ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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にゃんこが来りて風が吹く2

『 ホグワーツ魔法魔術学校 総長アルバス・ダンブルドア マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会長

 

 親愛なるポッター殿

 

 このたび魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書ならびに必要な教材のリストを同封いたします。新学期は九月一日に始まります。七月三十一日着で梟便でのお返事をお待ちしております。 副学長ミネルヴァ・マクゴナガル 』

 

 確かに彼女の名前が記されている。

 

 ハティは思わず息を呑んだ。重苦しい沈黙を破るように「なーん」と近くの民家の庭から猫が優雅な足取りで出てきた。近所のミス・フィッグの飼い猫のココであった。ハティによく懐いている子猫で、時々家を脱走してくるのだが、ココはハティに挨拶するようにすり寄ってきた。

 

 しかし、今はいつものように投げてやる気にもなれず、ハティは緊張で乾いた唇を湿らせて尋ねた。

 

「魔法使いの学校に行くということは、魔法使いの勉強をするということですか? セカンダリーのカリキュラムを受けたり、大学に進学することもできなくなるんでしょうか?」

 

「良い質問ですね、ミス・ポッター。おっしゃるとおりです。我々のホグワーツ魔法魔術学校で提供するカリキュラムは魔法使いのための科目であり、非魔法族のカリキュラムとはまったく重なりません。よって、普通の大学に進学することは大変困難だと思ってください。あなたはこれから魔法使いの世界で生きるか、非魔法族の世界で生きるか、自ら選択しなければなりません」

 

「魔法使いの世界で生きるか、非魔法族の世界で生きるか……その、わたしには魔法使いの世界での生き方が想像できません。わたしが知ってる魔法使いなんて、マーリンとかモルガンとか、ソロモン王とかで」

 

「マーリンとモルガンは四世紀から五世紀――ホグワーツ創設以前に実在した偉大な魔法使いでした。そして、ソロモン王は神代最後の魔法使い。あなたが言いたいのはこうですね、全ておとぎ話だと。もちろん、あなたがわたくしの説明だけで信用するとは思っていません。ですから、実際に見せることとしましょう」

 

 そう言うと、マクゴナガルはバッグから一本の木の棒を取り出した。枝木というよりは、ステッキと呼ぶに遜色のないものだ。ピカピカに磨き抜かれており、銀の精緻な装飾が持ち手に施されている。まるで、魔法使いの杖のように。

 

「あの」

 

 ハティは意図を確かめようとする前に、マクゴナガルは優雅に杖を一振りして、ハティの足元の猫へと向けた。

 

 刹那、愛らしい艶やかな黒猫は一瞬にて肥え太った子豚へと変貌を遂げた。まるでハティのことなど忘れてしまったかのようにひくひくと鼻を動かし、周囲の地面を嗅ぎ回り始めた。ハティは思わず悲鳴を上げて豚から飛びのいた。

 

「ココが!」

 

「このようにわたくしたちはキルケーのごとく生き物を豚に変え、水をワインに変える力を持ちます。もちろん、訓練すればあなたにも可能な魔法ですよ。ミス・ポッター」

 

 それからマクゴナガルは何度か猫に戻したり、豚に変えたり、ココを宙に浮かせたりしてみせた。

 

 ハティはぽかんと口を開け、呆然とするという醜態をさらしながら、気づけば猫を抱えてふるふると震えていた。

 

「信じます……魔法の存在を」

 

 マクゴナガルは満足げに大きくうなずいた。「よろしい」

 

「お分かりになったでしょう。これが熟練した魔法使いのスキルです。あなたにはまだその片鱗しかないでしょうけどね。あなたも気づいているのではないですか。自分に不思議な力があることを」

 

「……ええ、色々と」

 

 ハティは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。

 

 超能力のような力ならば幼い頃から発揮していた。庭の薔薇のつぼみを満開にしたり、いつの間にかベッドが浮いていたり、果てはいとこのダリアの隣でブランコを何回転もさせて、飛び降りたり。見つかるたびに鬼の形相をしたペチュニアがハティに「お前はやってはいけないことをしたのよ」と罵声を浴びせた。

 

 ヴァーノンからも「ダリアが真似をしたらどうするのか、そのようなまともではないことは二度とするな」ときつく叱責され、「お前はまともじゃない! その中で反省していろ!」と物置部屋に閉じ込められた。いつしかダーズリー一家の前でハティが力を使うことはなくなったが、手慰めに花を咲かせたり、風を吹かせることはあった。そして代わりであるかのように、ハティは余計勉強にのめり込むようになったのだ。

