをアルバス・ダンブルドアとは違いますよ。彼のように寛容に貴方たちを信じ、許しを与えたりしませんから」
ヴァーノンは慄然として、怯えたようにマクゴナガルから視線をそらして呻いた。
ハティは両者の間で勝敗を喫したと思った。その矢先だった。突然、ペチュニアが甲高い笑い声をあげたのだ。
「何が寛容に信じ、許しを与えるよ。私を、締め出したくせに。それなのに、こんな子どもを押し付けられてやってられないわよ。あーあ、やっぱりあんたも妹と同じだと思ったわ。だって、あの小癪な妹とそっくりなんだもの。あの子も、お前と同じように薔薇の花を咲かせて、ブランコで高く飛んで笑ってた。それからあんたと同じ年ごろに手紙がきて、さっさと行ってしまった……その学校とやらにね。休みで帰った時には、ポケットの中は蛙の卵でいっぱいだし、ティーカップをネズミに変えてしまうし。だけど、私だけは知ってた……バケモノだってね。なのに、両親にとっては我が家に魔女がいることが一番の自慢だったのよ。リリー、リリーっていつもあの子をちやほやしてたわ」
ハティがペチュニアがこれほど長い間、自分の思いを語るところをはじめて見た。ペチュニアはハティの驚いたような眼差しを受けて、まっすぐ見返してきた。焼き殺すような憎悪と怒りに満ちた眼差しで。そして堰を切ったように、淀みなく続けた。
「そのうち、学校でポッターと言う男に出会って、私の知らないところで結婚したわ。そうして生まれたのがあんたよ。ええ、わかっていたわ。あんたもリリーと同じバケモノで、同じようにまともじゃないってね。リリーが殺されたのも自業自得よ? だけど、私はこうして生きてる。愛すべき夫がいて、可愛い娘がいる! 私は幸せよ! リリーよりもね。だけど、あんたが全部ぶち壊したのよ。あんたがあの日、リリーが殺された後にうちの家の前に揺り篭に入れられていたから!」
「殺されたって、誰に? 自動車事故で死んだって言ってたじゃない!」
「自動車事故などであれほど優秀なリリーとジェイムズが死ぬはずがないでしょう。見え透いた嘘をついたものですね。やはり、この子の言う通り一かけらも貴方は真実を語っていなかったのね。ペチュニア・ダーズリー」
ペチュニアはマクゴナガルに侮蔑に満ちた言葉を投げかけられて、恥じ入るようにさっと俯いた。ペチュニアはそれっきりまるで貝のように口を噤んで、声を発することはなかった。
ハティはペチュニアの態度に、腹の底からふつふつと怒りがこみあげてくるのを覚えた。今の伯母の姿は、まるで不貞腐れた子どもである。だって、ペチュニアはハティの母でありリリーへの嫉妬心やリリーほど親に愛されなかった劣等感をハティにぶつけて肝心なことを口にしていない。それだって、ハティではなく故人であるリリーにぶつけるべき言葉だ。
「伯母さんって、卑怯ね。結局、わたしに何が言いたかったの? 魔女として生まれて両親に愛されたわたしのママが妬ましかった、そういう話がしたかったの?」
「リリーに嫉妬してたですって!? そんな筈がないじゃない!」
「じゃあどうして実の妹にバケモノなんて言えるの。ママはもう死んだのに、どうして姪のわたしまで嫌うの。もしかして、わたしにまでバケモノって言うのは、本当は自分も魔女になりたかったの?」
ペチュニアの青白かった顔は、一気に赤く燃え上がった。
「わ、私があんたたちみたいなバケモノになりたい筈がないじゃない!」
「ペチュニア・ダーズリー、貴方が本当に魔法族を嫌悪しているならば何故貴方は子どもを作ったのですか」
「え?」
ペチュニアは虚をつかれたようにマクゴナガル教授を見た。そして必死に言い募った。「そ、それはヴァーノンが幸せな家庭を築こうって言ってくれたから!」