 

「魔法力のコントロールが出来ない魔法使いの子どもには、往々にしてそういったことがあるのです。ホグワーツに通い、訓練を受ければあなたの思うがままに魔法を使えるようになるでしょう」

 

「この現代に、魔法使いの就職先ってあるんですか? 両親は無職だったと聞いているんですが」

 

 ハティの言葉にマクゴナガルは目を丸くして、考え込むように額に手を当てた。

 

「確かにジェイムズとリリーは無職でしたが……複雑な時代だったのです。ご両親が娘のあなたから失望を買う前に言っておきますが、ジェイムズは資産家でした。わたくしが知る中でも、名門の富裕な家の生まれの若者で、彼はあの時代に最も困難で危険とされながらも高貴なる者の義務を果たした若者の一人でした。それについては、後ほど詳しく話しましょう。とにかく、あなたのご両親もホグワーツの卒業生で、才能ある魔法族でした。あなたもそうなられることを、わたくしは望みますよ」

 

 ホグワーツに入学すべきだと暗に言っているのだ。

 

 ハティは思索にふけった。目の前でマクゴナガルが起こした奇跡はあまりにも非科学的すぎて魔法だと信じざるを得なかった。そして、彼女と話せば話すほど、ハティの知る両親の像がだんだんと歪んでいく。まるでダーズリー一家から見聞きしたことがすべて嘘であるかのようだ。

 

 確かに無職という意味ではヴァーノンは嘘をついていなかったのだろう。マクゴナガルの口ぶりでは、父親は働く必要がないほど裕福であったようだし、きっとボランティア活動のようなことをしていたのだろう。ただのプー太郎ではなかったに違いない。だが、それと魔法使いの学校に入学するかは別である。

 

「もう少し、話を聞きたいです。両親のことも、ホグワーツのことも」

 

 神妙な顔でそう切り出したハティを見て、マクゴナガルは満足そうに微笑んで歩き始めた。ハティも彼女につられるようにして後を追った。

 

「わかりました。まずは、あなたの強情な養父母に会わねばなりませんね。案内してもらえますか?」

 

「はい」

 

  ハティは呆然と頷き、気もそぞろに家路をたどった。

 

 普段のハティならばその明晰な頭脳でダーズリー夫妻が怒り心頭し、マクゴナガルに無礼な態度をとることが予想できただろう。ハティは冬の寒い昼下がりに庭の桜の木に「枯れ木に花を咲かせましょう~」と花を咲かせただけでヴァーノンに殴られ、ペチュニアに物置部屋に閉じ込められたのだ。その後、ペチュニアは近所の住人に「四季咲きの桜なのよ」と嘘を言って回っていたが「そのようなバカげたことをするのは、とんでもないことだ。お前はまともじゃない」と一週間はヴァーノンに罵られ続けた。

 

 しかし今となっては魔法を目撃した衝撃でハティの頭はいっぱいだった。

 

 プリペット通り四番地に到着すると、既に駐車場にはヴァーノンの車のセダンが駐車していた。ハティは「伯父と伯母は家にいるみたいです」とマクゴナガルを振り返り、扉を開いた。そして大きな声で「伯父さん伯母さん、お客さん」と声をあげた。

 

「客だと? 来客の予定なんぞ、なかったはずだぞ」

 

 リビングからのっそりと巨漢のヴァーノンが顔を出した。ヴァーノンは値踏みするようにマクゴナガルを下から上へと視線を走らせた。マクゴナガルはヴァーノンの不躾な視線に眉宇をひそめつつも、顎をつんと上げて毅然とヴァーノンを見返した。

 

 マクゴナガルの威厳と品に満ちた佇まいはヴァーノンの眼鏡にかなったのか、伯父は髭をひと撫でして胸を張った。

 

「どなたですかな?」

 

「ミネルヴァ・マクゴナガル、ホグワーツ魔法魔術学校の副総長です」

 

 マクゴナガルの厳かな声は家によく響いた。そして、キッチンからは食器が砕け散る音が響き渡り、ヴァーノンは腰を抜かした。

 

 ヴァーノンは腰を抜かしていたものの、果敢にもマクゴナガルを睥睨し「あんたのことなんぞ招いとらん! おひきとり願おう!」と怒号した。癇癪を起こしやすく、暴力的な男ではあるが身なりが整い、いかにも″まとも”そうなマクゴナガルに対し無礼な物言いをするのは珍しいな、とハティは思った。

 

 マクゴナガルはヴァーノンの怒号に怯む様子は一切なく、それどころか氷のように冷ややかな眼差しでヴァーノンを見た。

 

「ヴァーノン・ダーズリー、あなたがハリエットに対しまともに養父としての役割を果たしていないことをこちらはすでに把握しています。あなたはハリエットが魔女であることを教えていなかったそうですね。それどころか、アルバス・ダンブルドアがこの子をこの家に預ける際に託した手紙を渡していなかった。手紙はどこです?」

 

「手紙? そんなもの捨ててやったわ」

 

 ヴァーノンはせせら笑い、一蹴した。

 

「十年前、この子を引き取る時にわしらは決めたんだ。魔法なんてものはまっぴらごめんだ。この家で育てるからには、この子の中からそんなけったいな力はなくしてやるとな。そして、ろくでなしの親から受け継いだひん曲がった根性も叩き直してやるつもりで育てた。おかげでハリエットはまともに育ったじゃないか? え? この子はホグワーツなんてものにはやらん。さあ、わかったならさっさと帰ってもらおうか」

 

「ダーズリー……!」

 

 マクゴナガルは地を這うような声で唸った。

 

 恐々と言った様子でリビングの入口にやってきたペチュニアがその長い首を伸ばして顔を覗かせた。その顔は青白い顔をしながらも、ヴァーノンがマクゴナガルを威嚇したことで勝機があるとみたのか、まだ平静に見えた。

 

「この子に真実を伝え、実の娘と分け隔てなく育てることがダンブルドアの依頼だったはずです。あなたがたの義務でしょう!」

 

「何が義務だ。その小娘を育てる為にいくらかかったと思ってる! 養育費の一ペンスも渡さずに、わしらはいかれた赤ん坊を押し付けられたんだぞ! それもいわくつきのな! ここまで五体満足で育ててもらっただけでも、感謝してもらいたいもんだな」

 

 ここでそれまで静観していたハティは、心の中に燻っていた怒りがぐつぐつと煮えたぎるのを感じた。頭の先から指の先まで体が熱くなり、目の前が真っ赤になった。

 

「引き取りたくないなら、引き取らなきゃよかったじゃない。子どもを虐待するような″まとも”じゃない家で生活するくらいなら、孤児院に行った方がマシよ」

 

「だったら今すぐに孤児院に行け!」

 

「孤児院行きを拒んだのは、あんたの嫁でしょ!? その前にあんたたち夫婦が隠していることを、全部吐いてもらうから。そのダンブルドアの手紙も含めてね!」

 

 ハティは踵を返し、勢いよく玄関の扉を閉めた。そして憤然とリビングの入口へ向かい、くるりと振り返って「ミセス・マクゴナガル、どうぞお入りください。お話を聞かせてもらえますか」と激しい口調に反し、丁寧な言葉遣いで促した。

 

「そのイカレた女をわしの家に入れるな! わしは許可しとらんぞ!」

 

「いかれてるのはどっちよ、この豚野郎!!」

 

 眦をつり上げてハティが怒号した途端、リビングとキッチン中の窓ガラスが激しい音を立てて内側からはじけたように砕け散った。屋内にガラスの破片が舞い散り、ペチュニアとソファーに座りながら恐々と成り行きを見守っていたダリアが悲鳴をあげ、頭を抱えてへたりこんだ。

 

 伯父の言葉で言えば、どう考えてもまともではない状況であったが、激情に駆られているハティは一切構わずリビングの椅子をひき、マクゴナガルに勧めた。

 

「ありがとう、ハリエット。それとわたくしのことはミセスではなく、プロフェッサーと呼ぶように」

 

「はい、プロフェッサー」

 

 この家の中で唯一マクゴナガルだけは冷静であった。

 

 彼女はことさら優雅に腰掛けると、流れるような所作で杖をふるいテーブル周りのみガラスを払った。

 

 そしてハティはバリバリとガラスを踏みつけながら、キッチンに入った。その間にダリアとペチュニアがヴァーノンに駆け寄り「あなた、どうしましょう」「パパ、何が起きてるの! 怖いよ! あいつをどうにかしてよ!」と闖入者とハティの排斥を懇願し始めたので、ハティは邪魔をされてなるものか。と振り向いて鋭い眼光でダーズリー一家を睨みつけた。

 

「伯父さん、伯母さん。お客さんの前では礼儀正しくすることが大切じゃなかったっけ? 紅茶とお茶菓子をお出ししたほうがいいんじゃない?」

 

「わしらに命令するな!」

 

「いつも二人がわたしにやらせてることでしょ。使用人みたいに」

 