「自分の近親者に魔女が生まれた以上、貴方の中の子どもが魔法族として生まれる可能性があることを頭に過らなかった筈がないでしょう。非魔法族から魔女や魔法使いが生まれるのは、祖先に魔法族の血が混じっているからです。わたくしたちホグワーツの教員は、マグル生まれの魔法使いの子どもの親にはそのように説明をします。リリー・ポッターの時も、きっとそうだったでしょう。貴方も、それを知っていた筈です。それほど魔法族を嫌悪する人間が、自分の血筋から魔法族が誕生する可能性を知っていて子どもを作るなんて、わたくしには不思議です」
「黙れ、何の権利があってわしらの家に口出しをする。わしはペチュニアと結婚するときに、家族に魔女がいることが承知で結婚した! 小娘を引き取った時も、こいつからけったいな力を叩きだしてまともな人間として育てると誓って、育ててきた! あんたはわしらの十年間を侮辱しているのか?」
「では、ご息女が魔女であったならばあなた達はハリエットにしたような育て方をしたのですか。物置部屋に閉じ込め、絶食を強いて、バケモノと呼んだのですか」
「わしはこいつのひん曲がった根性を直してやろうとしたんだ! ダッダーちゃんにそんなことするわけがないだろう!」
「そうよ、ダッダーちゃんにそんなことするわけないわ!」
迷いなくダーズリー夫妻は言い放った。
しかし、間もなくすると二人の夫婦は全く正反対の反応を見せた。ヴァーノンはふんっと威丈高に鼻に鳴らして胸を張っていたが、ペチュニアは何かに気付いたように慌ててハティから目を視線をそらしてあからさまに狼狽し始めた。
二人の様子をマクゴナガルは冷徹な目つきで眺めていた。そして、ややあって決然と彼女は言った。
「貴方たちが私情でハリエットを虐げていたことがよくわかりました。その自覚が今芽生えたようですね、ペチュニア・ダーズリー」
「ち、違う……そんなわけがないじゃない!」
「ダリア・ダーズリーと言いましたか? 貴方の娘は哀れですね。貴方の劣等感を映す鏡だわ。この子もまた、貴方たち夫婦に虐待を受けた哀れな娘の一人と言えるでしょうね」
「私がダッダーちゃんに虐待を?」
ペチュニアは信じられないといった顔でダリアを束の間見つめた。ヴァーノンが「わしらが可愛い娘を虐待するはずがないだろう!」と反発していたが、マクゴナガルは取り合うだけ無駄だと思ったのか「穴の開いた大釜に水を注いでも無駄ですね。今は落ち着いてこの子に話ができそうにありませんから、後日この子とロンドンに赴いた際に話をします。それまでの間に、ハリエットが真実を望んだ場合は貴方に拒む権利はない。わかっていますね、ミセス・ダーズリー」と生徒を叱責するような厳しい口調で言い据えた。
ペチュニアはすっかり怯えて椅子の上で縮こまっていた。伯母からの返事はなかったので、マクゴナガルは呆れた様子であったがそれ以上厳しく追及することはなかった。
「ハリエット、このような状況で選択を迫るのは卑怯とわかっています。ですが、貴方に聞かねばなりません。ホグワーツ魔法魔術学校に入学しますか?」
「ふざけたことを言うな! イカレた間抜けジジイが小娘に魔法を教えるのに、わしは金なんか出さんぞ!」
ヴァーノンが叫んだ。
ハティはマクゴナガルとともにゴミでも見るかのような侮蔑の眼差しでヴァーノンを一瞥して、大きく頷いた。
「この頭のおかしい家族から離れられるなら、魔女の学校にいきます」
「よろしい」
マクゴナガル教授は満足げに頷いた。「貴方のためにもそれがいいでしょう」
「さっそく入学前に学用品を揃えなければなりません。一週間後、わたくしが迎えにきます。その時に、ホグワーツの詳しい話をするとしましょう」
「わかりました」
マクゴナガル教授はそれからダーズリー一家に目もくれずに、ダーズリー家を去っていった。
残されたのは放心状態のペチュニアと「お前の学用品なんかにわしは金を出さんからな」と傲然と鼻を鳴らすヴァーノン、それから「ご飯はまだなの」と癇癪を起こすダリアであった。マクゴナガルの叱責にダメージを受けているのはペチュニアくらいで、ヴァーノンは相変わらず尊大な態度であった。