 なんというか、迸る熱いパトスっていうの? 真の英雄は目で殺すと言うが、目が熱いな? 変だな。なんか変な光線が出てそう。と思ったら暖炉が爆発し、夏だと言うのに火が燃え上がっていた。ダーズリー一家は戦慄し、飛び上がった。そうしてようやく今のハティに反抗することは危険だと気づいたのか、滂沱のような涙を流したダリアが立ち上がりよろよろとキッチンへ入ってきた。

 

「パパとママと違っていい子ね、ダリア」

 

 にっこり微笑みかけると、なぜかダリアは「ひっ」と悲鳴をあげた。そして慌てて紅茶の準備を始めた。

 

 ハティは棚から来客用のクッキーを取り出し皿に盛りつけると、泣きじゃくりながら準備をするダリアを後目に皿をもって席についた。

 

「伯母夫婦は本当のことを教えてくれそうにありません。教授が教えてくださいませんか、両親やその手紙のこと」

 

 マクゴナガルへ慇懃に依頼したのち、ハティは無表情で未だに床にへたり込んでいるダーズリー家を冷ややかに見た。視界の隅でハティの変わりようにマクゴナガルが口を開けて唖然としているのがみえた。

 

「何をしているんですか、伯母さん、伯父さん。あなたたちも座るんです」

 

「わ、わしは座らんぞ! こんな頭のおかしい輩にしゃべることなんぞない」

 

「わたしは座れと言いましたが?」

 

 激しい音を立ててリビングの扉が閉じた。ペチュニアは怯えた顔で飛び上がり「座りましょ、ヴァーノン。ねっ」と必死にヴァーノンを引っ張り席に着いた。

 

 その頃には、ダリアがガチャガチャとカップとティーポットがぶつかり合う音を立てながら紅茶を運んできた。ダリアはぶるぶると震える腕で、五人分の紅茶を配った。ハティはダリアが最後に両親に紅茶を配り終えたところで、眉宇をひそめた。

 

「何をしているの、ダリア」

 

「えっ?」

 

「この二人はお話を聞かないのよ。だから、紅茶なんていらないの。水道水で十分」

 

「ハリエット、養父母に対してそれは無礼です」

 

 マクゴナガルが諫めるように口を挟む。しかし、今更目の前の教授に軽蔑されようが構わなかった。その時のハティは怒髪天を衝いていたので、後に尾を引く教授の好感度などくそくらえ。目の前の部外者がこの家の何を知っているのだ、という思いであった。

 

 ハティは優雅にティーカップを持ち上げ、一口飲むとゆっくりとカップを置いて「教授はご存じないかもしれませんが」と平坦な口調で滔々と淀みなく語り始めた。

 

「この春までわたしの私室は階段下の物置部屋だったんです。そこには、約十年間住んでいました。わたしが魔法を使うと、決まってこの夫婦は鍵をしめて何日も閉じ込めて食事の時間には水だけ放るんです。まるで、檻の中の動物に餌をやるみたいに。今ならなぜそんな扱いを受けていたのか、わかります。私が魔女だからなんですね」

 

「ハリエット、あなたは魔女裁判の時代のことを言っているのかもしれませんが、魔法族は忌むべき存在ではないのですよ。魔法を使うというだけで、同じ人間です」

 

「この人たちはそう思っていないようです。わたしはこの家で長年、いとこのおさがりのぼろきれだけを与えられて使用人のような扱いを受けてきましたし、彼らは自分の娘がわたしを殴ってポイントが加算されるような暴力的なゲームをしていても”お金がかからず、頭の冴えたいいゲームだね”で済ますような人たちなんです。この人たちは、わたしを人間だと思っていないんですよ。それでもわたしに礼儀を尽くせと言いますか? 教授、どうしてわたしはそんな家族に育てられなければならなかったんでしょうか。わたしは知らないうちに、何か罪を犯したんですか?」

 

 マクゴナガルはその言葉に雷に打たれたように項垂れて、拳を強く握った。

 

「あなたのせいではありません。罪があるとしたら、それはこの家にあなたを預けたわたくしたちと、ダーズリー家です。生まれながらにあなたが罪を背負っているはずがない、それどころかあなたは偉大なことを成し遂げた。愛されるに値する魔女です。我々の世界にいたならば」

 

 我々の世界にいたならば? ハティが当惑の眼差しをマクゴナガルに向ける中、彼女はゆっくりと顔を上げて軽蔑しきった目でダーズリー一家を一瞥した。その眼差しは氷のように凍てついており、ヴァーノンは顔を強張らせ、ペチュニアは小さく悲鳴をあげた。その隣でダリアだけはわけもわからない様子で両親に視線を彷徨わせているのだった。

 

「真実を話します」

 

「言うな! 言ったら、ただでは済まさんぞ!」

 

 ヴァーノンが唾を散らしながら怒号した。しかし、次の瞬間マクゴナガルは「ヴァーノン・ダーズリー!」と鬼のような形相で、聞いたこともないような怒声をあげて人差し指をヴァーノンとペチュニアに突き付けた。

 

「あなたが口を挟む権利など微塵もありませんよ。とうの昔に、あなたはハリエットの養育者としての権利を放棄しているのですからね!」

 

「わしがいつ権利を放棄した。こいつがこの年になるまで金をかけ、育ててやった人間がわしら以外のどこにいる!」

 

 恥ずかし気もなく豪語するヴァーノンに、マクゴナガルは嘲りを含んだ笑みを浮かべて低く冷たい声音で言い放った。

 

「この子の前で言うには口にするのも憚るようなことですが、あなたは姪を育てていたのではありません。自分たちが忌むべき生き物を使用人扱いをしながら飼育していたにすぎません。あなたたちは今までマグルの子どもが虐待を受けたら養育者が罰を受けるように、魔法族の子どもを虐げた非魔法族に刑罰が与えられると思わなかったのですか?」

 

「そんな魔法界の法律、聞いたことがないわ!」

 

 ペチュニアはヒステリックに声を上げた後、自分が反射的にマクゴナガルに言い返したことを我に返ったように、口元を手でおさえてヴァーノンを見た。ヴァーノンも驚いたようにペチュニアを見ていたが、妻の言わんとしていることを悟って、盛大に鼻で笑った。

 

「その小娘がわしらに虐待を受けていたとする、お前の言う通りにな。じゃあ、今までわしらがお前たちから罰とやらを受けなかったのはなぜだ? え? わしらを罰するための法律がお前たちにないからじゃないか。法律という文明的な制度を、お前たちのようにけったいな奴らが運用できているとは思えんがな」

 

 ヴァーノンが勝ち誇ったように引きつった笑みを浮かべた。

 

 ところが、マクゴナガルは凍てついた眼差しでヴァーノンを一瞥し、紅茶を一口飲むと涼しい顔で言ってのけた。

 

「ミセス・ダーズリー、お言葉ですが魔法界は非魔法族に友好的な魔法使いばかりではないのです。中には、非魔法族の排斥を訴えて戦争を起こした魔法使いもいるほどです。その者と思想を同じくする魔法使いが、非魔法族に不利な法律も制定しています。加えて、ハリエットは非魔法族としての戸籍もある。つまり、あなた達を罰する法律はいくらでもあるのですよ。この二つを運用するために、我々は先日二つの世界の弁護士資格を持つ魔法使いをこの家に派遣しました。ミスター・コートニーを覚えておられますか?」

 

「コ、コートニーって……」

 

 ペチュニアが震えた声をあげた。

 

 ハティもコートニーの名前を聞き、エメリーンに付き従っていた弁護士だと思い出した。

 

「そうです、言うなればあなた方は今魔法界と非魔法族の世界、両方から監視を受けているのです。あなた達には最早、好き勝手はできませんよ。それから、先日わたくしの友人のアルバス・ダンブルドアがミセス・ダーズリーにお手紙を差し上げた結果、今後とも心よくハリエットを養育してくださるとお返事をいただいたのですが。ミスター・ダーズリーはご存知ない?」

 

 ペチュニアは「ひっ」と掠れた悲鳴を上げて、慌ててダリアを守るように抱きしめた。

 

 ヴァーノンは唖然とペチュニアを見て「手紙を受け取ったのか!? そのイカレジジイから」と尋ねた。ヴァーノンの顔は恐怖で引きつっており、彼は必死の形相で震える妻を見ていた。ペチュニアはしばらくヴァーノンから顔を背けてダリアを抱きしめていたが、ややあって小さく頷いた。

 

「し、知らんぞ! わしはそんなこと。ペチュニア、なんで手紙を受け取った!? 捨てればよかっただろう!」

 

「ほ、吼えメールは、早く開けないと大声で怒鳴り散らすのよ! だったら、受け取るしかないじゃないの!」

 

 ペチュニアがヒステリックに叫んだ。

 

 手紙が怒鳴り散らかす? ハティは怪訝に眉宇をひそめた。ダリアとヴァーノンも同じ反応であったにも関わらず、マクゴナガルとペチュニアだけは話を理解しているようだった。

 