ハティは腹の虫がおさまらず、イライラとしながらヴァーノンとダリアに人差し指の先を向けた。
「なんだその指は!」
「あっちにいけ」
ハティは小さな子どもが虫に指図するように無邪気に言った。不思議と、そうすれば自分の望む通りに動く気がした。すると、ヴァーノンとダリアはくるりとハティに背中を向けた。まるで空中から糸でつるされた人魚のようにぎくしゃくと出口に向かって歩き出した。
「ヴァーノン! ダッダーちゃん!」
「伯母さん、わたし言ったでしょう? 目には目を、歯には歯をって。二人にはこの夏休みいっぱい、同じような生活をしてもらうから」
その言葉の意味するところを察して、ペチュニアは慄然とした。ハティの宣言通り、階段下の物置部屋が一人でに開くとヴァーノンは屈んでその巨漢を頭からぐいぐいと突っ込み始めた。ようやくヴァーノンの体が物置部屋にすべて収納されると、扉はばたんっと勢いよく閉じて音をたてて南京錠が施錠された。物置部屋からは「わしをここから出せー!」と扉をけたたましく拳で殴りつける音が続いたが、ヴァーノン自身が頑強に作った扉はびくともしなかった。
そしてダリアは階段を登ると、ハティがいたころにそうしていたように大きな音をたてて階段の上でジャンプをはじめた。
「や、やめて! やめなさいよ!」
「何故? 伯母さんと伯父さんとダリアがわたしにしてたことじゃない。どうして悪いことをしているような目でこっちを見るの? とりあえず、座ってよ伯母さん。わたしにパパとママが殺された理由をちゃんと話してくれたら、二人を解放する気になるかもしれないし」
家族を人質にとられたペチュニアは不承不承ながらとつとつと語り始めた。
アルバス・ダンブルドアなるホグワーツの学長は、ハティの両親であるポッター夫妻から自分たちが亡くなった場合の後見を依頼していたのだという。まだ若く健康であった夫妻が死に備えて娘を託すのも妙な話だと感じたが、その疑問の答えは後に恐怖に彩られたペチュニアの口から語られた。
ポッター夫妻は自動車事故で亡くなったのではない。自警団に所属していた二人は、当時魔法界を恐怖と暴力で支配していたヴォルデモート卿なる大量殺人犯に殺害されたのだという。それが逆恨みであったのか、快楽のために偶然目をつけた夫妻を殺害したのかは定かではない。そうして一人生き残ったハティであったが、ポッター夫妻を殺害した際、ヴォルデモート卿はハティをも手にかけようとしたのを最後に行方は杳として知れなくなった。この事態に魔法界は「平和な時代が戻ってきた」と沸いたが、ハティの後見であるダンブルドアは楽観視していなかった。ヴォルデモートは生きている。そしていずれはハティの命をも狙うだろう――ハティが生きていくためには、死の淵でハティを守った母リリー・ポッターと血を同じくするペチュニアの元で生活することでハティを守る魔法は効力を発揮し続ける。同時に、ダーズリー家もハティにかけられた魔法によって守られるだろう。という話であった。
「わたしを押し付けられて迷惑って言ってたけど、伯母さんたちにも大きな利点があったんじゃない。それを、まるで負債ばかり押し付けられたみたいに言って……なんなのその被害者面。バケモノはあんたの方じゃない」
ペチュニアは悄然と項垂れ、リビングを出て行った。階段下の廊下には「ここを開けろ!」というヴァーノンもくぐもった声と、物置部屋の扉を叩く音がひっきりなしに聞こえていたがペチュニアは一瞥もしなかった。幽鬼のような足取りで去っていく母親の背中を、階段の隅でダリアは呆然と見守っていた。そして、吸い込まれるようにペチュニアが寝室に入っていくのを見送ってダリアは思い出したように叫んだ。
「あたしのごはんはどうするのよ! ねえ、ママ! ご飯は!?」
返答はなかった。
「あんた今の状況で出てくる言葉がそれなの? 本当にどうかしてるわね」
良くも悪くも無神経で自己中心的なダリアの性格はヴァーノン譲りであった。