 ハティは、不意に思った。もしかして、ダーズリー家の中で最も魔法世界に詳しいのはペチュニアではないかと。

 

「どういうことだ、ペチュニア。わしに分かる様に話してくれ、な?」

 

「……この前も言ったでしょう、この子はここに置いておかなければならないと」

 

「ペチュニア・ダーズリー、夫への秘密主義は結構。ですが、ハリエットの養育を続けるのならばあなたがたは彼女に真実を話し、真っ当な養育環境と用意すべきですね。これは、脅しではなく警告ですよ。あなたたちの行いによっては、非魔法族としての地位を失うことはおろか、牢屋に入ることも覚悟することですね。わたくしはアルバス・ダンブルドアとは違いますよ。彼のように寛容を与え、あなたたちを信じ、許しを与えたりしませんから」

 

 ヴァーノンは慄然として、怯えたようにマクゴナガルから視線をそらして呻いた。

 

 ハティは両者の間で勝敗を喫したと思った。その矢先だった。突然、ペチュニアが甲高い笑い声をあげたのだ。

 

「何が寛容に信じ、許しを与えるよ。私を、締め出したくせに。それなのに、こんな子どもを押し付けられてやってられないわよ。あーあ、やっぱりあんたも妹と同じだと思ったわ。だって、あの小癪な妹とそっくりなんだもの。あの子も、お前と同じように薔薇の花を咲かせて、ブランコで高く飛んで笑ってた。それからあんたと同じ年ごろに手紙がきて、さっさと行ってしまった……その学校とやらにね。休みで帰った時には、ポケットの中は蛙の卵でいっぱいだし、ティーカップをネズミに変えてしまうし。だけど、私だけは知ってた……バケモノだってね。なのに、両親にとっては我が家に魔女がいることが一番の自慢だったのよ。リリー、リリーっていつもあの子をちやほやしてたわ」

 

 ハティはペチュニアがこれほど長い間、自分の思いを語るところをはじめて見た。ペチュニアはハティの驚いたような眼差しを受けて、まっすぐ見返してきた。焼き殺すような憎悪と怒りに満ちた眼差しで。そして堰を切ったように、淀みなく続けた。

 

「そのうち、学校でポッターと言う男に出会って、私の知らないところで結婚したわ。そうして生まれたのがあんたよ。ええ、わかっていたわ。あんたもリリーと同じバケモノで、同じようにまともじゃないってね。リリーが殺されたのも自業自得よ? だけど、私はこうして生きてる。愛すべき夫がいて、可愛い娘がいる! 私は幸せよ! 死んだリリーよりも! だけど、あんたが全部ぶち壊したのよ。あんたがあの日、リリーが殺された後にうちの家の前にあんたがいたんだから!」

 

「殺されたって、誰に? 自動車事故で死んだって言ってたじゃない!」

 

「自動車事故などであれほど優秀なリリーとジェイムズが死ぬはずないでしょう。見え透いた嘘をついたものですね。やはり、この子の言う通り一かけらもあなたは真実を語っていなかったのね。ペチュニア・ダーズリー」

 

 ペチュニアはマクゴナガルから侮蔑に満ちた言葉を投げかけられて、恥じ入るようにさっと俯いた。ペチュニアはそれっきりまるで貝のように口を噤んで、声を発することはなかった。

 

 ハティはペチュニアの態度に、腹の底からふつふつと怒りがこみあげてくるのを覚えた。今の伯母の姿は、まるで不貞腐れた子どもである。だって、ペチュニアはハティの母でありリリーへの嫉妬心やリリーほど親に愛されなかった劣等感をハティにぶつけて肝心なことを口にしていない。それだって、ハティではなく故人であるリリーにぶつけるべき言葉だ。

 

「相変わらず卑怯な人。自分が言いたいことしか、言わないんだ? 結局、あなたが言いたかったのは魔女で両親から愛されていたわたしのママが妬ましかったっていう話? 不満なら、生きてる時にわたしのママと、自分の親にぶつけるべきでしょう。それを関係のない姪のわたしにぶちまけて、本当に情けない人ね!」 

 

「リリーに嫉妬してたですって!? そんなはずがないじゃない!」

 

「じゃあどうして実の妹にバケモノなんて言えるの。ママはもう死んだのに、どうして姪のわたしまで嫌うの。もしかして、わたしにまでバケモノって言うのは、本当は自分も魔女になりたかったの?」

 

 ペチュニアの青白かった顔は、一気に赤くなった。

 

「わ、私があんたたちみたいなバケモノになりたいはずがないじゃない!」

 

「ペチュニア・ダーズリー、あなたが本当に魔法族を嫌悪しているならばなぜあなたは子どもを作ったのですか」

 

「え?」

 

 ペチュニアは虚をつかれたようにマクゴナガル教授を見た。そして必死に言い募った。「それはヴァーノンが幸せな家庭を築こうって言ってくれたから!」

 

「自分の近親者に魔女が生まれた以上、あなたの中の子どもが魔法族として生まれる可能性があることを頭に過らなかったはずがないでしょう。非魔法族から魔女や魔法使いが生まれるのは、祖先に魔法族の血が混じっているからです。わたくしたちホグワーツの教員は、マグル生まれの魔法使いの子どもの親にはそのように説明をします。リリー・ポッターの時も、きっとそうだったでしょう。あなたも、それを知っていた筈です。それほど魔法族を嫌悪する人間が、自分の血筋から魔法族が誕生する可能性を知っていて子どもを作るなんて、わたくしには不思議です」

 

「黙れ、何の権利があってわしらの家に口出しをする。わしはペチュニアと結婚するときに、家族に魔女がいることを承知で結婚した! 小娘を引き取った時も、こいつからけったいな力を叩きだしてまともな人間として育てると誓って、育ててきた! あんたはわしらの十年間を侮辱しているのか?」

 

「では、ご息女が魔女であったならばあなた達はハリエットにしたような育て方をしたのですか。物置部屋に閉じ込め、絶食を強いて、バケモノと呼んだのですか」

 

「わしはこいつのひん曲がった根性を直してやろうとしたんだ! ダッダーちゃんにそんなことするわけがないだろう!」

 

「そうよ、ダッダーちゃんにそんなことするわけないわ!」

 

 迷いなくダーズリー夫妻は言い放った。

 

 しかし、間もなく、夫妻は全く正反対の反応を見せた。ヴァーノンはふんっと威丈高に鼻を鳴らして胸を張っていたが、ペチュニアは何かに気付いたように慌ててハティから目をそらし、あからさまに狼狽し始めた。

 

 二人の様子をマクゴナガルは冷徹な目つきで眺めていた。そして、ややあって、彼女は決然と言った。

 

「あなたたちが私情でハリエットを虐げていたことがよくわかりました。その自覚が今、芽生えたようですね、ペチュニア・ダーズリー」

 

「ち、違う……そんなわけがないじゃない!」

 

「ダリア・ダーズリーと言いましたか? あなたの娘は哀れですね。あなたの劣等感を映す鏡だわ。この子もまた、あなたたち夫婦に虐待を受けた哀れな娘の一人と言えるでしょうね」

 

「私がダッダーちゃんに虐待を?」

 

 ペチュニアは信じられないといった顔でダリアを束の間見つめた。ヴァーノンが「わしらが可愛い娘を虐待するはずがないだろう!」と反発していたが、マクゴナガルは取り合うだけ無駄だと思ったのか「穴の開いた大釜に水を注いでも無駄ですね。今は落ち着いてこの子に話ができそうにありませんから、後日この子とロンドンに赴いて話をします。それまでの間に、ハリエットが真実を望んだ場合はあなたに拒む権利はない。わかっていますね、ミセス・ダーズリー」と生徒を叱責するような厳しい口調で言い据えた。

 

 ペチュニアはすっかり怯えて椅子の上で縮こまっていた。伯母からの返事はなかったので、マクゴナガルは呆れた様子であったがそれ以上厳しく追及することはなかった。

 

「ハリエット、このような状況で選択を迫るのは卑怯とわかっています。ですが、あなたに聞かねばなりません。ホグワーツ魔法魔術学校に入学しますか?」

 

「ふざけたことを言うな! イカレた間抜けジジイが小娘に魔法を教えるのに、わしは金なんか出さんぞ!」

 

 ヴァーノンが叫んだ。

 

 ハティはマクゴナガルとともにゴミでも見るかのような侮蔑の眼差しでヴァーノンを一瞥して、大きくうなずいた。

 

「この頭のおかしい家族から離れられるなら、魔女の学校にいきます」

 

「よろしい」

 

 マクゴナガル教授は満足げに頷いた。「あなたのためにもそれがいいでしょう」

 

「さっそく入学前に学用品を揃えなければなりません。一週間後、わたくしが迎えにきます。その時に、ホグワーツの詳しい話をするとしましょう」

 

「わかりました」

 

 マクゴナガル教授はそれからダーズリー一家に目もくれずに、ダーズリー家を去っていった。

 

 残されたのは放心状態のペチュニアと「お前の学用品なんかにわしは金を出さんからな」と傲然と鼻を鳴らすヴァーノン、それから「ご飯はまだなの」と癇癪を起こすダリアであった。マクゴナガルの叱責にダメージを受けているのはペチュニアくらいで、ヴァーノンは相変わらず尊大な態度であった。

 

 ハティは腹の虫がおさまらず、イライラとしながらヴァーノンとダリアに人差し指の先を向けた。

 

「なんだその指は!」

 

「あっちにいけ」

 

 ハティは小さな子どもが虫に指図するように無邪気に言った。不思議と、そうすれば自分の望む通りに動く気がした。すると、ヴァーノンとダリアはくるりとハティに背中を向けた。まるで空中から糸でつるされた人魚のようにぎくしゃくと出口に向かって歩き出した。

 

「ヴァーノン! ダッダーちゃん!」

 

「伯母さん、伯母さんがわたしを嫌いみたいに、わたしも伯母さんが大嫌いなの。だから、わたしと同じ目に遭ってほしい」

 

 その言葉の意味するところを察して、ペチュニアは慄然とした。ハティの宣言通り、階段下の物置部屋がひとりでに開くとヴァーノンは屈んでその巨漢を頭からぐいぐいと突っ込み始めた。ようやくヴァーノンの体が物置部屋にすべて収納されると、扉はばたんっと勢いよく閉じて音を立てて南京錠が施錠された。物置部屋からは「わしをここから出せー!」と扉をけたたましく拳で殴りつける音が続いたが、ヴァーノン自身が頑強に作った扉はびくともしなかった。

 

 そしてダリアは階段を登ると、ハティがいたころにそうしていたように大きな音を立てて階段の上でジャンプをはじめた。

 

「や、やめて! やめなさいよ!」

 

「なぜ? 三人がわたしにしてきたことじゃない。どうして悪いことをしているような目でこっちを見るの? とりあえず、座ってよ伯母さん。わたしにパパとママが殺された理由をちゃんと話してくれたら、二人を解放する気になるかもしれないし」

 

 家族を人質にとられたペチュニアは不承不承ながらとつとつと語り始めた。

 

 アルバス・ダンブルドアなるホグワーツの学長は、ハティの両親であるポッター夫妻から、自分たちが亡くなった場合の後見を依頼されていたのだという。まだ若く健康であった夫妻が死に備えて娘を託すのも妙な話だと感じたが、その疑問への答えは、恐怖に彩られたペチュニアの口から語られた。

 

 ポッター夫妻は自動車事故で亡くなったのではない。自警団に所属していた二人は、当時魔法界を恐怖と暴力で支配していたヴォルデモート卿という大量殺人犯に殺害されたのだという。それが逆恨みであったのか、快楽のために偶然目をつけた夫妻を殺害したのかは定かではない。そうして一人生き残ったハティであったが、ポッター夫妻を殺害した際、ヴォルデモート卿はハティをも手にかけようとした後、行方は杳として知れなくなった。

 

 この事態に魔法界は「平和な時代が戻ってきた」と沸いたが、ハティの後見であるダンブルドアは楽観視していなかった。ヴォルデモートは生きている。そしていずれはハティの命をも狙うだろう――ハティが生きていくためには、死の淵でハティを守った母リリー・ポッターと血を同じくするペチュニアの元で生活することでハティを守る魔法は効力を発揮し続ける。同時に、ダーズリー家もハティにかけられた魔法によって守られるだろう。という話であった。

 

「わたしを押し付けられて迷惑って言ってたけど、伯母さんたちにも大きな利点があったんじゃない。それを、まるで負債ばかり押し付けられたみたいに言って……なんなのその被害者面。バケモノはあんたの方じゃない」

 

 ペチュニアは悄然と項垂れ、リビングを出て行った。階段下の廊下には「ここを開けろ!」というヴァーノンもくぐもった声と、物置部屋の扉を叩く音がひっきりなしに聞こえていたがペチュニアは一瞥もしなかった。幽鬼のような足取りで去っていく母親の背中を、階段の隅でダリアは呆然と見守っていた。そして、吸い込まれるようにペチュニアが寝室に入っていくのを見送ってダリアは思い出したように叫んだ。

 

「あたしのごはんはどうするのよ! ねえ、ママ! ご飯は!?」

 

 返答はなかった。

 

「あんた今の状況で出てくる言葉がそれなの? 本当にどうかしてるわね」

 

 よくも悪くも無神経で自己中心的なダリアの性格はヴァーノン譲りであった。

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